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27 ナリキ《大虎》

『グルゥア――!』

「いい加減離れろ!」


 最初の一撃で仲間が倒されてからアルは防戦一方となってしまった。


 一人であればもう少しまともな戦いができるのだろうが、大虎は倒れた三人への追撃をあきらめていない。さらなる機会を虎視眈々と狙っている。



 倒れたままの三人を背に構えるアルは、大虎の攻撃を躱すことができず、重い一撃を真正面から受け止め続けている。


 時折放たれる落雷は大虎の周囲にしか発生しないこともあり、とにかく三人に近づけさせないことがアルの最優先だった。



 もっとも今は気を失っている三人ではあるが、アルは彼らが戦闘に復帰すると信じている。それは希望というものではなく、気配として感じとれる確信めいたものだ。


 だからこそアルは自らが傷ついても大虎を三人には近づけさせない。

 彼らがいなければこの大虎を倒せないと本能的に気がついたからでもある。



 アルが大虎に手をやいている最大の原因は、雷でも俊敏さでもなく厚い体毛による防御力だった。


 アルはナリキ諸島に来てから初めて短剣を抜いたが、剣の攻撃は厚い体毛に覆われ手応えが薄い。アルの攻撃が当たる瞬間に体毛が針のように逆立って剣戟を弾いてしまうのだ。

 斬撃だけでなく突きですら防ぐこの体毛こそが、大虎の討伐難易度を格段に難しくしている。


 おそらくこのままでは大虎を深く傷つけるまでは至らない。そのためにも一緒に戦ってくれる仲間という存在が今のアルには必要だった。



(俺は失敗した。迷惑もかけた。だから、次こそは)



 昔師匠に言われた言葉を思い出す。


『意識せず正しい事をするくらいなら、失敗して心に刻む方がよっぽどいいわ。ただ、それを繰り返してはいけない』



 アルは足を大きく開いて短剣を構える。

 何度大虎が襲ってきてもここを通す気はない。クヴェルト帝国での浜辺の戦いとは違う。護るために戦うのだ。

 

「ここは通さない。俺の仲間は強いからな。覚悟しろよ」


 アルはこのときはじめて誰かを護るために戦った。そしてそれが力になることを、はじめて知った。







「う……、ア、アル……くん? なんで、なんでアルくんが……」


 仲間の女が目にしたのは、傷つき血を滴らせるアルの背中だった。

 そんなアルの姿はこの数ヶ月一度も目にしていない。


 そしてその原因が自分達にあると気がついた仲間は動揺した。足を引っ張ってしまったと。



 しかしアルは仲間の心配をよそに優しく笑った。


「よかった。迷惑かけてごめんなさい。だけど次は失敗しません。だから、一緒に倒しましょう」


 大虎と対峙しているというのに気負いなどまったくない。まるで練習でもしようかと気軽に誘ってくるような言い方だった。



 だからだろう。

 彼女は心が軽くなったのを感じた。

 そして強さというものを知る。

 それを教えてくれた少年の背中は淡く輝いていた。




「早く起きなさいよ!」

 ゴン!ガン!

