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32 ナリキ《決闘》

「二人の決闘はこの憲兵長が立ち会い人を務める!」


 男の声が甲高く響き、それに従ってアルとパネェのふたりは歩み寄った。


 パネェはいつものハンマーを強く握りしめ、アルの握る逆手の短剣をじっと見つめている。


「今まででその剣を使ったのは大虎の時だけだよね? 訓練じゃないって言ってたけど本気かな?」

「本気です」


 パネェがいつも通りに話しかけたのに対しアルは短く返事をした。それだけのことでパネェにプレッシャーがのしかかる。


 パネェはアルが強いのを十分に理解しているつもりではあるが、アルは人の良さが前面にでるせいでその強さを見せつけてくることはない。


 探ろうとしてもはぐらかされ、本心を隠すかのように実力の底がしれない。


 そんなアルが今は実力を隠そうともせずプレッシャーをかけてくる。

 だというのに、その実力がパネェにはわからない。目の前の男は宣言通りに本気なのだろうが、パネェにはまるで霞んで見えた。




 それでもパネェはひと呼吸して落ち着きを取り戻す。

 気持ちを切り替え、パネェは探ることをやめた。



 いつも通り先手をうつ。

 それが自分の戦い方だと。

 そしていつものように右足をひき、上半身を捻りながら溜めをつくろうとした。



 ――その時



 アルはパネェを待つことなく地面を這うように距離を詰めてきた。相手の動きに合わせるいつものアルにはない動きだ。


 だがそれに反応できないパネェではない。


「そのくらい!」


 パネェは空間ごと吹き飛ばすようにハンマーを横に振り払った。


 溜めが足りず衝撃弾を放つ暇はなかったが、直接インパクトさせれば問題ない。

 そう思ったパネェだったが、目の前の出来事に怒りをあらわにした。


 アルは避けるでも受け流すでもなく、己の左肩でそれを受け止めたのだ。

 当然アルは踏み留まることができずに最初の間合いよりも遠い位置まで吹き飛ばされた。


 しかしアルはたいして気にする様子もなくふわりと着地してみせる。



「……なんの真似かしら?」


 魔法をのせることはできなかったとはいえ、今の一振りは十分な威力だった。なんせ迷宮を攻略する前とは比べ物にならないほどの力で打ち込んだのだから。


 しかしそれを避けもしないアルの戦いは当然パネェの反感を買った。


「痛いけどそれだけですね。耐えられない一撃じゃない」

「言ってくれるじゃない。それじゃあ気絶するまで打ち込んであげるわよ!」


 今度はパネェが距離を詰める。

 得意の衝撃弾による中距離戦ではなく、近接戦を挑んだ。


 だがアルはそれに応じない。

 ステップを踏み間合いを保ちなから魔法を繰り出した。


「ファイアボール」

「っ!?」


 その魔法にまたもパネェは驚かされた。


 本来魔法使いはその場を動くことはない。それは地脈との繋がりを意識することに集中力を要するためである。


 むろん強化を得意とする者もオーラを発動するときは動きを止め、地脈に意識を向ける。つまりその瞬間に術者は無防備になるのだ。


 僅か数秒ほどとはいえ、戦闘中にこの隙は大き過ぎる。だから皆パーティを組むのだ。自分のオーラを発動する環境を整えるために。



 それはパネェも一緒だ。

 彼女は魔物を倒す時には島の仲間と一緒に戦う。より強い一撃を放つためには仲間の守りが欠かせないことを彼女は理解しているからだ。


 だからこそ、アルの魔法をパネェは理解できなかっな。


 それでもパネェはファイアボールをハンマーで打ち消すように薙ぎ払ってみせた。

 さらに今度は距離を詰めずに魔法で対抗しようと溜めを作ったが、オーラが身を包む前にアルは距離を詰めてきた。


 仕方なく魔法を伴わないハンマーを打ち込むが、今度は逆手に剣を構えたアルに正面から止められる。


 さっきは吹き飛ばされたアルだったが今度はその場に踏み留まった。その身は陽炎のように揺らめき、更にパネェを追い立てる。


 パネェは振り払うようにハンマーを右から左へと振り抜くがアルには当たらない。堪らずパネェがバックステップで間合いをとったが、やはりアルの手から逃れられない。


「ファイアボール」


 アルはパネェのタイミングを潰すかのように魔法を放った。

 突如目の前に発生した火の塊をパネェはハンマーで受け止めたが、その隙にアルは距離を詰め、空いたパネェの横腹に剣の背を打ち付ける。



 メキッ!

