11 クヴェルト《敗北》
「大丈夫か?」
「……はい。なんとか」
男は武器を肩に担いで歩み寄ってきたが、先程までの闘気はすでに解かれていた。
改めて男の顔をじっと見る。
戦っている時は闘気と相まって威圧的に感じたが、今の表情は楽しげで、青年とも少年とも呼べるものだった。
「頑丈だな。まだ続けるか?」
「いえ、すべてにおいて足りませんでした。誘われてることにも最後まで気づきませんでしたし」
「ふっ。随分と素直だな」
男に言われて確かにと思った。
きっと『大丈夫か?』なんて聞かれたのが久しぶりだったからかな。
五年間聞いていない声を少しだけ懐かしく感じた。
「師匠に負けや失敗を素直に認められないと成長できないと言われてましたからね」
「そのわりには戦ってる最中はあきらめが悪かったがな」
男はおかしそうに笑った。
最後も峰打ちで終わらせたことからも、戦いに対して真摯なだけで、戦闘狂とは違うのだろう。
「途中のは自分に負けてしまったんです。無様な姿を見せてしまいました」
「いや、自分を立て直すのは相手と戦うよりも難しい。お前の師匠は技術だけでなく、心も鍛えてくれたみたいだな。名はなんという?」
「? 師匠のですか?」
「む。確かに師匠の名も気になるが、俺が聞いたのはお前の名だよ。それにいくつだ?」
男は座り込んだままの俺に手を差し出してきた。
それを素直に受け取って立ち上がる。
その時に触れた手は分厚く堅かった。
「俺の名はアルです。ただの、アルです。年は十三になりました」
それは師匠のくれた名。
その名を自らにも言い聞かすように言った。
「アルか。俺はフォークスだ。その強さで俺と十歳も違うのか。たいしたもんだな」
「ありがとうございます。それとフォークスさん。失礼かもしれませんがフォークスさんってどのくらい強いんですか? 俺よそから来ていきなりフォークスさんに負けちゃったので……ちょっと自信なくなりましたよ」
いくら前向きになろうと思ってもそこは気になる。
師匠や剣鬼にいつもボコボコにされていたが、地上ではそこそこ強いと思っていたのだ。
それにフォークスさんには能力があっても勝てたかわからない。
この人も本気ではなかったはずだし。
「俺の強さか。ここら一帯にいるやつは大方倒したが、オーラを出して戦ったやつは数えるほどだ。そういう意味での強さならお前は十分強いだろう」
「そういう意味?」
変わった言い回しに俺は首を傾げる。
「俺とお前の戦いは剣術だったが、それだけが戦いじゃないだろ。あいにくここ等には魔法使いやらはこない。だから、そういう強さだ」
「なるほど。そういったことまでは意識してませんでした」
フォークスさんは剣士だが、それだけが最強の道とは考えていないようだ。
剣鬼も師匠に対して同じような考えを持っていたし、学ぶことの多いひとだな。
「それじゃあ俺はそろそろ行くが、これは餞別のポーションだ。その折れた肋骨じゃ修行もままならないだろ。それじゃあな」
そう言ってフォークスさんはポーションを一瓶投げたあと、振り返って歩きだした。
少し残念な気もしたが、今の俺では引き留めることはできない。
「フォークスさん! ありがとうございました! 今度会った時もまた戦って下さいね!」
フォークスさんは振り返りはしなかったが、肩に担いだ剣を天高くにかざして返事をした。
そんなフォークスさんの姿が見えなくなるまで、俺はじっとその方角を眺め続けた。
貰ったポーションを飲んで傷を癒やし、能力について考え直した。
今の俺は地脈と繋がれてない。
天界ではほぼ無意識に使えるようになっていたせいで、地脈について考えること事態が久しぶりだった。
師匠は天界と地脈はちょっと違うって言っていた。相変わらずよくわからない説明だったけど、まったく別物というわけではないのだろう。
それに師匠は無駄な努力をさせて喜ぶような人じゃない。天界での努力には意味あると考えるべきだ。
それから俺は可能性を一つずつ口にだし、考えをまとめていく。
「地脈との繋りが一時的に切れてるだけで、再び繋がれば元の力がだせる。もしくは、1からのやり直しにはなるけど、天界での経験が後押しをして、元の力に戻るまではそれなりの速度で成長できる……こんなとこかな」
俺はもやもやとしたまま可能性を述べたが、怖くて口に出せないもう一つの可能性について内心ぼやいた。
(最初に降りる場所をこの修行の地に指定したのは剣鬼だ。もしかしたら死にかければ能力が戻るとかじゃないよな?)
