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17 クヴェルト《遺跡》

 ある日アルとリラのふたりは特級迷宮跡地にある銀の城を目指した。


 そこは帝都の端にある小高い丘だが、帝都は銀の城を正面に構えて広がった街なのでこの場所は端というよりも最奥と言っていいのかもしれない。

 その証拠にここに辿り着く為には丘の登り口にある帝都の本城を通過しなければならない。




 以前、銀の城に行こうと思ったアルは無断で城を通過して兵士に捕まった。

 帝都に来て数日のうちに二度も牢屋に放り込まれたのである。


 そして迎えに来たリラが鉄格子越しにアルをなじり続けたのは言うまでもない。

 兵士達もリラの知り合いと知っていたら捕らえなかったかもしれない。

 だってリラが怖いから。



 そんな事があったせいかはわからないが、今日のふたりは誰にも止められる事なく城を通過した。

 本当は途中で新人兵士がふたりを止めようと歩みよったのだが、リラを知っている兵士が慌ててその新人兵士を引き止めた。

 その顔は真剣だった。

 いや、引きつっていただけかもしれない。




 そして銀の城まで辿り着いたアルは口をあけて心のそこからの感想を述べた。


「なんというか……すごいね」

「もっと他にないの?」


 アルの感想にリラは溜め息をついたが、アルの反応は初めて銀の城を間近で見た人としては極々一般的なものだった。


 銀の城は丘の上にある為、遠くからでも大きな建物だとわかる。だが目の前で見るこれはただでかいだけではない。


 人が作るのは叶わないであろう複雑さを持ち、壮大で凛々しくはあるが、不思議と風景に溶け込んでいる。

 この遺跡を城と呼んだのはそんな理由からかもしれない。


 そんな神秘的な魅力を放つ遺跡ではあるが、これ程のものを遺した特級迷宮についてはやはり考えさせられる。


 そしてその迷宮を攻略した当時の人達は、余程の精鋭揃いだったのだろう。




 遺跡の周囲をうろちょろしながらアルは中の様子を伺おうとしたが、遺跡の入口には数人の兵士が武装をして封鎖している。さっきの兵士みたいに見て見ぬふりはしてくれなさそうだ。


「中には入れないかな〜?」


 アルは少しだけリラの力技に期待してみたが、彼女の返事は素っ気なかった。


「無理よ。あそこは帝国の管轄だもの。ここで我慢しなさい」


 流石のリラも強行突破はしないらしい。



 その変わりリラは銀の城についていくつかの事をアルに教えてくれた。


 一般的にはこの遺跡からはもう資源が採れないと言われているが、実際にはミスリル鉱石という貴重資源が少量ながら今も採れているらしい。

 もっともそのすべてを国が採取しているので市場に出回る事はない。


「そんなに珍しいの?」

「ええ、他国では採れないみたいだからね」

「欲しいの?」

「それは手に入るなら欲しいわ。でも私の収入じゃ無理ね」


(ふ〜ん。そこらへんに破片が落ちてないかな?)


 そんなことを思ったアルは、両膝をつき、さらには額まで地面につけてじっと地表を見つめた。


「ちゃ、ちょっと? なにやってんのよ」


 当然リラは理解できずに慌てた。

 遺跡の入口にいる兵士達も不思議そうにふたりを眺めている。



 ただ彼らは勘違いをしていた。

 兵士達からはアルがリラに土下座をしているように見えたのだ。


 そしてアルは額を地面につけながら右に左に頭を振りだした。それはまるで土下座だけでは足りず、額を擦りつけて許しを乞うているようにも見えてしまう。


「……あれってやっぱり」

「かもしれんな……」



 ふたりを眺めながら兵士達はひそひそと話しだした。その内容までは聞きとれないが、リラはこの状況は自分に不利だと思ったのだろう。


「ア、アル? 今日は休んでいいからもう帰ろ?」

「いえ! 今日も魔物と戦いますので! なんなら報酬の銅貨二枚もいりませんので!」


 リラの作戦はあえなく失敗した。



 そしてリラの声は兵士達には届かなかったが、アルの声はばっちり聞こえた。

 

 だから兵士達は皆思った。

 一体何をしたらそこまで謝らなければならないのか。それに魔物と戦った報酬がたったの銅貨二枚なんて可哀想だと。


 

