53 フォルティカ《山羊》
「やっぱりあの悪魔は竜の力を引き継いだんじゃないかしら?」
そう呟くリラの右手には拳よりも大きな黒い魔石が握られている。今は不穏な気配を見せないが、その中に宿る力は計り知れない。
「この魔石によって、またあの悪魔が蘇ったりする事はないのでしょうか?」
「たぶんないわ。私が手に入れたブラックシーサーペントの魔石も色こそ違うけどこんな感じだったし、加工すればただの武器よ」
「なるほど……んっ? ぶらっく、しーさーぺんと?」
リラの問題ないと言う言葉に一度はほっとし団長だったが、リラの武器発言に頬を引き釣らせている。
他の騎士達も何度も瞬きをし、その言葉の意味を理解しようと必死だ。
「リ、リラ殿? ブラックシーサーペントは、クヴェルト帝国の兵士が総力をあげて討伐したと聞いていたのですが。……いや、ははっ、聞き間違えてしまいましたな。どうやらまだダメージがぬけていないようで」
「まぁその通りでもあるのだけど。いろいろあって魔石は貰ったわ。だからこれも貰っていいかしら?」
「「「なっ!?」」」
リラはたいしたことではないように言ったが、こんなでかい魔石であれば国として管理すべき品物だ。
それにこれを持ち帰って引き渡さなければ、どれほど強力な魔物だったかを証明できない。
そこからの団長は必死だった。
英雄であり命の恩人であるリラの機嫌を損なわないように、金に名誉にありとあらゆる条件を提示した。
その団長の願いはたったひとつ。魔石を譲ってくれということだけだ。
しかし一度決めたリラが退くわけがない。
最初はやんわりと断っていたが、なかなか諦めない団長にリラはついに禁じ手をつかった。
――ギャリ
突然鳴り響いた聞き慣れない音に騎士達は動きを止めた。
そしてその音が鳴った場所に目を移して戦慄した。
……魔石に、リラの爪が食い込んでいる。
皆が視線をあげてリラの表情を見るが、先程と同じく穏やかに笑っている。
しかし気配が違う。
一晩戦い続けてさらに濃くなった隈からはやばいオーラが放たれている。
思わずバフォメットが取り憑いたのかと考えてしまうほどのプレッシャーだった。
そしてその魔石を手に入れるためには、再び悪魔に挑まなければならない。
英雄は、強い。
それが心強いのは味方の時の話だ。
今、目の前にいるリラは英雄なのか、それとも悪魔なのか……たぶん魔王だ。
そして団長は魔石よりも命を選んだ。
英断だ。
騎士達みんなが挑んでも絶対に魔石は手に入らない。無駄に死ぬ必要はないのだ。
その代わり、バフォメットが使っていた三叉の槍は騎士が持ち帰ることになった。魔石には劣るがそれでも十分な成果だ。強力な魔物がいた証明にはなるだろう。
それからひと休みしたあと、夜まで周囲の探索を行った。
もともと調査で来ていたのもあるが、リラの魔力が戻ってきたのでポーションの材料を主に収集した。
そしてこの時俺はちゃんと採取を行えた。王都では採取も捕獲もできなくて狩り専と呼ばれていたのになぜだろう?
納品先が魔王だからか?
冗談だよ?
ダカラニラマナイデ
こうして騎士団一行もポーションによって完全回復した。明日の朝から再び調査開始だ。
◇◇◇◇
「「「メェ〜〜」」」
朝、目が覚めると野営地は山羊に囲まれていた。というよりリラに群がろうとしている。
俺は牛に好かれるがリラは山羊に好かれるのかな?
その山羊達はリラの服を噛んでどこかに引っ張って行こうとしている。
騎士達も困っていたが、リラが気にした様子もなく山羊たちと歩きだしたから仕方なくみんなであとに続いた。
最初はバフォメットの企みかと心配したが山羊たちは魔物ではない。ただの動物だ。害どころか俺には肉にしか見えない。
と、思ったが、山羊たちは遠慮もせずリラに群がってくっつきまわっている。
普通に嫉妬する。
やっぱり敵か?
食べちゃうぞ?
