20 クヴェルト《精霊》
しばらくしばき続けられたキングベアーはどうにかリラをなだめた。
本当は俺も止めに入ってあげたかったが、キレたリラが怖くてどうしようもなかった。
ただ、必死に『グァ!グァ!』と鳴いていたキングベアーに少しだけ愛着がわいた。
そしてリラは今も石を片手に仁王立ちしている。
多分キングベアーが失敗したら殴りつけるためだ。
水晶が失敗だったとは考えていなさそうだが、そっちは大丈夫なのか?
リラの顔色を伺っていたキングベアーだが、再び東の空を見た。
既に陽は顔を出している。
やがて光が集落全体にいきわたった頃、キングベアーは動いた。
ブワーッ
手に持った水晶の破片を宙に放ったのだ。
砕ける前の水晶は白い石のようだったが、今は太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
そして不思議な事に、キラキラとしたそれは水路をまたぎ、水車の真上を頂点にするように光のアーチを作った。
その光に俺たちは目を奪われた。
規則性もなく、自由な光だ。
それはもしかしたら七色だったかもしれないし、それ以上かもしれない。
そんな美しい光景に声を失っていると、やがてどこからともなく水の流れる音が聞こえてきた。
ポツリ
輝くような一滴の雫が、光のアーチから水車に向けてゆっくりと落ちる。
ポツポツ
それが二滴三滴と続き、途切れることなくしたたったあと、やがてそれは筋に変わった。
そして水の筋も太くなり、水量が目に見えて増えたきた頃。
ギギィ
水車が揺れた。
まだ回りはしないが、水受けの部分から輝く水が溢れようとしている。
そんな水車に向け、光のアーチからの水はさらに勢いを増して流れ出した。
そして滝のように流れ出した水はついに水車を回しだす。
コトッ コトッ コトッ コトッ
水車は小気味よい音を出しながら動く。
久しく動いていなかったせいか、まだギィギィと鳴く音も聞こえる。
それでもその水車は確かに回り、水を運ぶ役目を果たしている。
本来の水車は水路の水を上に持ち上げるものだが、この水車は天の水を水路に渡す為にあるらしい。
そして不思議な事に、水路からはいくつもの笑い声が聞こえてきた。足で水面を叩いているのか、ピチャピチャとリズムのいい音も鳴っている。
その時、ふと気配がやわらいだのがわかった。
さっきまで聞こえなかった鳥のさえずりが聞こえ、数羽の鳥が廃村の空を飛んでいる。
術者が死んだのではない。
術者が心を開いて結界を解いてくれたのだ。
「あなたがここの精霊ね?」
俺が鳥を追いかけるように空を見ていると、リラが誰かに尋ねた。
視線を戻すと水車の前には服を着たカエルが立っている。
人間と変わらない大きさで。
「……キングフロッグ」
「黙ってなさい!」
精霊はカエルさんだった。
俺たちを無視してキングベアーとカエルは握手をして再会を楽しんでいる。旧友との感動の再会なので口を挟みはしないが、ちょっとシュールだ。
それを生温かく見守っていると、カエルはこちらに向き直って話しかけてきた。
「面倒をかけたな、人間よ。我は随分と眠っていたようだ」
カエルの声は見た目に反して渋かった。伊達に数百年生きていないということか。
「いえ、こちらの都合で起こしてしまい、申し訳ありません」
リラは丁寧に頭を下げる。
普段の姿からは想像出来ないお嬢様っぷりだ。
しかしその右手には石が握られている。
俺と同じ事を考えたのか、キングベアーも微妙な表情を浮かべていた。
多分アレで殴ったらカエルさんはグロテスクな事になってしまう。
「よい。人間が皆そなたの様であればよかったのだがな」
やめて下さい。
迷宮に支配されるより恐ろしい。
同じ事を考えたのかキングベアーも悲痛な表情を浮かべている。彼とははいい友達になれそうだ。
「ありがとうございます。それでもしよろしければ、少しでいいので清らかな水をわけては頂けないでしょうか?」
「ふむ。清らかな水を求めるか……」
カエルはリラの顔を見ながらあごに手をついて思案する。
それを見て俺もあごに手をついて考えた。
(清らかな水を受け取る為には条件があるのだろうか? リラは付与士として高い資質を持っているし、知識も豊富だ。ただ、目つきに負けず性格も鋭い。そこが問題かもしれない)
カエルに負けず無駄に思案してみせたが、本当に無駄だった。
「清らかな水をそなたはどう使う?」
俺を丸っと無視してカエルはリラに問いかけた。もちろん俺は気にしていない。
「私を指導して下さった方が、いつか成長したらここに来てほしいと言っていたのです。だから……」
「君はその使い道を知っているのかね?」
カエルの渋い声はどうしても厳しい口調に聞こえてしまう。
それを感じたリラは自信なさげに返事をした。
「……知りません」
「普通はもっと綺麗事を言うんだがな。家族の為だとか愛する者の為だとか」
「……駄目でしょうか?」
リラは不安そうにカエルを見つめ返した。
そんなリラに対し、カエルは少し雰囲気を柔らかくして答えた。
「不安にさせて悪かった。ただ悪いが今はない。眠り続けていた我にそれを与える力は今はないのだよ」
「そう……ですか」
カエルの返事にリラは肩を落とした。
