46 フォルティカ《鶏肉》
「アルさん、よかったらこれも食べてください」
フライングシャークを倒した次の日、朝食を食べているとキャルちゃんが追加のお皿を差し出してきた。
その皿には朝から上等な肉がのっている。
「……天使か」
俺は思わずキャルちゃんを見上げたが、ニコニコと笑うキャルちゃんはまさに天使そのものだった。
「昨日の冒険者さんが追加りょ、お礼にって。てへっ」
仕事ができるキャルちゃんはかんでもかわいい。
それに昨日の四人も律儀だ。
やっぱり礼儀って大事だよね。
俺は遠慮なく肉を口に頬張る。
キャルちゃんも満足そうにこちらを見て笑っている。幸せな時間だ。
「それで、アルさん。またお願いがあるのですが……」
なんということだ!
急にキャルちゃんの笑顔が曇ってしまった。
「どうしたんだい? 俺にできることなら何でもするよ」
「ありがとうございます。それでは今日は南の山の討伐応援に行ってください。依頼主は南門で待つとのことなので、早く食べてください。あとこれがメモです」
最後にキャルちゃんは一度笑って調理室に戻っていった。
よかった。
キャルちゃんの笑顔が戻って。
俺は急いで朝食を食べ終えていつもの南門に向かった。
次の日。
「アルさん。東の迷宮探索の応援に」
また次の日。
「アルさん。海岸で異常繁殖した魔物の討伐に」
そしてまた次の日。
「アルさん。近くにニードルチキンの群が現れたので肉を確保してください」
「俺、討伐しか無理だよ?」
「回収は他の冒険者がやるので、肉を傷めずに倒してください」
「いや、だから俺狩り専で……」
キャルちゃんは目を細めると、俺の言葉を待たずにテーブルから食べかけの皿を回収した。
そして何も言わずにつかつかと調理室に向かって歩きだす。
その行動がなんなのかわからずに俺はぼんやりと見ていたが、なにもなくなったテーブルを見て俺は固まった。
そして取り返しのつかないことをしてしまったと気がついた。
「まっ! 待ってくれ! その依頼をやらせてくれ! いや、俺にやらさせてください!」
俺は慌てて椅子から降りて地面に両手をついた。完全降伏の合図だ。
周りの客達はドン引きしているが俺には死活問題なのだ。背に腹は変えられぬ。
「最初からそう言えばいいんですよ。たくさん回収できれば少しは分けてあげますから」
「ありがとう! ありがとうございます!」
そう言ってキャルちゃんはお皿を返してくれた。
俺は何度も何度もお礼を言って反省した。
◇◇◇◇
その日、ニードルチキンは王都近郊から姿を消した。キャルの指定した群どころか一羽も余すことなく狩られた。
というかチキンと名のつく魔物はすべて狩り尽くされた。更にすべての魔物は、不思議なことに外傷がまったくなかった。
アルは新技でも手に入れたのだろうか?
おかけでアルは魂だけを抜き取る《死神》という二つ名を手に入れてしまった。
そして予定外の量に当初の数倍の冒険者が回収に当たったが、一日では回収は終わらなかった。そもそも死神が三日間昼夜問わずに狩りまくっていたので終わるはずがなかい。
消費が追いつかないほどの鳥をなんとか食べ尽くすため、王都では新たな鳥料理が続々と開発された。
そしてその指揮は十歳ほどの少女がとっていたとかなかったとか。
ただ、その少女の才能に惚れこんだ人々は彼女を《美食の女王》と崇め、後に一大勢力を築いたらしいので実在したのかもしれない。
……数日後。
「やり過ぎです」
「すみませんでした」
チキンの討伐だけでは終わらず、結局アルは回収まで休みなく走り回った。
キャルに怒られたあと、下を向いてトボトボと街を歩くアル。夕日に照らされるその背中には哀愁が漂っていた。
「チキンをたくさんって言ったのに……」
キャルが指示したのはニードルチキンだけだったが、アルにそんな細かい指示が伝わる訳がなかった。
◇◇◇◇
俺は元気を充電するために冒険者ギルドに足を運んだ。
こんな時にワッキー&ソーダがいればすぐに回復できるのだが、残念ながら彼らはいないようだ。
というか初日以来会ってない。
寂しいじゃないか。
あたりを見回していると、訓練所の方から大きな音が聞こえてきた。もうすぐ夜になるのに頑張っている人がいるみたいだ。
他の冒険者は既に酒を呑んでいてベテランが立ち会いをする時間ではない。だが新人にしてはいい音をさせる。
俺はすこしだけワクワクしながら訓練所を覗くと、そこには無双するフォークスさんがいた。
フォークスさんに敵う冒険者などフォルティカ王国にはまずいない。
だから彼に挑むのはいつだってパーティを組む者だ。
なのに今は一人の男が挑んでは蹴散らされている。