「……なんで急に手をつなぐわけ?」
「いや、危ないかなって思って」
「この子たち動物よ?」
結局山羊への嫉妬が俺の気恥ずかしさを上回り、俺はリラと手をつなぐことで不満を解消することを選んだ。
が、普通に恥ずかしい。
リラの顔が見れない。
後ろからは騎士達が「ヒューヒュー」言ってくる。
山羊たちも達観した目で見てくる。
メェ〜〜って言うな。
リラの方に押すな。
俺はなにか間違えたのかもしれない。
だってこんな修行積んでないから。
誰か鍛え方を教えて下さい。
山羊は時折急な斜面を登りながら俺たちを目的の場所に連れてきた。そこはこの竜王の故郷で一番高い場所なのだろう。
視界を遮ることのない頂上。
そしてそこに佇む一本の木。
「これが噂に聞く……聖樹」
団長の言葉に騎士達は息を呑んだ。
でもここの聖樹は想像したようなものではなかった。
「力を失っているわね」
リラの言う通り、聖樹と呼ばれる木からはほとんど力を感じない。
巨木ではあるが、枝先の葉は枯れ落ち、寒々しく佇んでいる。
もう、その力を完全に失うのもそう遠くはないだろう。
「聖樹が完全に枯れるとどうなるの?」
俺の疑問に答えられる人はこの中にはいなかった。いや、王都に戻ろうと答えられる人はいないだろう。
誰も知らない。
答えを知らない。
ただ唯一その答えを知っていそうなのは、ここを故郷のように帰ってきていた竜だけだろう。
そしてその竜も長くここには帰ってきていない。なぜかはわからないが、そう思えてしまう。
そう思えてしまうから、皆はやるせない表情を浮かべている。
なぜなら聖樹を失うという事実を国王に伝えなければならないのだ。聖樹とは人にどうこうできるものではない。
だから騎士達が目を逸らすように俯くのは当然だったかもしれない。
「あなた達はこれを私に見せたかったの? それとも、助けてほしいの?」
不意に発せられたリラの言葉は、俯いていた皆の気持ちにすっと響いた。その言葉に惹かれるように騎士達はリラを見つめる。
リラの表情に気負いはなく、じっと聖樹を見つめている。山頂を吹き抜ける風に髪をなびかせる凛々しい様は、女神にも聖女にも見えただろう。
「また、役目を果たすのかい?」
俺の言葉にリラは頷く。
彼女はどこまでも強く、優しい。
リラはひとり前へと進み、聖樹にそっと触れて目を閉じた。その体は鮮やかに緑のオーラを発している。
「お願い精霊たち。貴方たちの力をこの聖樹にすこしわけてくれないかしら」
リラの言葉に答えるようにいくつかの光の玉が周囲を飛び交った。それらは絡み合うように空へと舞い上がる。
そして、空から雫が落ちてきた。
「こ、これは、雨が」
晴天の空から降り注ぐように優しい雨が降ってきた。その雨は太陽の光を受けて薄く輝いている。さらにキラキラと星のような光を放ちながら聖樹を包み込む。
それは神秘的な光景だった。
さっきまで寒々しく佇んでいた聖樹は、光の水を受け、聖樹自身も薄く光を放ちだした。
決して強くはないが、芯から光を放つ聖樹に皆はすこしだけ安堵した。
力尽きる寸前だと思われた聖樹が、すこしだけとはいえ力を取り戻したのだ。
希望が失われたわけではない。
それだけで、彼らは救われたのだ。
「いつもありがとうね」
しばらく雨を降らせた精霊たちはリラの元に戻ってきたが、聖樹をぐるりと数周飛び回ったあと、一枚の葉をリラのもとに持ってきた。
「これは……聖樹の葉かしら」
目の前の聖樹に葉は既にない。
それでもお礼にと一枚の葉をリラに渡してくれたのだろう。
聖樹がたかが個人にお礼の品を渡すなど聞いた事がない。それを簡単に成してしまうのだからリラには驚かされる。
こうして俺たちの調査は終わった。
山羊たちに見守られながら、王都へと戻るために山を下りた。
◇◇◇◇
「おっ。久しぶりだな」
「フォークスさん。やっと遠征の帰りですか?」
「まぁな。ところでお前はなんで騎士達と一緒なんだ? またなんかやったのか?」
王都の門で会ったフォークスさんは相変わらず愉しそうに笑っている。
だが言わせてほしい。毎回のように俺がトラブルを起こしたと思わないでほしいと。
「違いますよ。ちょっと街を滅ぼしかけてしまったので、罪滅ぼしに悪魔を滅ぼしてきただけですよ」
「何ひとつわからんが元気そうでなによりだ」
自分で説明して思った。
これはトラブル以外のなんでもない。
しかも普通に暮らしていれば絶対に起こりえないトラブルだ。フォークスさんが疑いたくなるのも仕方ないのかもしれない。
それとリラさん俺を睨まないでください。
「フォークス殿。ご無沙汰です」
おや?
フォークスさんと団長は知り合いだったのか?
そう言えばフォークスさんの父親も騎士だったか。
それからふたりの話を聞きながら城に向かった。団長はフォークスさんがまだ小さい頃から知っていたそうだ。
なんでフォークスさんは騎士にならなかったんだろう? 騎士団に入れば間違いなく筆頭騎士になれただろうに。
俺はそんなことを考えていると、フォークスさんは改まって団長に訪ねた。
「親父は城にいますかね?」
「私が出立する時にはいませんでした。もしかしたら彼の島から戻ってきているかもしれませんが、私どもには話してくれないでしょう」
フォークスさんの表情は硬い。
答える団長の歯切れも悪い。
そんなふたりのやりとりで急に楽しかった雰囲気が冷えていった。
俺にはその理由はわからなかったが、どことなく不穏な空気のまま、俺たちは城門をくぐった。
城の中ではフォークスさんと別れて、団長と一緒に城の重鎮達に報告をした。
バフォメットの話は最初信じてもらえなかったが、三叉の槍を見てから重鎮達の顔色は変わった。
やはり三叉の槍でもその禍々しさは伝わったらしく、すぐに魔道具に詳しい者によって調べられることになった。
聖樹については力がほとんど失われていると説明したが、リラによって回復したことも聖樹の葉を手に入れたことも話さなかった。
これは帰りの馬車で話し合った通りで、リラの力をフォルティカ王国が独占しないためだ。
馬車ではリラを聖女として迎え入れたいと団長は言っていたが、そもそも聖女がなにか俺たちにはわからない。
そんな中、団長はリラが聖女になったらリラのための聖騎士になるとか言いだしたから、とりあえず一発殴った。
なんかわからんがイラッとした。
普通ならば俺は罪に問われたかもしれないが、リラが俺の頭を撫でていたので正義は俺にあるということになった。
人は平等ではない。
権力の前に力なき者は口を閉ざすしかないのだ。
こうして俺たちの調査という名の懲罰は終わった。
リラは悪魔の魔石に聖樹の葉という豪華景品も手に入れたので、もしかしたらこれはご褒美イベントだったのかもしれない。




