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30 ナリキ《航海》

 夏が終わる頃に俺たちは列島を旅立った。


 夏の始まりから何隻もの大型船作りにとりかかり、ふた月もかからず準備を終えたのだ。やはり島の人は働きものだ。



 その間俺やパネェさんは数人を連れて海域の魔物を討伐して回った。

 列島周辺が魔物にとって危ないところだと認識させるためでもあったが、海に棲む魔物の素材は船造りにも重宝されるのでちょうどよかった。



 他にも遺跡の希少品採取を行う者、海の結晶などの貴重な素材を集める者、旅の食料を準備する者と、島の全員で毎日遅くまで働いた。


 忙しい毎日だったけど「大陸に着いたら」と楽しげに語る皆の姿は輝いていた。


 そんな思い出深かった島は少しずつ小さくなる。

 俺は「ありがとう」と呟いて、大陸のある東の海に向き直った。




 その後、列島を出てから魔物はほとんど襲ってこなかった。何隻もの大型船を相手にしたい魔物などいないのかもしれない。

 たまに現れてもパネェさんの遠距離砲で戦いにもならなかった。


 そして最大の障害と思われた黒妖艦は姿を見せず、船団は問題なく航海を続けた結果、ひと月後にはついに列島以外の島に辿り着いた。


「止まれー! どこの者だ!?」


 俺たちが初めて見つけた島からは何隻もの船が出迎えてくれた。もちろん警戒されてるけど。


「私たちは西の列島の者よ」

「嘘をつけ! あそこに人はもういない!」

「嘘って言われてもね〜」


 今やお頭となったパネェさんが相手をしているが信じてもらえない。


 それもそうだ。

 千五百年も交流がなかった島から人がきても簡単に信じてもらえるはずがない。おおかた海賊か何かと思われたんだろう。



 実際パネェさんは「面倒くさいなぁ。いっそ魔物なら簡単に終わるのに」とか言っている。百の島を襲ったこの人達は海賊と言われても仕方ないかもしれない。


 そんな感じでみんな口々に不満を言っていると、客室から婆様が出てきた。


「他の島が見られたんじゃ。焦る必要はないよ」


 婆様はニコニコしながら皆を諌める。

 みんなも婆様の表情を見て落ち着きを取り戻したようで普段の様子に戻った。おそらく期待と同じく不安も抱えていたのだろう。


「それもそうね。それにここはゴールじゃないし。先を急ぎましょう」


 流石パネェさん。

 切り替えが早い。


「ねー! こっから大陸までどのくらいかかるのー!?」

「ひ、ひと月だ! それよりあんたら、本当に西の海から来たのか!? ブラックシーサーペントが倒されたのは本当なのか!? それが本当ならたす」

「ありがとー! じゃあねー!」



 ……ん?

 なんか言ってたよね?

 まぁまぁ切羽詰まってなかった?



「東へすすめー!」

「「「えいさー!」」」


 パネェさんの指示に島の人達は即座に反応して船を動かしはじめた。


 後方からは「待ってくれ〜」と叫び声が聞こえている。

 ただしそれに耳を傾ける者もいなければ振り返る者もいない。



 俺はそれを不思議に思った。

 振り返って皆の顔を見ても誰とも目が合わない。パネェさんは先頭で黙って東の海を見ている。


 そんなおかしな空気を俺が感じていると婆様が話しかけてくれた。


「坊やや、よかったら部屋でババアの話し相手になってくれんかのう?」


 婆様はいつも通りニコニコしている。

 それを見て少しだけほっとした。

 島の人の反応を見て、少しだけ心が揺らいだのかもしれない。





 婆様の部屋は一人部屋ではない。

 何人かの老人が休んでいたが、俺を見て「ゆっくりしていきな」と言って部屋を出ていった。



 婆様は腰掛けたあと、さっきまでニコニコしていた表情を少しだけ申し訳なさそうなものに変え、頭を下げた。


「さっきはあんたの期待に応えてやれなくてすまんかったのお」


 もちろんなんのことを言っているかはわかっている。ただ、その理由はわからない。


「あちらも迎え入れる気はなかったみたいですし、お互い様ですよ。助ける義理なんてありませんしね」


 俺はあたり障りなく答えたが、納得はしていなかった。


 なぜなら俺が見てきた島の人達はみんな優しかった。魔物に怯えながら生きてきたからか、助け合う事が当たり前のように接し合い、そこに見返りなんてものは見られなかった。



 困っていたから助けた。

 そう笑い飛ばす人達を見て俺は素直に感心していた。



(だけど、島の外の人達にはそうじゃないのか)



 それがなぜか悲しかった。


 言葉にこそ出さなかったが、俺のそんな考えを婆様は感じとり、ポツリと呟いた。


「儂らのせいじゃよ」


 そして婆様は下を向いたまま小さな声で話しだした。


「あの子はな、自分のためだと言いながら儂ら全員の夢を背負ったんじゃ。もちろん儂らとてあんな若い女ひとりに島の想いを担がせるつもりはない。じゃが、一年前、坊やが希望であったように、今はあの子が儂らの希望なんじゃ。それをわかっとるあの子は、自分にできる精一杯をやっとるんじゃ」


 それはわかっていた。


 島を取り返すために武器を振り続け、今では島の英雄と言われる存在だ。簡単な道のりではなかったことはわかる。


 だからこそ、困っている人達を見捨てたこととが寂しかった。彼女にはその力があったはずたがら。


「坊やや? あんたならさっきの島の者達も救ってやっただろう? 見返りも求めず、儂らを救ってくれたようにきっと解決したじゃろう」


 解決できるかはわからないが話は聞いただろう。もしかしたら列島の人達と同じように危険な状態かもしれないのだ。


「坊やに救ってもらった儂らが言うことではないが……人には抱えられる量が決まっとるんじゃ。そしてあの子はそれがようわかっとる。儂らの想いだけであの子の両手はいっぱいなんじゃ。誰かを助けたがために、知っとる者をその手からこぼすのが怖いんじゃ」


 その言葉を聞いて俺はハッとさせられた。

 いつも明るく笑っているパネェさんだったから、その重圧に苦しんでいるのを感じなかった。

 


 だがそんなはずがない。

 あの日、皆を連れて行くと宣言したのだ。

 それは夢だけでなく、命をも預かるという宣言だったはずなのに。


「だから誰もあの子に助けろとは言えんかった。あの子が自分達のために、優しい心に蓋をしたんじゃ。辛かっただろうに。それをわかってる島の者は、せめてこれ以上あの子が苦しまんでいいように、間違ってないと無言で背を押すしかなかったんじゃ」


 婆様の話を聞いて俺は自分の思い違いを痛感した。

 誰かを思うがために切り捨てる優しさがあるなど知らなかったのだ。



 そして今の今まで気がつかなかった。

 自分自身が大事なものを何ももっていないのだと、考えもしなかった。


「じゃから、許してやってほしい。そしてできれば、あの子を隣で支えてやってくれんかの? ずっととは言わん。この旅が終わるまででいいんじゃ」


 俺の口から言葉は出なかった。

 それでも何度も頷いた。



(あんな強い人を自分が支えてあげられるかな。……でも、あの優しさを俺は守ってあげたい)



 そして婆様は何も言わずに、俺の背に手を置いてくれた。

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