22 クヴェルト《浅瀬》
「奥魚!飛魚の舞!」
チューン!
「秘魚!鯉の滝登り!」
ズッシャー!
「トドメだ!まな板の鯉!」
ザッパーン!!
「うっせーぞ!」
「さっせーん!」
浅瀬でアルが次々と技を放っていると、浜辺にいる兵士から怒鳴られた。
しかしアルは遊んでいるのではない。
ちゃんと魔物の討伐をしているのだ。
到着してから三日経ち、遂に今朝から魔物の群れが現れたのである。
魔物の襲来がわかると、大臣の指揮によって部隊は入江を囲むように陣をとった。砂浜では踏ん張りが効かないという理由で、砂地が固くなる位置で待ち構えているのだ。
そんななかアルは兵士達に見守られながら一人海に浸かって浅瀬で戦っている。
海の魔物に対して自殺行為であるが、もちろん彼の意思ではない。
この入り江に到着してから二日間、アルと兵士達で手合わせした結果、彼らはアルの強さを十分に理解した。
だが彼らのアルへの評価は散々だった。
強いが合理的でない。
強いが無茶苦茶だ。
強いが協調性がない。
そして強いが一緒には戦いたくないという意見で一致したらしい。
残念としか言いようがない。
もちろん兵士達も大臣もアルの戦力は認めている。
だからどこでどうやって活躍させるべきか皆で悩んでいる時に、ひとりの女性が答えを導いた。
「邪魔になるし一人海で戦わせれば?」
鬼だ。
アルは言われてついてきただけなのに邪魔だと言われたのだ。
周りの兵士達も流石にひいている。
「あねさん……邪魔なら後方で待ってますけど」
「ひとりだけ楽する気?」
「お、おにさん」
バコーン!
結局アルは権力的にも民主主義的にも海に残されることになった。
ちなみに命令を下した姉貴あらため姉鬼は後方待機している。
もちろん薬を持ってはいるがまだ出番はない。
ただこの作戦は今のところうまくいっている。アルが浅瀬で大暴れすることで、魔物達の上陸する勢いはかなり削がれているからだ。
抜け出しても勢いのなくなった魔物達は兵士数人に囲まれ、ほぼ一合で片付けられている。
これなら相当の時間を耐えられるとアルは思った。一日中剣を振れる自信もあったからだろう。
しかしそんな悠長な考えを持てたのはそこから一時間ほどまでだった。
緊急事態のビッグウェーブがこの程度のはずがないのに。
「大臣! 銅鑼の合図で陣形は第ニ陣に移行完了しました! 各部隊長の報告では、重症者はいないようでまだまだ戦えるとのことです!」
「わかりました。しかし軽症者にも薬を渡すように。これは長期戦です。それを皆に伝え直して下さい」
「はっ」
「……やはりあの程度ではおさまらなかったか」
先程まで見ていた魔物の襲撃は、例年に比べれば多かったのは間違いない。
しかし大臣の予想は悪い方に当たった。
大臣は帝都の防衛のためにいくつかの部隊を残してきたが、無理にでももっと連れてくるべきだったと後悔した。
だが嬉しい誤算があったのも確かだ。
リラが連れてきた若武者が想像以上の戦果をあげているのだから。
もはやどこからが水の上かがわからないほどに魔物は重なって襲ってきている。
だというのにアルは一歩も引かずに浅瀬で戦い続けているのだ。
大臣はその姿を見て感動した。
銅鑼の音に合わせて下がるよう伝えていたのになんと勇敢かと。アルの戦う姿を見て兵士達が熱くなるのも仕方がないとも思った。
「叶う事ならば私も、君の隣に立って戦いたい!」
そんな大臣の熱いエールは果たしてアルに届いているのか。
そしてそんな大臣を見ていたリラは溜め息を吐いた。
「どうせ作戦なんて聞いてなかったんでしょ」
(めっちゃ多いー!)
アルは焦っていた。
一体ずつは弱いが数が多過ぎて捉えきれない。かなり素通りさせてしまっている。
そのせいでさっきまで余裕のあった陣形も歪に崩れてしまった。
そしてその浜辺からは怒鳴り声が聞こえる。
「アルーー!」
「小僧ーー!」
(めっちゃ怒られてる! わかってるよ! 頑張るよ! だから勘弁して下さい!)
