36 サラガ《巨人》
「リーダー……これっていつまで続くんですか?」
同じパーティの女に聞かれたがリーダーにわかるはずがない。
彼らは五日前にギルドマスターから巨人の討伐を押し付けられた時には声を殺して絶望した。
この巨人はサラガの特級迷宮が発生したあとに生まれたと言い伝えられている。あまりもの大きさと頑丈さから、その後数百年討伐されることのなかった伝説級の魔物だ。
しかし幸いなことにこの巨人が暴れまわることはなかった。自らの寝床をこの丘と決め、周囲を歩き回っても朝にはここに帰ってくる。
しかも周期があるのか、数ヶ月活動しては数十年間眠りにつく。
だから近づかずに待ち続けていれば、そのうち巨人は眠りについてくれた。
だがこの巨人の厄介なところは周囲の魔物達を凶暴化させることだ。
そんな巨人がひと月前に活動を始めた。
おかげで冒険者達は魔物の対応で冒険者ギルドはパンク寸前になった。
だから巨人が再び眠りにつくまでただ耐える事を選んだ。
今までの人達がそうしていたように、彼らの代もそうなるはずだったのだ。
アルが現れるまで。
そんなアルの実力を冒険者三人組は疑っていた。
そもそも強いと感じとっていれば匂い玉など投げつけなかっただろう。
だから森を焼き払い、一晩中魔法を放った男の存在を聞いても、それがその時の男だとは思わなかった。
それが巨人に向かう最中に考えを改めた。
アルは無邪気にステップを踏んだかと思うと鋭利な風魔法のようなものを連発したのだ。
この時点で只者ではないことに気がついたが、アルと巨人の戦いを見てそんなものではなかったと思わず天を見上げた。
朝まで戦い続けたアルを見て、リーダーは仲間の一人を報告のために街に帰らせた。
信じてもらえるかわからなかったが、それでも誰か確認しにくるだろうと思ったからだ。
しかしリーダーの想像は裏切られ、なぜかギルドマスターが何人もの冒険者を引き連れてやってきた。
今は周囲の魔物が凶暴化していてそんな余裕はないはずだったが、どうやらアルが巨人と戦いだしてから魔物の凶暴化が収まっているらしい。
「……お前達の報告を聞いた時は何を馬鹿なと思ったが……これは……すごいな」
ギルドマスターの感想はなんとも情けないものだったが仕方ない。目の前で行われているのはすでに人外の戦いだ。
人を見る目があるギルドマスターでも、巨人と一晩中戦える力をアルが持っていると見抜けなかった。
本当は無理難題な討伐依頼を突き付け、勘弁してくれと泣きついてきたら周囲の魔物討伐を命じるつもりだったというのに。
それがまさか両方一気に解決しようとするとは誰が予想できよう。
しかも本人は笑いながら巨人に殴りかかっている。
誰もがあいつは魔法使いじゃなかったのか? と首を捻っている。
いつ終わるかもわからない戦いを彼らは見守った。
巨人を倒せずとも魔物の凶暴化を抑えてくれているのだから、アルを見捨てる訳にはいかない。
だからその晩に決着かつかずとも、次の日も見守た。
そしてまた次の日も、その次の次の日も見守った。
それから彼らは何日見守っただろう。
アルが巨人と戦いだして間もなくふた月になる。
季節は年を跨ぎ、真冬を迎えていた。
◇◇◇◇
「ゴロウさん! 今日もよろしくお願いします!」
俺は陽が沈むと同時に一礼して丘の上に登った。
この丘も最初の頃と比べると随分と低くなったと感じる。
登りきった丘の上ではゴロウさんがもぞもぞと起き上がっているところだった。
ゴロウさんとの訓練はもう二ヶ月になる。
そのゴロウさんは出会った日から一日も欠かさずに訓練に付き合ってくれた。
だからそんな巨人に敬意を表してゴロウさんと名付けたのだ。
岩でゴロゴロしてるからゴロウさん。ぴったりだ。
そしてゴロウさんとの訓練で俺の体術はさらに磨きがかかった。
まずは防御。
最初は避けるばかりだったけど、数週間たったあたりから受け流しにも挑戦してみた。
はじめの頃は風圧にやられたり勢いを殺しきれなかったりしてかなりのダメージを負っていた。
折れた骨の数なんて数えきれないほど毎日折れた。あれだけ骨がポキポキ折れたのは天界以来だ。
それでも少しずつ何かを掴み始めた頃、以前試していた瞬転らしきものにたまたま成功した。
もっとも俺の場合は推進力を切り返すのではなく、体の芯に向かってくる力を左右に弾くという少し違う技ではあったが。
今ではゴロウさんの振り下ろしも左右に弾いている。剣鬼の瞬転にはほど遠いが、俺の防御力がひとつの壁を越えたことは間違いない。
そして攻撃では新たに《魔法波》を身に着けた。
これは以前試していた魔法を身に纏う方法の変異型だ。
身に纏う事はできなかったが、自らの魔法では傷つかないというのをヒントに試したのがよかった。
魔法波は攻撃の瞬間に手のひらで魔法を暴発させるという荒技だが、物理攻撃の威力も相まって今の俺の最高火力を誇っている。
魔法の種類も火、水、風の三種類を発動できる。
その中でも俺のお気に入りは火魔法の《爆波》だ。だって派手で格好良い。
でもゴロウさんには水魔法の《流波》の方がよく効く。残念。
岩をドッカーンてやりたかったのに。
