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26 ナリキ《迷宮》

 迷宮の中の通路は薄暗く長い直線だった。


 この迷宮の外観は塔のようなものだったので本来であればこれ程の直線はないはずである。それが許される異空間こそ、迷宮が危険視される理由なのだ。


 だからこそ迷宮に挑む者は少数精鋭でなければならない。



「アルさん! めっちゃ廊下が長いっす! アハハハ!」

「そうだね元気君。ところで君は何がそんなに楽しいのかな?」


「アル君喉渇いてない? 今日は美味しいお茶を用意したんだよ」

「お姉さん大丈夫ですよ。それにまだ迷宮に入ってすぐですよ?」


「ワシは酒が飲みたいのー! ガッハッハッハ!」

「おっちゃんも何が楽しいのかな? てかすでに飲んでないか?」



 まさかのアルが一番まともというとんでもないパーティだった。緊張感の欠片もない。脳筋が四人では迷宮も可哀想だ。


 実際にさっきから魔物は襲いまくってきている。

 この迷宮にとっては数百年ぶりの訪問者だ。さぞ気合いも入っていただろう。



 だというのにその訪問者達は笑いながら魔物を蹴散らしている。時にはそいつは俺の獲物だと奪い合っているくらいだ。

 これではどっちが魔物かわからない。


 きっとこの迷宮もびびっているだろう。

 数百年間溜めこんだ魔物が嘘のように消えていくのだから。



 だが迷宮の本当の力はこんなものではない。

 ここは人間と平等な場所ではないのだ。


 そのことをアル達は奥に進むほど肌で感じるのだった。





「ウィンド! 防壁張ったからお姉さん一旦退いて!」

「ありがとうアル君! でもとりあえず一発だけ!」

「だから退いてってば!」

「そうだぞ! ワシの分も残してくれ!」

「そういう意味じゃないよ!」


 相変わらず脳筋なパーティではあったが攻めあぐねる場面が増えてきた。



「アルさん! 今度は風魔法がくるっす!」

「みんな伏せて! エアーインパクト!」

「もー! なんなのよあの魔法使いは」


 アル達は完全に失速していた。

 その原因のひとつが魔法を使う魔物の出現と、それに対応するためにアルが前線に出れなくなったことだ。

 

 アル達のパーティは接近特化型であるが、その中で最大威力を誇るのはやはりアルだ。

 そのアルが支援にまわったことで魔法使いまでの魔物の壁を突破することができくなったのである。



 これにはアルも顔を歪めて悔しがった。


 ここまでパーティリーダーとして順調に迷宮を進んでいたのに。

 自分の指揮は完璧だったのに、と。


 もっともその指揮が攻めあぐねている最大の原因ではあるのだが。


「アルさん。やっぱり僕も……」

「くっ! ここまでなのか!? 俺の作戦は完璧ではなかったのか!?」


 アルの作戦。

 それは《アタッカーの俺がとにかく真ん中をドッカンとする作戦》だ。


 この作戦は、まずは出会い頭にアルが飛び出してど真ん中をぶっ叩く。これは相手が単体だろうと複数だろうと関係ない。とにかくど真ん中をぶっ叩く。


 そして残った右側をおっちゃんが斧でぶっ叩き、反対側に残った左側をお姉さんがぶっ叩くというわかり易いくらいにわかり易い作戦だ。

 


