42 サラガ《剣士》
俺は好戦的なこの男を知っている。
なんせ天界から地上に降りてはじめて戦った男だ。当時は実力差があり過ぎて手も足も出なかったが。
でもあの敗戦のおかげで俺は自惚れずに訓練を続けれたのだ。
いや、すこし自惚れてたか。
なんならさっきの化け物も自惚れてたせいで死にかけた。
ちゃんと反省しよう。
それでもいつかこの人に雪辱を晴らしたいとずっと思っていた。
だからこれは俺にとってありがたい再会だ。
「お久しぶりです。修行の地で会ったのは三年前の夏でしたね、フォークスさん」
「もうそんなにたつのか。確かにあの頃のお前はまだまだ子供だったからな」
どうやら覚えていたようだ。
この世界で誰かに再会するのははじめてだから俺もなんだか嬉しい。
「はい。もう少しで十六になります。先程は助けて頂いてありがとうございました」
「そうか。まぁその話はあとで聞かせろ。それよりも力も速さも上がったようだな。試してやるよ」
あまりに素っ気ない挨拶に思わず笑ってしまった。早く戦いたいからさっさと会話も終わらせたいのだろうか。
だがそれは俺にもありがたい話なのでもちろん便乗する。
「ではよろしくお願い、します!」
俺は挨拶もそこそこに飛び出した。
もちろん剣も魔法も使って全力で挑む。
なぜならこのひとからは先生に並ぶ程の強さが滲み出ているのだから。
「ははっ! さっきまでの動きと段違いだな」
フォークスさんは楽しそうに俺の攻撃を受け止めている。
俺はときおり魔法波を織り交ぜて打ち合っているが一向に攻撃が届かない。
俺の攻撃を捌くこともなく、すべて正面から迎え撃つスタイルからは王者の風格が漂っているように見える。
逆にフォークスさんの一撃は受け止めるだけで致命傷だ。だから俺はすべて躱し続けている。
「能力を二つ持つことでそんなこともできるのか。並ならぬ修練の成果だな」
相変わらず上から目線だが仕方ない。
実際に格上の存在なのだから。
しかしフォークスさんは油断なく俺の動きを観察してくる。もうすこし油断してくれればこちらにもチャンスがあるのだが。
やはり戦いに対して真摯なひとだ。
このままでは勝てないと肌で感じる。
だが俺はあきらめない。
なんせ俺は頭が悪いがそれ以上にあきらめが悪いんだ。
実力差があるくらいじゃあきらめる理由にはならない。
ガガ ガキン!
それからさらに打ち合ったあと、フォークスさんはすこしずつ俺を追い詰めるように攻めだしてきた。
威力重視の振りから鋭さ重視の攻撃に変わってきたせいで避けきれずに弾かれる場面が増える。
さらに俺は化け物との戦いによる消耗と合わせ、動きはすこしずつ色あせていく。
そしていよいよ避けるのに必死になり、反撃できなくなる程に追い詰められた。
フォークスさんの動きに振り回されるばかりで動きがちぐはぐになっていく。
このままでは何も出来ずに終わる。
あとがなくなった俺は自分に言い聞かせるように雄叫びをあげ、頭からフォークスさんに突進した。
当然フォークスさんは余裕を持って迎え撃った。捻りを加えたあと、左半身から大剣が右に振り抜こうとしている。
(ここだ!)
ギギギギ!
そして俺はこの時にはじめて、短剣でその攻撃を受け流そうとした。
フォークスさんの剣撃は重く、目の前では剣と剣のぶつかり合いで火花が散っている。
それでも歯を食いしばってゴロウさんとの訓練で身に着けた瞬転の変化型を使った。
「ぐぅ、があ!」
ギーン!
体の芯に向かってくる力を無理やり左へと弾くことに成功した。
そのおかげでフォークスさんの剣は振りぬかれ、体の正面に道ができている。
(決める!)
俺はこの瞬間のために、あえて受け流しを使わずに躱すことに専念していた。
だが疲弊していたのは事実だ。
そこまで演技していればフォークスさんに見抜かれていただろう。
そのせいで実際に危うい場面もあったが俺は今勝機を掴んだ。
受け流した俺の剣はをすぐさま攻撃の軌道に変えて横薙ぎへと変わる。
三年かけてようやく一撃返せるまできた。
しかしこの時俺は、左視界の隅で違和感を感じた。
(フォークスさんの振り抜かれたはずの剣が視界から消えない。……いや、むしろ近づいてくる? まさか!?)
視線だけを移してフォークスさんの剣を見て確信した。
フォークスさんの剣筋はすでに攻撃の軌道に変わっているのだ。
しかも先ほどの振り抜かれた勢いを更に増している。あきらかに俺の攻撃よりも速い。
それは剣鬼の動きを彷彿させるようだった。つまりフォークスさんはすでに瞬転を習得していたのだ。
俺は体を捻り、切り裂かれないように体勢を防御の姿勢に変えるのが精一杯だった。
ガン!
