14 クヴェルト《薬屋》
帝都はやったぱり人が多かった。
語彙がないのはわかってるが多いのだ。
商人に旅人に冒険者と様々で活気に溢れている。
商人と相乗り馬車の人達に挨拶をして俺はキッカさんに着いて行く。
もう夜になってしまったが冒険者ギルドに到着したと報告するらしい。
ついでご飯も用意してもらわないといけないから素直に着いていくが、はじめての場所でいろいろと目移りしてしまう。
さらに相乗り馬車を降りたところは街の中心部から離れていたためかこの辺りは露店が多い。
商品がすぐに目に入っていいな〜なんて思っていたが、俺はひとつの露店の前で立ち止まった。
そこはこじんまりと薬を置いている露店だ。他の露店と比べても貧相に見える。
ただ、そこに置いてある薬に何故か惹かれた。
俺が露店の前でその薬をじっと見ていると、下をむいて座っていた店の者が顔を上げた。
その手には編みかけの生地が握られている。
その人の髪はどこにでもいる濃い目のブラウンで、後髪を首元でひとつに纏めている。
顔を上げるまで気づかなかったが俺より少し年上の少女だ。
そしてその少女の目つきは鋭く、やたら隈が目立った。
……少女ではないかもしれない。
「なによ?」
目つきと同じく不機嫌な声だ。
やはり少女と言うには違う。
アレだ。
姐さんだ。
なんだろ。
なんか気になる。
目か?
目つきのせいか?
いや、今はそれはおいといて。
「そのくす」
「すまーん! 避けてくれー!」
「ん?」
男の声のする方を振り返えると、鼻息を荒くした牛が走ってきていた。
もちろん俺を目掛けて。
(すまんは俺の方だな)
ド〜ン!
なんて現実逃避をしながら俺は素直に牛に轢かれた。
「すまんかった! いつもは大人しいんだが急に走り出して」
「いえいえ大丈夫ですよ。かわいい牛ですね」
すごく謝ってきた男だったが、俺がたいした怪我をしてないのを見て安心して帰っていった。
牛は寂しそうにこちらをチラチラ振り返って見ていたが。
「そんで牛野郎。なんの用よ」
薬売りの少女……あらため、姐さんは邪魔だと言わんばかりに俺をなじった。
「いや〜薬を、と思いまして」
「たいした怪我じゃないでしょ。ほら」
そう言って姐さんは俺に薬を渡してくれた薬は、二枚貝の容器に入っている塗り薬だった。
他の店で見た薬の容器はガラスの瓶に入っているものばかりだったので、それだけでもなんらかのこだわりがあるのがわかる。
貝殻を開くと透明感のある白い薬が輝いていて、見ただけで出来の良さがわかる薬だ。
「不純物がほとんどない。抽出も丁寧だ」
「へぇ。ちょっとはわかるみたいだね」
姐さんの機嫌はちょっとだけ良くなった。
俺はもらった薬を擦りむいた腕に塗る。馴染みもよく、清涼感があって気持ちがいい。
なんだか得をした気分だ。
「ありがとうございます」
俺は残った薬を貝殻ごと返そうとしたが、姐さんは口を開けてこちらを見上げている。
感想を言ってほしいのかな?
