16 クヴェルト《報酬》
「姐さん。俺なんか悪いことしました?」
「誰が姐さんよ。ちゃんとリラって呼びなさい」
「はい。リラ様」
「舐めてんの?」
聴き取り調査が終わった俺たちは、夕日の射し込む街を宿屋に向けて歩いていた。
よくわからないがリラはこの街の住人ではないらしい。
そんな人に引き取られて大丈夫なの?
そして俺は金を持ってないがそこも大丈夫なの?
「あんたには明日から私の手伝いをしてもらうわ。報酬は宿と食事よ」
なぜか俺に選択肢はない。
まさか銅貨三十枚で借金奴隷にされたのか?
キッカ君はあんなに太っ腹だったのに。
「なんで俺なの? 冒険者雇えばいいと思うんだけど」
俺の素朴な疑問にリラは空を見てから首を傾げた。
(まさか理由すらなかったのか?)
そんなリラの様子から打算的な考えはなかったのかもしれないと思った。
「まぁ、悪くはないって思ったからよ」
「何が?」
「あんたの気配よ。それ以上は、わかんないわ」
本人がわかんないなら俺にもわかんないだろう。
ただ、俺もこんだけ酷い扱いを受けながらリラに対して嫌な感情はない。
多分天界の人達に毒されたのだろう。
それから宿屋に着くとリラはお金を払って出かけていった。
出かける理由を知らないので引き留めこそしなかったが、夜に女の子がひとりで出かけるのは感心しない。
修行がてら部屋で一人組み手をしながらリラの帰りを待ったが、彼女が帰ってきたのは真夜中だった。
彼女の隈がすごいのはきっとこのせいだ。
◇◇◇◇
翌朝、あきらかに寝不足のリラと朝食をとる。
「ちゃんと寝ないとお肌に悪いよ?」
「あんたどこのおばちゃんよ」
このセリフは博士がよく口にしていた。
知らなかった。
あの人おばちゃんだったのか。
ゾワッ
「「!」」
ガタン!
強烈な殺気を感じて立ち上がると、リラも同じく冷や汗を垂らしながら立ち上がっていた。
どうやら踏み込んではいけないところだったらしい。
「……この話は、なかった事にしましょう」
「そ、そうだね」
俺はあの人達の話題を口にしないと固く決心した。
それからご飯を食べながら気になったことをリラに聞いてみた。
「ねえ、みんなが俺のこと訳ありって言うけどあれなんなの?」
「ああ、あれは一応気をつかった言葉よ」
「なんの?」
俺の聞き返しにリラは少し間を置いて答える。
「能力を使えない人のことを指すのよ。普通は色なしとか能なしって呼ばれるけど、立場のある人や武に精通する人がそういう言葉を使うわけにはいかないでしょ。だから訳ありって言葉で濁すのよ」
「なるほど……?」
リラがじっと俺の顔を見つめるから首を傾げてみた。
「……でもあんた、能力使えないわけじゃないでしょ? それとももうすこしってところかしら?」
リラの前で能力はまだ使ってないけどそんなこともわかるのか。俺もなんとなくわかるけど、鍛え方まではわからない。
「それより俺、夏が終わる頃にはこの国を出たいんだけど」
昨日は忘れてたけど、大事な事だから先に言っておいた。俺は大陸を旅する目的があるから長居はしたくない。
ただ相手は姐さんだ。
もしかしたら問答無用で断られると思ったが、リラは少し考え込んだあと素直に応じた。
「わかったわ。ただ夏の終わりにイベントがあるからそこまで手伝ってくれない?」
「なんのイベントがあるの?」
「この国の半島で魔物退治をするだけよ。私は参加したことないけど、毎年その時期に魔物が流れ着くらしいの」
それ以上詳しくはわからなかったが魔物退治なら修行になるのでなんの問題もない。