その考えが否定できないほどに天界では死にかけすぎた。それに師匠の説明が曖昧すぎるのも原因だ。
「どのみち対人の修行はするんだ。同時進行でやるしかない。まずは相手を探そう」
そして俺は立ち上がってフォークスさんとは違う方角に歩きだした。どの方角になにがあるのかもわからない。
それでもはじめて歩く大地を楽しむように歩き続けた。
◇◇◇◇
フォークスさんに負けてからも俺はこの修行の地で対人修行を続けた。
そこで幼い俺を舐めてかかってくる人は秒殺してやった。
そのせいで数ヶ月もすると《若武者》と名付けられる程度には有名になってしまった。
もちろんその名に群がる奴らもすべて返り討ちにした。
というかフォークスさん以来負けることがなかった。あのひとはやっぱり強過ぎたのだ。
そんな俺は指名手配されてしまった。
厳密には違うのだが、クヴェルト帝国が本腰を入れて俺を捕らえようとしているらしい。
だが俺は人を殺したりはしていない。
さらにここは修行の地だ。
戦えば怪我くらい普通にするだろうし、死ぬほどの怪我を与えた記憶もない。
なのに指名手配。
それは名誉が傷つけられたかららしい。
よくわからん。
すくなくとも俺の知識にそういった常識はなかったはずだが。
「つまりキッカさんは、俺が危険人物かを見定めに来たわけですか?」
「そうだ。若武者と呼ばれる子供が危険人物かを確認しにきた」
「それでどういう判定になったんですか?」
「……危険、かなあ?」
「なんで俺に聞くんですか」
目の前にいるキッカと名乗る人物は冒険者らしい。なんでも俺が犯罪を犯していないので、帝国としては捕らえたくても捕らえられないらしい。そりゃそうだ。
そこで帝国は冒険者ギルドに調査依頼をだした。冒険者ギルドとは国に属さない組織で、主に魔物の討伐と迷宮攻略に力を入れている。
本来は国の依頼など突っぱねることもできるのだが、若武者という珍事にクヴェルト帝国のギルドマスターが興味を示し、剣の腕が確かな冒険者を派遣したそうだ。
その剣の腕が確かな男が目の前にいるキッカで、一緒に来ているシルバーナイツのパーティリーダーだ。
「とりあえず喋ってるだけじゃあわかんねえ。剣で判断させてもらう」
「どうぞ。俺もそのほうが助かります」
そして俺はキッカさんと剣を交えて語り合った。もちろん俺の勝ちだ。ついでに残りの三人も蹴散らしてやった。
「いや〜驚いたな。噂には聞いていたから油断してるつもりはなかったんだが参ったよ」
負けたというのにキッカさんは軽快に笑った。人の良さそうな顔をしているが、間合いを適度に保ち、油断なく俺を見極めようとしている。
「四人で来たんだし、一斉にかかってきてもよかったんですよ? キッカさんたちは見た目の割に律儀なので感心しました」
「……俺達は剣に誇りを持ったパーティだ。腕試しでそんな無粋な真似はしない」
確かに剣に誇りを持っているのだろう。
その証拠にパーティの全員が剣を武器とした近接特化型だ。
バランスは悪いが得意分野を突き詰めるのも強さのひとつ。型にはまれば突破力はありそうだ。
「そんでアルよ。お前何者だ?」
「修行者ですよ。すくなくとも危険人物じゃないです」
「……危険人物までは、ないか?」
「なんで悩むんですか?」
「悪気がないところだよ」
悪気?
そんなので危険人物に判定されるのか?
「ちゃんと人として敬語で話してますよ?」
「だからなおさら質が悪い。お前にやられた奴でそこそこのお偉いさんもいたんだよ」
「それならその悔しさをバネに強くなって再戦してくれればいいのに。そしたら俺の修行も捗る」
「……そういうところだよ」
それからキッカさんは帝都での噂と、冒険者ギルドについて説明してくれた。
彼としても俺を帝都に連れ帰って依頼を終わらせたいらしい。
俺は辺りを見渡して頃合いかもしれないと思った。
俺が地上に降り立っておよそ一年になろうとしている。この地に来たのは夏が始まる頃で、今はまたあの時と同じような景色になろうとしている。
最初こそフォークスさんに負けてはじまった修行だったが、数ヶ月前にようやく強化の能力を発動できるようになった。
ただ能力が使えるようになったとはいえ、その能力は天界にいた頃と比べ物にならない程弱くなってしまったが。
少しは戦闘に役立つ程度で、まだまだ初歩の粋を出ない。
それでも能力が使えないという経験は俺を精神的に強くした。そして心から実感する。
(死にかければ能力に目覚めるタイプじゃなくてよかった)
それを思い返した俺は安堵の溜め息を吐いた。
「おっ。ついて来る気になったか?」
そんな俺の表情から上手くいったとわかったのだろう。キッカさんは機嫌良く笑っている。
そしてキッカさんの言う通り、俺も帝都に行ってもいいとは思っている。
だが俺はそれに素直に応じるつもりはない。
「お金がありません」
「……なに?」
「お金がありません」
「脅してるのか?」
「お!か!ね!が! ありません!」
「!? わかったわかった! 住むとこと食う分には困らないようにギルドマスターに頼んでやるよ!」
交渉は成立した。
(師匠……俺、たくましくなりましたよ)
こうして修行に明け暮れた俺は、キッカさん率いるシルバーナイツとともに帝都を目指し旅立った。




