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15 クヴェルト《姉貴》

「牛野郎。あんた舐めてんだろ?」


 俺は静かに(あね)さんの前で正座をしていた。



 依頼されたから俺は頑張ってロックオーガを帝都までおんぶして帰ってきたのに、それを見た人達が魔物が襲ってきたと勘違いして騒ぎ出したのだ。


 その結果、騒ぎを聞きつけた兵士はそのまま俺を捉え、今は牢屋に放り込まれている。


 誤報に冤罪だ。


 それでも事情を聞かれたので「薬屋の姉貴に頼まれた」と正直に兵士に伝えた。



 そして今、鉄格子越しに姐さんに叱られている。ゆったりとしたローブから負のオーラが漏れていて怖い。俺はそこまでの事をしてしまったのか?


 それでも俺は勇気を持って言い訳をさせてもらおう。


「騷ぎを起こしたことは悪いと思っています。でも俺は、姐さんに銅貨三十枚の恩を返したかったんです」


 本心を言った。

 だから間違って姐さんと言ってしまった。


 その姐さんのコメカミはピクピクしている。



 それを見て周りの兵士達もビビっている。たった銅貨三十枚でなんて事させんだと言いたげだ。


「あんたはアレか? 牛か?それとも馬か?鹿か?」


 姐さんの言葉はもはや意味をなしていなかった。


 もしかしたら生まれ変わるなら何がいいかを聞いているのかもしれない。なんならその手伝いをしてやろうかと目で訴えてくる。


 その迫力に屈強な兵士達は怯んでいた。

 大の男達が若い女を畏怖の目で見ているのだ。


 その様子はさながらどこかの組でケジメのとり方を教えているようだ。


 姐さんはとうとう姐御までクラスチェンジを遂げた。



 しかしそんな事を考えてもなにもかわらない。


「じゃあどうすればよかったんですか?」


 口にだしてみるが実際俺にはわからなかった。

 今、冷静に考えてもわからない。


 兵士達も俺をどう扱っていいのかわかってなさそうだ。

 姐さんは俺を殺したそうだ。



 そんな危険な場所に男の声が割って入った。


「ハッハ。なかなな面白そうな子だね」


 つられてみんな振り返る。

 そこには四十半ばほどの男が二人、隣の部屋から入ってきたところだった。



「ギルドマスター。あの子が本当に噂の少年なのですか?」

「僕も初めて見るけどそうじゃないのかな? これで大臣の依頼も無事達成だね」

「……私としてはこれが無事と言えるのかわかりませんが」


 ふたりはギルドマスターと大臣と呼び合っている。兵士達が敬礼をしているから多分、名の通り偉い人なのだろう。



「これで君の任務も完了だ。お疲れキッカ君」


 そしてふたりに遅れてシルバーナイツの面々が入ってきた。

 それを見て俺は嬉しくなってその名を呼んだ。


「キッカ君!」


 でもキッカ君はすげぇ嫌そうな顔をしていた。




◇◇◇◇



 牢屋から開放された俺は応接室に通されてのんびりとお茶を頂いている。


 さっきの大臣は帝都の安全を管理する防衛大臣だった。

 なんでも若武者が危険人物でないか調査してほしいと冒険者ギルドに依頼したのもこのひとらしい。


「全然危険じゃないですよ」


 とりあえず自分でもアピールしておく。

 友好的だと思ってもらうためにニコニコ表情も忘れない。


「ハッハ。キッカ君から聞いていたが、なかなか愉快な少年だな」

「はい! キッカ君には良くしてもらってます」

「くっ」


 キッカ君はいちいち反応してくれるから面白い。

 他のパーティメンバーは目すら合わしてくれないから、尚更キッカ君に構いたくなる。


「やはりキッカ君に依頼してよかったよ。彼らは剣にかける思いも強いが実力も備わっている。実際に上級冒険者として長く活動してもらっているし、剣の腕はトップクラスだよ」


