29 ナリキ《英雄》
「クルっとして、ぽん!」
ズドガ――ン!!
「「「きゃー! パネェさま〜」」」
今日も今日とてパネェは絶好調だ。
ハンマーとは本来打ち付けるものだが、今はハンマーを横に薙いで衝撃弾を打ち放っている。
しかもその衝撃弾は日に日に大きくなり、今では魔物の上半身をなかったことにできるほどだ。まだ射程距離はそれほど長くないが、動く大砲と呼んでも差し支えないだろう。
もっともその急成長の理由はアルのせいだ。
パネェの衝撃弾に何かを感じたアルは直で受けてみたいと言い出した。あれほど投げられるのを嫌がっていたのに投げつけられるのはいいらしい。
理解に苦しむ。
だが容赦なく放たれた衝撃弾をまともにくらったアルはまたもや気絶した。
何をしたかったのか誰にもわからい。
それでも目を覚ましたアルはパネェに衝撃弾を要望した。
もちろんパネェは断らない。喜々として受け入れた。
迷宮の最深部でアルが傷付くことに心を痛めたあのお姉さんはもういない。近所のお姉さんとパネェは別人だ。
多分引っ越ししたのだろう。
そして何度も気絶しながらもアルは、衝撃弾を受け止めるという謎の訓練を始めた。
目的はわからない。
おそらくアル本人にもわかっていない。とにかく衝撃弾を気絶することなく受け止められるようになりたいらしい。
だがそこでひとつ問題が発生した。
パネェの魔力切れである。
パネェの衝撃弾は強化と魔法の複合技なのでそこそこ魔力を使う。しかし本人は今まで生活魔法すら使えていなかったので、魔力はそこまで多くない。
そこで久々の付与の出番だ。
付与の能力が戻ったアルは魔力回復ポーションを作ってパネェに飲ませまくった。普通は魔力回復ポーションを作る素材はなかなか手に入らないはずだが、素材は数百年以上放置されていた島にたくさんあった。
貴重な魔力回復ポーションをふたりは訓練のために使いまくる。
パネェは何度も魔力切れで倒れるまで衝撃弾を撃ち、その度に浴びるように魔力回復ポーションを飲み干した。
おそらく大陸の人間が見たら走って止めにくるだろう。
それは魔力回復ポーションの貴重さもあるが、魔力回復ポーション自体が体にかなりの負担をかけるからだ。
しかしパネェは飲み続けた。
衝撃弾を撃つのが楽しくて仕方なかったのだ。
そしてアルは魔力回復ポーションを飲むと体に負担がかかるのは知っていたが、そういうものだとしか思ってなかった。
アルも師匠にそういう修行をさせられてたので本人が悪いわけではないのかもしれないが、無知な人間ほど恐ろしいものはない。
そんなことをしていたせいで間もなく夏がくる。
宣言した一年まであと少しだ。
◇◇◇◇
「きれいな夕日だなぁ」
アルは地平線に沈む陽を眺めながら呟いた。淡いオレンジ色の光は海に浮くいくつもの島を優しく包み込んでいた。
その光はアル達に「お疲れ様」とさえ言っているようにも見える。
夏の訪れを感じさせそうな暖かい海風にうたれ、アルはなんとも不思議な気持ちになっていた。
振り返った先では島の人々が泣きながら皆を称えあっている。パネェも両手で顔を隠しながら涙を流している。
「やりきったなぁ」
今日、百を超える島々はすべて人の手に帰った。千五百年の時を経て、列島を取り戻すという悲願はついに叶えられたのだ。
アルが宣言したあの日から一年とかからず、夏が来る前に奪還作戦は完了した。
「アル殿はこれからどうするのですか?」
最初の島に戻る船で、翁は少しだけ畏まって聞いてきた。
出会ってすぐのうちは政治的な駆け引きがあったが、島を取り返すうちに仲間として接してくれるようになっていたのに。
