表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

それは終わりで始まり

『…こちらは相変わらず、父はまだ機嫌を治しそうにありません。』


『森でたくさんの果物が採れたのでジャムを作りました。

皆で食べてくださいね。』


メルリナは手紙を書き終えてペンを置いた。

封をすると、赤いジャムがたっぷりと入った瓶が二つ治められている籠に手紙を添えた。


「アスラン、アスラン。これを届けてくれないかしら?」

二つ三つと国を越えた場所だというのに、アスランは数日に一回という回数でメルリナの住む森の家へと訪ねてきていた。

今日もまた、メルリナがジャムを作っている間に勝手に来て、勝手に寛いでいた。

自分で一から作るという行動が楽しくて、夢中になって煮詰めたジャムは到底メルリナだけで食べれる量では無かった。だから、どうしようかと頭を抱えながら部屋を出たメルリナの目に飛び込んで来たアスランの姿に丁度良いと、作ったばかりのジャムを持って帰ってもらおうと部屋に戻って手紙を書いて準備をした。

「またぁ?この前に手紙送ったばっかりなのに?」

メルリナに手渡された籠の中を覗き、アスランは顔を顰める。魔法によって一瞬にしてやった来られるアスランが前に来たのは二日前の事。その時にもアスランはメルリナに手紙と荷物を持たされた。

「だって、つい一杯作っちゃったんだもの。それに、食べてもらいたいの。」

「僕の分は残してあるよね?」

幸せそうに笑う姉の顔にアスランは溜息をつくことだけに留める。それでも、弟として忘れてくれるなと口を出した。

「ちゃんとあるわよ。」

ふて腐れた様を見せるアスランに、メルリナは当たり前でしょと籠には入れなかったジャムの瓶をアスランに手渡した。

「なら、いいけど。まったく、僕は郵便屋じゃないって言ってるのに、姉さんも義兄さんも。」

「いいじゃない。それで、渡してから言うことじゃないけど、今日はどうするの?ご飯は食べていける?」

色々と忙しそうにしているアスラン。ちょくちょくメルリナの元に顔を見せにくるものの、夕飯を食べたり泊ったかと思えば、一時間もしない内に帰っていくこともある。

「本当、渡してから言うことじゃないよね。今日はもう帰るよ。なんか、重要な会議をするから早く帰って来いって言われたし。」

なら来なくても良かったのに。

そんな言葉は思ったけれど口にはしない。

人っ子一人いない広大な森の中に建つ家で一人暮らすメルリナを心配し、寂しくないようにと気遣って通ってきてくれている事を、アスランは隠しているつもりでもメルリナは気づいていた。

そして嫌そうな顔をしながらも、屋敷からの手紙を忘れずに持ってきてくれることに、メルリナは本当に感謝していた。

「じゃあ、またね。」

アスランは、ありがとうと礼を言うメルリナに背を向けて家を出て行った。

それを見送るメルリナの顔には、笑顔が浮かんでいた。

あの日から半年。

メルリナは遠い異国の森の中で、自分らしく過ごせる日々を送れる今を楽しんでいた。

貴族らしくと意固地になって過ごしていた頃を、最近ようやく懐かしいと思えるようになった。

それでも、あの日々を忘れることは無い。

最後のあの日、あの日にようやくメルリナは自分の運命を知り、周囲によって支えられて成り立っていた歪んだ日々を終わらせて、メルリナらしい日々を始めることが出来たと思う。

家族と離れ離れになった事は悲しいと思いながら、それでも今の生活を嬉しいと思う。




あの日…。


部屋の外が、いや屋敷の外がどんな状況になっているのか知りもしないメルリナと、知っていてメルリナを抱き締め溜めに溜めていた愛を語るグレン。

暴走したグレンは王都がどうなろうと構わないといわんばかりに、メルリナを抱きしめ続けていた。

そして、二人の顔が轟く稲光に照らされて重なろうとしていた二人。

だが、二人の影は完全に重なっても、二人の口が重なり合うことは無かった。


「はい!そこまで!!」


「あ、アスラン?」


グレンとメルリナだけが居た部屋に飛び込むように入ってきたと思えば、メルリナが状況を理解する前に、グレンが反応を示すよりも早く、メルリナを抱きしめていたグレンの身体が引き剥がされ、肩を掴まれて後ろに下がらされた。バタバタと言う慌しい足音の合間にグレンのくぐもった声がメルリナの耳に届いた。