そんな事を考えながらアルはひとり奮闘していた。
銅鑼が第ニ陣移行への合図とも、仲間から熱いエールを送られているとも知らず。
そもそも第ニ陣が歪なのも作戦である。
長期戦に有効な型なのだが、話をまともに聞いていなかったアルに理解できるはずもなかった。まともに聞いていても理解できたかはわからないが。
魔物への恐怖ではなく、後ろに控える者達にビビって剣を振るアル。
しかしこの日、アルは知らぬうちに伝説になってしまった。
◇◇◇◇
夕方になり、ようやく魔物の群れは収まった。
それなりの怪我人が出たがリラの薬と的確な処置で死人は出ていない。
入江を突破されることも無く死守し続けた。
あたり一帯に魔物の群れはいないが、稀に魔物が落とすという魔石が星のように散らばっている。
いったいどれ程の魔物を倒せばこれ程の魔石が残るというのか。
そして浅瀬には、相変わらずひとりの少年が取り残されていた。
ただ先程までと違うのは、波打ち際には大臣をはじめ兵士全員が詰めかけていることだ。
その誰もがアルの勇姿によって気力をみなぎらせている。
それでも、最後の最後に現れた魔物は最悪としか言いようがない。
最後に立ちはだかるのはシーサーペントと呼ばれる種類の魔物だか、こいつはただの海蛇ではない。
遥か昔からナリキ諸島周辺の海に棲み、その頃から船を襲い厄介がられていた。
それが千五百年前、ナリキ諸島で発生した特級迷宮の影響で巨大化した。さらにその体は強力な鱗で覆われるようになり、巨大な力を得た大海蛇はブラックシーサーペントと呼ばれるようにまでなった。
そして海をブラックシーサーペントに支配されたナリキ諸島は壊滅的な被害を受けた。各島々は分断され、お互いに支援することも助けを呼ぶこともできなくなった。
その後、島の人々がどうなったかはわかっていない。
そんな千年超えの魔物が目の前に現れたのだ。
その威圧感からこいつが特級迷宮の主と言われれば信じただろう。
だが兵士達は逃げるわけにはいかなかった。
なぜならブラックシーサーペントに一番近い場所には小さな勇者が立っているのだから。
その少年は逃げ出す素振りを見せない。
むしろその背からは闘気が溢れている。
決して強いオーラではないはずだが、淡くも眩しくも見える光。
それはまるで彼らに大丈夫と言っているようだった。
そして彼らもそれを信じた。
その勝利が、蜃気楼のように儚げでも。
相対するブラックシーサーペントは鎌首をもたげ人間達を睨みつけていた。
全長は大き過ぎてわからない。
頭は海面から出ているが、その位置は人の背丈の数倍の位置にある。
普通に戦っては届きそうにない。
そう思っていた兵士達は目を見開いた。
「秘魚!鯉の滝登り!」
『ギィアァーーー!』
(((届いたーー!?)))
なんの前触れもなくアルはブラックシーサーペントのもとまで踏み込むと、宙に舞いながら剣を振り切った。
ブラックシーサーペントの鱗は硬いはずだが、アルの斬り上げは鱗を断ち、海面から舌顎までバッサリと切り裂いている。
その衝撃にブラックシーサーペントは思わず仰け反り口を開けて天を仰いでいる。
もちろん兵士達も口を開けてそれを見上げている。
「各自一番得意な魔法の発動準備を!」
いきなり訪れたチャンスに皆は慌てた。
そして女の声に従ってそれぞれが一番得意な魔法を発動するために地脈を強く意識した。
強敵を前に魔法を使う際に一番危険なのはこのタイミングである。
僅か数秒ではあるが、魔法使いが前線に出てこれない理由がこの溜めが必要だからだ。
しかし今はアルがブラックシーサーペントの足止めをしている。
だからここを逃してはいけないと皆が思った。
「まな板の鯉!」
『ブルゥゥアアーー!』
さらにアルはブラックシーサーペントの口に剣を叩き込む。
それがどういった効果のある技なのか誰にもわからないが、ブラックシーサーペントが鳴いているから効いているのは間違いない。
危険な場面ではあったが、皆は不思議と地脈と深く繋がれた。
焦りはなかった。
アルを信じていたからかもしれない。
疲労はあったはずだが、緊張感も後押して今までにないほど強く地脈と繋がれた。
そこから放たれる魔法は相当な威力を持つだろうことがわかる。
そして兵士達の意識が十分に地脈と繋がったとき、女の声に皆が反応した。
「今よ! 発射!」
兵士達は深く考える前に言葉通りに魔法を放った。
そして後悔した。
何故自分は全力で魔法を発動してしまったのだろうかと。
しかもそこにはまだアルがいるというのに。
今回の兵士達は剣はもちろん魔法にも優れた面々が選ばれた特別編成であった。
だから三百人全員が魔法を使える。
そんな者達が属性も考えずに全力で魔法を放つなど聞いたことがない。
しかも運の悪い事にここら一帯には魔石が数えきれないほど落ちている。
その魔石達は吸い込まれるようにアルとブラックシーサーペントのもとまで宙を飛んだ。
両腕を突き出したままの大臣は魔法と魔石たちが複雑に絡み合うのを呆然と眺めた。
そこには噂に聞く磁気嵐がバチバチと音をたてて渦巻いている。
そして自分達はなんてものを生み出してしまったのかと愕然とした。
そこにあるのは禁忌中の禁忌。
《禁断魔法 星屑し》
二千年前、ガルラマの特級迷宮を倒すために使われたという伝説の魔法。
その威力は凄まじく、大地は消滅し、ガルラマの国は半分に引き裂かれた。
魔法を受けた大地は遥か遠くにある海と繋がり、その地が人のもとに帰ることはなかった。
そのためガルラマは特級迷宮を滅ぼした代償として、国の何割かを失ったのだ。
この魔法があの時と同じ威力かはわからないが、あの磁気嵐が破裂すればここにいる全員がこの島と共に消滅するだろう。
すでに抑えきれなくなった磁気嵐は外を求めて放射しはじめている。
大臣はその光景を眺めながらふと思った。
そう言えばあの人は『発射』などと言っていたな、と。
振り返った先ではリラが腰に手を添えて立っていた。
何ひとつ不安はなさそうだ。
強烈な光を前にして不敵に笑うリラ。
「なるほど……鬼と言いたくなりますね」
ズバババババババ――――
この日人類は、二千年ぶりに禁断魔法を発生させた。