だから久しぶりの言い回しにアルは可笑しくなって笑った。
「急にすまんの。島を取り返すうちは気にしないようにしとったのだが……やはりアル殿は大陸の者だ。また空を飛んで帰ってしまうのか?」
翁の話を聞いたみんながアルを見ている。
確かに島の人達は島を取り返す間に先の話を一切しなかった。脇目も振らず一年間走り続けたのだ。
やっとその一年が終え、未来を見たときにアルの事をまず気にかけてくれるのだから、やはり島のみんなは優しい人達だ。
そしてようやくアルも気がついた。
大事な事に。
「……どうやったら帰れるんだろう?」
彼も先の事を考えない人間だった。
◇◇◇◇
最初の島では一年振りの祭りの準備がされている。
違うことといえば、島の人達の表情だ。
一年前の少し影のある笑顔とは違い逞しい笑顔。一部逞しくなり過ぎて、魔物が逃げ出してしまうくらいの危ない笑顔だ。
そしてアルの知らないうちに今日も娘達の静かなる戦いがあった。
勝者達は余裕の笑みを浮かべているが、アルのテーブルに座っている娘達は悔しそうに他のテーブルを睨みつけている。
なぜだ!?
今日の勝者は勇者のテーブルにはいない。
彼女達はどこに行ったというのか?
「パネェお姉様。本日の飲み物はなんになさります?」
「パネェお姉様。こちらは私のおじい様秘蔵の果実酒ですわ」
「パネェおねぇちゃん!」
娘達はパネェに目をつけたのだ。
夫というカテゴリーはどうした?
やはり武器か?
武器に見えるのか?
アルのテーブルに座る者達は予選敗退組である。
仕方なしに第二希望のアルのところに座っているが、少しも嬉しそうではない。
その様子を見た翁は頭を抱えた。
主役といえるアルを放ったらかしているのだから。
しかも孫娘は自分の大事な酒を勝手にパネェに捧げている。
最後の一本だというのに。
だが孫娘の目つきが怖くて取り返せないのだ。
一年間魔物を倒しまくったくせに娘達が怖くてどうしようもないのだ。
そして料理と酒が行き届いて翁は乾杯の音頭をとった。たいした挨拶もせずに一気に酒を飲み干している。
今夜の翁はやけ酒になりそうだが、島は喜びに満ちていた。
「アルく〜ん。飲んでる〜?」
パネェが島の娘達を引き連れてやってきたが、完全に酔っている。
そしてなぜかアルは取り巻きの娘達に睨まれている。パネェをとったのはアルじゃないのに。
「お爺様。あちらで父上が呼んでいましたわ(ドン) さぁさぁ。パネェお姉様、こちらの席が空きましたのでお座り下さい」
翁は捨てられた子犬のようにアルを見ている。実際捨てられたのだ。あきらめてほしい。誰か代わりに拾ってやって下さい。
そしてここにも小犬が一匹。
それはもちろんアルだ。
島のテーブル二つ分の娘達に囲まれ、見ようによってはハーレムなのだろうがまったく生きた心地がしなさそうだ。
となりには百獣の王が座っているし、取り巻きは餌を献上する雌ライオンに見える。
もちろん餌はアル自身。
島の若い男達も可愛そうなモノを見るような目でアルを見ている。
「あれ〜? アル君それ果汁ジュースじゃん」
今日のアルは飲んでいない。というか基本飲まない。飲んだらすぐ寝るのでご飯が食べれないのだ。
一方のパネェは出来上がっていた。まだそんなに時間はたってないし酒豪ではないのだろう。
「ちょっと考え事してたんですよ」
「? アル君にそんな脳みそあった?」
この島の人に言われたらかわいそうだ。
しかもパネェはその筆頭だというのに。
ただ、アルはこれからについて話してみた。島の生活は楽しかったが、アルはずっとここにいるわけではない。大陸に戻れる方法を探さないといけない。
