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51 フォルティカ《悪魔》

「なんでお前は〜!」


 団長は怒っているがはたして俺のせいなのだろうか?


 俺には団長の叫び声にこの悪魔が反応したように思えるのだが。

 とはいえ一緒に旅をした仲だ。見捨てるわけにもいかないだろう。

 だから俺は男らしく申し出た。


「ここは助太刀致す!」

「「「お前が言うなー!」」」


 騎士達の士気はそこそこ高いが、今回は調査だったから人数は十数人だ。

 はっきり言って彼らだけでは勝てない。


 というか俺も勝てるかわからない。

 空に浮かぶ悪魔は今までの魔物とはわけが違う。あきらかに格上の存在だ。


「竜の力か? それとも化け物の力か?」


 捻れた二本の大きな角。

 丸い目に対して水平に光る瞳孔。

 対の黒い翼。


 それは山羊と人が混ざりあった悪魔バフォメットだった。その身からは異様な黒いオーラが漂っている。


 それを見た俺は思い出す。

 迷宮国家サラガで出会った謎の化け物。

 あの化け物が見るからに強力なバフォメットに取り憑いているのだ。


 ただではすまないとわかる。

 それでも戦わなければならない。







「近づき過ぎるな! 黒い鞭の射程外からでいい! あとは奴が空に飛んだ瞬間に魔法を放つんだ!」


 団長は戦いがはじまると冷静に指示を出した。

 最初こそは予測できない攻撃に戸惑っていたが、俺の攻撃とリラの守りを軸に掩護の陣形をとった。

 今もバフォメットを囲むように対処している。


 しかしバフォメットの体は硬く、並の攻撃ではダメージを与えられない。俺の接近戦とリラの精霊術なら傷つけられるが、リラは精霊術で黒い鞭から皆を守るのに必死だ。


 こんな危険な相手と戦うリラが心配だが、ここで焦って勝てる相手ではない。幸いサラガにいた化け物と違い、黒い鞭に触るのは問題はないようだ。


 それでも厄介なことに変わりはない。俺と戦いながらも水平な瞳孔は常に騎士達を捉えている。


 そしてなによりこいつは攻撃も守備の手段も多彩だ。

 近接戦では爪を振り回すだけだが、溜めをつくるために少しでも間合いをとれば、何もない空間から三叉の槍を取り出して攻撃してくる。


 さらに騎士達へは鞭だけでなく氷魔法まで放ってくる。だからリラは常に防御に徹している。彼女の精霊術でしかバフォメットの攻撃を止められないからだ。


 そしてもっとも厄介なのが奴の守備。


「爆拳!」

 シュン

「またか!」


 どんなに上手く隙をついてもバフォメットはその場から姿を消し、上空で俺たちを見下ろしてくる。


 それは速さによってなせる技ではない。

 速いだけなら俺の目は追える。


 それでも消える。

 気配ごとこつ然と。


「空間を移動する術なんて知らないぞ」


 これこそがバフォメット最大の武器だろう。今はまだ上空に退避する為だけに使っているが、これが攻撃にも使われだしたら俺たちの守りは崩れる。


 その時がいつくるかもわからず、俺たちはどんどん消耗していった。




「避けて!」

「ぐぁっ」


 バフォメットの攻撃にひとり、またひとりと騎士達がやられていく。十数人いた騎士達も今は半数まで減った。


 無傷の者などいない。

 特に団長はリラを守るべく身を挺しているためもっとも傷ついている。それを癒やすリラのポーションも既に尽きた。


 それがわかったバフォメットもリラへの攻撃を増やしたため、団長とリラは何度も傷ついていく。


 リラはこの戦いの要だ。

 バフォメットの攻撃が執拗になるのも仕方がない。


 リラは騎士を守るために広範囲に精霊術を展開している。それだけでなく上空に逃げたバフォメットにも攻撃している。いつ魔力が尽きてもおかしくない。


「リラ殿! やはり騎士をここに集めて守りを固めなければあなたがもたない!」

「ダメよ。すこしでも分散してあいつの注意を引きつけて。まだやれるわ。戦えるわ」


 リラは頑なに団長の提案を断る。

 それが自分にとって辛い選択でも。

 俺だってリラの前に立って守りたい。みんなリラを守りたいと思っている。


 それでも、俺にできることはひとつだけ。


「リラ。信じていいんだな?」


 俺はリラに背を向けたまま声をかけた。

 彼女が既にボロボロなのはわかっている。それに彼女は本来戦闘職ではないのだ。

 痛みに慣れているはずもない。

 それでも、彼女ならできると俺は信じている。


 そしてリラは俺に応えるように不敵に笑い声をあげた。


「ふふ。やっと私の扱い方がわかってきたわね。任せなさい。そんなやわじゃないわ」


 リラの気配がより深くなる。

 まだ、力を引き出すつもりだ。




◇◇◇◇



 それからいくつもの攻防を重ねたのち、先に焦れたのはアル達ではなくバフォメットだった。


 バフォメットは要であるリラを執拗に狙ったが、押せば倒れる程に傷つけながらも倒しきれない。


 それどころかリラは守るだけでなく、上空に退避したバフォメットに精霊術まで撃ってきた。


 そんな人間にたいして遠距離攻撃では埒が明かないと考えたのか、リラへの接近を先程から試みてくる。

 だが、それはアルと団長が決して許さない。

 