「ぐぅあ!」



 反応できなかったパネェはそれを無防備に受け、派手に吹き飛ばされた。



 転げたあとも地面に手をつき、肩で息をしている。


 決定打には十分な威力だった。



 しかしアルは待った。

 彼女の強さを知っているアルは、パネェが立ち上がると疑わなかったからだ。


 そしてやはり彼女は立ち上がる。

 その顔は痛みに耐える表情ではあったが、そこに先程までの困惑は見えなかった。



 息を整えるとパネェは自分に言い聞かせるように声を出す。

 いつものように明るく、真っ直ぐな言葉を。



「はは。アル君が……強い子でよかった。私を支えてくれたのがアル君でよかった。……憧れたのが、勇者アルでよかった!」



 パネェは一瞬でオーラを発動すると、弾けるように宙に飛び出した。

 飛び出したパネェのあとには赤と青のオーラが山なりに漂っている。



 アルをめがけて落下するパネェはハンマーを振りかぶり、大きな溜めをつくった。

 アルが躱すことも魔法を放つことも考慮せず、着地と同時に全力で叩きつけることだけを考えている。


 相対するアルも応えるように受けの構えをとった。逆手から持ち替え、背に左手を添え、額の上で受け止めるように構えた。



 ふたりの距離が詰まり、ついにパネェはハンマーを振り下ろした。

 そこには衝撃弾などの具体的な技はない。

 ただただ、魔法を含めたすべての力をつぎ込む。



 ズッガガガ――――ン



 ふたりの武器が重なったとき、彼らを囲む空気は弾け飛び、衝撃波を生み出した。それは大虎を葬った時以上の威力を誇っていた。



 パネェのハンマーを頭上で受け止めたアルの足は地面ごと沈む。


 しかしパネェはそこで止まらず、さらに追加の魔法を発動した。その魔法は直接アルを攻撃することなく、ハンマーの押し込む力を更に増幅するように渦巻いた。



「ぅぁああああああ!」

「ぐっぅぅぁぁああ!」



 魔法と共に押し込むパネェと耐えるアル。

 互角にも見えたぶつかり合いに先に悲鳴をあげたのは、アルを支える地面だった。


 ズバ――ン


 ひび割れ砕け散る地面では耐えられないことを悟ったアルは、身を捻ってパネェのハンマーを下に受け流す。


 相手を失い地面に振り下ろされたハンマーだったが、パネェの攻撃はまだ終わらない。


 ハンマーを地面に叩きつけることなく、パネェは宙に浮いたまま縦に回転した。

 その場で一回転したパネェはアルにむかって再びハンマーを振り下ろす。


 その勢いは衰えるどころか、回転力を得てさらに勢いを増していた。



 そしてパネェは自らに言い聞かせる。

 魔法だろうと受け流しだろうとこの体勢からなら自分に分があると。

 唯一のチャンスだ。

 すべてを出せと。


「ぅらあああああ!」


 咆哮を上げたその身からは爆発するようにオーラが放たれている。



 一方のアルはまだ宙を彷徨っていた。

 体勢は整えられていない。


 だが不安定な体勢のままパネェに左手を突き出すと、魔法をひとつ詠唱した。


「ブラスト」


 そんなアルを見てパネェは勝利を確信した。

 発せられた魔法は迎撃にはあまりに弱い。しかも体勢が不安定なせいで狙いもズレている。



 だからパネェはそのまま全力で振り下ろした。アルに誘われているとも気づかずに。



 ヒュッ



 魔法を放ったアルの身はふわりと浮いた。

 それはまるで宙に舞う木の葉が気まぐれな風に誘われるようだった。


 ひらりと、あまりにも鮮やかにアルはハンマーを躱した。


 ギリギリの攻防と思っていたパネェは、この大きすぎる実力差を認めるしかなかった。

 勝利を確信していたパネェは自身のハンマーに振られ、俯くように下を向いた。



 そしてがら空きの背中にアルは容赦なく技を放つ。



「回転剣風三連」

 ヒュガガガン



 皆が見守るなか、パネェは沈む地面に埋もれるように倒れた。

 その光景だけで、これが訓練ではなかったことがよくわかる。


 ただ意識を失っているパネェの口元は、少しだけ緩んでいた。

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