 流石に人道的にどうなんだと兵士達がリラをジト目で見る。直接声をかけないのはリラが怖いと知っているからだ。



「う、あ、うぅ〜」


 その視線に気がついているリラも言葉が出ない。ただ恥ずかしくて徐々にその顔は紅くなってきた。



「……なんで、なんで私がこんな目に」


 そして今度はだんだんと腹が立ってきたようだ。アルのせいでこんな目にあっていると思うと、胸にくるものがあるのかもしれない。


 なのにアルは相変わらず地面に額をつけ、今はじっと固まっている。




「あんた、いい加減にしなさいよー!」


 ついに我慢の限界を超えたリラがアルの肩を掴んでゆっさゆさと揺さぶる。


 しかしアルの額はぴたりと地面にくっついたまま動かない。



 意地になったリラはアルの正面で自らも膝をついて肩を揺さぶるが、まったく顔を上げてくれない。


 こんなに頑張っているのに無視されたリラの頬は怒りでひくついている。

 そんな様子を遠くから見ていた兵士達もなにかおかしいと首を捻っている。




 そしてこの戦いは唐突に終止符が打たれる事となった。


「こ、の、そんなに地面とくっついてたいなら手伝ってやるわよ! アルの〜、バカ!!」


 リラは大空に向かって大声で叫んだ。



 声が響く空は晴れていた。

 雲ひとつない、いい天気であった。



 だから兵士達の誰も思わなかっただろう。

 こんな近くで雷が落ちるなんて。


「ぅらあっ!」


 ゴスっ!

 メリっ!





 見事であった。


 見事であった。



 それしか出てこないほどに、見事であった。



 リラはアルの肩を掴んだまま空を見上げると、ものすごい勢いをつけてアルの後頭部に頭突きをかました。



 女の子がする技じゃない。

 しかも怒りのせいかまったくためらうことなく叩きつけた。


 自らの痛みを顧みることなく振り下ろしたその勇姿を、きっと兵士達は忘れないだろう。



 まことに、見事であった。



 そんな賛辞を送られながら、リラとアルは仲良く気を失った。




◇◇◇◇



(なんだろう?)


 アルは地面にミスリル鉱石が落ちていないか必死に見ていたが、その時にふと、とある気配に気がついた。



 それは誰かに見られているような気もするし、触れられる程に近くも感じる。ふわふわと空気のように軽くも感じるし、芯に響くほど重くも感じる。



 ただ、嫌な気配ではない。

 心地よく、懐かしさすら感じる。

 そんな不思議な気配だった。




 アルはその気配の正体が気になってミスリル鉱石を探すのをやめた。



 目を瞑り、意識を集中する。

 深く、ゆっくりと息を吐く。



(地脈、とは違うけど、俺は何かと繋がろうとしている)


 いつもならその先に地脈があるはずなのに、アルの意識は違う何かを捉えている。



 それが気になったアルは、呼吸も忘れてその先を探す。アルは自分の体が溶けるのではと思うほど、今までで一番深く意識を沈めたかもしれない。



 その時、小さな笑い声が聞こえた。

 ぼやけているが、くすぐったく笑っている。

 そしてその笑い声は、優しくささやいた。



「がんばりなさい」



 確かに聞こえた。

 優しくも凛々しい口調で。



 アルはその声のもとに行こうとしたが、気配は小さく遠のいていく。追いかけようとするがかえって意識が乱れて離されてしまった。




(何も聞こえない。いや、感じない)


 そしてアルはこの時自分の失敗に気がついた。

 意識を気配に近づける為、肉体との感覚を断ち切り過ぎたのである。



 本来はこんな事は起こり得ない。


 しかし天界と修行の地で浸すら己と向き合ってきたアルは、到底辿り着けない領域に足を踏み入れてしまった。



 そしてそれが仇となり、肉体という器を見失ったのだ。


 この事態に流石のアルも焦る。

 上も下もわからない薄暗い空間に取り残された精神は必死に藻掻くが、どこに進めばいいのかすらわからない。

 



 不安を取り除くように、アルはひと呼吸の間を置く。


 それから諦めずに冷静に辺りを見渡したその時、遠くに輝く光を見つけた。

 その光は新緑のような淡い光を放ち、穏やかにゆらゆらと揺れている。



(温かい光だ)


 アルは惹きつけられるように緑の光を目指した。


 光に近づくにつれ、さっきまで感じていた不安は徐々に薄れていく。



 もう少し手を伸ばせばその光に手が届くと思った瞬間、緑の光は目が眩むほど強く光った。


 そしてアルの耳に声が届く。




(声が聞こえる。俺を呼ぶ声が……バカ?)


