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18 クヴェルト《廃村》

 アルの帝都での暮らしは間もなくひと月を迎えようとしている。



 相変わらずアルはリラに頼まれて毎日魔物を討伐しているが、クヴェルト帝国での目的だった対人修行もそれなりに捗っていた。


 むしろ若武者の知名度があったことから、対人戦は修行の地よりも効率がよかったくらいだ。



 最初は帝都で活動する冒険者とギルドの訓練所で戦っていたが、そのうち余所の冒険者や傭兵、謎の修行者など多くの者がアルに挑んできた。

 おそらく若武者を倒して手っ取り早く名をあげようとしたのだろう。



 しかしアルは勝ち続けた。

 危なげなく勝ち続けた。

 なんなら舐めてかかってくる相手に関しては受けにすら回らず瞬殺してみせた。


 当然プライドを傷つけられた者達は今度は街で数人がかりで襲ってきたが、今まで一対一でしか戦ってこなかったアルはこの事態に歓喜した。


(みんななんて修行に協力的なんだ!)


 完全に勘違いである。


 勝手に好意に感謝しながらもアルはひらひらと彼らの攻撃を躱し続けた。この状況を少しでも長く楽しみたかったのだろう。



 はっきり言って街中で少年一人にいいようにあしらわれ続ける者達は惨めだった。数人がかりでもまったく捉える事ができないのだ。

 さらにその少年は楽しそうに笑い続けているのだから悲惨としか言えない。



 そしていつも終わりは同じだった。

 騒ぎを聞きつけた兵士が駆けつけてくると、アルが一瞬でその者達を制圧してまうのだ。

 当然その場から逃げるまでがセットで。



 今では街中を歩けば兵士がアルのあとをついてまわるようになったので街中での戦いは減ったが、今度は街の外や魔物の狩場で襲われることが増えた。


 しかしそれもアルにとってはご褒美でしかない。スリリングが三割増しと喜んだだけだった。


 