このときばかりはパネェも娘達も静かにアルの話を聞いてくれた。やっぱり根はいい人達なのだ。
そしてアルの話を聞いたパネェは、微笑みながら問いかけた。
「ねぇアル君? それは自分一人で解決する気?」
「え? だって俺の問題ですよ?」
「ふふ。やっぱりアル君はバカだね」
パネェは辛辣なセリフを吐いた。
だが少しも嫌な気にならなかった。
その声がセリフに似合わずとても優しいものだったからかもしれない。
パネェは呆けているアルの肩に手を置いて立ち上がると、皆に呼びかけた。
「皆の者! この一年本当によくやった。我々は先祖から受け継ぐ悲願を、列島を取り返すという偉業をついに成し遂げたのだ!」
パネェの声はよく響いた。
誰もが手を止めパネェを見つめる。
パネェの次の言葉を待つように。
「十分な成果だ。誇るべきだ。これからは、この島で思う存分に平和に暮らせる」
ここでパネェは深く目を瞑った。
パネェは今の自分の役割をよく理解している。彼女はすでにこの島の英雄なのだ。
だから彼女は己の言動に慎重になっている。
それは、島の皆にも伝わっていた。
それをわかっていて、斧使いのおっちゃんはパネェの背を押す事を選んだ。
「いいじゃねえか。自分のやりたいことを見つけたんだろ? この希望のなかった島でそれが見つかることがどれ程幸せなことか。……だからお前はこの島の希望になれ。何者にもなれると見せてくれよ」
おっちゃんの話に同意するように島の人々は頷く。
それを見てパネェは歯を食いしばり、目に涙を溜めた。
だが、その涙を流すことなくパネェは遠くを見据え直す。
彼女は強い人だ。
「私達は先祖の悲願を達成した!
だから! 今度は私達の願いを叶える!
海を越え大陸に辿り着くのだ!
皆でだ! 一人も残さない!」
パネェは胸の前で拳を握りながら大声で叫んだ。
いつも真っ直ぐな彼女の言葉は、やはり真っ直ぐなものだった。
だから、皆の心に届くのは当たり前のことだったのかもしれない。
「儂らも……夢を見ていいのかい?」
ポツリとひとりの老婆がパネェに尋ねた。
彼女は最年長にも関わらず皆と同じく戦場に身を置き続けた婆様だ。
「当たり前よ。誰も置いて行かない。例え黒妖艦が立ちはだかっても突き進む。だから、夢で終わらせない」
「……そうかい……こんな老いぼれでも夢を見てよかったんだね。……若い頃からずっと思ってたさ。大陸がどんな場所なのかと、知らない世界に恋い焦がれたもんじゃ。でも口にはできなんだ。儂らにはそれを叶える力も勇気もなかった。だというのにお前は……こんな、老いぼれまで……うぅ……」
婆様は声を殺して泣いた。
きっと婆様の想いは皆一緒だろう。
この列島では「大陸に行きたい」などというのは夢物語を語るのと一緒なのだ。
そしてそんな事を語る暇があれば魔物に抗えと現実を突き付けられてきた。
だからパネェの言葉は響いた。
彼女は力も勇気も持っている。きっと彼女なら皆の夢も叶え手くれると信じたのだろう。
その想いを、パネェは余すことなく拾い上げ、カタチにしてみせた。
「船を用意せよ! 荒波にも黒妖艦にも負けぬ大きな戦船を! もたもたしている暇はないぞ! 婆様が天に召される前に大陸に辿り着く! 明日には取りかかれ!」
「「「ぉおおおおお!!」」」
島はこの日も大声で震えた。
ひとりの声ではない。
島の皆が心から叫んだのだ。
それは一年前と同じようで同じではない。
先祖からの悲願と己の夢は違う。
島の人々は初めて自分のために戦うのだ。
大声で叫ぶ誰もが希望に目を輝かせ、少年少女のように笑い合っていた。




