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33 ナリキ《自由》

「ごめんね婆様。俺じゃあ支えてあげられなかったよ」


 アルは抱きかかえられるパネェを遠くから見て呟くように謝った。


「何を言っとる坊や。これ以上の餞別はないわい」


 婆様はそう言ったがアルにはわからなかった。

 今も島の皆はパネェを囲んで見守っている。



(笑ってさよならすることもできた。でも俺はそれを選びたくなかった。なのに後悔してしまうのは、やっぱり俺が弱いせいだな)



 目を細めるアルに婆様は優しく語りかける。


「あの子の心配をする必要はないよ。むしろよかったとさえ思っとる。これであの子は夢から解放されるじゃろう。だから坊やは自分のために歩きな。随分と引き留めて悪かったね」

「そっか。……じゃあ、ありがとう婆様。またいつか会おうね」


 アルは素っ気なく返事をして歩きだした。きっとパネェが起きたらここを離れられないからだろう。



「ありがとうアル殿!」

「きっといつか! また会いましょうアルさん!」


 翁や元気君が後ろから大きな声を出している。彼らだけじゃない。島の皆が声援を送ってくれた。



 それでもアルは振り返らなかった。

 いや、振り返れなかった。

 なんせ涙で顔がくしゃくしゃだ。

 なんとか手だけを振ってその場を離れたが、泣き止むことができずにそのまま港街を出た。



(いい人達だった。諦めが悪くて、一生懸命で、仲間想いな人達だった)



 アルはみんなの顔を思い返すと「またいつか」と呟き、東に歩き続けた。




◇◇◇◇



「……アル君は行ったの?」

「ようやく起きたかい? 行ったよ。あんたには見せられない背中だったがね」


 意識が戻ったパネェに婆様は思い出したように笑った。


「お礼言えなかったよ」

「いっぱい語り合ったろ。おかげでハラハラしたわい」


 体を起こしてパネェはアルの姿を思い出す。今まで見たことのなかったアルは強く、そして厳しかった。


「みんなあんたに感謝しとる。あんたが立ち上がらんかったら、儂らはずっと島におったじゃろうて。だからもういいんじゃ。あんたは好きに生きればいいんよ」

「でも……」

「大丈夫っすよ、パネェさん。俺はもっと強くなって、今度は俺が島のみんなを守るっす」


 パネェのもとに島の皆が集まった。

 そして元気君の言葉に翁が続ける。


「お前みたいな若い者に辛い役を任せてすまんかった。だからもういいんだ。島の事は気にするな。島は自分達が帰りたい時に帰るし、お前が帰れる場所として皆で守り続ける。だから、今までありがとう」


 パネェの背を押すように皆が頷く。

 そしてパネェは改めて自分が抱えていたものを強く意識した。


「私……わがまま言ったから……みんなを、勝手に巻き込んで……なのに、ありがとうは、私なのに……」


 パネェは抑えきれずに涙を目に浮かべた。

 宣言したあの日から、常に強くあろうと思っていた。それが責任なのだと、弱音を吐く事など許されないと。



 そしてそれはこれからも続けなければならないと思っていた。


 いつかは皆を列島に連れて帰らなければならない。

 その時、自分は列島と大陸を繋ぐ者として先頭に立たなければならないと思っていた。

 それが務めなのだと。



 しかし島の皆はそんな事を望んでいなかった。求めたのは強いパネェではないのだ。希望に必要なのは強さだけではない。



 だから、アルは全力でパネェを倒したのだろう。

 本人が荷を降ろさないのなら、無理やりにでも奪うしかないと。



 そんなアルの行動は乱暴と言っていい。だが、アルはアルなりにパネェのことを考えたのだ。


 そして非情な優しさを教えてくれたパネェに、精一杯の恩を返そうとした。戦いの最中に何度も胸を締め付けられながらも、パネェを信じて徹底的に叩きのめすことを選んだ。

 

 アルは協調性のない不器用な人間かもしれない。

 やり方は乱暴で間違っていたかもしれないが、それが彼なりの選んだ優しさなのだ。


 そのことを誰よりも理解している婆様はパネェに告げた。心からの感謝を込めて。


「儂らは千五百年ぶりの自由を手に入れたんだ。それなのにあんたが自由になれなくて、誰が幸せになれるって言うんだい」




 この日、パネェの英雄としての務めは終わった。

 決して華々しいものではなく、敗北という形で。


 しかし彼女は清々しく笑った。

 涙を流しながら、心の底から笑った。

 これからの自由に希望を抱いて。




◇◇◇◇



「それじゃあ私、行くね」

「追いかけるのかい?」


 その言葉にパネェは東の空を見た。

 決闘からはまだ数日。追いつくのは簡単だろうが、パネェはそれを選ばなかった。


「そんなかっこ悪いことできないよ。私もアル君が言ってた修行の地で頑張ってみる。それじゃあね、みんな」


 歩きだそうとするパネェをおっちゃんが呼び止める。


「おいおい! こいつを忘れてんぞ?」


 その手にはずっとパネェが使い続けていたハンマーが握られていた。

 だがパネェは愛用していたハンマーを大事そうに撫でながら答える。


「いいの。この子にはたくさん助けてもらったけど、私は1からやり直したいんだ。だってこれからはいっぱい負けていいんだもの。だから、この子の事はお願いね。次の人に任せるわ」



 そしてパネェは港街を出て南に歩いた。

 初めての大陸でわからない事だらけのはずだが、その表情に不安はない。


 いつか出会える日を夢見て、彼女は歩き続けた。







 それからひと月後、クヴェルト帝国に激震が走った。


 修行の地で年若い女性が名を上げているという噂がたったが、その女性が連日熊をいじめているという噂まで一緒に広まったのだ。

 しかもその熊は聖獣かもしれないと。


 噂の真相を確かめるためにクヴェルト帝国が急いで兵士を派遣したところ、キングベアーが噂の女性に無理やり組み手をさせられている現場に遭遇した。

 その光景に言葉を失った兵士達だったが、なんとかキングベアーを保護して女性を追い払った。というか逃げられた。


 だがこの出来事にクヴェルト帝国の民は怯えた。

 近年は精力的に人助けをしてくれていた聖獣をいじめてしまったのだ。聖獣はもう人助けをしてくれないかもしれない。

 逆に人を襲うかもしれないと。


 しかしそうはならなかった。

 保護されたキングベアーは銀の城に居を構え、そこを拠点に人助けを再開したのだ。


 これには帝国の民も喜んだ。

 時には帝都を歩く聖獣を見かける事もあったそうだ。



 こうしてクヴェルト帝国と聖獣は仲睦まじく暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

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