◇◇◇◇



「明日から遠出するから護衛しなさい」


 いつもはアル一人に行かせてばかりなのに珍しくリラが同行することになった。


 アルが話を聞くと、今回の素材はリラにしか手に入れられない素材らしい。 


「馬車で数日かかるわ。しっかり準備しておきなさい」


 そう言ってリラは工房にこもった。

 まだ昼だったが、アルも明日に備えて寝ることにした。






「なんで準備してないのよ!?」

「なんの準備ですか!?」

「旅の準備よ!」


 相乗り馬車でアルはリラに怒られていた。

 そんなアルはいつも通り身につけている武器しか持っていない。



 そもそもアルはこの地に降りるずっと前から短剣とポーション鞄以外に持った事などない。

 だから寝る以外の準備などアルには思いつかなかったのだ。


 仮に準備する必要があったとして、一日銅貨二枚のアルに何が買えるというのか。


 それに銅貨も宿の机の上に置いていたら帰ってきた時にはいつもなくなっている。

 だからアルは生まれてこのかた一度も買い物なんてした事はない。



「あんた一年間も山籠りしてたんだからそういった道具持ってるでしょ!?」

「いや、持ってないよ」

「!?」


 どうらやリラもまだまだアルのことを理解しきれていなかったようだ。




 ちなみにお金を持たないアルだが帝都への入門は顔パスだ。


 本当は住民プレートなるものがあるのでもうお金はいらないのだが、そのプレートはどこかへいってしまった。

 そしてないものは仕方ないじゃないかと悪気もなくアルは開き直った。



 そんなアルをそのうち兵士達はそのまま通してくれるようになった。代わりにいつも『お姉様によろしくお伝え下さい』と言ってくる。


 そんな事を言われても「姐さんなにしてんの?」とアルは首を傾げるしかできない。



 だからアルのせいではないと思うが、リラが睨んでくのでアルは帝都を出てから馬車を降りて走った。


 御者が「君が噂の!」とか興奮しているが気にしない。アルは馬車の横を走りながら剣を振り続けた。






 六日間は馬車と共に進み、七日目の今日はリラも歩くことになった。

 ここからは森なので馬車は入れないが、一日歩けば目的地に着くらしい。


 つまり一晩外で過ごす必要があるのだ。


 その為の準備が必要だったのだがアルが準備していないので万全ではない。知らなかったが準備担当はアルはだったのだ。



「夜寒かったらどうするのよ」

「その時は牛さんが集まってきてくれるから大丈夫」

「……そうだったわね牛野郎」


 実際大丈夫だろう。

 今は夏真っ盛りなのだ。

 昼も夜も暑い。







 これから向かう目的の場所は森の奥にある廃村だ。

 既に人がいなくなって数百年経つらしい。

 だから道と呼べるようなものはない。


 それでもリラは疲れをだす様子もなく先を歩き続けた。

 服装もいつものローブでそこまで動きやすい服ではないはずなのだが。


 やはりアルのいない間に普段からひとりで採取に出かけているのだろう。



 そんなリラの姿を見て、アルは以前から気になっていたことを質問した。


「リラはいつから付与師になったの?」

「覚えてないわ。物心ついた頃には能力を発動していたし」

「早いね。誰か教えてくれる人がいたの?」


 アルも能力を発動できるようになったのは一般的に見てもかなり早い。

 だが物心つく前となると本人の才能もさることながら指導者も優秀だったのだろう。

 

「いたわ。もう、会えないけど」

「……ごめん」


 リラの言葉にアルはこれ以上の質問をやめた。

 もっともリラはそういうつもりで言ったわけではなかった。勝手にアルが勘違いしただけだ。


「なんであんたが謝るのよ」

「だって、大事な人に会えなくなるのは寂しいから」

「……」


 アルらしくもないことを言ったので、今度はリラが勘違いをしてしまう。

 こうしてふたりはお互いの過去に触れにくい関係を作ってしまった。


 もっともアルは過去について触れられたくないのでそれはそれでよかったのかもしれないが。




 それからふたりは無言で歩き続け、陽が落ちる前には目的の廃村に辿り着いた。





「思ったよりも、荒れてないね?」

「ええ。そうみたいね」


 廃村になってここは数百年経つはずだが建物はしっかりしてる。

 周りは木々に囲まれた森だが、その森に飲み込まれている感じもしない。


 日当たりもよく、穏やかで不思議な場所だった。



「この場所は精霊に譲ったのよ」


 リラが言うには、ここでは何不自由なく村の者達が暮らしていた。そんはある日、精霊が現れ、この場所を譲ってくれと頼んできたそうだ。


 精霊は代わりに怪我や病を治す《清らかなる水》を与えるとの事で、村人は快く了承し、今朝の村に引っ越した。


 それから村人は清らかな水の恩恵を受けながら平和に過ごしたと語り継がれている。




 朽ちる事のない建物は精霊のおかげかもしれない。余程精霊はこの場所が気に入ったのだろうと今の状況を見てアルは思った。



 しかし今の村人はその話はお伽話だとアルたちに答えた。そもそもそんな廃村はないと。


 目の前にあると言うのに。



「それで清らかなる水ってどれ?」

「多分あの水車よ」


 リラが指差したのは村の中心からややはずれた大きな水車だった。



 ふたりで水車に近づいてみたが動く様子はない。水車の下にある水路に水が流れていないからだろう。



「目で見えるものばかり見ても仕方ないわよ」


 アルがキョロキョロと辺りを見回しているとリラが声をかけてきた。


 そのセリフからきっとリラは答えを知っているのだろうとアルは察した。どうやらリラはアルが導き出せるか試しているようだ。


 それに応えるようにアルは目を瞑ってその方法を考える。



(一つ目は魔法の力で水車を回す方法。悪くはない気はする。ただしふたりともこれを実行できる魔法が放てない。

 二つ目は物理的に水車を回す方法。こんなやり方はなしだ。

 三つ目は地脈、精霊の声を聞く事。もっともらしい答えだな)



 まずは地脈を意識する為にアルは地面に手を着いて意識を集中した。


 精霊がいると言うのだ。

 大層な地脈なのだろうと思い、真摯な気持ちで目を瞑る。



(……あれ? こんなもんなの?)