「グレン様?」

グレンの傍に戻ろうとメルリナはしたのだが、それはメルリナの肩を掴んでいたシルディオによって留められた。

「駄目。本当、マジでヤバイからさ。」

「シルディオ?」

「あっ、良かった~止んだわ。」

弟を見上げると、シルディオの顔は窓の外へと向いていた。

窓の外には、物音一つ無い真っ暗な闇が広がっていた。

パチンッ

指を弾く音と共に、部屋が光によって照らされた。

それによって、メルリナは二人だけだった部屋に多くの人が入ってきた事を知る。

そして、グレンに何があったのか。

「ぐ、グレン様!?」

国王リーグレイや宰相などの国の重鎮達に弟達、そしてメルリナが産んだ三人の子供達の姿が部屋にあった。その中で、グレンは気を失って床に倒れていた。

「えっ、な、何が…」

「大丈夫、大丈夫。眠らせただけだから。」

訳の分からない状況に混乱するメルリナをシルディオが宥め収めた。


「たく、王都が水浸しになっちまったじゃねぇか。」

「人の事言えないけど、迷惑な暴走しないで欲しいよ、まったく。今回といい、四年前といい。」

「まぁ、こいつもテスラ家と近い方の親戚筋だからな。暴走癖があっても可笑しくは無い。」

「それいったら、この国の貴族って全員暴走癖が潜んでる可能性あるということになるな。貴族は皆親戚だ。」

「えっ、何だよ、それ。なぁ陛下。やっぱり契約止めていいかな?」

「良い訳あるか。」


「何…」

「姉さん、よく聞いて欲しい。全部、誤解なんだ。全部、姉さんが忘れてしまってるだけなんだよ。」

俺もさっき全部知った所なんだけどね。

シルディオに宥められ、人の言葉を聞けるくらいの落ち着きを取り戻したメルリナに、全ての事情が明かされた。

国王リーグレイに宰相が故テスラ公爵が考えた筋書きを説明した。

アスランは魔法の事を。そして、ようやく見つけ出した父親の事を。

子供達もメルリナが忘れてしまうだけで、メルリナが子供達に優しい、よく遊んでくれる母親なのだと説明した。

「そう。…そう、なの。」

否定する訳でもなく、怒る訳でもなく、メルリナはただ淡々に皆の説明を受け止めた。

「あれ、それだけ?」

メルリナの反応があまりにも呆気なかったせいで、メルリナの身体を支えているシルディオや様子を見守っているアスラン達は戸惑っていた。

「何となく、覚えてる。いえ、思い出した。それって、父さんが私を守ってくれるって言ってた魔法の事よね。」

「うん。」

メルリナの言葉は当時5歳だったアスランへと向けられた。

そして、アスランが頷く様子を見ると、顔を真っ赤に染めて顔を伏せた。

「恥ずかしい。全部、全部、私が悪いんじゃない。それなのに、グレン様を責めるような事を言って、恨んだり、妬んだりして…。被害者面して…。」

「いや、被害者は被害者だよ。悪いのは、アホな魔法を掛けた親父なんだし。」

ゴメンなさいと呟き続けるメルリナに、弟達は必死に声を掛ける。

「姉さん。それ解いて貰いに行こう。親父の奴、死んで帰って来なかったわけじゃなくて、魔女に呪いかけられて力使い果たして冬眠みたいな状態になってたんだ。親父の事だから、姉さんが行けば絶対に起きるからさ。行って、また戻ってくればいいんだし。魔法さえ解ければ、もう誰も姉さんと止めたりしないよ。」


少し待ってもらってもいい?


先程の間だけでも、どれだけ王都に被害をもたらしたのかも、メルリナは説明された。

説明している間の彼等の顔に嘘は無く、そんな嘘をつく必要も感じない。

だから、メルリナにアスランの勧めを拒む理由なんてなかった。

心配するアスランとシルディオ、子供達に大丈夫だと言い置き、メルリナは一人部屋を出た。

そして、しばらくして戻ってきたメルリナの手には白い封筒があった。


「これを、お父様が目覚めたら渡してもらえる?」

「…うん、分かった。」

部屋に戻ってきたメルリナに封筒を渡されたのは、固い顔で母の行動を見守っていた長男のアズル。しっかりと受け取り、全身に力を込めて頷くその姿をメルリナは抱きしめていた。ずるいと言って駆け寄ってきたカロンとヒストもメルリナは一緒に抱きしめていた。

思う存分に子供達を抱きしめたメルリナは、リーグレイ達に頭を下げ、そして床からソファへと移動されていたグレンに口づけを落とした。慌てて止めようとする手が伸びてきたが、一瞬の口付けは阻まれることなく終わっていた。


グレンが目覚めて、仕事に戻ったとアスランが知らせに来たのは、数日後の事。メルリナが、父が眠っているという森に建てられたアスランの師匠だという、父の弟子の家での生活にようやく慣れ始めた頃だった。

そんな何日も眠り続けるなんて何をしたの!と怒るメルリナの言葉を飄々と聞き流し、アスランは懐から一通の封筒を取り出してメルリナに渡した。

それは、グレンからメルリナに向けた手紙だった。


それから、グレンとメルリナの手紙のやりとりは続いている。

その内容は、手紙を運ぶ役目を負わされているアスランにも分からない。ただ、手紙を読む度に嬉しそうに頬を染めた笑う姉から想像するだけだった。

「今更、文通!?」

初めの時にはそんな風に笑っていたアスランだったが、メルリナのその笑顔を見せられれば嫌とは言えなかった。今では、三人の子供達からの手紙も混ざり、メルリナの大切な宝物になっている。


