39 サラガ《先生》
サラガの特級迷宮に数週間潜ったけど誰にも会う事はなかった。そもそもここは特級迷宮という難所なのだ。
挑戦できる人間も少なければ、俺みたいに長居する人間なんてもっと少ない。
つまり何が言いたいかというと、この迷宮には人がいないと思ったんだ。
だから目の前に現れたとんでもない魔力を持つ存在を俺は敵と思った。
だから仕方ないのだ。
先手必勝で魔法波を打ち込んだのは仕方ないのだ。
「ほぉ。この私に攻撃しようとはいい度胸だね。しかも面白いのを使うじゃないか」
だって人だとは思わなかったのだ。
いや、見てくれは完全に人だ。
年は五十歳くらいだろうか?
だからこんなところに女性が一人だけでいるとは思わない。
しかもとんでもない魔力を持っていたせいで俺には強敵にしか見えなかった。
今はラスボスに見えるけど……
実際に俺の打ち込んだ爆波はこの人の火魔法で相殺された。むしろ押し負けて吹き飛ばされた俺は少し焦げている。
相殺じゃないな。返り討ちだ。
「すみませんでした! 間違えました!」
だから俺は素直に謝った。
それはそれはきれいに頭を下げて謝った。
迷宮国家サラガにきた時は自分勝手に生きるとか言っていたが、時と場合をわきまえなければいけない。
「……」
「……?」
返事がないので伺うように顔をあげると、その女性は見下すように俺を見ていた。
いや、俺の何かを見定めているようにも感じる。
そして最後には何やらおもしろいものを見つけたように笑った。
「おいおい。何勝手に終いにしようとしてんだ?」
おや?
彼女から不穏な空気が流れる。
その女性はゆったりとしたローブを羽織っている。手には杖などを持ってないが、多分魔法使いだ。魔道具など使う必要がないほど練度が高いのだろう。
「続きをやるよ。ガキに格の違いを教えてやるのも私の務めだ」
そう言って彼女はファイアボールを頭上に作り出したが………でかい!
俺を丸まる飲み込める程の大きさだ。
「さぁ、躾の時間だ。挨拶代わりに受け取りな」
彼女は俺に向けて手を振り下ろすと、ファイアボールは勢いよく飛び出してきた。火力は絶大だろう。
「エアスラッシュ!」
俺は距離をとったままそれを迎撃した。
ゴロウさんとの戦いでは魔法を使わないと決めて挑んだが、この人相手にそれは無理だ。
だから最初っから全力で応戦する。
しかし風の刃はファイアボールに斬りかかって表面を傷つけるだけで分断することはできなかった。
迫りくる火の玉を前に、今度は軌道が逸れるかを試みる。
「エアーインパクト」
次は風の衝撃魔法でファイアボールの軌道を変えようとしたが、一瞬陥没させただけでまったく方向を変えることができない。
(火力が違いすぎる!)
俺は迎撃を諦めて横に大きく跳んだ。
ファイアボールの火力はすごいが速度はたいしたことはない。
俺の素早さなら慌てることなく避けきるたはずだったが、それを簡単には許してはもらえなかった。
「逃げるんじゃないよ」
「なっ!?」
彼女の声に反応し巨大なファイアボールの側面から無数の火の玉が放たれた。大きさは拳程の大きさだが速度が早い。しかも間断なく無数に飛んでくる。
最初のいくつかはウォーターウォールで防いだが続けて飛んでくる火の玉に突き破られてしまう。
俺は迫りくる火の玉を魔法波で迎え撃つために構えた直した。
一発あたりの火力はそこまでいらない。
それよりも発動速度が重要だ。
胸元に飛び込んでくる火の玉を両の手で交互に撃ち落とすが数が多過ぎる。
捉えきれずにいくつも被弾する。
それでも腰を落して姿勢を保ちながら魔法波を放ち続けた。
いつか終わると自分に言い聞かせて……
千を超える程の火の玉を放ったファイアボールは小さくしぼみ、ようやく消滅した。
それを全部魔法波と被弾で受け止めた俺は膝に手をつき肩で息をしている。
もちろんそこに達成感などない。
最近の修行を思い返すがここまできついのはなかった。特に魔法に手をやくことは地上に降りてからなかったので尚更きつい。
しかしこれで終わりのはずがない。
彼女は「挨拶代わり」と言ったのだから。
首だけ上げて見た彼女は不敵に笑っていた。
その周囲には千を超える水の玉が浮いている。さっきのは本当に挨拶だったようだ。
俺はそのあとも魔法波やら瞬転やらを駆使したが、彼女の攻撃のレパートリーが増えるだけで防御以外なにもさせてもらえなかった。
本当に格の違いを見せつけられ、最週的には土下座するように地面に倒れて意識を失った。
◇◇◇◇
「もうちっと根性見せれなかったのかね?」
「すみませんでした」
俺は目覚めと共に謝った。
完敗だ。ここまでなにもさせてもらえなかったのはいつ以来だろうか?
天界でも最後の方は剣鬼に反撃できていたのに。
いや、ちょっと嘘かもしれない。
反撃というか反抗だ。
そして正しく反撃されていた。
「いや〜強いですね〜。え〜と……マダム?」
「はぁ……フレア」
「ぎゃ――!」
どうやら「マダム」の呼び名はお気に召さなかったらしい。
しかし彼女はこっちが喋るのを待っている。
俺は正解を導き出せるか?
「貴婦じん「フレア」ぎゃ―!」
「奥さ「フレア」ま―!」
「お嬢さ「フレア」まー!」
「リラ様!」
「……誰だいその女は?」
「え?」
駄目だまったく正解がわからない。
いやわかるはずがない。
さすがに理不尽だ。
「鬼「フレア」ぎゃー!」
「魔「フレア」おぎゃー!」
「おばあちゃん!」
「……」
あれ?
