表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/100

49 フォルティカ《椅子》

「覚悟トード! でりゃー!」

「こいアル! ……いや、まてアル! それはやばい! 洒落に、ぅぎゃ〜!」


 俺はもんもんとする思いを訓練に費やすことにした。

 城からの罰という名の依頼は数日後だし、キャルちゃんからの依頼もなかった。


 むしろいつもよりそっけなかった。

 顔が赤かったし風邪かな?


 そしてなにより宿屋にいると落ち着かないと思ったからだ。


 しかしどれだけ訓練に励んでももやもやが晴れない。すでに相手をしてくれているトードは丸焦げだというのに。

 仕方ないから俺は意識のないトードの口にせっせとポーションを詰め込んだ。


 こんな時に限ってフォークスさんは遠征中だし、ボスもなぜか相手をしてくれない。ワッキー&ソーダでもいればすっきりするはずなのに彼らもいない。


 だから俺は無理やりトードを立たせて訓練を続けた。


 ざわざわと周りが心配してるけど大丈夫。

 ちゃんとポーションを飲ませているから。そのポーションも冒険者ギルドにはたくさんある。

 俺は気遣いのできる男なのだ。




◇◇◇◇



 それから数日間、トードは毎日アルの相手をさせられた。普段から無茶苦茶な修行をするアルだが、この数日間はことさら酷かった。


 なんせ一日も冒険者ギルドから出ることなく、朝も夜も修行に明け暮れたのだから。

 アルは冒険者ギルドの食堂で眠りながらご飯を食べていたが、それ以外に休むことなくトードをしばき続けた。


 そんなアルの訓練を受けたトードは戦慄した。

 これが死神への道なのかと。


 しかし死神に魅力されたトードは挫けなかった。もちろん失神しまくっていたが最後までアルに挑み続けた。


 そしてたった数日間に関わらずトードの能力は飛躍的に進化した。

 もともとは平凡な剣士で魔法など使えなかったが、最終的にはボスですら舌を巻く程の魔法剣士に成長した。


 もちろんトード自身はそんなことに気がつかない。なんせすべての攻撃はアルに通じず、攻撃する度にもれなくカウンターで失神させられているのだから。


 この修行とも呼べない苦行を見た冒険者達は彼らにコンビ名をつけた。


 《死神と失神神》と。


 もちろん誰も憧れない。

 誰も混ざりたがらない。


 それでもふたりの修行は迎えの者によって一旦終了となった。トードにとっては望みながらも地獄のような時間だった。

 だから、修行を終えるように告げた者が神に見えたのかもしれない。




◇◇◇◇



「アル、明日城に行くからそろそろ帰るわよ」

「リラ……」


 久しぶりに見たリラの目はもう腫れていなかった。

 その代わりいつもより隈がすごい。

 そんなリラになにを言っていいかわからずもじもじしていると、リラはなにかを察したように溜め息をついた。


「はぁ。なに辛気臭い顔をしてんの。いちいち気にしてんじゃないわよ。情けないわね」


 いつもの憎まれ口だ。

 そんなセリフを嬉しく思う俺は変わっているのかもしれない。そう思って思わず苦笑いをしてしまった。


 それでも、よかった。

 いつものリラだ。


 俺は自分の気持ちがすこし持ち直したのがわかった。


 しかし、次の瞬間に俺の心は凍りついてしまった。


「……美しい方だ。よろしければ、お名前を……」

「? リラよ。それよりもあんた傷だらけじゃない。アルにやられたんでしょ? これを飲みなさい。迷惑料よ」


 そう言ってリラはトードにポーションを渡した。


 トードはそれを仰々しく受け取り、両手を添えて上品に飲み干した。

 それはもはやポーションの飲み方ではない。

 しかもなんかうっとりしてるし。


「こっ、これは!?」


 そしてポーションを飲んだトードの傷はまたたく間に治った。今まで散々飲まされたポーションとは質が違う。リラの作ったポーションはもはやポーションの粋を出ているかもしれない。


 だからトードは血迷ったのだろう。

 そうとしか思えない。


「め、女神様」

「っ!?」


 やめろ!

 やめておけ!

 女神はやばい!

 それにこいつは女神ではない!

 どう見ても女神の目つきじゃないだろ!


