24 ナリキ《列島》
「勇者様。ご飯はお口に合いましたでしょうか?」
「アルです」
「勇者様。お湯加減いかがでしょうか?」
「アルです」
アルが何度訂正しても彼らは勇者と言い続けた。
しかしそれは仕方のないことだ。
なんせ彼らは数日前まで死を覚悟していたのだから。
ここはナリキ諸島の西の海に広がる島のひとつ。
この島は大陸からかなり離れた地にあるが、周辺には大小百を超える島が群がり、それ等をまとめて列島と呼んでいた。
この列島では上質な塩や海結晶という珍しい素材が採れることから、ナリキ諸島内だけでなく大陸内地からも買付けがくるなど、僻地ながら大変賑わっていた。
しかしナリキ諸島で発生した特級迷宮によって列島の生活は一変した。
海はブラックシーサーペントに支配され、大陸との交流は一切とれなくなり、列島内の各島でも迷宮が生まれだしたのだ。
それでも列島の者は果敢に戦った。
今は外部と連絡がとれなくても、いつか必ず応援がくると。
それまで耐えれば勝ちなのだと。
誇りを持って魔物の侵略に抗った。
だがいつまでたっても外部からの応援は来なかった。列島から船を出そうにも、ブラックシーサーペントに阻まれて島の戦力が低下するばかりだった。
列島にあった大小百を超えていた島は、一つ、また一つと魔物に乗っ取られ、ついには五つまでその数を減らした。
千五百年という時間は、待つには長すぎたのだ。
そしていよいよあとがなくなった島民はひとつの決断をする。
待つ事をやめたのである。
残された力を集結し、ブラックシーサーペントに戦いを挑み、大陸への活路を見出す。
勝てる見込みなどほとんどなかったが、そうする他なかったのだろう。
そのブラックシーサーペントとの決戦にはすべての島民が参加した。
魔物に抗える戦力を持つ者など半分もいなかったが皆が志願した。
この作戦が失敗すればどのみち長くは生きられない。ならば誰かが奇跡を起こすための礎になるためにと。
そして最悪の奇跡が起こった。
島民とブラックシーサーペントの決戦を邪魔するかのように、ナリキ諸島を滅ぼした元凶、特級迷宮《黒妖艦》が決戦の場に突如現れたのだ。
その姿は島と呼べる程大きくも見えるが、黒い霧に纏われその全貌はわからない。
あまりもの不吉さに目を逸らしたくなるが、その黒い霧の奥にある要塞がどうしても目を引きつける。
もしあそこから噂に聴く万を超える魔物の軍勢が襲ってくると考えると恐ろしくて堪らない。
黒妖艦のあまりもの威圧感に島民は動く事ができず立ち尽くした。伝説級と言われるブラックシーサーペントですら、脱兎の如くその場から逃げ出した。
不気味な黒妖艦は黒い霧を渦のように集約すると、その奥から一つの《浮島》を出現させた。
それは魔物を大量に発生させる黒妖艦の派生迷宮である。そして黒妖艦は浮島を出現させたあとも、黒い霧と共にその場に留まった。
黒妖艦が現れただけでも絶望を感じるのに、浮島からは魔物が溢れだし、戦意を失った島民達を襲った。
倒すべき本来の敵を見失った島民は交戦しながら撤退したが、魔物の数は多く、また奪われる日々が始まった。
そしてその勢いは千五百年間耐え続けた島民の力を持ってしても抗えず、ついに五つの島は最後の一つを残すまでに減った。
もう島民に抗う気力はない。
ブラックシーサーペントであれは、大陸への道を切り開くために命をかける価値があると自分達に言い聞かせられた。
だが今迫りくる敵は黒妖艦が気まぐれで発生させた魔物だ。
仲間を守りながら撤退するうちは気持ちを強く持てたが、最後の島に押しやられた今は気持ちが完全に途切れた。
無駄な抵抗だったと思いしらされたようで、そこにはもう以前の強さはない。
魔物に突撃しようという島民の声は多かったが、それは未来のためでなく、諦めのための手段でしかない。
もはや島民達には夢を見る事すら許されなかった。
そんな絶望のなか、島民の一人が沈む太陽を見て呟いた。
「もう、明日はこない」と。
その言葉を誰も否定することはできなかった。
今夜魔物が襲ってくるかもしれない。
今夜襲ってこなくてもそれが数日遅れたところで何も変わらない。
結局どうすることも出来ず魔物に殺される。それが悔しく、無意味に死ぬことが怖かった。