 完全に脳筋仕様。

 これを作戦と呼ぶのは作戦という言葉に対する侮辱かもしれない。



 そしてこの作戦には何故か元気君が加わっていない。アル的には加わっているらしいが一度も活躍していない。


 元気君は後方担当を任命されたので、アル達より前に出てはいけないらしい。

 臨機応変とかそんなことも許されず、後ろから現れた魔物以外と戦ってはいけない。まだ一度も後ろから魔物は現れていないが。


 そんな縛りプレイである。



 もちろん元気君はそんな作戦に納得していない。何度かどさくさに紛れて前線に飛び出したが、その度にアルが先回りして元気君が倒そうとした魔物を一瞬で倒した。


 間に合わないと思ったら魔法で殲滅するほどの気遣いぶり。

 無駄に視野が広いのがアル流らしい。



 そして今も元気君は大人しく後方待機している。このパーティで二番目に戦闘能力が高い元気君を控えさせて苦戦するなど、馬鹿としか言いようがない。



「ぬっ!」

「きゃっ!」


 アルの葛藤の間にふたりが魔物の反撃を受ける。深刻なダメージではないがそれでも仲間が傷つくのはアルには耐えられなかった。



「元気君……作戦を変更する。作戦はこれよりプランAからプランGに移行する」


 アルは無駄に悔しそうに作戦変更を告げた。そのセリフも司令官気取りで未練たらたらなのが伺える。


 多分クヴェルト帝国の大臣の真似をしたかったのだろう。


「プランGってなんじゃったっけ?」

「プランAは《アタッカーの〜》だったよね?」


 もちろん前線のふたりにもこのプラン変更は理解できない。



 しかし、アルは意味深な笑みで元気君をじっと見つめた。その表情を見た元気君も何故かハッとした顔をしている。


 どうやら拗らせているのはアルだけではないようだ。



「わかりました。アルさん。Gは《ガンガン》のGですね?」

「ん?」


 アルはこの時思った。

 Aはアルで、Gは元気君。つまり、司令官交代の意味だけど、と。


 そんな伝え方無理に決まっている。

 そもそも元気君にはちゃんとした名前があるというのに。



 そして解けないはずの答えを導いた元気君は力の限り叫んだ。このために今まで我慢したのだと。


「みんないくぞ! 作戦名は《ガンガンいこうぜ》だ!」

「「ガンガン!」」

「ちがーう!」


 アルの嘆きが迷宮の通路に木霊するが、それを置いていくように三人は飛び出した。



 当然魔法使いは狙いを定めて魔法を放った。

 アルも応戦しようとするが魔法の量では勝てない。

 一人でなんとかおっちゃんとお姉さんを守ったが、元気君の分もまでは防げなかった。



「避けろ元気君!」


 アルの叫びも叶わず元気君は炎に包まれた。それも一発ではない。


 致命傷と言えるダメージを受けた元気君は無防備に魔物の群れに墜落した。



 魔物達も好機と判断し、元気君に一斉に襲いかかる。アル達は助けに行こうとするが魔物の壁がそれを邪魔する。



 それでも必死に魔物の壁を撃ち抜いたアルはその光景を見て絶句した。


「ハッハッハ! やっと出番だあ! 熱い! 熱い! 魔法って熱い! アッハッハッ!」


 声高らかに笑いながら元気君は魔物を斬り倒している。

 魔法使いも至近距離から追加の魔法を放っているが、元気君は一向に気にする様子もない。



 ドン引きである。

 アルだけでなく魔物も引いている。


 引いてないのはおっちゃんとお姉さんくらいだ。そのふたりも「ガンガン!」とか言いながらリズムよく魔物を駆逐している。



 それから先、彼らは最深部まで止まらずに走り続けた。もちろん魔物も絶え間なく襲ってきたが、本当に走り続けた。


 そしてその跡には魔物の死体しか残っていない。



 怖い。

 戦闘民族とはなんと恐ろしい生き物なのか。

 アルですら恐ろしいと思うのだ。魔物にとっては災い以外の何者でもなかっただろう。




◇◇◇◇



 アル達はついに迷宮の最深部まで到達したが、そこには強力な守護者が待ち構えていた。


 その魔物は迷宮そのものであり、守護者の死は迷宮の死である。