「ぅらあっ!」

「っ!?」



 こうしてアルの意識は再び深く沈んだ。

 もっともリラが与えた衝撃でアルの意識はちゃんと肉体に戻ったので、リラは命の恩人かもしれない。


 しかしアルはこの衝撃で意識が切り離された経験を丸ごと忘れてしまった。

 プチ記憶喪失である。




◇◇◇◇

 


「どうすんだよ?」

「いや、俺に聞かれても」


 一組の男女の前で兵士達が頭を抱えている。


 痴話喧嘩を始めたと思ったらリラの強烈な一撃でふたりとも気を失ってしまったのだ。


 今も頭が重なるようにして動かない。

 はっきり言って面倒ごとでしかない。



 しかもアルに関しては、昇天したのか体全体から湯気のようなものが上がっている。頭が半分地面にめり込んでいるので普通なら死んだと思うだろう。



 恐る恐る兵士がアルを槍の持ち手でつつくと、その瞬間にアルが覚醒した。


 ガバっ!


「「ぎゃあーー!」」



 兵士達が目にしたのは血で真っ赤に染まった少年の顔だった。その額からは銀色の角が生えている。


 覚醒したアルもキョロキョロと首を振ってから額の違和感に気がついた。


「なんか重い。なんだこれ?」


 ザシュッ


 まるで埃でもとるかのように軽々と角を引き抜いたアル。

 もっともそれは角をなどではなく、ちょうど地面の中に埋もれていたミスリル鉱石の破片だった。



 とにかくそんな物を引っこ抜いたせいで額からは噴水のように血が吹き出したが、それを気にするアルではない。

 ただ兵士達がどん引きするには十分だった。



 アルは向き合うようにして土下座のまま寝ているリラを不思議に思ったが、特に気にするでもなくおんぶして、そのまま歩いて帰っていった。



 そんなふたりを、兵士達は話かけることも出来ずに見送った。



 その後、城を血だらけの男女が素通りし、遺跡から魔物が出てきたと城がパニックになったのは言うまでもない。


 そして見張りの兵士達が問い詰められたのも必然だったのだろう。




◇◇◇◇



「ん……」

「気がついた?」


 リラがアルの背中で目を覚ましたのは、城から随分と離れた街のど真ん中だった。


 すれ違う人達がリラ達を見て驚いたり笑っていたりしている。

 それに気がついてリラは恥ずかしさから顔を真っ赤にした。



 しかし人目が気になったリラではあったが、素直にアルの素直に背中に寄りかかり続けている。

 もっともその人目も、アルの顔が血で濡れていたからではあるが。



 そしてリラがギュッと背中にくっついてきたので、アルは思わず背中に意識を向けてしまった。

 リラの服はいつもゆったりとしたものだったので気がつかなかったが、背中に伝わる感触は……あまり柔らかくなかったようだ。



 だからだろう。

 アルがニヤニヤと笑ったのは仕方なかったかもしれない。


「……あんた変な事考えてるでしょ」

「あれ? わかっちゃった?」

「あたりまえよ。……それで、こんなときに何を考えてるのよ」

「ふふ。ロックオーガをおんぶしてたときのこと」

「死にさらせーー!!」

「ぎゃーーーー!!!!」


 リラの爪は信じられないほど深くアルの首にめり込んだ。その驚異はやはりロックオーガを思い浮かべさせるものだった。







「着きましたよ。姫」


 アルはリラをお姫様抱っこしながら工房まで戻ってきた。


 お姫様だっこしたのはリラの機嫌をとるためでもあったが、単純にこんな怖い人を目の届かないとこに置くのが怖かったからでもある。



「はぁ〜」


 リラを降ろしてからアルは思わず溜め息を漏らした。肩の荷を降ろすとはまさにこの事かもしれない、と。



「何よ。疲れたの? あんたはその程度なの?」


 何故かリラに呆れられた。

 頑張ったのはアルなのに。


「その程度かって聞いてんのよ」


 何故か怒られた。


 しかしリラの右手に握られている尖ったミスリル鉱石が怖くてアルは何も言い返せなかった。

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