 ギルドマスターがキッカ君をべた褒めする。

 やはりこのひとはわかっている。

 俺も嬉しくなってテンションが上がった。


「やっぱりキッカ君は強かったんだ! すごいな! また今度戦おうよ!」

「腹立つー!」

「ハッハ!」


 ギルドマスターはほがらかなひとだが、あまり強そうには見えない。


 なんならなぜか同じテーブルに座っている姐さんの方が強そうだ。


 やべっ。

 目があった。



「僕はギルドマスターなんてやってるけど戦えないよ。僕はみんなが面倒くさがることをして、少しでもみんなが戦いやすくなるように頑張るだけさ」


 こちらの意図を感じとったのか自ら説明してくれた。その態度からもいい人だと思ってしまう。


 そんなギルドマスターはなぜか俺に興味を持っている。さっきから質問してくるのもこのひとばっかりだ。


「しかし修行の地を一度も降りずに修行をする人なんて最近はいないんじゃないかな? 冬は牛で暖まってたって聞いたけど、ご飯はどうしてたんですか?」


 そうなのだ。

 ギルドマスターが心配するように、秋から冬に変わってから小動物は減ってしまった。


 そして同じく小型の魔物も発生しなくなった。変わりに大型の魔物が増えたので修行には困らなかったが、そいつらは倒すと消えて食べられなかった。



 だからあいつ等を見つけたときは本当に助かった。


「そうなんですよ。食べ物が減って困ってたんですが、たまたま穴場を見つけてですね」

「ほぉ。穴場ですか? キッカ君は何かわかります?」

「わかんないけど嫌な予感しかしないです」


 思いあたらないのなら、やはりあそこは穴場なのかもしれない。


「熊の寝床ですよ。一頭で結構な日数食べられますし。冬なので肉も腐らなかったのがよかったですね」

「「「……」」」



 あれ?

 空気が重い?


 みんな何か言いたげだが何も言ってこない。


 そんな空気がしばらく続いたあと、代表するように大臣が口を開いた。


「アル殿は」

「あっ、アルでいいです。ただのアルです」

「では、アルはこの国に詳しくないようなので教えておきますが、熊はこの国では聖獣と言われているんです」

「聖獣?」


 それから大臣はこの国に昔から住んでいるといわれる大熊について教えてくれた。


 曰く、魔物に襲われている人々を助けた。

 曰く、森に迷った旅人を助けた。

 曰く、森に捨てられた幼子を育て鍛え、青年になった彼は斧を片手に一時代を築いたと。


 だからこの国では熊を聖獣とし、決して相対しても戦ったりしないそうだ。

 普段から敵対心を持たない人間に対し、熊も襲ってこないとも言った。



 正直最後の話以外は竜の話と一緒だと思うのだが。


 てか魔物を倒す熊ってもはや怪物の域では?

 聖獣だからセーフ?

 それどういう解釈?


「その聖獣の名は《キングベアー》と言います。それで、この話は聞かなかった事にしますので、部屋を出たら決して口にしないように」


 どうやらこの国は強さを象徴とする熱い国ではあるが、同時に動物を愛でる優しい国でもあったようだ。



 それにしても食べたのがキングベアーだったらどうしよう。

 そういえば冬が終わる頃に遠くの山から大きな熊がこっちを見てたな〜。




 そのあとも応接室で他愛のない話を続けていると、大臣が改まって聞いてきた。


「それでアル。君はあそこで何をしていたのですか?」


 やはりこの質問に帰ってくる。

 いくら対人の修行だと言っても何故かこの質問に帰ってくるのだ。


「逆にあの地で修行以外にする事ってありますか?」

「それはそうですね。では次の質問ですが、君はどこから来たんですか?」


 この質問も修行の地で嫌と言うほどされた。

 そして答えを見つけた。


「……」

「……」

「……」

「そうですか。言えないという事は訳ありなのですね? わかりました。これ以上聞くのはやめておきましょう」


 何故か黙っていると、みんな訳ありだのと言って納得する。


 その訳ありってなんだ?

 今更聞けないけどさ。



「危険人物には見えませんし、クヴェルト帝国は君を歓迎しますよ」

「そうだね。僕も歓迎するよ。君の年ではまだ冒険者にはなれないけど、困ったら頼ってくれていいからね」


 大人なふたりの対応によって俺は事なきをえたらしい。ついでに言質もとった。


「ギルドマスターさんよろしいでしょうか?」

「なんですか?」


 俺の声に合わせてキッカ君は顔を背けた。

 彼とはもう以心伝心だ。


「帝都にくれば、冒険者ギルドが僕の住むところと食べるものを用意してくれると伺いましたが、間違いないでしょうか?」

「ん〜?」


 ギルドマスターはニコニコと笑ったままキッカ君の方へ首を回した。

 もうひと押しだな。


「ただ、冒険者になれないのに冒険者ギルドにお世話になるわけにはいきません。誰か僕の面倒を見てくれる人を紹介して頂けないでしょうか?」

「っ!?」


 キッカ君はびっくりするくらいの早さで俺に向き直ったが、その表情は驚きだけではない。

 あらゆる負の感情を含んでいた。

 なんとも器用な男だ。


「なるほど。君はまだ少年なのにたいしたものだ。そうかそうか。わかったよ。どうせなら君の知っている人がいいだろう。キッカく」

「ちょっと待った」


 ……。



 ……。


 

 あれ?




