31 ナリキ《上陸》
「ごめんねアル君」
俺が表に出てきても、パネェさんはまだ先頭で東の海を見ていた。
きっとまだ割り切れていないのだろう。
本当に優しい人だ。
そんなパネェさんの隣に立って同じ方角を見つめた。少しでも彼女がなにを考えているかを知りたくて。
でも、それだけでわかるはずがない。
「パネェさん。俺ってどんな人間に見えます?」
唐突な質問にパネェさんは少し驚いたような顔でこちらに首を振った。
「ふふ。な〜にそれ? アル君は優しい子だよ。私たちを救ってくれたし、さっきも救ってあげたそうにしてたし」
「でも、さっきの人達を助けようとしたら、俺はパネェさん達に迷惑をかける人になってたんですよね? なのに俺はそんなことにも気がつかずに偉そうな顔をしていたんです」
少しでいいから、パネェさんがなにを考えているかを想像すればわかったはずだったのに。
だけど俺は、相手の気持ちを読み取れなかった。
だから俺は、自分に言い聞かせるように続ける。
「きっと俺は人の思いに鈍感なんです。勝手にこうすれば喜ぶだろうと思って優しさを押し売りしてたんです。だから見返りも求めなかった。でもパネェさんは違うんですよね? 大事な人達がいるから。……選ぶという強さがあることを俺は知らなかった」
俺は思うままに喋った。
本当はもっと気のきいたことを話そうと思ったのにそうはいかない。
(励まそうと思ったのにこれじゃ立場が逆だ)
俺は恥ずかしくなって思わず上目遣いをしてしまった。そのせいでぼんやりと俺を見ていたパネェさんは表情を崩して笑いだしてしまった。
「ふふっ。あははははっ! そっかそっか。私にもアル君より強いところがあったんだね。そっかそっか〜」
陽に照らされたその笑顔には先程までの陰はなかった。彼女が島の人達を護りたいと思ったように、きっと島の人達もこの笑顔を護りたかったのだろう。
それから俺たちはいくつかの島を経由した。
最初の島と同じように驚かれ、頼み事なんかもされたけど、旅の行程を遅らせるようなことはしなかった。
先に進むにつれ、島と島の間隔は徐々に狭くなり、そこに住む人々も多くなってきた。立ち寄った島では見たことのない食べ物を口にする機会も増え、みんな笑っていた。
そして列島を出てニヶ月後。
彼女達は遂に己の夢を叶えた。
所属不明の何隻もの大型船が入港し、港は一時騒然となった。
当然西の列島から来たなどと言っても信じてもらえない。だが彼女達は大陸を前にお預けなどできるはずがなかった。
「もういい! 私は上陸するぞ! 婆様を連れてこい!」
パネェさんは島を代表して大声で叫んだ。
港の人は「上の者がくるまで〜」とか言っているがパネェさんにそれを聞く気はない。
ついには許可を待たず勝手に船を着岸して橋を渡した。
いく気だ。
婆様をおんぶしてなかったらジャンプしてでも渡ったに違いない。
そこにちょうど鎧を着た一団がぞろぞろと迫ってきた。なんとなく面倒事になりそうな雰囲気だ。
「お前らか不審者は! 身を証明するまで入港することは許さん!」
「誰だお前は! お前の身を証明してみせろ!」
パネェさんは男達に言い返しながら普通に橋を渡りきった。男達も「あれ?」みたいな顔をしている。
「まっ、待て! 俺達はこの港の憲兵だ! だから待て!」
「ハッハッハ! 言葉が通じてよかった! 婆様降ろすよ〜」
パネェさんは上機嫌だったが憲兵達はどうしていいかわからずに困っている。
そうこうしているうちに島のみんなもぞろぞろと降りてきた。もちろん他の船も着岸している。彼女達に大陸のルールなど通じないのだ。
その後、憲兵達が船の中を確認したらすんなりと上陸が許された。なんせ貴重な資源がたくさん積んでいるのだ。
さらに婆様が「あっちの国に持ち込むか」と言ったらすぐに受け入れてくれた。
そのあと憲兵達が買い取ると言ったが、婆様は首を縦に振らなかった。
大金を手に入れても禄なことになりはせんと言って、少量だけをオークション形式で憲兵と商人達に競わせていた。
少しずつ、少しずつ値を釣り上げながら。
他の人達は一通り港街を歩いて回ったようだが、この大人数が泊まれる宿はなかったらしい。
だからしばらくは船での寝泊まりが続くだろうが、彼女達にとってそれは些細過ぎて問題とも呼べなかった。
「アル殿。本当にありがとう」
翁が皆を代表して礼を言ってくる。
しばらく影が薄かった気がするが気のせいだ。
それにパネェさんは務めを果たしたといっていい。翁としてもこれ以上代表を背負わせるつもりはないのだろう。
「俺も大陸に渡る手段がなかったしおあいこですよ。いいですよね、おあいこって。お互いを想い合ってるみたいで」
「それでも感謝している。我らにできることならなんでもさせてくれ」
「……それなら、ひとつお願いがあります」
俺はこの人達からたくさんのことを学んだ。
そして自分を変えたいと思った。
だからこそ、このタイミングを選ぼう。
俺はいい人をやめる。
自分に素直になる。
だから俺は、わがままを言う。
「パネェさん。俺と、本気で闘って下さい」
「え? ふふ、なんの冗だ……ん」
俺の目を見たパネェさんは声を失った。
それほど真剣に俺はパネェさんを見ていた。
俺は、全力でこのひとと闘わなければならない。