それでも何度も挑み続けている。
きっと師匠が見たら泣いて喜ぶ光景だろう。
そして「私も〜」とか言って立ち会いは一瞬で終わるはずだ。
そういえば最近も師匠のこと思いだしたばかりだったな。「どこだっけ?」と考えていたが、目の前の立ち会いを見て思いだした。
「あの人、引退するんじゃなかったの?」
彼はフライングシャークの討伐を依頼した冒険者のリーダーだった。
「はぁ、はぁ、ありがとう、ございました……」
「おぅ」
ついに彼は立ち上がれなくなったがなかなかいい根性をしていた。
訓練の立ち会いでここまでの気迫を見たのも久しぶりかもしれない。
フォークスさんが俺のもとに歩み寄ってきたので挨拶をする。
「お疲れ様です。どうでした? 彼は」
フォークスさんは振り返って男を見るが、彼はまだ立ち上がれずに地面に転がったままだ。
「修行が足りねえな。見た目通り今まで楽してきたんだろ。だがまぁ、まだ終わりじゃねえんなら、悪くはない」
フォークスさんのそれはきっと褒め言葉なのだろう。なんだかんだフォークスさんは面倒見がいい。
と思ったが俺には厳しかった。
「またお前が何かやったんだろ」
「そうやってなんでもかんでも俺のせいにしないでください」
「ほぉ。それなら数日前から鶏肉しか食べられないのはお前のせいじゃないのか?」
「すみませんでした。すべての責任は俺にあります」
いつの間にかフォークスさんにまで迷惑をかけていた。というかどれ程の影響が出てるんだ?
俺は宿屋に戻るのが怖くなってきた。
フォークスさんが訓練所を出ていったあと、地面に転がったままの男に話しかける。
「冒険者辞めるんじゃなかったの?」
目だけで俺を捉える男。
彼はボロボロだったが、どこか満足そうにも見えた。
「言っただろ。決心したって。だから辞める事をやめたんだよ。それに残りのメンバーはきっちりと辞めた。ただし、自分が本気になれることを一生懸命探すって言ってたよ。どうやらお前を見ていい意味であきらめがついたそうだ」
男はそう言って笑うが、冒険者は引き際を間違ってはいけない。
死んでは引退できないし、五体満足のうちに辞めるのもひとつの勇気。死ぬまで戦い続けることができる人間など一握りなのだ。
「そんな顔をするな。仕方ねぇだろ……死神に魅了されたんだ。お前だってそうなんだろ?」
リーダーだった男の瞳は希望に満ちたもので、新しい何かを見つけたのだろう。
その思いは俺にもわかる。
俺が躓いた時、師匠はいつも道を示してくれた。それは決して楽な道ではなかったが、後悔をしたことはない。
そして今、彼は俺の背に師匠の姿を見たのだろう。そうであれば、俺は師匠の弟子として応えなければいけない。
「名前は?」
俺はリーダーに手を差し出して名前を聞いた。今更失礼かもしれないが、ここからが彼との本当の出会いだ。
「トードだ」
お互いに熱い握手を交わす。
きっと師匠も同じように手をとることを選ぶだろう。
そんな師匠の想いをもっとトードに伝えるため、俺は熱い想いを拳にもこめた。
「……アル? その、そろそろ手を、アル! 離してくれ! 手が、手が〜〜〜!」
俺の熱い想いが拳に集中する。
それに伴って熱く交わした握手の隙間から光が漏れだす。
駄目だ。我慢できない!
「爆拳!」
ドガン!
「ぎゃ――――!!」
こうして師匠の弟子としての役割を務めた俺は、スキップしながら宿屋まで帰った。
「あっ、アルさんちょうどよかった」
宿屋に入ってすぐにキャルちゃんが話しかけてきた。夜でも働くなんて本当にえらい子だな。
「実は明日、護衛の依頼が入りまして」
「護衛? 俺狩り専だよ」
俺は反射的に答えたあと、すぐに失敗に気がついた。先日言い訳をして怒らせたばかりじゃないか。
そんな飯の心配をした俺だったが、キャルちゃんは気にせず返事をしてくれた。
「そうですよね。では私から断っておきます」
なんとキャルちゃんは俺の意見を優先してくれた。
やはり君は天使だ。
俺は嬉しくなってニコニコしていたが、次の瞬間には凍りついていた。
「グダグダ言わずにやればいいのよ」
コツ コツ コツ コツ
誰かが宿屋の二階から、女性らしく足音をたてて降りてくる。
その姿を見た俺はどんな間抜けな顔をしていたのだろうか?
「ふん」
どこにでもいるブラウンの髪をかきあげながら彼女は俺の前に立ちはだかる。
多分不機嫌ではないのだろうが、その目は鋭く……やはり隈がすごかった。
「……姐さん」
「誰が姐さんよ」
リラとの再会は、二年前と同じ夏の夜だった。
20話ぶりのリラさんの登場です。
二人の懐かしいやりとりをお楽しみ下さい。