それにリラと一緒に過ごせば薬作りについて教えてもらえるかもしれない。修行の地では戦いばかりで、付与の修練にはあまり向いてなかった。
だから俺はまだポーションも作れないし魔法も放てない。
その点リラは薬学に精通していそうだし、付与の能力も高そうに感じる。
だから決して一方的な関係ではない。
そう考えた俺は信頼を築くために手を差し出した。
「よろしく、リラ」
「ええ、こちらこそ」
俺の手を握り返してリラは微かに笑ってみせた。寝不足で隈もすごいが、その表情は年頃の少女のように見えた。
「……なによ?」
「いや、その……」
「はっきり言いなさいよ」
「リラの薬でその隈って治らな」
グシャ
「ぎゃ〜! 潰れる! 指が、指が〜!」
短い間かもしれないが、俺とリラの短い共同生活が始まった。
◇◇◇◇
「ただいま戻りました! 注文されたファングアウル十体です!」
アルは袋に入れた鳥型の魔物をテーブルの上に並べた。本来は一晩かけて一匹でも見つければ成功と言われるほど珍しい魔物である。
それを十体など普通なら無茶な注文だが発注者がリラなので仕方ない。そして受注者がこれまた普通ではないアルなのでやはり仕方ごない。
そもそもこんな面倒な依頼も「珍しい魔物だから気配を探るいい訓練になる」などど言われればアルにとってはご褒美でしかない。
出会って数日だがリラはアルの扱いがよくわかっていた。
さらにテーブルの上に並べられたファングアウルの牙を確認したリラは、新たな依頼をアルに告げる。
「次は北の丘で魔樹が死にかけた時につくる蘇りの実を取ってきてもらうわ。蘇りの実は魔樹の枝をすべて切り落としたら魔樹の根元に現れるはず。つまりあんたと魔樹の根性比べよ」
「根性比べ! 俺、頑張る!」
「出発は明日の朝でいいわ。それと今回の報酬よ」
リラはアルの手に報酬と呼ばれるお金をのせた。
その数、銅貨二枚。
それを満面の笑みで受取るアル。
哀れである。
こうしてアルは一人宿屋に戻った。
リラはアルが来た翌日には宿屋を出て工房に引き篭もったので共同生活はなかった。そしてアルが期待した付与だが、リラは一切教えてくれなかった。
なんでも付与の作業中にアルがいると穢れるらしい。命を張って素材を持って帰ってきた人に言っていい言葉じゃないが、アルはそんなものかとしか思っていない。
それでも純粋な薬作りに関してはリラは丁寧に教えてくれた。
その手際の良さだけで相当な付与師だとわかる。
特に天界で良質な素材しか使っていなかったアルにとって、リラの教えてくれる内容はとても新鮮だった。
「まだ早いわ。しっかりと沸騰させてから薬草を入れないと汚れが落ちないじゃないの」
「そんなに汚れてるかな? 濡れた布で拭くだけでも十分落ちてない?」
「それは目に見える汚れ。葉の表面には油脂がついていて、その汚れは熱いお湯じゃなきゃ剥がれないのよ」
「へぇ〜、そうなんだ」
「まったく、あんたのその目はなんのためについてんの。お湯で洗ってあげるからさっさとその瞳をよこしなさい」
「なんで!? そんな簡単に渡せないし洗わせないよ!」
「人の好意を無碍にする気?」
「好意が独特!」
時に辛辣な言葉を吐くリラだったが、アルはリラに感謝していたし、なによりリラをひとりの付与師としても尊敬していた。
いつもアルに無茶な素材集めを注文をしてくるが、そんなリラの手にはいつも新しい怪我の跡ができていた。
それは戦いの痕跡であり、おそらくアルのいない時に一人で素材を集めながら戦っているのだろう。
それがなんとなくわかるアルは、なにも聞かずにリラの指示に従った。
一方通行に見える関係も、ふたりにとってはそうでもないのかもしれない。