 俺は必死に警告を発するが、ふたりはまったくとり合ってくれない。


「あら。嬉しいことを言ってくれるのね。私の周りにいる男でそんなことを言ってくれる男性はいないわよ」


 リラはちらりと俺を見る。

 だが俺は自信をもって反論させてもらおう。

 俺だってリラを褒めたことくらいある。


「昔、隈と目つきは長所だって言ったじゃん!」

「…………」


 自分で言ってて気がついた。

 これ褒め言葉じゃないかもしれない。


 リラも呆れた顔で「ほらね」なんて言っている。


「なるほど。もしよければ街を案内させて頂けませんか? 美味しいお店も知っていますよ」

「それは楽しみね。アルは街を案内してくれないし、お酒も飲めないからつまらないのよ」


 その言葉を聞いて俺は耐えきれずに思わず両手を地面についた。


 だがわからない。

 俺はなぜこんなにもダメージを受けているのだ?



 地面から見上げると、リラは見下すように俺を見ていた。

 その目はまるで虫けらでも見ているようだ。

 さらに目元の隈からは『ゴゴゴゴゴ〜』とい謎の擬音が響いている。


 そしてもうひとり。

 トードは勝ち誇ったように俺を見ている。

 それを見て俺は悔しかった。


 これが最後まで諦めずに立ち上がる男の強さなのかと。俺にはまだ足りないのかと悔しくて胸が熱くなる。悔しくて悔しくて胸が焼けるように痛い。この心を鷲掴みにするような痛みにひたすら耐える。


 こんな苦痛は初めてだ!

 そして限界に達した苦痛は、ついに俺の全身を襲った。



 ビリビリビリビリ!



 その瞬間俺はついに辿り着いた。

 今まで届かなかった場所についに辿り着いたのだ。


 天からの衝撃を受けた俺はその熱い思いを伝えるために胸に手を添えて立ち上がる。相対した人物は俺の真剣な顔を見て驚いた顔をしていた。


 だがまだだ。

 ここからが本番だ。

 俺は一歩踏み出してこの熱い思いを伝えた。


「届け俺の思い! 真魔法波 雷波!」

 ズバン!

「アバババババババ!」


 俺の熱い思いを受け取ったトードは珍妙な声で叫び、やがてプスプスと煙を吐きながら倒れた。


「ふっ。まだまだ修行が足りんの」


 そんなトードを見て俺は何やらスッキリした。

 これが真魔法波を撃てたおかげなのか、トードが丸焦げになったおかげなのかよくわからない。


 ただスッキリした。

 それは間違いない。


 だが、悦に浸っていた俺を差し置いてリラはトードに寄り添って再びポーションを飲ませた。

 しかも優しく頭を支えて。


 そんなリラに俺は動揺しながら話しかけた。


「リ、リラさん?」

「……邪魔よ。あんたはさっさと帰んなさい」

「!?」


 軽い目眩を受けた。

 リラは俺を見てくれさえしない。


「う、うわぁぁぁぁああああ!!」




◇◇◇◇



 それからアルは悲痛な叫びを木霊させながら冒険者ギルドを飛び出した。

 そしてその夜、アルは場末の酒場で浴びるように酒を飲んだ。彼の事情を知らない者たちでさえ、なにかを察して優しくしてくれた。


 そんな、優しい夜だった。




◇◇◇◇



「…………」

「…………」


 俺は姐さんの前で正座をしている。


 完全に不機嫌だ。

 リラを連れてきた騎士団もブルブル震えている。


 もちろん俺は反省している。

 だからどうか今だけは助けてくれ。

 君だけが頼りなんだ、鉄格子君。





 覚えてないが昨晩俺はたくさんお酒を飲んだらしい。それは見事な飲みっぷりだったらしい。俺はなぜそんなになるまで飲んだのか覚えてないが。



 そして俺は例の如くお金を持っていなかった。

 無銭飲食だ。普通に犯罪だ。


 ただ店の人は俺の相手をするのはやばいと思ったらしく、近くにいた騎士団に引き渡した。だから俺は城の牢屋に放り込まれることとなった。


 納得のできる筋書きだ。

 どこにも違和感や悪意は感じられない。


 だがそこで困ったのがリラとの約束だ。

 彼女は昨日の時点で「明日城に行く」と言っていた。このままでは約束を破ってしまう。


 そこで俺は閃いた。

 俺は既に城にいるのだと。


 だから騎士にリラへの伝言を頼んだ。

 宿屋に行ってもらって、リラに「先に城に行っている」と伝えてくれと。


 どうやらそれがダメだったらしい。

 妙案だと思ったのに。


 いや、妙案の妙は微妙の妙だから駄目な案なのか?

 だが俺の知識では『独特で素晴らしいひらめき』とある。だから大丈夫では?

 いや、そもそも俺の常識はすでに非常識と評価されているのだ。であればやはりその妙案という意味も違うのでは?