正解か?
まさかそういうキャラか?
「……はぁ……ボルト」
「あギャ――!!!」
一番ひどいのを受けた。
「まずは自分が名乗りな」
彼女は今更な事を言ってきた。
魔法をバカスカうったあとに言う事じゃない。
「はい! アルです! ただのアルです! よろしくお願い致します!」
もちろんそんな事は口に出さない。どこまでも素直に返事をする。
今まで無謀な戦いをしてきた自覚はあるが、俺の本能が絶対に逆らうなと叫んでいる。
「その名は誰につけられた?」
「? 師匠ですが?」
「……そうか」
彼女は大きく息を吸うと、時間をかけて吹き出した。
「私の事は好きに呼びな」
「……マダ「フレア」むぎゃーー!」
その後もいくつかの魔法を浴び、最終的には「先生」で落ち着いた。
◇◇◇◇
先生と出会ってからは魔法の特訓を日々つけてもらった。
最初の戦闘では気づかなかったが、先生は魔法を発動する時にオーラが現れない。
それは色をもたないことではなく、俺との戦い程度なら地脈から力を引き出す必要がないかららしい。
地脈の力を借りなくても魔法を使えるなんて知らなかった。普通は生活魔法ですら、薄っすらとオーラに包まれるのに。
規格外の魔法使いだ。
「そんなオーラでここまで戦えるほうがおかしいに決まってんだろ。それも三つの能力持ちなんて聞いたことがないよ。頭のネジどうなってんだい?」
先生の機嫌をとるのは難しい。きっと俺は今日も丸焦げになるのだろう。
それでも先生との日々は新鮮で楽しかった。地上に降りてからこれ程多くの事を教えてくれた人はいなかったかもしれない。
この大陸の歴史についてや、地脈との関わり方についても教えてくれた。
あと、俺には圧倒的に常識が足りない事も教えてくれた。でもどうしようもないと諦められた。悲しくなった。
そんな俺と先生の一日はやはり魔法の修行がメインだ。
「魔法を使う時にいちいち意識するんじゃないよ。あんた接近戦でもそんなことする気かい?」
「く、ファイ」
「遅い」
ドカーン
先生は詠唱すらせずに魔法を放ってくる。一体どれ程の修練を積んだらその領域にいけるのだろうか。
「魔法は放ったらおしまいじゃないんだ。手元離れても制御する癖をつけな」
「ウォーターウォ」
「横ががら空きなんだよ」
ドカーン
先生の魔法は変化球のように壁をすり抜けてくる。一体どれ程の修練を積んだらその領域にいけるのだろうか。
「魔法の強弱と順番を意識しろ。環境も味方につけるんだよ」
「エアーイン」
「なんでそこで風魔法を選ぶんだい」
ドカーン
先生はとにかく魔法をぶつけてくる。一体どれ程の修練を積んだらそこまで容赦なく攻撃できるのだろうか。
「なにへらへらしてんだよ」
ドカーン
多分癖だな。
名前を呼ぶくらいの感覚で魔法を放ってるなこの人。
それでも俺の弱点は少しずつ改善されていった。魔法の成長が他よりも遅くなりだしたことには気づいていたから、俺は積極的に先生から魔法を習った。
◇◇◇◇
「先生はなんで迷宮にいるの?」
「……なんだい急に」
俺は先生と随分長いこと迷宮に潜っている。たまに外に出て食料やら薬草やらを集めには出ているが、多分数ヵ月たっている。
普通こんなに長く迷宮に潜る人はいない。
それにいまさら思ったけど、先生は俺よりも長くここに潜ってるんじゃないのか?
「だって家族が心配するかもだし」
「はぁ。なんの心配だいそりゃ」
それから先生は少しだけ自分自身の事を語ってくれた。あまり自分の事を語らない人だったから俺は嬉しくなってじっと聞いていた。
ただ楽しい話ばかりではなかった。先生には辛い過去もあった。
大事な子を失った悲しみなど、俺のような人間では癒せない。
「あんたが気にする事じゃないさ。それに長生きするとね、不思議な事もあるんだよ。だから……悪くはない人生だったかのかもしれない」
それっきり先生は黙ってしまった。
向かい合っているはずなのに目が合うことがない。そんな先生を見て、これがこのひとの精一杯の弱音なのだろうと思った。
(俺の知っている女性はみんな強いな……)
先生は何かを思い出すように地面をぼんやりと眺めている。
少ししわのある目元は、いつもと異なって優し気だった。
本当はなにか言いたかったが、俺は言葉をみつけることができずに俯いてしまった。
そしてその行動を悔やんだ。
どうしてこんな時に常識外れの行動で場を和ませてあげられないのかと。
俺にはそれしかできないのに。
それでも、俺にできることと言えば。
「先生、俺と戦いましょう」
俺は顔を上げて先生に言いきった。
その言葉になんの意味があるかはわからない。それでも俺はこの言葉を選んだ。
そしてぼんやりとしていた先生の目は少しずつ力を取り戻し、いつもの力強さを取り戻した。
「ふっ。それがあんたの口説き文句かい?」
先生は俺の目を見て楽しそうに笑った。
そこに含みはなく、心底おかしそうに笑っている。
「俺には常識がないですからね」
「そうだったね。ふふ。そんな言葉で惚れる女はいないだろうが、仕方ないね。私が相手してやるよ」
先生にさっきまでの陰はもうない。
悪戯気に笑う彼女を見て俺も思わず笑った。




