40 サラガ《卒業》
「折角誘ってくれたんだ。先手は譲ってやるよ」
先生は俺を試すように言ってきたが、その目は何かを期待しているように見える。
そして俺はそれに応えなければならない。
強くなって認められたい。
そんな子供のような考えだが、それが俺と先生の関係なのだろう。
一度大きな深呼吸をする。
それからゆっくり地脈を意識する。
先生は言っていた。
地脈の力は借りるだけじゃ駄目だと。
決して一方的なものではない。もっと語り合えと。
もちろん俺にはまだわからない。
地脈の声など聞こえない。
それでも地脈に語りかける。
先生がそう言ったのだ。
信じるには十分な理由だ。
「地脈よ。俺の想いに応えてくれ」
突き出した両手の前に徐々に氷の結晶が現れる。決して大きくはないが氷の槍は雄々しく宙に浮いている。
「いきます! アイスランス!」
掛け声とともに放たれた氷の槍は、軌道上の空気を凍らせながら先生に迫る。
「ちったぁ形になったね」
俺が上位魔法を制御できるようになったのはつい最近だ。それもすべて先生のおかげと言える。
だが、いくら上位魔法と言っても簡単に先生に通じるはずがない。
「アイスシールド」
俺のアイスランスは先生の作ったアイスシールドとぶつかり氷の結晶としてあたり一面に舞った。
間髪いれず俺はそこに魔法を放つ。
右手で氷魔法、左手には風魔法、新たに手に入れた同時魔法で攻め続ける。
「ブリザード!」
俺の放った吹雪によって宙に舞う氷の結晶は意志を持った武器へと変わる。
その矛先は当然先生だ。
「そうだ。環境を味方につけて戦略を練る。教えた通りじゃないか」
先生は満足気に笑っているが、俺が放つ魔法をことごとく同じ属性魔法で相殺していく。まるでこれを超えてみろと言わんばかりに。
「まだまだ――! ボルト!」
「ふっ。やってみな」
ズダダダダ――――
それから幾度魔法を放ったかもはやわからない。
だというのに先生には傷ひとつない。
魔法を相殺するだけではなく確実に俺を追い詰めてくる。いつものことではあるが、それがたまらなく悔しかった。
「アイス バレット!」
今まで試したことのない氷魔法の銃弾を無数に放つ。すこしでも強力な魔法を意識するが、俺の魔力は尽きる寸前だ。
「器用になったじゃないか。それじゃあこっちもちょいと本気を出すよ。――アイスウェーブ」
先生の足元から無数のつららが生えてくると波のように迫ってきた。
俺の銃弾は氷の波に飲まれ、勢いを殺すこともできずに砕け散っていく。
それでも俺は残った魔力で急いで一帯を覆う冷気を呼び寄せる。
先生が放った氷魔法は凶悪だ。
しかし俺の魔法で先生のアイスウェーブに打ち勝つものはない。
例え魔法波を使っても火力は足りないだろう。
(どうする? どうする!?)
氷の波を睨みつけながら自問自答する。
怖いのは負けることじゃない。
先生の本気に触れることなく終わるのが怖いのだ。
(これは俺が挑んだ戦いだ。俺が先生にできる唯一の感謝。それは今だろ!)
先生と過ごした日々を思い返す。
先生の教えに無駄なものはひとつもなかった。
そのすべてを思い返す。
今の自分よりも強くなるために。
『地脈の力は借りようと思ってるうちはまだまだだよ。地脈との繋がりは決して一方的なものじゃない。だから地脈ともっと語り合いな』
(地脈と、語り合う。俺はできていたか? 地脈を意識するばかりで、受け取ろうとしてきたか?)
氷の波はすぐそこまで迫っている。
それでも俺は目を瞑る。
そして小さく息を吐き、自分の足元にひろがる存在を意識した。
(渦巻いている。そのほとんどが協力的ではないけど、わずかに俺を見ている存在がいる。彼らなら、応えてくれるはずだ)
確信はなにもなかった。
それでも俺は自信を持ってそれを受け入れる。何者の力かもわからないそれを。
両手を頭上に掲げ、集めた冷気に力を込める。
その力は嵐を呼び、暴れるように渦巻きだした。あきらかにさっきのブリザードとは違う。
それは上位魔法以上に制御が難しく、自身の腕が傷ついていく。
それでもやめない。
(強くなる事でしか先生に恩返しができないんだ! だから越えろ! 俺自身を、先生の期待を!)
迫りくる氷の波を目前にして俺は叫ぶように地脈に言い放った。
先生が教えてくれた『語りかける』とはほど遠いものだったかもしれない。
だがそれがもっとも俺らしいと思ったのだ。
だから声が聞こえた気がした。
そして俺はそれを復唱する。
《ブレス》
ブゥゥワァァァァアアア!!
