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59 オルフスタ《相談》

 ひと泣きした俺は無理やりパネェさんに頭を撫でられていた。

 パネェさんが勝ったご褒美らしい。

 普通逆だと思うが。


「もういいじゃないですか」

「ダメよダメ。敗者は勝者の言う事を聞かないと」

「俺が前にナリキで勝った時はなんにもしなかったじゃないですか」

「えっ? 婆様はパンツ見てたって言ってたけど?」

「してねぇよ!」


 とんだ冤罪だ。

 しかもあんだけの決闘のご褒美がパンツってなんだよ。命懸けですることじゃない。


「まぁまぁ、いいじゃない。それにおでこ痛いでしょ? お姉さんが痛いの痛いの飛んでけ〜ってやってあげるから」

「痛くしたのパネェさんじゃんか」


 パネェさんの頭突きはとんでもない衝撃だった。

 おかげで目が醒めたから感謝はしているのだが、さっきからお礼を言ってもひらひらと躱されてしまう。


「それで、パネェさんはなんでこんなとこにいるの?」

「それはもちろんアル君の悩みを聞くためだよ。どうしたどうした? お姉さんに言ってごらん?」


 もう何を言っても駄目そうだったが、思えばナリキの列島にいた頃からパネェさんはこんな感じだった。


「……パネェさんたちと別れたあと、俺は迷宮国家サラガとフォルティカ王国に行って……」




 それから俺はリラが眠るまでの事を話した。最後の方はパネェさんも涙ぐんでいたが、たぶん俺も目に涙を溜めていただろう。


 ただ、話してよかった。

 俺の心は少しだけ軽くなったのかもしれない。


「……それで、今の今までこうして暴れてた訳です。おかげで目が醒めました。本当にありがとうございました」


 自分で話したことで心の整理もできた。

 まだ何をしたらいいのかわからないが、このままじゃいけないことだけはわかる。


「そうかそうか。よくわかったよ。ところでアル君?」

「なんですか?」

「フォークスさんってイケメンなの?」

「は?」


 さっきまで涙ぐんでいたはずのパネェさんは目を輝かしている。一体俺の話から何を感じとってくれたんだ?


「ちゃんと人の話聞いてました?」

「失礼な。ちゃんと聞いてたわよ」


 パネェさんは語気を強めて言い返してきたが、あの話のあとになぜイケメンという言葉が出てくるんだ?


「つまりアル君がリラちゃんを好きだって惚気でしょ?」

「ちが――――う!」

「アル君はああいう感じの子が好みなんだね。うふふ。照れなくていいんだぞ?」

「ああああ――――!!」


 思わず天に叫んでしまった。

 俺の話のどこに惚気要素があったんだ?

 惚気たのか?

 俺はリラの何かを熱弁したのか?


「だってそうじゃない。好き過ぎて頭も体もおかしくなっちゃったんでしょ?」

「え〜、ちょっといい方が……」


 俺の黒いオーラの事を言ってるのか?

 そうなのか?

 あれは愛情表現の一種だとでも言うのか?


「だから私だって恋愛くらいしたいって思うじゃない」

「勝手にやってくださいよ」

「やろうとしてるわよ。私に勝つくらい強ければ簡単に惚れてやるわよ」


 このひと何言ってんだ?

 パネェさんに勝てる人なんて大陸でも一握りだぞ?


「それで今までの男で強い人いなかったんですか?」

「いないから困ってるんじゃないの。アル君ならって期待してたのに簡単に負けちゃうし」

「うっ」


 俺も候補だったのか。

 ただ勝たなくてよかったかもしれない。パネェさんはリラ以上に常識が通用しないし。


「だから話に出てきたフォークスさんに期待してるのよ。あとは〜、そうね。修行の地で出会ったキングっていう熊もなかなか強かったわ」

「あんたなにしてんだよ!?」


 俺は思わず頭を抱えてしまった。

 聖獣を素材にするとんでもない女も知っているが、婿探しに聖獣と戦う女がいるとは思わなかった。

 キングベアーは女難の相でもあるのか?