 ……駄目だ。

 もう俺にはわからない。

 とにかくわかっていることは、俺がここ最近ダメダメであるということだ。


 努力ではどうにもならない気がする。




 リラの無言が怖くて現実逃避をしていたが、野太い男の声で現実に引き戻された。


「おいおい。痴話喧嘩もいい加減にしろ」


 牢屋からは見えないが、ガチャガチャと鎧の音をさせながら数人が近づいてくる。

 そのまま目の前まで来た男はいかにも団長風な騎士だ。陛下との謁見の場にもいた気がする。


「この前も言ったが俺がフォルティカ王国の騎士団長だ。明日からの調査にはお前達にも同行してもらう。だから大人しくしてろ」


 他の騎士が団長の指示で牢屋の鍵を開ける。この扉が開くと自由と引き換えに危険が迫ってきそうな気がして思わず腰が引ける。


 俺の精神状態はやはりまともではなかった。





 それから別の部屋に移って団長やら騎士やらが調査の事を話してきたが、俺の耳にはまったく入ってこなかった。


 リラは受け答えしていたからどうにかなるだろうが、そのリラをどうしていいかわからない。


 チラチラとリラを見ているうちに話し合いは終わり、気がつくと俺はリラと一緒に城を出ていた。



 何か言われるのでは。

 何か言わなければ、そう思っているうちに宿屋に着いた。


 驚くほど一瞬だった。


 キャルちゃんが出迎えてくれたので挨拶をするが、リラはなにも言わずにそのまま部屋に戻って行った。


 結局、なにも話せなかった。





「……アルさん」


 キャルちゃんが話しかけてくるが、その表情にいつもの笑顔はない。

 こんな子にまで心配されるなんて。


「はは。久しぶりだね。最近忙しくってさ。それより依頼とかはきてない? 溜まってるだろうし頑張るよ。うん。それにキャルちゃんの料理も久しぶりに食べたいな。ギルドの料理はあんま」

「アルさん!!」


 キャルちゃんは俺の話を遮って大きく叫んだ。

 俺は、またなにかを間違えたのだ。


「アルさん。このままでいいんですか? リラさんは……アルさんをずっと心配していたんですよ?」


 キャルちゃんは涙目になっている。

 こんな幼い子を泣かせるなんて胸が痛むが、俺の脳裏には数日前に涙を流したリラが映っていた。


 どうしてその姿が浮かんだかはわからない。

 わからないが俺はそれを否定するようにキャルちゃんをなだめようとした。


「いや、リラが、そんな心配するわけないじゃないか。はは……」


 だが俺は情けなく笑うしかできない。

 そんな俺の渇いた笑いを聞いてリラちゃんは歯を食いしばりながらエプロンを握りしめている。



 もう、笑えない。

 俺になにかを語る資格はない。


 そんな俺にキャルちゃんは決定的な証言をした。


「……リラさんは、アルさんが帰ってこない間、夜はずっと、そこにある椅子に座って……アルさんの帰りを待ってたんです」

「え……」


 俺はキャルちゃんの目を追って椅子を見つけた。その椅子はロビーの隅にひっそりと置かれている。


 どこにでもある平凡な椅子。

 言われるまでそこにあったことすら気づかないような椅子。


 その椅子に腰かけるリラを、思わず想像してしまった。



「アルさんが冒険者ギルドにいることは知ってました。ここにくる人達が話していましたし、リラさんも、それを聞いていたはずです。……だけど、リラさんは会いにいけなかったんです」


 俺がもやもやとしている間、リラは何を思ったのだろう。


 俺にはわからない。

 でも、知りたい。

 わかりたい。


「それでも昨日の朝に、城から騎士の方がきて、アルさんと一緒に明日城にくるようにって言ってきたんです。だから、リラさんにはアルさんに会う理由ができたのに、ずっと、そこから、離れなくて」


 リラが昨日冒険者ギルドに来たのは夕方か夜だ。騎士が来た朝からも、リラは椅子に座って待っていたのかもしれない。


「だからわたし、夕方になってリラさんに、わたしが冒険者ギルドに行きましょうかって、聞いたんです。それでやっと、リラさんは、アルさんに会いに行ったのに」


 そこまで話してキャルちゃんは我慢できずに泣き出してしまった。

 そして、そうさせたのは俺だ。


「なのにアルさんは、帰ってこなかった! リラさんが、どんなに心配したか知ってるんですか!? 昨日の夜リラさんは、何度も何度も、ここと外を行き来して、その度に、アルさんは帰ってきてないかって……何度も、何度も……」



 俺はキャルちゃんの言葉を最後まで聞けなかった。考えるよりも早く、俺の足は階段を駆け上がっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