 しかしここはアルが思うよりも地脈との繋りが薄かった。むしろ街中よりも薄いと言っていい。


 ここはどこか神秘的な空間で地脈の力が強い場所と思っていたが、どうやら違うらしい。




(なにか根本的に間違ってるのか?)



 一度意識を戻して考えなおす。




 精霊

 廃村

 森

 水車

 地脈


 順に思い返す。




(…………森?)



 顔をあげて建物と森の境界線に視線を送る。


 そこは線を引いたようにはっきりと村と森が分かれていた。木も草もその線を超えられずに森側で佇んでいる。



(なんで森は数百年たってもこの地に入ってこないんだろう? ここは精霊が求めた場所だ。本来精霊は森などの自然が豊かな場所に住むものじゃないのか? だったらその森をなぜ拒絶しているんだ?)



 今度は生き物の気配を探る。

 普段意識しないくらい小さな生き物の命まで探る。




(…………いない)


 アルは周囲を見渡しながら答えを導き出した。


「そうか」

「分かった?」

「ああ。誰かが、いや、精霊自身が結界を張ったんだ」



 そのあと話し合った結果、リラも結界については同じ意見だった。

 いつからとか何故とかについては憶測の域を出ないが、精霊自身が結界を張ったのが一番自然だと言った。



「ずっと閉じこもって寂しくなかったのかな?」

「寂しかったかもしれないわね。……あんたはどうしたいの?」


 リラは真っ直ぐに見つめてくる。

 相変わらず隈がひどく目つきが鋭いが、その目はきれいだった。


 そんなリラになんとなく茶化す気になれず、アルは空を見上げた。


「ひとりで寂しい思いをしてるなら、無理矢理にでも笑わせてあげないと。当たり前の事だけど、笑ってるひとを見ると、幸せになれるんだよ」



 アルはアマラならどうするかを考えた。


 もしアマラがこの場にいれば、いきなり結界を殴り壊しただろう。

 そして驚いた術者を引きずり出し、優しく微笑みかける。無理矢理にも程があるが、その笑顔にきっと誰もが救われるはずだ。



 だからアルはアマラを真似て強がるような笑ってみせた。その言動に、リラもつられて笑う。


「ふふ。あんたなら精霊と友達になれそうね」


 リラの雰囲気がいつも以上に柔らかくなったのをアルは感じていた。



(夏が終わればお別れか。少し、寂しいな)


 それが自分らしくないとわかってアルは思わず笑った。彼にとってリラは、天界の人達とも違う存在なのかもしれない。




「それで、あんたは結界がどういったものかわかってるの?」


 リラの問いにアルは自信を持って頷く。


 アル自身は結界など使えない。

 そもそもそんな魔法はない。

 それでもアルは身近に結界を感じてきたのだ。だから一般には知られていない結界の知識でもアルは理解していた。


「術者や空間を害と認めたものから護るもの。ただ強度の限界はある。だから結界を解く方法は二つ。無理矢理壊すか術者に解いてもらうしかない」

「……そう。知っていたのね。」


 そう言ってリラは鞄から石のようなものを取り出した。その気配はアルの知っているものだ。

 

「それって白夜花?」


 それはリラから初めて依頼された花だった。

 他にもリラに頼まれて獲ってきたものがいくつか混じっている。


「そうよ。これはあんたがとってきた素材を溶かして作った水晶。これを捧げれば、ここにいる精霊がきっと応えてくれるはず」



 リラは水車の下を通る水路にそっと水晶を置いた。


 その水晶は透けるものではなく、白い石のように見える。

 魔力が込められているのはわかるが、神秘的な道具かと聞かれるとそうは思えないものだ。



「……これでいいのよ」


 リラは自分に言い聞かせるように水晶をじっと見つめながら言った。


(自信ないのかな?)


 とは聞けないアルだった。





 それから随分と待ったが何も起こらなかった。


 もう陽は落ちようとしているが、リラはじっと水晶を見つめたまま動かない。


 気まずくなったアルは、今夜のおかずを捕まえる言い訳をしてその場をそっと離れた。

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