その時、南の空が黄金に輝いた。
島民の誰もがその光景に目を奪われた。
夕闇の空に立ち昇る光は神秘的で力強く感じる。
そしてその中、一筋の光に気がついた。
その光は真っ直ぐにこちらに向かってくる。
それを見ても誰も逃げようとはしなかった。
わからなかったが、大丈夫だと感じたのだ。
むしろ希望の光にさえ見えた。
そしてその光は、とある島に落ちた。
そのとある島とは、派生迷宮《浮島》
大地を揺るがす轟音を轟かせ、浮島は一瞬にして消滅したのである。遠目ではあったが、島民達の目には確かにそれが映った。
そこからの島民の動きは早かった。
最後の島での防衛線を堅牢なものへと変え、浮島への調査に船を出した。
そして三日間魔物の攻撃に堪えた島民のもとに一人の男が運びこまれる。
その男は全身に酷い火傷を負い、息をしているのが不思議なほどの危険な状態だった。
島民はこの男を死なせまいと必死に看病をし、五日後にようやく男は目を覚ました。
島民達は、最後の希望を守り抜いたのだ。
◇◇◇◇
「勇者様」
「アルです」
「では勇者アル殿」
「ひどくなってる!? 勘弁してくれよ翁」
今話してる翁はこの島で一番偉い人で村長的な人なのだろうがなんせ頑固だ。
島が滅びかけているところを助けたらしいが、アルも滅びかけてたからおあいこだ。
「では恐縮ながらアル殿。今の大陸についていくつかお聞きしたい事があるのでよろしいですか? なんせ大陸から人がきたのは千五百年ぶりとなるはずですので」
「構いませんが、都合よくは説明しませんよ。たぶん、辛い話になるかと思います」
それから翁と何名かの島民を交えて話し合った。島の人たちも覚悟はしていたようだが、やはり辛そうだった。
列島の人達はすでに滅んだと認識され、この列島に近づこうとする者はもういない。
さらにナリキ諸島が滅ぼされたあと、二つの国が特級迷宮で滅ぼされたのを聞いた彼らは頭を抱えて俯いてしまった。
それでも、辛い話ではあったが彼らにとってはそればかりではなかったようだ。
なんせ彼らにとって大陸はもはや幻の土地なのだ。そこでの生活を聞いた彼らは驚きに目を輝かせていた。
「そうですか。やはり大陸とは面白い場所なのですね。私達の知らない事ばかりです。しかしまさか、薬屋がそれほどの権力を持っているとは」
「兵士を従え大臣に物申すとは。まさか王にまで、なんてことはないですよね?」
「王に対してはわかんないですが、聖獣を殴って素材むしってましたよ」
「「「なっ!?」」」
彼らの島にも薬屋を生業としている者はいたが、大陸の薬屋は未知の職業となった。
「大陸からの支援は期待できい以上、やはりブラックシーサーペントを倒して自ら向かわねばならないのですね」
「いや、翁。ブラックシーサーペントはもう気にしなくていい。あれはクヴェルト帝国で倒した」
「「「!?」」」
「なんと!? まことですか勇者様!?」
「大魔法でトドメを刺したから間違いない。おかげでこっちも死にかけたけど」
「大魔法……」
アルを含めその場の者達は南の空が黄金に輝いた時の事を思い出していた。
そしてアルの話を聞いた島の者達は、アルが大魔法を放って仕留めたと勘違いしていた。
さらにアルが「めっちゃ怒ってたな〜」なんて言うから、想像を絶する大激戦だと盛大に拗らせていた。
本当の戦いは睨み合いの時間こそ長かったが実際は数秒で終えた。
とはいえ総力戦であったのは事実であり、何かひとつでも欠けていれば勝てないほどにギリギリだっただろう。
だからあの時のアルは全力以上だった。
ブラックシーサーペントを目の前にし、これでは勝てないと感じたアルはいつも以上に地脈と深く繋がることを意識した。
それは不思議な感覚だった。
天界でも修行の地でも感じることのなかった感覚。
(あの時の感覚はなんだったんだろう。地脈とはまた違ったのと繋がった気がしたけど)
アルはまだその感覚を理解できていないが、その感覚が全力以上の力を引き出したことはわかっていた。
だからこそもどかしい。
早くあの感覚を再現するための修行をしたいのだが、またもアルは大きな問題を抱えた。
(また能力が使えない。1からやり直しか……)
アルはまた無能に戻ったのだ。