 つまりこの守護者を倒さない限り魔物の出現を食い止めることはできない。



 その最深部でアル達がはじめて対峙する守護者は禍々しい黒いオーラを放っていた。


 睨みつけるような目はブラックシーサーペントを思い出させる。そしてその実力もアル達が迷宮の中で相手にしていた魔物とは比べ物にならないだろう。



「さて、さっきまでみたいにはいきませんからね。絶対突撃しないでください」

「「「……」」」

「返事は!?」


 守護者という強敵を前にしても、脳筋ズは相変わらずだった。

 だが本当に突撃しないあたり、本能では危険な敵だと認識しているようだ。



 そして守護者もまた、ここまで辿り着いた侵入者に警戒を示し、距離をとったまま姿勢を低くしてこちらを伺っている。


 その様子は猫が獲物を襲う姿に見えるが、そこで構えているのは守護者だ。猫などとかわいいものではない。

 そこにいるのはまごうことなき大虎だ。



 知識にもない魔物でその名はわからない。それでも強敵だとわかる。

 黒い体はところどころを青白く光らせていて、迷宮という薄暗い空間で光を放つその姿は、場所が場所であれば神秘的であっだろう。



 だが相対すればわかる。

 この魔物にあるのは殺意だけ。

 その時を、虎視眈々と狙っているのだ。



 様子見をしてくる大虎にアルは先手を打つことにした。守護者を前にして固くなった三人を勇気づける意味もあったのだろう。



 ザッ


 ためらうことなくアルは一人飛び出すと、大虎の真正面に向かって走り出した。

 フェイントも入れず正面突破を試みるあたり、アルの自信が伺える。



 実際にアルには自信があった。


 目の前にいるのは守護者という強敵ではあるが、以前対峙したブラックシーサーペントと比べればあきらかに劣る。

 一撃で倒せなくとも致命的なダメージを与えることはできる。


 そう考えていた。



 その考えが慢心と気がつかなかったのはアルの未熟さゆえである。


 ブラックシーサーペントとの戦いは仲間と共に戦い勝ち取った勝利だというのに。

 これは強き者に挑み慣れたアルだからこそ犯したミスだった。



 大虎ははじめからアルだけを警戒し、弱者を手っ取り早く始末する方法を考えていた。


 パーティというのはアルが思っている以上に敵にとって厄介な存在だ。大虎にとっての脅威はアルだけだが、それでも戦闘の邪魔をされれば万が一もあり得る。



 たからこそ大虎は三人を早めに始末したかった。

 そしてそのチャンスは、いきなり大虎に転がりこんできてくれた。


 なぜならアルが三人を置き去りにして単身突っ込んできたのだ。

 油断した魔物ならその速さに反応できなかっただろうが、大虎は姿勢を低くして待ち構えていた。

 素早くともアルの単調な踏み込みにタイミングを合わせるなど造作もない。



 ――スッ


 大虎はアルの突撃に合せてアルの横をすり抜けた。

 四本の足によって発射するかのような飛び出しを見せた大虎に、アルは反応できず振り返って見送ることしかできなかった。



 そしてそれ程のスピードを持つ敵に体の固くなった三人が反応できるはずもない。


「なっ! 待て!」


 アルが自分の失敗に気がついて叫んだときには既に遅かった。


 大虎は跳ねるように飛ぶと三人の間に割り込むように着地した。その大虎の前脚が地面に着いた瞬間、大虎の周囲に何本もの雷が大きな音をたてて落ちてきた。



 ズババババーン



 三人は身を守る暇もなく落雷に撃たれて崩れ落ちる。



 たった一瞬。

 ほんの少しの気の緩みである。



 ただそれが仲間の命を危険に晒すことをアルは理解していなかった。


 おそらくアルであれば今の攻撃を避けることができた。仮に直撃しても、耐えることもできただろう。



 しかし彼らはアルではない。

 どれだけ強くとも根本的に違うのだ。



 この日アルは思い知る。

 仲間と戦うという本当の意味を。

 そして、仲間という存在の強さを。

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