「いてっ」「ぐあっ」


「お前なんで起こすだけでハンマー使うんだよ。普通揺すったり頬を叩いたりするだろ?」

「あれ!? アルさんどうしたの!? なんかピンチ!?」

「あーピンチだ! 助けてくれ」

「マジっすか!? アルさんピンチっすか!? しかもあのアルさんが助けてくれだなんて、俺燃えるっすー!!」

「寝起きからやかましいわお前は! こちとら二日酔いなんじゃ!」


 賑やかな三人だった。

 さっきまで失神していたというのに。



 だが、最初に守護者と対峙したときとはあきらかに目の色が違う。



 アルが傷つけられた怒り。

 未熟な己への怒り。


 それを表に出すことなく、そっと腹の中で燃やした。軽口こそ叩いているが、彼らの目はギラギラとしている。


「躾をしてあげなくちゃね」

「叩き斬るっす」

「酒に漬け込んでやるわい」




 そんな三人の姿を見てアルは感心した。

 失神させられたというのに気負いもなく立ち上がったのだから。


 もっともその理由はアルにある。

 勇者が自らを犠牲にして守ったのだ。仲間としてその想いに応えなければならない。

 命をかけるには十分な理由だった。



「元気君は俺と並んで大虎の正面に! 二人は左右後方から飛び出す準備を!」

「了解っす」


 アルの号令に三人は立ち位置を決める。

 そしてアルはこの立ち位置からひとつの作戦を実行する。


「元気君。あの大虎には斬撃が効きにくい。そこで俺は後ろに下がって魔法を試したい。三秒、稼げるかい?」


 一発で気絶させる力を持つ敵に対して無茶な要望にも聞こえた。


 しかし彼はそんなことを気にしない。むしろ憧れの人に頼られることがこんなにも力になるのかと喜んだ。


「三秒じゃすませないっす。延々とまとわりついてやるっすよ」


 アルは元気君の目を見て頷いた。

 これが信頼というものだろう。


 後ろの二人にもハンドサインで自分が下がることを伝える。事前に決めていたものではないが二人にはそれが理解できた。



 そんな四人の気配に大虎は警戒を強めた。最初のように奇襲は通じないこともわかっている。


 特に真ん中の男はあきらかに突っ込んでくる姿勢をみせている。大虎が警戒を上げて反撃の姿勢をとるのは当然だっただろう。



 そして、自分への警戒が薄れたその瞬間をアルは見逃さなかった。



 ザッ



 アルは後方に飛び退くとそのまま魔法を放つために意識を集中する。

 当然それを見た大虎はアルとの間合いを詰めようとしたが、警戒を薄めてしまったために反応が遅れた。


 その間にアルへの道は三人の仲間によって塞がれてしまう。


『グゥアーー!』


 ズババババーン



 再び大虎の落雷が三人を襲うが開幕の時とは違う。冷静に大虎の動きを見ていた三人は三方に跳び退き、落雷の範囲から逃れる。


 アルは魔法のために意識を集中しながらも大虎から視線を離さない。

 今までの戦闘で落雷発動後に大虎が一瞬硬直するのをアルは何度も見てきた。


 その瞬間を狙いすまし、魔法を放つ。


「エアープレス!」


 着地した姿勢のままの大虎にアルの風魔法が襲う。その風は大虎を上から押さえつけるようにミシミシと音をたてて大虎を潰す。

 大虎も抗うように四足で立ち上がろうとするが風圧に負けて地面に屈する。


『グゥア! グルゥア!』



 苛立たしげに大虎が叫ぶがアルも負けじと魔法の威力を上げる。

 今使っている魔法は殺傷力が弱く、トドメをさせる魔法ではなかったがあえてアルはそれを選んだ。


 大虎の強さを認めたのもあるが、何よりも仲間を信頼した。だから一か八かの魔法を選ばず、確実に相手の力を削ぐ魔法を選んだ。


「頼みます!」

「任せて!」


 そこへ三人が追撃する。近づくことへの恐れなどない。それぞれの会心の一撃が大虎を傷つける。


 ズガン!

