35 サラガ《交渉》
アルが瞑想してしばらくすると、牢屋の前に老人が案内されてきた。
「すみませんギルドマスター。わざわざ来て頂いたのに……あいつさっきから反応なくて」
ギルドマスターと呼ばれる老人は冒険者ギルドの者で、この街ではそれなりに顔の広い人物であった。
その老人はアルをじっと見つめる。
老人は運営としての能力ではなく、冒険者としての腕を買われてギルドマスターまで登りつめた男だ。
だから大抵の者は見ただけで素質や強さを認識できる。
しかしアルに関してはそうはいかなかった。輪郭がぼやけるようではっきりしない。
内に秘めた強さはありそうな気もするが、見た目通りふわふわしてそうでもある。
もし見た目通りであれば駆け出し冒険者にも負けそうなほど頼りない。
この者が森を焼き払い鉄格子を素手で斬るなど信じられなかった。
◇◇◇◇
『憎い 死にたくない』
「え?」
俺の意識はどこからともなく聞こえてきた声に反応して戻ってきた。
周りを見渡すが声の主らしき者はいない。
いや、知らない爺さんが増えてる。
「死にたくないの?」
「なっ!? 貴様何を言うか! この方はこの街のギルドマスターだぞ!」
俺はとりあえず鉄格子の向こうにいる爺さんに聞いてみたが、義勇兵さんが変わりに反応した。
まぁ、いきなり「死にたくないの?」って聞かれたらそんな反応するか。
「ふん。簡単には死なんわ。それよりお前は何者だ?」
「その質問は散々答えたって。俺はただのアルだよ。ナリキ諸島から歩いてきた」
「……森を燃やした理由は」
「それも冒険者に匂い玉を投げられて仕方なくってさっきから言ってるよ」
流石に俺も面倒くさくなってきたぞ?
ギルドマスターは睨むようにこっちを伺ってくるが関係ない。こっちは訓練をしたいんだからほっといてくれ。
それからもしばらく黙ったままでいると、痺れをきらしたのかギルドマスターは唐突に大きな声をだした。
「おい。入ってこい」
その声につられて三人組の冒険者が部屋に入ってくる。
なるほど。あの時のやつらか。
ギルドマスターは俺の言う事を一応は信用してくれたみたいだな。
「昨日あの森に探索に行っていた三人組となるとこの者達だけだ」
「確かに彼らだね。これで俺は解放されるのかな?」
「にこちらに批があることは認めるが、それでもあの森を焼かれたのだ。ただでは解放はできん」
この人駆け引きして俺になんかさせようとしてんな?
だが断る。
俺は自分勝手に生きるって決めたんだ。
それからギルドマスターは俺の予想通り解放を条件に依頼とやらを押し付けてきた。
最終的には奴隷にするぞと脅してきたが俺は断り続ける。
なんせ俺は銅貨三十枚で借金奴隷になった経験を持つのだ。
……あれ?
解放されたっけ?
「くっ、強情なやつめ」
「だいたい自分等が受けた依頼なんだから自分達で解決しろよ」
「ふん。そんなことを言ってられるのはあの巨体を見ていないからだ」
「巨体?」
なんだろ?
ちょっと興味出てきた。
「人の三倍はある巨人じゃ。体も岩に覆われて普通の攻撃は通じん。すでにこちらの被害は甚大……なぜ目を輝かせる?」
ギルドマスターは訝しげにこちらを見ているが俺には関係ない。そんな楽しそうな依頼なら先に内容を言ってほしかった。
「その依頼、謹んでお受け致します!」
俺は巨人という未知の誘惑に負けてギルドマスターの条件にのった。
それから俺はスキップしながら街を出た。
入って来る時は義勇兵に両腕を掴まれてたせいか、街の人たちが白い目でこちらを見ていた。
だけど当然俺は気にしない。
そして後ろから着いてくる三人もこそこそ喋ってるがやっぱり気にしない。
「リーダー。やっぱりこの依頼は無茶っすよ」
「そうですよ。巨人なんて私たちには荷が重すぎます。それなのにあんな訳わかんないのを連れて行くなんて」
リーダーとやらが若い男女に文句を言われている。けど彼らが抱えている問題は俺のせいじゃない。
「仕方ねぇだろ。匂い玉を投げつけたペナルティなんだから。それに断ったら上級冒険者への道は完全になくなる。どのみち俺等は従うしかないんだよ」
彼は他人に匂い玉を投げ付ける酷い奴かと思ったが意外と常識人でもあった。
あの時は緊急時でもあったし、彼としては仕方なかったのかもしれない。
しかしペナルティとして格上の魔物の討伐依頼を押し付けるなんてギルドマスターとしてどうなんだ?
死んでもいいのか?
「おい。お前は巨人の事をどのくらい知ってるんだ? 随分乗り気だったがいい情報でも持ってるのか?」
「もちろん! 巨人の体は人の三倍もあるんだぜ!」
「……まさか、それだけか?」
「おう!」
俺の返事に三人は口をパクパクさせている。
ふふ。魚みたいだな。
おっ、リーダーが復帰した。
「それはさっきギルドマスターが言ってた情報じゃねえか! なんでその情報で乗り気になれるんだよ!」
「だって三倍だぞ! やばいだろ!?」
「やばいのはお前だ!」
リーダーは怒ってそれ以来口を聞いてくれなかった。
仕方ないからステップから空刃に繋げる訓練を繰り返しながら前に進んだ。
目的地は歩いて一日の場所だったが、巨人が活動するのは日没から朝にかけてだけらしい。俺はそのまま巨人に会いたかったが、三人組は少し手前で一泊すると言ってきかなかった。
そして今夜ようやく巨人に会える!
三人組はとぼとぼ歩いているが俺は颯爽と丘を駆け上がった。
ここを登れば巨人が……
「いたー!! 巨人いたー!」
確かにギルドマスターの言う通り人の三倍の巨体に岩盤の鎧を身につけている。
ふふ。いつかのロックゴーレムを思い出すぜ。
俺は立ち止まることなくそのまま走って巨人の足元に踏み込む。
「空刃!」
ガキィ
俺は鉄をも切り裂く必殺技を放ったが、巨人は避ける素振りもみせず片足で受け止めた。
その足が鉄格子のように裂けることはない。
かすかな引っかき傷が跡が残った程度だ。
対して巨人は俺の攻撃を気にすることもなく腕を振り下ろしてくる。
ドガーン!
俺はその腕を受け止めずに大きく後ろに跳んで躱した。
巨人の腕が振り落とされた地面は大きく陥没し、その衝撃の重さが伺える。
「さて、俺の攻撃はどこまで通じるかな?」
それから何合かの打ち合いを行うがどちらも有効打を与えられなかった。
巨人に俺の攻撃は歯が立ちそうにない。だが巨人の動きでは俺を捉えることも出来ない。
俺は魔法をまだ試していないがこの巨人とは徒手でやり合いたい。自分の足りない力で打ち勝つからこそ楽しいんだ。
◇◇◇◇
そんな事を考えながらアルは巨人と戦い続けた。
夜空にはいつまでも続く戦いの音だけが鳴り響いている。それはやがて陽が登り、巨人が丘と同化して眠りにつくまで続いた。
一晩中戦い続けて疲れているはずのアルだったが、新たな修行の場を手に入れ、彼は無邪気に笑っていた。