 俺は声のするほうに首を回した。

 そして俺の視線はひとりの女性と交わる。



 なぜこのタイミングで姐さんは口を出したんだ?


 さっきからずっと喋ってなかったよね?

 お菓子ポリポリやってたよね?


 キッカ君はさっきまで絶望の表情をしていたが、今は口をポカンとあけている。

 大臣についてはわからないが、なんとなく厳しい顔をしていた。



「……はい。どうされました、お嬢さん?」

「申し遅れました。私はリラと言いまして、旅の薬屋をやっております。そちらのキッカさんは冒険者としてお忙しいと思いますし、お断りさせて頂きますわ。アルは私が連れて帰りますのでご心配なく」


 それは有無を言わせぬ宣言であった。



 いきなり助けられたキッカ君は、女神ここにあり! と言わんばかりに姐さんを見ている。


 やめておけ。

 女神にロクなやつはいない。

 そしてもちろん俺も嫌だ。


「異議あり!」


 だから俺は大声で叫んだ。


 そもそも保護者でもない姐さんに許可を貰う必要がどこにあるんだ。


 それに俺はなにもキッカ君を困らせたかったわけではない。

 感謝しているのだ。楽しかったのだ。

 だから俺達を引き裂かないでくれ。


「どうしたの? アル〜」


 お前さっきまで俺の名前すら知らなかったじゃん!

 なんだそのキャラチェンジは!?


 とにかくこの暴挙をとめなくては。

 俺は必死に思いついた断り文句を口にする。


「だって、若い男女が一緒に暮らすなんて!」


 まるで乙女のように叫んだ。


 俺が言う立場ではないセリフだったかもしれないがそれ以外に出てこなかった。

 流石に少し恥ずかしくなった。



 しかしそれを聞いた姐さんはなぜかニヤッと笑った。

 一体このひとなんなの?


「ふふ、なにを言っているの? 私たち、姉弟じゃない」



「……え?」



 俺は姉さんの言葉の意味がわからずに固まった。


 周りのみんなもキョトンとしている。


 それほどにあまりにも唐突な設定を姐さんは言い放ったのだ。


 そんなストーリー今まで誰も聞いてない。

 間違いなく嘘とばれる不利な発言だ。



 しかし姐さんは俺たちの反応を気にすることなく、一人の兵士に向き直って尋ねた。


「兵士様、私がこの場所にきた理由をおっしゃって頂けますか?」

「はっ。そちらにいるアル殿が『姉貴に頼まれた』と言ったので、貴方様をお呼び致しました」

「!?」


 確かに俺は牢屋で捕らわれた時にそんな事を言った。だがそれは姉弟という意味ではない。

 兵士だってそんな事くらいわかっているはずだ。


 驚く俺に対し、姐さんは勝ち誇ったように笑って続けた。


「では、ここでアルは私の事をなんと呼んでいましたか?」

「はっ。『姐さん』とお呼びしていました!」


 知らぬうちに外堀が固められている。

 周りを見渡すが誰も目を合わせてくれない。


 キッカ君に関しは目をキラキラさせている。

 そして兵士の方よ。なぜそこまで姐さんに肩入れする?

 怖いのか?

 盃を交わしたのか?



 誰も反論しないのを確かめた姐さんは静かに立ち上がった。


「それでは私達はこのへんで帰らさせて頂きますわ。今日は弟がご面倒をおかけしました。さっ、アル、カエルワヨ」

「……はい」


 俺の右肩に姐さんの手がポンと置かれた。

 ただ、人差し指が俺の首元にめり込んでいる。このままでは爪が骨まで届きそうだ。




 そして結局誰も止めてくれなかった。

 キッカ君は俺の友ではなかったのか?

 俺が何をしたというのか?



 どこからともなく牛売の歌が聞こえる。

 どうやら俺は牛だったのかもしれない。


 そんな事を考えながら、俺は引きづられるように部屋をあとにした。

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