ただこの技はまだ手のひらによる掌底でしか発動できない。握り拳や脚からは放てないのでまだまだ訓練が必要だ。
しかし準備は整った。
随分と時間はかかったが、今夜俺は訓練の総仕上げに取り掛かる。
「今日はゴロウさんも気合いが入ってますね」
俺の気持ちに感化されるようにゴロウさんは拳を振り回してくる。
俺はそれを右に左に弾きながら間合いを詰めては魔法波を打ち込み続けた。
ゴロウさんは一日で負ったダメージを昼寝で完全回復させている。だから再び戦いはじめた時には前日の傷はふさがっていた。
まったくダメージを引きずらないので最初は再生能力かと思ったが、どうやら丘から破損部分を補充しているようだ。
丘の高さが当初に比べて低くなっていることから間違いないだろう。
もしこの巨人を安全に倒したいのであれば、丘がなくなるまで戦い続ければ最終的には勝てる。
だがそれは俺のやりたい戦い方ではないし、そもそもゴロウさんに失礼だ。
だからまずはいつも通りにダメージの蓄積から始める。
俺はしつこく足元に何度も何度も魔法波を打ち込んだ。
数時間打ち込み続けたゴロウさんの足は大きくひび割れ、魔法波を受ける度に岩の破片を飛び散らせている。
(頃合いだな)
俺は大きく間合いをとって力を溜めた。
ゴロウさんの傷ついた足では追いかけてこれないが、変わりにゴロウさんは体から岩の塊を飛ばしてくる。
しかしそんな攻撃は今の俺にはかすりもしない。岩をすり抜けるように避けながら力を練り上げる。
そして体を半身にして重心を前足にのせた。
ゴロウさんも俺の気配を感じとって動きを止める。
お互いが動きを止めたのはほんの僅かな間だっただろう。
だが俺はその時確かにゴロウさんと目があった。
ゴロウさんが何を思ったかわからなかったが、目の奥が緑色に光っている。いつもと違うゴロウさんの目に思わず俺の心はジンとした。
「ありがとうゴロウさん」
俺は小さく呟くと勢いよく飛び出した。
ゴロウさんは微動だにせず待ち構えている。
残像を残す程の速さでゴロウさんの足元に飛び込む。
そして左足で地面を蹴るように踏み込むと、地面は耐えきれずに陥没した。
それは間違いなく今までで一番の踏み込みだった。
感覚が研ぎ澄まされる。
倒すべき敵が目の前にいるというのに、地面から舞い上がる小石の一つ一つがしっかりと見える。
その小石の先にはゴロウさんのひび割れた左膝がある。
そこを目掛けて俺は全体重をぶつけた。
「流波!」
手のひらから放たれた水魔法は、濁流のような勢いでひび割れた岩の隙間を走り抜けた。
ズサザザザザ
――パキン
そしてついに耐えきれなくなった岩の足は崩れ落ちた。
体勢を崩されたゴロウさんは左手を地面につきながら膝立ちになっている。
今まで見上げていたゴロウさんの頭がはじめて下がった。いよいよ訪れたチャンス。
俺は一度体を小さく屈め、ゴロウさんの顔の前まで跳ぶ。
選んだ攻撃は初めてゴロウさんに打ち込んだ技。
右手を左腰にそえ、刀のように力を研ぎ澄ます。
「空刃!」
振りぬいた右手によってゴロウさんの顔に横一文字の大きな亀裂が入る。
さらに俺は追撃するために、今度は左手で水の魔法波を放つ。
ガバン
俺の流波は決定打に十分な威力を持っていた。
事実、ゴロウさんの顔はひび割れ、その奥には緑色の魔石が見えている。
ただ想定外だったのは、その魔石の魔力が急激に膨らんだ事だ。
(自爆か!?)
緑色の魔石は闇を取り込むように黒く妖しい光を蓄えた。
それは一瞬の出来事だったはずだが、俺に危険を感じさせるには十分な光景だった。
魔石との距離は近過ぎて回避など間に合わない。仮に距離をとれてもこのエネルギーが放たれたならここら一帯は死地となるだろう。
そうなれば俺だけの問題ではない。
つまりこうなってしまった時点で、選択肢などひとつしかないのだ。
「勇者も楽じゃないな」
俺は自虐めいた言葉を吐きながら、空刃で振り切った右腕に力を込めた。
使うのは最高火力の魔法波。
しかしいつもの魔法波では止められない。
たから俺はいつも通りに新しい力に手を伸ばす。それがまだ成功していない技だったとしても。
「氷波」
まだ習得しきれていない上位魔法を魔法波として打ち放つ。
周囲に飛び散っていた水しぶきが冷気によって瞬く間に凍りついていく。
岩の隙間にある魔石は暗い緑色の光を放出しだしたが、氷はその光を塞ぐように巨人の頭ごと魔石を凍らせようとする。
だが制御しきれない氷魔法は俺の右腕を凍らせ、さらに肩から首にかけても薄氷を張った。
「退けるかあああ!」
それでも俺は力を緩めない。
制御しきれなくてもひたすらに力を込める。
ゴロウさんの魔石は足掻くようにより強く光を放ったが、徐々に厚い氷に包まれて静かに光を失っていく。
『…………』
やがて光と共にゴロウさんは動きを止めた。
その体は丘と共に凍りつき、まるで長い眠りについたようでもあった。
しかしゴロウさんが動くことはもうない。
黒かった緑色の魔石はその表面を砕き、今は氷の中で翡翠色に美しく輝いている。
二ヶ月に及ぶ訓練と言う名の戦いは、朝日を待たずに終わった。