『グゥガアアア!』


 無防備に近い状態で受けた大虎は吹き飛ばされて地面を転がる。

 さらなる追撃を許すまいとすぐさま立ち上がるが、この戦いではじめてのダメージを受けて苛立っている。



「やれそうですね」


 アルは自信を持って仲間の背中を押す。

 それに応えるように三人が頷く。




 戦うことで成長する。

 それは何も戦力だけの話ではない。

 アルにとっての戦いは、人に認められ、相手を認める場所でもあるのだ。

 天界という特殊な場所で育ったアルだからこそ持てる感性でもある。


 今のところそれだけでしか人と関われないのが残念ではあるが、それでもすこしずつアルは人間らしさを手にしていく。





 そこからは消耗戦だった。

 お互いに決め手に欠け、決定打を放てずにいる。

 大虎もアルの魔法を警戒し一定の距離を保った。不用意に落雷を発動すれば、意識を集中しているアルに襲われると感じたからだろう。



 それでもその間にアルを含めた仲間は傷ついていく。


 大虎の攻撃は重く、アル以外のメンバーでは一撃受けるたびに弾き飛ばされる。さらに追撃に入る大虎を止めるべくアルは常に仲間のフォローに入った。


 そのためこのパーティメンバーで一番傷ついているのはアルだ。そしてそれは徐々に仲間達を焦らせていく。


「アル君もういいわ! 私たちのことは気にしないでいいの! 覚悟はできているわ!」


 お姉さんはアルがこれ以上傷つかないようにお願いするかのように叫んだ。


 もちろんあきらめている目ではない。

 きっと命と引き換えに重い一撃をお見舞いするつもりだろう。


「魔法が当たれば少しはダメージが与えれそうだがの。アル殿。やはりワシらが囮になるからその間に」


 おっちゃんも囮という言葉を口にする。

 ふたりとも悲観的ではないのはいいだが精神的にちょっと打たれ弱いのかもしれない。アルと違って強敵と戦い慣れていないのだ。

 仕方のないことかもしれない。



 その点元気君は冷静だ。

 いつも元気なだけあっていい精神状態を保てている。


「アルさん! あの雷いいっすね! 俺もズバババーンってやりたいです!」


 馬鹿なだけだった。


(俺も人のこと言えないけど外から見てるとこんな感じなのか? ちょっと改めよう)


 アルはまたひとつ成長した。



 大虎も元気君の不真面目な態度にイライラしてきているのか攻撃が単調になってきた。その証拠に半分以上元気君狙いだ。



 だが島民一番の戦闘能力を持つ元気君は簡単にはやられない。そこそこ攻撃は受けているからピンチと言えばピンチなのだが、もうちょっと引きつけてくれるだろう。


 とは言ったもののあまり時間はかけられない。


 体力勝負では三人とも大虎には勝てないし、一人でも欠けると火力が足りなくなる。アル一人ではそこそこのダメージしか与えられず、トドメまではいきつかない。



「やっぱり魔法しかないか。でも大きな魔法を使おうとするとすぐに大虎が飛び込んでくるんだよね。並の魔法じゃあの体毛を貫通できないし」

「接近戦で叩き込むしかないな〜」

「ん? おっちゃん今なんて言った?」


 アルは何かが引っかかっておっちゃんに聞き返す。


「いや、接近戦で魔法を叩き込めればなと。アル殿の身体能力があればできるだろ? そのためにはやはりワシらがアル殿の側で囮になるのがいいかと」

「おっちゃんたちが言う囮ってそういう囮か」


 てっきりアルだけでも逃げてくれって言ってるのかと思ったらしい。



 アルは早速元気君を攻撃している大虎の死角に回り込むが大虎はそれを許さない。立ち位置を変え、アルとの距離を一定に保っている。


 攻めてこないならと魔法の発動準備をすれば待っていたといわんばかりに跳びかかってくる。

 そのせいで最初の風魔法以降、大虎に大きな魔法を当てることができていない。



「あの大虎はアル君の魔法にすぐ反応してくるよね? やっぱり魔法には弱いんじゃない?」


 お姉さんの予想は当たっているはずだ。

 魔法を発動する数秒そこらに反応して飛びかかってくるのだからよっぽど嫌なのだろう。



 どうしようかと考えているアルの耳元で、そっと声がした。


「ねぇねぇ、アル君? ちゃっとだけ、囮やってみない?」


 お姉さんはこの戦場に似合わず優しい口調でアルに聞いてきた。

 まるで「お茶しない?」というくらい軽いノリだ。


 その姿になんとなくアルはあの人を思い出す。



「リラは元気にしてるかな〜?」


 アルは嫌な予感しかしなくて現実逃避をしてみた。

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