12 クヴェルト《下山》
「お〜! はじめての街だ」
「田舎者でも今どきそんは反応はしねぇぞ」
キッカにあきれられながらもアルはひとりはしゃいだ。
なんせ今まで天界と修行の地でしか生きていなかったのだ。多少浮かれるくらい仕方がない。
「なんでこんなやつが強ぇんだよ?」
「脳みそが少ないんでしょ」
「幸せそうで羨ましいです」
おかげでシルバーナイツのパーティメンバーも言いたい放題だ。
もっとも旅の途中でアルの生活を聞けば誰でもそうなるが。
修行の地を出発する時、アルは身に着けたもの以外になにも持っていなかった。一年間も山籠りしていたというのに、寝袋も鞄も水筒も持っていなかった。
それを見てシルバーナイツの面々は首を傾げた。
「お前、荷物も持たずにどうやって冬を過ごしたんだよ?」
アルが地上に降りたのは夏のはじまり頃だった。
その頃は山の上とはいえ、まだ涼しい程度で夜を過ごせた。
しかし秋になり、周囲の景色が変わる頃には十二分に冷え込んだ。
そして本格的な冬がくると、山の上は常に雪が積もった極寒の地に様変わりした。
流石にこれにはアルも参っていた。
天界でどんな苦痛にも耐えられるほど鍛えられていたが、なんせ天界は温暖な気候だった。経験していないものには耐えられず一人震えていた。
それでもこれも修行の一環だと覚悟して眠りにつこうとしたアルだったが、そんな時にどこからともなく彼らが現れた。
「なんだよ彼らって」
「牛さんです」
「……あ?」
「友達なんです」
「……正気か?」
夜が更け寒くなるとどこからともなく牛の群が現れ、気がついたらアルを囲むようにして暖をとってくれた。
そんな日が毎日のように続き、その度にアルは空を見上げてバランに礼を言った。
その手には七星の欠片が握られている。
どれが本来の役割かもはやわからない。
そんな話をしたらシルバーナイツは言葉を失った。
なんでも修行の地に生息する牛は気性が荒く、人を見ると群れで襲う習性があるらしい。
だというのにアルはその牛を友達と言いきったのだ。危険な牛に囲まれて眠るアルが異常と判断されるのは仕方のない事をだった。
そんな話をしながらアル達は修行の地を数日間歩いて下山した。
そして六日目の夕方になって最初の目的地であるこの街に到着したのが今だ。
最初の街だから村か何かだろうと思っていたアルだったが、ここは都かと思うほどでかかった。
この街からは馬車が使えるらしく、二日もあれば帝都に辿り着くとの話だ。
「ここは修行の地に行く前に必ず寄る場所だ。だから普通はここで荷物を買い込んで修行の地を目指すんだよ。普通はな!」
「闘技場とかないかな?」
「なんでだよ!」
(新鮮だ……)
アルは勝手にキッカを友達認定した。
街の中を歩いてシルバーナイツはいきつけの宿に入る。
行くあてもお金もないアルは当然のようにそれに着いていく。
「……本当に金持ってないのか?」
「山に帰りましょうか?」
「くっ」
キッカは宿の亭主に五人分の金を払い、明日の馬車の予約をした。部屋は各自に割り振られるかと思ったアルだったが、アルだけが一人部屋で他は二人部屋だった。
(キッカさんは気配りのできるいい人だなあ)
「くそっ。今月の分足りるかなあ……」
(子供の前では簡単に弱音を吐かないでほしいなあ)
キッカの評価が下がった。
そのあとは宿の酒場で夕飯をとるためにまた集まったが、アルはこの地上にきて一番目を輝かせた。なんせこの世界にきて初めての普通のご飯なのだから。
そして嬉しくなったアルは皆に混じって普通に酒を頼んだのだがキッカから「お前子供じゃん」とからかわれた。
そんな何気ない一言がアルの心に火をつける。
「……俺、修行の地でずっと……一年間ずっと、水だけを飲んでたんです。だがら、少しだけ、憧れてしまいました。キッカさん、すみませんでした」
アルはことさら素直に謝った。
もちろん本心ではそんなことを微塵も思っていない。
それでもアルの発した『一年間』という言葉に周りのテーブルが反応した。
周りの客達は「子供に無茶させやがって」とキッカに鋭い視線を向けたため、キッカは慌ててアルの機嫌をとろうとする。
「そ、そうだよな! たまにはいいよな! ははは! いくらでも飲んでいいんだぞ!?」
「いいんですか?」
「もちろんだ! ここには水以外のものもたくさんあるんだから! なあ!」
キッカは周りをチラチラ見ながら大声で宣言した。だが周りの客達はまだ疑っているようだ。
思ったよりも周りの反応が芳しくなかったためか、キッカはすがるように言葉を続ける。
「な、なぁ? 水以外にもなんか口にしてたよな? な?」
キッカに責任は一切ないはずなのに彼は必死だ。アルから見れば周りの客よりもキッカの方が強く見えるのだが、なぜか彼は必死だ。
(強さとは複雑なものだ)
そんな無駄な事をアルは考えてみたが、流石にキッカがかわいそうになったので助け舟を出すことにした。
「そう言えば水以外のものも口にしてました」
「そうだろそうだろ? 水だけなんて可愛そうだもんな」
「えぇ。毎晩牛の乳を飲んでました。搾りたてで美味しかったです」
「「「っ!?」」」
ガタン!!
周りの客達が驚いて立ち上がる。
そして大きく見開かれた目でアルの武器と顔を交互に見つめた。
「「「お……」」」
「お?」
「「「おまえが若武者か!?」」」
どうやらここでもアルは有名人だったようだ。
「ハッハッハ! 噂の若武者に会えるなんてついてるぜ!」
店の男達は大声で笑っているが、誰一人若武者に挑む者はいない。
修行の地は広い山脈の全体を指し、くまなく歩けば数十日かかる。
だから修行の地で目的の人物を探すのは容易ではない。さらに目的の人物が移動を繰り返すのであれば、その者に辿り着くのは困難と言っていい。
実際にシルバーナイツもアルを見つけるまでに街を出てひと月ほどかかった。
そんな珍しい存在がいるのに誰も戦いを挑まないのには理由がある。
「なんでこんなに酒に弱いのに飲みたがったんだよ。こいつ、わ!」
キッカにデコピンをされるが、アルは気にもせず寝つつづけている。
店中の客に注目されて調子にのったアルは、一杯目の酒を一気に半分ほど飲んでそのまま眠りについた。
楽しみにしていたこの世界の普通のご飯を食べる事なく力尽きたのだ。
情けなくて笑うしかない。
「寝てりゃ年相応に見えるんだがな〜」
シルバーナイツの面々も頷く。
六日間一緒に旅をしたが、大人顔負けの修練をやったかと思うと今のように無邪気さも見せる。
危険人物でも悪い人間でもないが、まともな生き方はしていないように見える。
なんとも言えない不安を誤魔化すように、四人は静かに酒を飲み続けた。




