19 クヴェルト《長所》
「白夜花が手に入ったのは夜だし、これから何かあるかもしれないね」
結局あのあともリラは水車の前から動かなかったから、仕方なく水車の前で火を焚いた。
俺は肉を焼きながらフォローするが、リラは悔しそうに歯を食いしばっている。
それを見て俺は新鮮だと思った。
なんせ俺は今までリラの失敗を見た事がない。それに彼女はいつも何でも知っていて自信満々だった。
だからだろう。
柄にもなくリラとのひと月を思い返した。
そして気がつく。
自分が思っている以上にリラの事を知らないという事に。
リラは基本的に無駄話もしなければ身の上話もしない。食事も睡眠も工房でとっているので一緒に過ごす時間などほとんどない。
だからリラと過ごした時間は思ったよりも少なかったのかもしれない。
そんな事を思いながら俺は改めてリラをまじまじと見る。
いつも目元の隈と鋭い目つきに目がいくから、今は他の部分もしっかりと見てみようと意識してみた
焚き火に揺らめくリラの髪は、いつもよりブラウンが薄れて輝いて見える。
鼻筋はスッと真っ直ぐに通りその肌は白い。
少女と大人の狭間にいる彼女の瞳は、隈がすごくて目つきが鋭……ダメだ。
絶対目にいきつく。
とにかくそんな女性が目の前で落ち込んでいる。
もしかしたら俺は試されているのかもしれない。
惚れてもらおうなどとは思わないが、落ち込んでいる女性を優しく包み込む包容力を発揮する時がついにきたののだ。
だから俺は普段言わないようなことを一生懸命に考えて、勇気をもって口に出した。
「リラの隈と目つきは長所さ!」
「ぅがぁーーー!!」
「ぎゃーーーー!!」
リラは少し元気になった。
それからリラには寝てもらって俺は焚き火番をした。
もちろん自主的にではない。
罰だそうだ。
そして間もなく夜が空ける。
目がしぱしぱする。
一方、リラは俺のすぐ隣ですやすやと寝息をたてている。
ちゃんと寝ているか確かめるためにゆっくり髪を撫でてみると、少し身じろぎするだけなのでしっかり寝ているようだ。
(よかった)
俺は溜め息を吐いて空を見た。
なんとなくバランに聞いてほしたかったのだ。
「バランのおかげで牛に好かれるってのはよくわかったよ。修行の地では牛の友達もできたんだ。もちろん感謝しているさ。……だからさ、教えてくれよ。……熊にも好かれるの?」
目の前では大きな熊が座り込んで俺たちを伺っている。
俺は再び空を見上げ「夢だったらいいな〜」なんて現実逃避をしてみた。
「君は神獣なのかな?」
しばらく無言で向き合っていたが、恐る恐る聞いてみる。
俺にはその熊がただの熊とは思えなかったからだ。
その巨体と迫力からロックオーガなどワンパンだろうと想像できる。
だが危険な生き物ではないような気がする。おそらくこちらから不用意に動かなければ何もしてこないだろう。
だからリラを起こすか少し悩む。
彼女は目つきがすでに不用意な領域だから。
「食べた熊の敵討ちじゃないよね?」
熊の目つきは少し鋭くなったが、フンッと鼻を鳴らした。
その仕草でバランが恋しくなる。
「彼女を起こした方がいいかな?」
熊はリラを見て首を縦に振った。
やっぱり人間の話はわかるようだ。
熊に促されて俺はささやくようにリラの耳元で名を呼んだ。
「リィラァ〜〜」
「〜〜〜〜! なにすんのよ!!」
グシャ!
俺の吐息で目を覚ましたリラは、凄い剣幕で叩いてきた。
ただ、それは叩くという生易しいものではなかった。リラは右手に石を隠し持っていたようで、ロックパンチと化した拳が俺のテンプルを捉えた。
そして直撃を受けた俺が意識を失う前に見たのは、口をあけて驚く熊だった。
天界では散々師匠に失神させられたが、地上ではリラにその役回りが回ったようだ。
「ねぇ! 早く起きなさいよ! ねぇ! 早く起きないと殺すわよ!」
ゆっさゆっさ揺られて意識が戻ってきた。
目の前には泣いているリラの顔がある。
「!? 早く立って! しっかりしなさいよ! 殺すわよ!」
理不尽だ。
そして俺の意思を確認せずに無理やり口にポーション瓶を突っ込む様は、俺が尊敬する死神とそっくりだった。
「ぷは〜〜」
ポーションのおかげで意識が覚醒される。
熊の方を見て確認すると、熊は先程と同じ姿勢でじっとしていた。
少し憐れむようにこちらを見ているだけで、何も危険なんてない。
「リラ。この熊さんはきっと神獣だ。だから落ち着いて」
「えっ!?」
流石にリラは驚いている。
俺もバランに出会っていなければこんに落ち着いていられなかっただろう。
「リラを起こすように言ったのも熊さんだよ。名前がわからないのが残念だ。もしかしたら友達になれたかもしれないのに」
「……まさか、キングベアー」
「ん? あの伝説の?」
その名を聞いて納得した。
大臣から聞いていた時は話半分と思っていたが、十分ありえる話だ。
師匠はバランを神獣と言っていたが、地上で聖獣と呼ばれるのは誤差のようなものかもしれない。
キングベアーは俺たちから目を逸らすと東の空を見た。
夏のせいで夜明けは早く、東の空は夜と朝を彷徨っているようだった。
空の色を確認したキングベアーは体ごと水車に向き直り、リラが置いた水晶を手にとった。
これから何かが始まる。
そんな空気だった。
キングベアーはきっと夜明けのタイミングを待っていたのだろう。
リラも緊張している。
その目はキングベアーに握られた水晶をじっと見ていた。
そしてリラの見守るなか、その水晶はキングベアーの手の中で……
グシャ
握り潰された?
「なにすんだ、オラァーー!」
リラは俺を殺しかけた石を握ってキングベアーに殴りかかった。
たいしてキングベアーは『グァッ!グァッ!』と必死に鳴いている。痛いのかもしれないしリラが怖いのかもしれない。
キングベアーはロックオーガをワンパンで倒せそうだと思ったが、リラのロックパンチはそれ以上だったらしい。