 そして苛立ちから動きが雑になるバフォメットは、すこしずつ、すこしずつ傷ついていく。それはアルたちの傷と比べれば微々たるものだが、確実にバフォメットの力を削った。



 さらに騎士達も力を振り絞る。

 既に余力などない。

 それでも動き続けた。



 だから、彼はついに力尽きた。


「ぐ……ぅ」

「団長!」


 リラを守るために数えきれない程の攻撃を受けた団長は膝をつき、ついに地に伏せたのだ。



 その時、バフォメットが邪悪に笑ったのがアルにはわかった。水平に光る瞳孔が細められ、横に大きく裂けた口からは牙がむきだされている。


 この時アルは運悪くリラとバフォメットの延長線上に立っていた。そのせいでバフォメットとリラを遮る壁はない。

 まさに最悪の事態だった。



 そしてバフォメットはこの時を待ちわびていた。さっきの焦れなどなかったように余裕を取り戻し、バフォメットの魔力は惜しまれることなく膨れ上がった。


 それに伴い周囲の温度が急速に冷える。


 アルはリラとバフォメットの間に立とうと踏み込んだが、それを邪魔をするように氷壁が立ちはだかる。

 瞬時にアルは手のひらに火炎を作り、魔法波を打ちつけて氷壁を砕いた。



 パリーーーーン



 それは本当に僅かな時間だった。


 たったひと呼吸の間だった。


 しかしアルが放った一撃の僅かな間に、バフォメットの周囲から氷は消えていた。




 氷壁が舞い散る先でアルが見た光景は、無数のつららにひとり立ち向かうリラの姿だった。

 リラは団長を庇うように前に踏み出し、精霊術によって水壁を張る。


 だが無情にもつららは水壁を撃ち抜いた。



 そしてアルの目には飛び散る水飛沫の奥で傷ついていくリラの姿が見えた。


「やめろー!!」


 アルは咆哮をあげバフォメットに斬りかかる。せめて追撃だけはさせまいと。

 それをバフォメットは危なげなく捌くと、逆にアルを蹴り飛ばした。


 ガスン

「ぐぅっ!」



 吹き飛ばされて地面に転がったアルは手をつき顔をあげたが、その顔から闘気は抜け、悲痛な表情を浮かべていた。


 アルの揺れる瞳には血だらけのリラが映っている。


 無数のつららはリラを何度も傷つけていた。特に左肩の三本の傷痕は深く、リラの左腕は力なく垂れ下がっている。


 辛うじて立ってはいるが、下を向き、もはや戦える体ではない。

 


 その光景に絶望があたりに立ち込める。

 騎士達は構えすらとらずに呆然としている。

 戦う意志は、ついに途切れた。




 それが心地よかったのか、バフォメットは空に向かって笑うように雄叫びをあげた。

 悪夢が、その場を支配した瞬間であった。




◇◇◇◇



「まだだ!」


 バフォメットの叫びを遮るように俺は声をだした。

 バフォメットは邪魔されたのが気に食わないのか、不機嫌そうに俺を睨みつけてくる。


 あたりを見渡すが、俺の言葉に応える騎士はもういない。



 だがそれはわかっていたことだ。


 彼らは強敵と戦い、死線をくぐり抜けることはあっても、自らの力だけでそれをどうにかするわけではない。


 なぜなら彼らにはいつだって仲間がいたから。強力な敵と同じくらい、強い味方がいた。


 だから自らひとりで立ち向かうことはない。

 自らが英雄になることはなく、それを望みながらも、自分の役割に徹する。


 そして強き仲間を失った今、彼らを支える強さは崩れ落ちた。

 おそらくこの戦いで立ち直ることはできないだろう。



 だが、俺たちは違う。

 強敵を前に立ち向かったことがある。


 無謀とは違う。

 勝てる道をさがして勝利を掴んだことがある。

 だから俺たちは、強い。



 ゆっくりと立ち上がる俺に背を向け、バフォメットはリラにむかって歩きだした。


 俺よりも先にリラにトドメをさすのは勝つための手段ではない。より深い絶望を俺に与えるためだ。



 だがそんなことは許さない。

 俺たちはまだ終わっていない。


 意志を込めるよえに足に力を溜める。

 さらに魔力も練る。


 ここで必ず倒す。

 強い意志とともに俺の体は薄く輝く。


 バフォメットも俺の魔力に無視できないものを感じたのか、再びこちらに向きなおった。

 その手には油断なく三叉の槍が握られている。だからといって俺は怯まない。



 これが最後だ。

 余力は残さない。



「がぁぁあ――!」



 声を張り上げバフォメットに迫る。


『シュッ』


 目前に突き出された槍を地に伏せるようにして躱し、起き上がりざまにバフォメットの胴を斬り上げる。傷は浅いがさらに鋭く間髪入れず斬りつける。


 距離を詰めたままさらに前後上下に動き続けた。バフォメットの視界は水平に広い。だから左右には決して動かない。


 そのままバフォメットの正面だけで剣を振るい続ける。

 その視線が俺から逸れないように。

 背後に迫るリラを悟らせないように。



 リラは息を殺して走り寄っていた。

 傷ついた左腕は振られことなく血を滴らせている。それでも彼女は走る。


 そして右手には凝縮された水の精霊術が握られている。



 リラがバフォメットまであと数歩まで迫った時、リラの気配を悟らせないように俺も左手に水魔法の力を込めた。

 


 これが最後の一撃だ。



 俺とリラは同時に踏み込んだ。

 距離も詰めた。

 魔法もすでに手の中にある。

 あとはこの手を伸ばすだけ。



 それだけの動作でいいのに、バフォメットの瞳孔はリラを捉えた。



 シュッ

「――っ」



 ほんの一瞬。

 手が届くほんの僅かな時間を待たず、バフォメットはその姿を消した。


 思わず歯を食いしばる。

 リラが必死に作ったこの場で決められなかった。



 しかし向き合った彼女の目は死んでいない。

 まっすぐと俺の目を見ている。


 まるで「信じなさい」と言っているように。



 俺は導かれるように、リラの右手に左手を伸ばした。

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