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10 クヴェルト《夜明》

 大鷲は天界の海を飛び続けたあと、目の前にひろがる雲の中に飛び込んだ。



 それから数時間たって雲を抜けると、眼下には大地がひろがっていた。

 月明かりしかないせいでよく見えないが、地上に灯りはなく、建物らしきものも見あたらない。



 しばらく大空を飛び続けた大鷲は、目的地を見つけたのかゆっくりと降下し始めた。


 頬を冷たい風が撫でる。

 天界は一年中暖かかったから季節なんてわからなかったけど、今は過ごしやすい季節なのかもしれない。


 そんな事を思いながら、俺はこれからこの地で生きていくのだと実感した。




◇◇◇◇



 大鷲が降り立った大地は柔らかな青草があたり一面に広がり、どこからともなく吹く風になびいてさわさわと囁いていた。


「ここまでありがとう。君も神獣なんだよね? 人に見つかるといけないからもう行くんだ」


 俺が胸をなでると大鷲は喉を鳴らして返事をし、大きく翼を広げた。


「みんなに、よろしくね」


 バサッ


 大鷲が飛び立ったあとも、俺はしばらくその方角を眺めていた。






 俺が降り立った地はクーランドと呼ばれる大陸だ。

 もっとも天界で聞いた話では、大陸と言っても一年で歩いて周れる程度の広さしかないらしい。他にも大陸はあると言われているが、人の行き交いはまだ実現していない。

 だから俺に与えられた知識は基本的にこのクーランド大陸のものだけだ。



 そしてここはクーランド大陸の中心にあるクヴェルト帝国という国らしい。


 剣鬼はこの地で一年間修行に励んだのち、西にあるナリキ諸島を目指せと言った。

 そこにはすでに国はなく、迷宮によって魔物が蔓延る戦地があるだけとも言っていたが。





 俺がぼんやりと夜空を眺めていると、東の空が少しずつ明るくなってきた。

 どうやら今から陽が昇るようだ。

 太陽の光が射し込んでくるにつれ、山々の輪郭がはっきりしてくる。



「ここは山の上かな?」


 大小の山々が繋がり山脈のように周囲にひろがっている。俺が今いる場所も山の上にあたるのだろう。



 その景色を眺めながら大きく息を吸う。

 新鮮で冷たい空気が肺を満たす。

 息を吐き出しながら肩の力を抜く。

 そして最後に拳を握って確かめる。



 大丈夫。

 体は動く。

 意識もはっきりしている。

 そして剣鬼が言っていた事を思い出せ。ここは修行の地だ。


 確認を終えて振り返った俺は、剣を担いで近づいてくる男を待ち構えた。




「面白い気配がしたから来たんだがな。お前何者だ」


 見るからに屈強な男は俺を値踏みするように見てくる。いきなり襲ってくることはなさそうだが、いかにも好戦的に見える。


 年は二十代半ばくらいだろうか。金色の髪を逆立て、自信に満ちた表情をしている。


 しかし男は間合いからはまだかなり遠い位置で立ち止まった。俺の幼い見た目で侮ったりはしないようだ。


 男が持っている剣は大剣と呼ばれるもので、鞘にも入れられず肩に担がれている。


 俺の身長ほどありそうな大型の武器。

 受け流すにしてもとてつもない衝撃が襲ってくるに違いない。


 俺ははやる気持ちを抑えて油断なく男を観察した。なんせ俺は地上の人がどれほど強いのかを知らない。

 うかつには飛び出すわけにはいかないのだ。


「修行にきてる者ですよ。すごい剣ですね。重くないんですか?」

「その重さを体験してみたいか?」


 男はニヤリと笑ったあと、大剣を右手一本で軽々と振り下ろした。


 その大剣は片刃だが、相手がどちらの面で勝負を挑んでくるかわからない。

 そもそもこれか稽古なのか、生死をかけた斬り合いなのかが俺にはわからない。


(剣鬼ほどじゃないなんて考えは捨てないと死ぬぞ)


 俺は剣を抜いて警戒をさらに強めて男をじっと見た。


 だから俺はこのとき、大事なことに気がつかなかった。


「なんだ。その体とその武器で後手なのか? まぁいい。いくぞ!」


 男はそう言って一気に間合いを詰めてくる。



(左腰からの横一閃。バックステップして避ける)


 男は俺の目測通りに剣を右に凪払い、俺はそれをバックステップで危なげなく躱した。


(次は右肩を狙った袈裟斬り。捻って躱す。よし、見えてる! 動けてる!)


 俺が数度男の剣を躱したところで彼は笑った。


「なるほどなるほど。こんなとこに一人でいるんだ。並な訳がないよな。じゃあ次だ!」


 男は一度間合いをとると全身を赤く染めた。


(赤のオーラ!)


 様子見しているうちにオーラを発動されたことで俺は僅かに動揺した。


 男のオーラはまだ薄く、本気ではないはずだがそんな事にも気がつかなかった。

 ここでも経験の少なさが足を引っ張る。


 そして男は一足飛びで間合いを潰してきた。

 恐らく腕力強化もされている。


 それに対抗をしようと思った瞬間、ようやく俺は自分の状態に気がついた。


(っ!? 強化が発動しない!?)