師匠のような存在に頼まれてここにきたのだ。それを果たせなかった悔しさは俺にもわかる。
「だったら、いつかは貰えるんですか?」
俺は思わずカエルに直接話しかけた。
精霊とはもしかしたら高貴な存在なのかもしれない。だから失礼になるかもしれないが、リラのことを思うと聞かずにはいられなかった。
だがそんな俺の態度をカエルは咎めることなく、冷静に答えてくれた。
「ふむ。いつかと言われればいつかは渡せるかもしれん。だが、問題はその使い道だ。これは誰かのために使うもの。その理由も目的もわからない者に渡せるものではない」
その答えからも今のリラには資格がないということがはっきりとわかった。
それを自覚したリラはますます落ち込む。
しかしそれを見兼ねたカエルはリラを呼び寄せた。
「そなたよ、こちらに来なさい」
「は、はい」
リラの返事に元気はなかったが、リラがカエルに呼ばれて近づくと、パシャパシャと音をたてていた水は跳ねるように飛沫を上げだした。
「ふむ。そなた名前はなんという?」
「? リラです。どうかしましたか?」
水路のささやくような笑い声には、リラの名を呼ぶ声も混じりだした。
そしてカエルは水路を見つめながら目を細める。
そこに何かがいるのは間違いない。
水飛沫を上げて何人もの笑い声がするのだから。
再びリラと向き合ったカエルは、姿勢を正してリラに問いかけた。
「そなたさえよければ、我が子を連れていってはくれぬか?」
「私が……精霊を?」
流石に俺もリラも驚いた。
精霊使いなんて伝説として語り継がれる存在であり、なろうとしてなれるものではない。
当然なりかたもわからない。
「この子らは数百年も止まった刻の中で過ごした。だから少しくらいはわがままを聞いてあげたくてな」
カエルは苦笑いするような表情をして見せた。やはり精霊とは優しい存在なのだろう。
驚いていたリラだったが、深呼吸をひとつして自分に言い聞かせるように宣言した。
「私に任せて下さい」
こうして姐御は精霊使いにジョブチェンジした。
そんな精霊との契約はすぐに終わった。
お互いに束縛する事もなく、対等な立場として接するという信頼関係が前提での契約だ。
だからどちらかが一方的な言動を繰り返せば、相手の承認を必要とせず契約を解除できるらしい。
いってみれば友達のようなものだ。
そして精霊の子は九人もいた。
姿をもたない光だったが、成長すれば人型にもなれるらしい。
そんな彼らは交代でリラの側で生活する事になった。三勤交代で定期的に里帰りするといっている。
精霊は気ままかと思っていたが意外と真面目だった。
「それでは我が子達を頼む」
「はい、精霊様。この地については口外致しませんのでご安心下さい」
「気遣いに感謝する。さらばだ」
カエルはそれだけリラに言うと、水路に向かって頭からダイブした。
水路って浅いよね?
物理的にはアウトだからね?
そんな心配はさておき、これで用事は済んだ。
清らかな水は手に入らなかったが、精霊との契約ができたのだから大収穫だ。
俺は何もしてないし何も手に入れてないが。
帰る間際にキングベアーに挨拶をすると、彼はのそりと近づいてから立ち上がった。その体は見上げるほど大きい。
そしてキングベアーは胸元の毛を指先で摘むと自ら抜いた。
その部分だけは横を向いた三日月のように銀色に輝いていてきれいだ。
おそらく魔力を含んだ特別な毛なのだろう。
その毛をリラにそっと差し出す。
聖獣から素材を分けてもらえるなんて普通じゃありえない。
よほどキングベアーに気を遣われているのだろう。
リラはその毛を受けとろうと左手をだしたが、熊の手に触れる直前にピタリと止まった。
「「?…………!?」」
俺もキングベアーもなぜリラが止まったのかわからなかったが、やがて戦慄した。
リラの手が再び動きだしたかと思うと、キングベアーの毛を握ったのだ…………爪ごと。
その手に込められた力でリラの本気度が伺える。
キングベアーは何度も何度も己の爪とリラの顔を見ている。
完全に焦っている。
しかしリラは動かない。
じっとその毛だか爪だかを見て微動だにしない。キングベアーと目を合わせようともしない。
あまりにもかわいそうたがら、やめてあげてと言おうとして一歩踏み出した瞬間。
ギャリ
小さな音がした。
最初はなんの音かわからなかった。
ただ、視線だけを音のした方に向けて俺は息を呑んだ。
音がしたのはリラの右手からだ。
そしてその手には、リラの爪が食い込みかけた石があった。
(……強さとは)
絶望しているキングベアーを見ながら俺は現実逃避をするようにまた空を見上げた。
キングベアーは短くなった小指の爪をじっと見ている。
流石に抜く訳にはいかないから、俺の剣で先端部分だけ斬った。
とっても硬かった。
キングベアーは最後にリラの機嫌をとろうとして毛を差し出したのだが、墓穴を掘ったようだ。
多分リラの目にはキングベアーがただの素材に見えているはずだ。
そんな話をこの国の人間が聞いたらきっと悲鳴をあげるだろう。
だが事実だ。
リラは今日、精霊使いだけでなく、聖獣使いのジョブまで獲た。
もうこれ以上はいらない!
早く帰ろう!
キングベアーと居残り組の精霊に挨拶し、俺たちは帝都に帰った。