「あ〜笑った笑った。それでアル君は今からどうするの?」


 なんだかどっと疲れてしまった。

 思えばこんなに疲れを認識したのも久しぶりかもしれない。


「どうしたら、いいですかね?」


 自分で言ってて情けなくなったが、二年もわからなかったのだから仕方がない。

 それに、間違えてしまっても今ならパネェさんが正してくれそうな気がする。


「そうね。まずは能力うんぬんではなく心を休めましょう。この辺の迷宮もあらかた片付けたし、少しはのんびりできるでしょ」


 パネェさんの提案には納得だが、途中で不穏な言葉が出てきた気がする。


「確かに俺は昼間に迷宮を一個潰しましたけど、周辺にはまだあるんじゃないんですか?」


 このオルフスタはフォルティカ王国と違い、未だに特級迷宮に支配された土地だ。だから迷宮の数も密度もフォルティカ王国とは段違いにある。

 俺が一年間でかなりの数を潰したとはいえ、まだまだのはずだが。


「私はミキリスタの方から毎日潰しながら来たから結構減ったわよ? だからここからさらに東にある特級迷宮の方角に進まないともうそんなに迷宮はないわ」

「……」


 やはりパネェさんに常識は通じなかった。たぶん男に惚れる気もないのかもしれない。


「はぁ。なんか、眠くなりましたね」

「そうね。また明日から頑張りましょう」


 パネェさんの言葉でふたりとも空を見て寝転んだ。頭上にある木々のせいで星空は見えないが、あの日リラと約束した事を今になって鮮明に思い出した。


「頑張るさ。護れるようになるまで、何度でも」


 約束はまだ果たせていない。

 それでも、俺は立ち上がる勇気を確かに貰った。




◇◇◇◇



 それからパネェさんと樹海の中で生活をした。相変わらず能力は使えないままだが、黒いオーラに支配されることもなくなった。さらに俺の黒い痣は少しずつ薄れだした。



 そして日々の日課として、パネェさんと能力なしの組み手を続けた。

 パネェさんは攻撃力重視で俺が速度重視のため、お互いに足りないところを指摘しあえたのは新鮮だった。



「そろそろ迷宮に行ってみましょうか。ふたりなら安全に攻略できるはずよ」

「そうですね。ただこれからは無茶をしません。危ないと思ったらすぐに言いますので」

「うんうん。それでこそアル君だ」


 能力を使えない不安はあるけど、パネェさんと一緒なら大丈夫な気がする。


「よし!」


 俺たちは気を引き締め、新たな迷宮に潜った。





「どっかーん」

 ズカガ――ン

『キャイーン』


「ていっ」

 バガ――ン

『ギョワー』


 ん〜規格外だ。

 パネェさんの破壊力は留まる事を知らずに進化していた。俺の最大火力など話にならない程強い。


 ほんとにどんな修行してきたの?


「最初は修行の地で頑張ってたんだよ。でも熊と組み手してたら鎧着た人達に追い回されちゃってさ。それで仕方なく南にあるガルラマに行ったんだ。そこですっごい強い魔法使いに弟子入りしてね。そしたら何故かパンチ力が上がったの」


 何故魔法使いに弟子入りしてパンチ力が上がるのかわからない。

 その魔法使いとやら、本当にそれでよかったのか?


 というかよくパネェさんを弟子入りさせようと思ったな。絶対にこのひと魔法使いになれないから。


「それでそのあとはミキリスタにちょ〜っとだけ寄って、オルフスタにやってきたんだ」

「わからないことだらけですがもういいです。強くなったことだけはわかりましたので」

「えへへへ」


 褒められるのは素直に嬉しいらしい。

 いつもそうやって大人しくしてくれていればいいのに。


「てりゃっ」

 ド――ン

『ピギィ――』


 まぁ、無理な話だ。








「守護者だね。と言っても今更だけど」

「いや、普通の冒険者なら強敵ですからね?」


 目の前の守護者は侮られたことを感じとって睨みつけてくる。だが守護者自身も気がついているのだろう。俺はともかくパネェさんには勝てないと。


「パネェさんがやると俺のリハビリにならないので大人しく見ていてください」

「はぁ〜い。いつでも呼んでくれていいからね?」


 そう言ってパネェさんは手をひらひらと振りながら壁の端に腰掛けた。完全に観戦モードだ。


 守護者も俺とパネェさんの両方に視線を送りながら待ち構えている。もっとも両方警戒するのは正しい反応ではあるのだが。


「では、正々堂々、よろしくお願いします!」


 こうして俺とパネェさんは道場破りならぬ迷宮破りを続けた。


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