俺は馴染みがだの清涼感がだのと言って褒めまくった。
実際いい薬だった。
だか姐さんの言いたかったことは違かった。
「そんなの当たり前よ。それでなんで私に返そうとするのよ?」
「だって借りたものは返さないと」
キッカさんから散々借りている事は気にせず、俺は人として当たり前の事を言ったが、姐さんは顔を真っ赤にして叫んできた。
「貸してないわよ! 売ったのよ!」
「え? 買うなんて言ってないよ」
「そんな言い訳が通るわけないでしょ! さっさと銅貨三十枚出しなさい!」
「いや、お金ないし」
「!? じゃあさっさととってきなさいよ!」
銅貨一枚でパンが一つ買える程度だ。
多分妥当な金額なのだろう。
(仕方ないな)
そこで俺はキッカさんに頼もうと思って振り返ってから気がついた。
どうやら彼らは俺からはぐれたようだ。
それからしばらくして露店街を抜けた大通りで男の叫び声が響いた。
「なんで着いてきてねーんだよー!」
彼の苦労はまだ終わらない。
「牛野郎。あんた舐めてんの?」
姐さんはどこからどう見てもチンピラだった。もうすぐ姉貴にクラスチェンジするかもしれない。
そんな姐さんは俺の体を品定めして、何かを見つけたように俺の胸元をじっと見た。
「そのアクセサリー。それで勘弁してあげる。なんなら他の薬もつけてあげるわ」
「ダメです! 形見(嘘)なんです!」
「あんた自分が選べる立場だと思ってるの?」
「体で払います!」
「いらないわよ!」
姐さんは頭を抱えて下をむいてしまった。
そしてしばらくして笑いながら顔をあげたが、その笑顔が逆に怖い。
隈の奥にあるその目は深い闇のようだ。
魔王かな?
「本当に体で払うのね?」
「はい!」
「じゃあ薬の素材をとってきて貰おうかしら。夜遅くにしか採れない素材でね、私みたいな女には難しいのよ。それでどう?」
魔王ならなんて事ないだろうにと思ったが、失礼かもしれないと思って黙って頷いた。
「じゃあ契約成立ね。あんたに頼みたいのはここから北東にある湖での採取よ」
俺は依頼されたものの特徴を聞いてさらに頷く。周りの人達はやめとけみたいな目でみてくるが、怖くて誰も口を出さない。
「頼んだわよ」
「わかりました!」
タタタタタ
「あ」
俺はしてしばらく街の中を走ったが、とある事に気がついてすぐに露天まで戻った。
「……なによ。今更やめたいなんて」
「お金がないので一度街の外に出たら入れません! お金を貸して下さい!」
「なっ!?」
姐さんは悔しげな表情で俺にお金を投げつけて叫んだ。
「さっさと行け!」
「はいー!」
身の危険を感じて俺は一目散に街を出た。
そして『お金を貸して下さい!』というフレーズを聞きつけて、シルバーナイツがそこに駆けつけたのはすぐあとのことだったらしい。
やはりキッカは苦労する人種なのだ。
◇◇◇◇
まだ夜が明ける前に目的の湖に着いた。
真ん丸した湖じゃなく、ギザギザと歪な形をしたでかい湖だ。
そして今回の目的は《白夜花》という花をとって帰ってくること。
見たことはないが、白くて大きい変異種と姐さんは言っていた。
だが周りの人達の反応からして簡単に手に入るものではないかもしれない。
「夜しかとれないって言ってたし急ぐか」
この湖はかなり広い上に歪なので視界はよくない。とりあえず月の光を頼りに探し周った。
それからしばらく走り周っているうちにふと気配を感じた。
灯りもないし他に人がいる様子もない。
それでも気配を感じる。
パシャ パシャン
さらに水の音まで響く。
立ち止まってじっと音のする水辺を見ていると、水草を掻き分け人型のものがゆっくりと姿を表した。
バシャ バシャ バシャ
『グゥ、ヴアアアアアア!』
ひときわ大きな声で叫ぶそれはオーガと呼ばれる好戦的な魔物だ。
しかしこのオーガは通常の者とあきらかに違う特徴を持っていた。
「ただのオーガじゃないな。ロックオーガとでも言うのか?」
今になって姐さんが言った変異種の意味を理解する。
(なるほど、確かにこいつはオーガの変異だ)
その体は灰色の石を纏い、まるで甲冑を着込んでいるように見える。
元々生命力の強い生き物だが、このオーガは更に防御力までありそうだ。
さらにオーガの額には角が生えていた。
しかもその角は先端から五つに割れ、まるで花開いているようにも見える。
(あれが目的の花なら簡単には手に入らないな。まったく姐さんは無茶を言う)
それでも退くことなく短剣を抜いて構えた。
もしかしたら俺は今笑っているのかもしれない。
「じゃ、そいつは頂くよ」
『ガアア!』
ガィン! ガガガン!
