38 サラガ《逃走》
翌朝、老師はアルにいくつかの薬とポーションを渡した。特別なものではないがアルにとっては大事な薬だ。
「老師に教わった事、ちゃんと考えますね。俺馬鹿だから、すぐにはわかんないと思うけど」
「ほっほっ。無駄に年を重ねた儂でもわからんのじゃ。お主が簡単に辿り着けるわけなかろう」
老師はいつものように気さくに笑ったが、彼なりの励ましであることにアルはちゃんと気づいている。
「老師、お世話になったしこれを受け取ってくれないかな。俺が持ってても仕方ないし」
アルが差し出したのは巨人の頭から取り出した翡翠色の魔石だった。
「これはまた見事なもんじゃ。おそらく浄化の力を備えておるのじゃろう。そんな物をたかが怪我を治したくらいで差し出しおって。二度と手に入らぬかもしれんぞ?」
「いいんだよ。俺にとって老師との出会いはそれ以上に価値があった。だから、老師が好きに使ってよ」
老師は手元の魔石とアルの顔を見比べながら困ったように溜め息を吐いた。
「儂にとっても得難い出会いじゃったよ。だから、どうか達者でな」
「うん。老師も元気で」
こうしてアルの短い療養生活は終わった。
老師と出会わなければ、己の内面と向き合うことなどなかっただろう。
少年は、少しずつ、青年へと成長していく。
◇◇◇◇
アルは数日後、とある街に立ち寄った。
そこは特級迷宮にもっとも近い拠点。
第三王子が作った街だ。
今はこの街が迷宮国家サラガの中心地となっているらしく、義勇兵や冒険者も皆屈強そうに見える。
その代わり子供や老人の姿はほとんど見えない。戦いの為の街というのがよくわかる。
そしてどことなく寂しい雰囲気も漂っている。建物や道が新しいだけに、活気がないのが不自然にすら感じられる。
居心地の悪くなったアルだが、とりあえず街の門から真っ直ぐに進んだ。
そこで先程とは違う違和感に気がつく。
(見られている? それも複数に)
確かにこの街に子供は少ないが、アルと同じ年くらいの男なら他にもいる。だというのに、すれ違う者も店の者もアルを訝しげに見てくる。
長居はできないと感じたアルだったが、引き返す事なく進み、やがて広場に出た。
そこでアルはひとつの立て札を目にする。
そして思わず固まる。
それを見た街の者もじりじりと距離を詰めてくる。
はたしてそこにはなんと書かれていたのか!?
《白金髪で十五歳くらいの少年を探しています。見つけたら王家にお知らせ下さい ※報奨金あります》
アルが唖然として周りを見渡すと、すでに隙間なく街の者が広場を封鎖している。それを見てアルは冷静な判断を失った。
「ごめ――ん(ダダダ――)」
「「「捕まえろ――(ズダダダダ――)」」」
アルは必死の逃走劇をひろげた。
時に男達の頭を踏みつけ、時に屋根の上を走り抜けた。
「そっちに行ったぞ! 囲め囲め!」
「くそ! 捕まえる為の条件はないはずだ! 矢と魔法を放て!」
「俺そんなに酷いことした!?」
アルは久しぶりの敵意に恐ろしくなって逃げ回った。
街の者達も怒号をあげながらアルを追い回し、いよいよ魔法も放ってきた。
その後ろから義勇兵が叫びながら追いかけてきている。
やめろと叫んでいる気がするが、手前にいる者の殺気だった声ではっきりと聞こえない。
涙目になったアルは能力を無意識に発動して逃げ回った。そしてそうなったアルを止められる者などいない。
街の者が総出になっても捕まえる事はできず、アルは砦をよじ登って最後に一言叫んで姿を消した。
「もう魔石持ってないからごめ―ん!」
◇◇◇◇
「勇者アルが現れたのはまことか!?」
「はい。ただ何故か逃げられてしまいました」
「くそっ! これでは祝杯があげられないではないか」
アルが巨人を倒した事は迷宮国家サラガの全拠点に知らされた。
数ヶ月前まで伝説級の魔物が眠りから覚めて大騒ぎしていたというのに、どこからともなく現れた少年がたった一人で倒してしまったのだから。
それは辛い過去の多かった迷宮国家サラガにとって、久しぶりに訪れた明るい話題だった。だから国家として祝杯でもあげたくなるだろう。
だから迷宮国家サラガは全拠点に伝令を走らせ、勇者アルの存在を皆に知らしめた。
そしてお願いもした。
楽しい祝杯をあげられるように。
《白金髪で十五歳くらいの少年を探しています。見つけたら王家にお知らせ下さい ※報奨金あります》
迷宮国家サラガは勇者アルと祝杯をあげたくて探し回っていた。ただ、その知らせ方が微妙なだけだった。
アルもアルで自分が探されている事にひとつ思い当たるものがあった。
それが巨人からとった魔石だ。
最初は戦利品くらいにしか思っていなかったが、老師から貴重なものだと聞かされて少しだけ不安になった。
そして立て札で自分が探されていることを知った時、魔石を返さければいけないと誤解した。
そんなはずがないというのに。
そこに不安を駆り立てるように報奨金欲しさに無茶をする冒険者が群がったのだ。
アルだって逃げたくもなるだろう。
こうしてアルは街を飛び出し、気がついたら特級迷宮に辿り着いていた。
◇◇◇◇
「これが特級迷宮か……瘴気が漏れてるよ」
目の前にあるのは大きな岩だ。
いや、岩がいくつも積み重なってできた石山と呼んでもいいのかもしれない。
そして岩と岩が寄りかかるようにして、ひとつの通路を作っている。
そこがこの迷宮の入口なのだろう。
見た目は普通の迷宮にも見えるが、明らかに異常な瘴気が漏れている。実際ここに辿り着くまでに強力な魔物が発生していたので、見た目通りの迷宮ではないのだろう。
アルは気を引き締め直して特級迷宮に足を踏み入れた。そして洞窟に入る瞬間、まるで何かに飲み込まれるような錯覚を受けた。
こんな感覚は今まででの迷宮では感じなかった。
進むにつれて入口の光が弱まっていく。
思わず二度と太陽の光を見る事ができないのではないのかと不安になるアルだった。
この特級迷宮は頻繁に人が入って来ているため、浅い層ではそこまで多くの魔物は襲ってこない。そのかわり一体一体が強力で、序盤から魔法を放ってくる魔物もいた。
まさに特級の名に相応しい迷宮だ。
そしてアルはこの段階である程度の見切りをつける。
(俺にはこの迷宮の攻略はできない。それどころか守護者にも辿り着けないな)
以前のアルであれば死を覚悟で行けるとこまでいったかもしれないが、老師との出会いがそれを改めさせてくれた。
客観的に自分の力と魔物の力量を測り、普段よりも慎重に進んだ。
そのせいか魔物の動作から次の動きを予測する事が徐々にできるようになってきた。
今までも勘としてそれを感じとっていたが、アルはそれを無意識に封印していた。それが剣鬼に斬られた原因だったからかもしれない。
しかし今は、当時の気配という感覚ではなく、経験と洞察力によって相手の動きを予測している。
不思議な感覚という不確かなものに捕らわれなくなったアルは、着実に地力をつけていった。