「ぐっ!」
不安定な体勢で受けた一撃は重く、俺は踏み留まることができずに吹き飛ばされた。
策を練って最高のタイミングを得ても、フォークスさんを越えることはできなかった。
そして地面に転がって大きな溜め息をつく。
「前もこうやって空を眺めてたなぁ。……また負けた」
俺は三年前の夏を思い出しながら、またも敗北宣言をした。
「なんで最後の攻撃に気がついた?」
フォークスさんは地面に倒れている俺に手を差し出して聞いてきた。やっぱりこのひとは戦い以外では礼儀正しいひとなのだ。
「剣を教えてくれた人が使っていたんですよ。俺は使いこなせませんが」
剣鬼の技はもちろんこれだけではないはずだ。
しかしこれ以上の技を見る機会は結局なかった。俺が強ければもっと見れたのだろうが。
「そいつはどこにいる?」
「わかりません。俺が教えてもらったのは小さい時ですし、あれがどこで誰だったのかも」
流石に天界について話すわけにはいかない。すこしだけ本当のことを言って誤魔化すように説明したら、フォークスさんは残念そうに溜め息をついた。
「あの技が使えるようになったのは最近だ。昔は地面を叩いて反動を利用していたんだかな」
そういえば昔やられたときは地面に埋まっていた岩を叩いていたな。あれは瞬転のための動作だったのか。
というか瞬転ってこんな大剣で使う技なのか?
追いつけるかな?
ちょっと弱気になってしまう。
「フォークスさんはやっぱり強いですね」
「謙遜するな。それに俺はあの技を受け止められたことのほうがショックだ。そもそも戦い疲れてるはずのお前に勝負を挑んだ俺が悪い。だからこの勝負は引き分けだ」
フォークスさんはショックと言いながらも嬉しそうに笑っていた。
日も暮れてきたので二人で野営の準備をはじめる。
もちろん食料はそこらへんにいた牛の魔物だ。いつもありがとう。
「フォークスさんも特級迷宮の街から来たの?」
「あぁ。勇者アルという男がひと暴れしたあと、フォルティカに向かったって聞いてな。ちょうどよかったぜ」
「はは……まさか取り立てじゃないですよね?」
「……何したんだよお前は。まぁいい。それで、あの時のお前はなんだったんだ?」
「ん〜、うまく説明できませんが……」
説明してはみたもののはっきり言って自分でもわからない。
この道に突然黒い化け物が現れた。
そして十数年前の惨状を見せつけられ、そのまま体を乗っ取られた。
これで理解できるはずがない。
そんな話を最後まで聞いたフォークスさんはあごに手をついてなにかを考えこんでいる。
すこし間をおいても黙ったままだったので、俺は何気なく質問を投げかけた。
「なにが気になりました?」
それに対してフォークスさんは視線を上げると、すこしためらように話しだした。
「お前が見たという最後に生き残っていた騎士は、確かに第三王子の名を口にしていたんだな?」
「ええ。ですがそもそも俺が見たものが真実かどうかもわからないですが」
「いや、お前が見た第三王子とやらはオーラも発動させずに戦ってたんだろ? それなら多分、あのひとだ。そうか、竜に……破れたのか」
「? フォークスさんは第三王子を知ってるんですか?」
「ああ。よくあとを追いかけていた」
それからフォークスさんは第三王子について語ってくれた。
第三王子の母は旅でたまたまフォルティカ王国の王都に立ち寄った異国の魔法使いだったらしい。
当時の王には既に正妻も子供もいたが、魔法使いに一目惚れした王は側室にと招いた。
最初こそは断っていた魔法使いだったが、子供ができても王位には関わらせないという条件付きで了承したようだ。
そしてふたりの間に子供が生まれた。
それが第三王子だ。
だが彼が王室で育つことはなかった。
なぜなら異国の魔法使いは隣国の特級迷宮を滅ぼすために迷宮国家サラガに居を構えるようになったからだ。
その事態に王室は慌てた。
いくら王位に関わらせないとはいえ、王子の一人をそんな危険な場所にいかせるわけにはいかない。
しかし魔法使いの女は許可を貰うこともなく子供を連れて城を出ていったのだ。
そこで王は迷宮国家サラガの迷宮攻略支援という名目で騎士団を派遣した。
もちろん本当の目的は魔法使いと第三王子の護衛だ。
その騎士団のなかにフォークスさんの父親がいたらしい。しかもフォークスさんの父親は異国で修行をしてからフォルティカ王国に帰ってきたらしく、王国最強の騎士と呼ばれていたそうだ。
「俺が生まれたのはそれから何年かたってだ。あのひとは王子らしくなくてな、いつも修行だと言って周りを困らせていた。能力には恵まれなかったが、実際強いひとだったよ」
はじめてフォークスさんと話した時、フォークスさんは強さにも色々とあると言っていた。
きっと第三王子を見ていたからそう考えるようになったのかもしれない。
それから十数年、異国の魔法使いと騎士団は迷宮攻略に尽力した。
特級迷宮への道が開かれたのは彼らの力があったからこそだろう。
そして第三王子も成人する前から母親や騎士団と共に迷宮に潜って前線で戦っていたそうだ。
「かなりの努力家だった。だから騎士団からの信頼も厚かった。しかし生き残った騎士からの報告は消息不明。死を認めたくなかったか、あるいは……」
「あるいは?」
「……いや、なんでもない」
フォークスさんは顔を伏せてそれっきり黙ってしまった。
彼は第三王子を知っていたのだ。
だからこの話は堪えたのかもしれない。
今はただ、彼らの冥福を祈るしかできない。
それから俺とフォークスさんは一緒にフォルティカ王国に向かうことにした。
だがその間、俺は付与の能力を発動することができなかった。