それから俺は幾度となくロックオーガに斬りかかった。
剣と石が擦れる音が響く。
ロックオーガの爪は鉱石のように硬く、腕の振りはそこらの剣士と比べ物にならないほど重かった。
俺の短剣はロックオーガの甲冑に阻まれ、ダメージらしいダメージを与える事ができていない。
だがロックオーガの爪を剣で受ける度に俺は後ろに弾かれてしまう。
そんな一方的にも見える展開だったが、俺にとってこの状況は喜ばしいことだった。
(剣だけでは強くなれない。だから剣鬼は対人のあとに迷宮をすすめたのか)
思わず剣鬼に感謝してしまう。
それからさらに打ち合って一度間合いをとる。
(さて、そろそろ仕掛けようか)
関節的なとこは剣が通るだろうが、それじゃあ面白くない。
俺はまだ剣の修行を続けているんだ。
今はまだ魔法にも小手先にも頼りたくない。
そもそも魔法はまだ使えないが。
それなら、正面突破。
そんな事が頭に浮かんだ。
そして今日の稽古を思いだす。
(あの動きはなかなかよかったな。試すのも悪くないか)
足に力を溜め、ロックオーガが反応する前に一気に蹴り出した。そしてついでに叫ぶ。
「秘剣!竜巻剣三連!」
竜巻と言いながら特に回転することもなく俺はロックオーガの懐に潜り込む。
流石に俺の踏み込みをロックオーガは防げなかったが、胴に力を込め、防御力をさらに高めた。
それでも構うことなく俺は一撃目をロックオーガの腹を正面から横に斬りつけた。
ガィン!
ロックオーガは少し後退りしたが耐える。
だが間を空けずにその場で回転して今度は左横腹を斬りつけた。
ガギィン!
そして最後に流れるようにステップを踏んでロックオーガの右側面に踏み込むと、回転力を活かして力いっぱい今度は右横腹を斬りつける。
ズガガガ!
しかしロックオーガの胴体は深く抉られたもののまだ繋がったままだ。
(ふむ。硬いな)
どうしたものかと考えているとロックオーガは口元を緩めた。それに合わせて胴の力が抜けるのを感じる。
(こんな間合いの中にいるのに油断するなんて戦い慣れてないのかな?)
とりあえず俺は続けて回転して四連目を放ってロックオーガの腰を斬り裂いた。
ギャリギャリ――ン
俺の四連目でロックオーガの胴は上下に切り裂かれた。
そして崩れ落ちるロックオーガの目は驚きで見開かれている。
――なぜだ、なぜ断りもなく四連目を放った――
まるでそんな恨み言が聞こえてきそうだった。
きっとロックオーガはちゃんと順番を守る子だったのだろう。そして普通の人間なら「硬いっ!」とか言ってロックオーガの反撃を受けてくれたかもしれない。
(ただ俺はそんな育てられかたしてないから恨まないでね?)
こうして俺は正面突破でロックオーガを倒した。
「この額の角どうすればいいんだろ?」
ロックオーガは倒したがその体は残っている。魔物は体が残ったり消えたりとその個体によって違うらしく、あまり詳しく解っていない。
とりあえずこいつは残るらしい。
どうしたらいいかわからない以上そのまま持って帰るのがいいだろう。
宿主から抜いた瞬間に枯れるなんてパターンもあるかもしれないし。
「とりあえずこれで目的は果たしたな」
下半身は湖に投棄てて、上半身をおんぶした俺は帝都を目指して走った。