メルリナの呼びかけで眠りから浮かび上がってきた父である魔法使いは、腕を振るうだけでメルリナに掛かった魔法を解いてしまった。グレンに降りかかってしまったものに関しても、さっさと解いてくれた。

そこまでは良かった。

寝ぼけ眼でメルリナと話をしていた魔法使いは、自分が知らぬ間に結婚し子供まで産んでいた娘に衝撃を受け、親に挨拶も無しにとふて腐れて眠りの中に戻っていった。"親に挨拶も無い婿なんて…どうしてくれよう"という馬鹿馬鹿しい言葉を残して。

それから毎日、メルリナは森の奥深くで眠っている父に話掛けているが良い返事は無い。

アスランに言わせれば、アホな事を言って目を逸らしているだけだから、放っておいても大丈夫らしい。が、メルリナはようやく会えた父親とそんな風に別れるのは嫌だと思った。

自分のやりたいと思う事をする生活に、自分の素直な気持ちを書き連ねる手紙を送り会う日々。毎日、眠る父の下に通って語りかける。

そんな生活が楽しくて仕方が無かった。



日が暮れた後、メルリナは暖炉の火で夕食のスープを暖めていた。

メルリナは次は、何を作って手紙に添えようか考えながら、歌を口ずさみながら夜を迎えようとしていた。


コンコンッ


ノックの音がメルリナ一人だけの静かな家に大きく響いた。

アスランは帰り、魔法によって護られているという森に入ってこられる人はいない。

なら、この扉を打つ音は誰なのか。

誰なのか心当たりは全く無い。でも、アスランを信じているからこそ、悪い存在ではないだろうとメルリナはあっさりと扉を開けた。


えっ?


そこに居たのは、本当に意外な人だった。

「グレン様?」

アスランが帰って行った王都に居る筈のグレンがそこにいた。

「ぼくもぉ」

「ヒスト。」

そして、声に導かれてグレンの足へと目を降ろせば、そこには末っ子のヒストがいた。

二人共、簡素な服に身を包み、大きな荷物を持っていた。


「ど、どうして此処に?」

最近交わしたグレンからの手紙にも、子供達からの手紙にも、こんな事は書いていなかった。数時間前にアスランに手紙とジャムを持たせたばかりで…。

あのジャムは食べてもらえたのかな?

そんなどうでも良い考えが浮かんでくる程、メルリナは混乱していた。


「身勝手な行為で騒動を起こした責任を取れと、国を追放された。」


あまりにも平然と笑顔で言うグレンに、メルリナは驚き、声も出なかった。

「そ、それは…」

「テスラ公爵家はアズルが、フェルディナ侯爵家はカロンが継いだ。アスランと陛下達が後見となるから、さっさと行けと背を押されてしまった。」

笑顔を崩すことなくメルリナに説明を重ねるグレン。


「今度は、君の生活に私を入れてくれないか?

貴族以外の生活は何も知らない。でも、それでも君の傍にいられるのなら、どんな事でも出来る。だから、此処において欲しい。」


「はい。」


アズルもカロンもまだ子供なのに。

メルリナは、そんな事を聞こうとしていた。色々聞きたいことはあった。

けれど、出てきたのは、はっきりとした一言だけ。

メルリナの口はそれ以上の何も吐き出すことなく、伸ばされてきたグレンの腕に飛び込んでいた。


色々と、問題は多い。

でも何だか、これからは全てが上手くいくような気がする。

メルリナはそう、グレンの腕の中で感じていた。


「愛してる、メルリナ。」

「愛しています、グレン様。」

もう二人の間を阻むものは何も無い。


『結婚の理由?お金ですけど、何か?』

そんな風に、夜会や茶会でメルリナに詰め寄ってきた令嬢達に言ったことが、笑い話になる日はそう遠くないだろう。でも、そんな言葉は嘘でも口にすることはもう出来ない、とメルリナは思う。




世界を壊そうとした魔女が呪いを吐き出しながら眠っていると噂される、魔法使いの森。噂が噂を呼び、その森に近づくものは滅多にいない。

そんな森の中から、笑い声が聞こえるようになったのは何時の頃からか。

勇気を振り絞って、森に入った男が一人。

森の中にポツリと建つ家があったと彼は言う。

夫婦が家の前に置かれたテーブルに料理を用意していく中、三人の少年達が家の周囲で戯れ、その様子を一人の老人がニコニコと見守っている。少し離れたところで、二人の青年達が昼寝をしたり、本を読んだり…。

そんな温かな家族の団欒の光景を見た。そう彼は仲間達に語ったが、あの森に住んでいる奴なんて居るものかと一蹴し鼻で笑って話は終わった。

それから二度と、彼が森の中に入る事は無かった。

けれど、森の奥に進む事が出来たなら、再びあの光景を見ることが出来ただろう。


いつまでも変わらずに寄り添い、笑顔を浮かべる夫婦の姿が森の中では何時でも見る事が出来た。

予想以上の反響があり、ご期待に添えているのかとドキドキしながら書いてきました。

最後まで、お付き合い頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