その瞬間制御しきれなかった風が突如向きを揃え、螺旋を描きながら氷の波を蹴散らした。
さらにその風は勢いを失うことなく突き進み、ついにブレスは先生に飛びかかった。
「やればできるじゃないか。いい子だ」
その時、普段構えさえしない先生は両手を前にかざした。
その身を鮮やかなオーラが包む。
揺らめく事なく、秩序を保ったオーラが。
最後に先生は一度目を瞑り、静かに唱えた。
「インパルス」
ズババババ――――
その魔法は穏やかな詠唱とは対照的に圧倒的な破壊力を持っていた。
俺のブレスと先生が放った衝撃波がぶつかり合うが、それはさっきまでのぶつかり合いとは次元が違う。
地が裂け、洞窟全体か揺れる。
まるでいつかの禁断魔法を間近で受けたようだ。
俺は揺れる地面になんとか踏み留まる。目の前では行き場を失った風が吹き荒れ、砂塵が舞っていた。
果たしてあの衝撃を間近で受けた先生は無事なのか。俺は目を逸らすことなくその風が吹きやむまでじっと待ち続けた。
「ふぅ。なかなか楽しかったね」
「先……生」
ようやく土煙が晴れた先では先生がさっきまでと同じ場所に立っている。
それを見た俺は少しだけ安心した。
そして先生は自分の手のひらをじっと見つめ、やがて顔を上げて呟いた。
「自分の血を見るのは随分久しぶりだよ。……よくここまで成長したね」
それはこの戦いの終わりの合図であり、先生からの卒業を意味するものでもあった。
◇◇◇◇
戦い終えた俺達は歩きながら地上を目指した。食料調達の度に何度も往復したが、今は少し名残惜しく感じる。
魔物もそれを感じとっているのか、いつもより多めに襲ってくる。特にミノタウロスはスクラムを組む程だ。一体何が彼らをそこまでさせるのか。
先生がジト目で俺を見てくるが俺のせいじゃない。なぜなら俺も被害者だからだ。
「最後の魔法を放つ時、声が聞こえたんです」
俺はブレスを放つ時の事を思いだしながら先生に話した。ブレスが使えたのはあの時だけで、道中に試そうとしたが一度も使えなかった。
そして今では足下の存在もわからない。
「あのブレスとやらはあんたの魔力じゃ使えないし、そもそも魔法でもないだろう。はっきりとはわからないが、おそらく地脈の力そのものだよ」
確かにあの時、俺の魔力はほとんど尽きていた。
なのにあれ程の威力を持つなにかを放てた。
きっと俺の魔力ではなかったのだろう。
結局俺にはその程度しかわからない。
ただ、強くなれる可能性を見つけれたのは素直に嬉しいし、そう導いてくれたのは先生だ。感謝してもしきれない。
それを表情にだしながら歩く俺に先生は唐突に質問をしてきた。
「あんたはなんの為に強くなりたいんだ?」
しかしその答えはこの世界に生れた時から決まっている。
だから俺は胸を張って答えることにした。
「世界を救うためですよ」
「……」
「……」
自分で言葉にして気がついた。
きっとこんな事を言って許されるのは子供までだ。成人前とはいえこの年の人間が言うとかなり痛い。
「厳しい道を選んだね」
おや?
笑われるかと思ったけど先生は真剣に聞いてくれた。むしろこちらの覚悟を問うているようにも見える。
そういえば「世界を救う」なんて地上の誰かに言ったのは初めてかもしれない。
「といっても、迷宮を攻略するくらいしか思いつかないですけどね。それに先生に稽古をつけてもらってなんですが、俺はまだ特級迷宮を攻略するだけの力を持っていませんし」
きっと先生とふたりでもこの特急迷宮を攻略するのは無理だろう。
力をつけたからこそ、特級迷宮の危なさが改めてわかる。
二千年前に特級迷宮を攻略した人達は、正しく怪物だったのだろう。
「あんたにはまだ時間がある。それに一人で背負う必要もないさ」
先生はいつになく優しかった。
だからこそ、その想いに応えたい。
俺にとって先生はもう他人ではないくらいに恩を感じる相手なのだ。
それからさらに歩いたところで外の光が見えだした。
今が何時かわからないが、きっと月の光だろう。
毎日のようにボロボロになったけど、これほど訓練で充実した日々は天界以来だった。
「次にくる時は攻略してやるからな」
俺は外に出たあと、振り返ってから迷宮に喧嘩を売ってみた。
もちろん本気だ。
俺は強くなってまた挑むのだ。
「私も国に帰ってから鍛え直そうかねぇ」
先生は月を見上げながら呟く。
先生がこれ以上強くなったら俺は追いつけるのだろうか。
それでも今は弱音を吐いてはいけない。
だから無理をしてでも強がった。
「次会う時は先生にも勝ちますからね」
俺は力を込めて先生に告げた。
それが先生へできる唯一のお礼だから。
そんな俺の強がりを先生は笑って受けとめた。優しく、温かく。
「ふふ。あんたに会えてよかったよ……アル」
「……先生」
この数ヵ月を通して先生は初めて俺の名を呼んでくれた。
それだけのことで思わず涙ぐんでしまう。
折角格好良く別れようと思ったのに台無しだ。
「生きていればまた会える。それまで元気にするんだよ」
そう言って先生は振り返って歩きだした。
今まで薄暗い洞窟の中で気づかなかったが、月に照らされる黒い髪は薄っすらと輝き、見る者の目を惹き付ける。
その後ろ姿を見て凛々しく強い人なのだと改めて感じた。
「俺いろんな国を旅しますから! だから絶対先生にも会いに行きますから!」
俺の宣言に対して先生は振り返ることなく手をひらひらと振った。
そして俺はそれを見送ることなく反対側に歩きだす。
いつの間にか春の風は熱を帯びる季節になっていた。