 天界の修行で溜めも必要なく能力を発動できるようになっていたのに、今は地脈と繋がっている感覚すら掴めない。


「ぐっ!」


 避ける事もできずに大剣を短剣で受けるが力を十分に勢いを殺せない。体勢を崩されたところにすぐさま追撃が襲ってくる。


 ガガガガン

 

 なんとかそれを受け止めるが手が出ない。

 しかも斬撃が重すぎて踏ん張る事もできずに右に左に弾かれるように流されてしまう。


(なんで地脈と繋がらない!?)


 魔法の能力も試すが発動できずにさらに動揺が増す。


 そして混乱した思考に不吉な考えがよぎった。


(もし、ここで大きな怪我をしてしまったら……)


 能力は戦うためだけのものではない。

 俺にとって付与という能力は生命線ともいえる。その付与が使えなければ自慢のポーションも作れない。


 そのことに気がついた心臓はひときわ大きく鳴り響いた。その音が死の足音のように感じ、ますます動揺する。



(まずい、まずい。なんとかして能力を、しまった!)



 焦った俺は薙ぎ払われた剣の威力を殺す事ができず、派手に飛ばされてしまった。



 深刻なダメージではなかったが、十分な受け身をとれずに地面を転がる。


 しかし男は追撃をしてこない。

 いや、する必要がないのだ。

 男にとってこれは、チャンスでもなんでもないのだから。


(油断しないと言いながら、戦う準備すら整っていなかったのか)


 情けなさで感情が埋め尽くされそうになったが、一度男の姿を確認したあと、目を閉じて再び自分と向き合う。


(使えない力に頼ってどうする。これが今の自分の力だ。それならそれでやるだけだろ)


 腹をくくって立ち上がる。

 戦いはまだ終わってない。



 そう自分に言い聞かせたあと、俺はこの戦いで初めて前傾の構えをとった。

 相手に合わせていては勝てない。



「まだ何か見せてくれるのか?」


 一方男は重心を後ろに置き、先程とは一転して待ちの姿勢をとった。

 

「いつもならさっきの一撃で終わったんだかな」


 俺の様子を見て男は楽しそうに口角を上げる。

 目も輝かせて期待に満ちた表情だ。



(楽しそうに笑う。だったら、応えないとな)


「はっ!」


 俺は大地を蹴って真っ直ぐに間合いを詰めた。


「潜らせねえよ!」


 男は俺が間合いの内に入れないように横一閃に剣を振り抜く。


 だけどもう恐れない。

 負けないために受けるのと勝つために受けるのでは意味が違う。



 俺は迫る大剣に自身の短剣をそっと添えた。

 優しく、逆らわず。

 そして力を抜きながら大剣の衝撃を分散し、後方に飛び退いた。



 フワッ



 木の葉のように舞いながら間合いの外に着地した俺を見て、男は瞬間的に硬直する。

 しかし次の瞬間には体勢を低くして素早く間合いを詰めてきた。


 そこから放たれる剣筋は先程の大振りと違い、鋭く速い。才能だけでなく修練によって身につけた技だとわかる。


 それでも俺はその剣をことごとく受け流した。

 勝つために。

 今の俺にできる精一杯の方法で。



 そして耐えた先にようやくチャンスが訪れた。


「ちぃ!」


 男は眉を歪ませて剣を大きく頭上に振り上げている。


(きたっ!)


 俺は焦れた男が大振りになるこの瞬間をずっと待っていた。しかも男は期待通りに頭上から振り下ろしてくる。


 男から放たれる剣に対し、体を捻りながら短剣で受け流す。さらに男の剣を地面に打ち込ませるため、俺は自ら空中に舞い、受け流した勢いを殺さずに男の剣の背に自らの剣を押し付けた。


 ガンッ


 逸らされた男の剣は大きく大地を打ちつけた。

 さらに振り下ろした勢いにつられて男の頭は下っている。


 すべて計算通り。

 そう思いながら俺は空中で捻りを加えて男の頭に回し蹴りを放った。


 勝利を確信して。



 ――スッ



 しかし俺のつま先が男のこめかみを捉えようとしたその瞬間、男の上体は起き上がり、俺の蹴りは空をきった。


(なっ!? 回避行動までが早すぎる!)


 空中を舞いながらそんなことを考えたが、視界の先に捉えた男の剣を見て納得した。


 男の剣は想定していたように大地に刺さることはなかった。男の剣は大地に埋もれた石を叩き割っただけだったのだ。


 それが偶然のはずがない。

 チャンスと思ったこの一合は、完全に男に誘導されたものだったのだ。



 岩を叩いた反動で上体を起こした男は、空中で無防備になった俺の胴体を下から剣の背で斬り上げる。


 その動きは今までの動きに比べれば決して早くはない。

 だが俺にはどうすることもできない。

 空中を舞う俺は、受けることも躱すこともできずに素直に男の剣に打たれるしかなかった。


 ガスン


「ぐあっ」


 空高く舞ったのち、受け身もとれずに地面に打ちつけられた。


 そして溜め息を吐きながら大空を見つめる。



「どこまでハードなんだよ……」



 この世界にきてからまだ一度も勝てていない自分って……本当になんなんだろ。

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