他の召喚者
ジャックと反対方向に走り出した白雪は、移動しながら〝幻獣〟に殺されていく人々を見ていた。
龍型や鳥型の〝幻獣〟から頭から食われたり、踏み潰されて死んでいく人々……その他にも崩れていく建物に巻き込まれて死んでいく者や、火災に巻き込まれて死んでいく者……死に方は様々だったが、今街には人が言う地獄という光景が広がっていた。
自分で身を守ろうと努力をしている者も大勢居るが、召喚者が干渉してきている段階で人間に出来ることなど一切ない……しかし、召喚者という存在を知らない人間すればそれすらも理解出来ていないのだ。
ただ、今までの平和な日常が昨日で壊れたという事だけは理解していた……小学生は学校で遊び、放課後は友達を何も考えずに楽しく遊ぶ日常。中学生も部活動に励み汗を流す日常……高校生は受験やバイトなどをする日常……大学生や社会人など様々な人間の日常は昨日で終りを告げた事だけは理解していた。
普通に生活をしてきた人間が決して関わることが出来ない存在が、自分の都合で干渉してきたのが今の状況なのだと白雪は考えている。そして、元から対処することが出来ないにも関わらず、深夜に不意打ちできた召喚者という化け物……人間が殺される事など初めから理解していたはずなのに心が痛かった。
今になって警察や、自衛隊などに報告すれば良かったのではないのか?というどうしようもない後悔が押し寄せている白雪だが、結局の所、警察や自衛隊ではどうすることも出来ないのが現実だ……住民を避難させた所で〝幻獣創造〟はその近辺に現われたに違い無い。
「どうしてこんなことに……」
戦う前から理解していたはずだったのに、こうして光景を見てしまうとどうしても考えてしまう。どうして全く関係が無い人間が大勢殺されてしまはなくてはならないのかと。これは召喚者の問題であって、人間を関わらせるなどして絶対に駄目だ……など浮んでくるが、人間だった海人を関わらせてしまったという過去があるため、心の中に秘めておく。
ただ、こうして街の人間が大勢殺されてしまっている理由だけは心に秘めている訳には行かなかった。人間はどうして化け物に襲われているのは自分達だけなのかと考えているに違いない……だが、どの召喚者でもその理由だけは明確に理解していた。それも勿論、海人も白雪も理解していた。
「私達のせいだ……」
声に出してみると心の底からそうだと実感する事が出来た。まるで呪いの言葉のように体の中に入り込んでくる……どうしようも無かったと言えばそうだったかもしれない。けれど、そんな適当な理由で死んでいった人間達が納得する事など決して無い。それは、母親を殺された白雪だから……少し前まで、理不尽に殺された母親を蘇生させようとしていた白雪だからこそ、余計に理解出来ていた。
死んだ人を蘇生させる事など本来出来る事ではないなど誰でも知っている事実だ。それは何も力を持たない人間でも理解出来ていることだ。魔法という力でも蘇生させる事が出来ないという事実を知っている召喚者からすればさらに重く圧し掛かる事実だ。
そうだ。死んだ人間を生き帰らせることなど通常出来る事ではない。それはたった〝一人〟ですら蘇生させる事でさへ困難極まりない。そんな命を自分達が街に居たために奪ってしまったと白雪は考えている。
自分達がこの街に居なかったらきっと今も静かな深夜になって居たに違いない……それは紛れもない事実だ。白雪と海人が居るからこそ、この街に〝幻獣創造〟が姿を現したのだ。多くの〝魔術蒼石〟を抱えている二人が居るからこそだ。
だが、それは今更後悔しても意味がない後悔だった……過去に戻ることは人を蘇生させる事と同等以上に難しいことだ……決して簡単には過去に戻ることなど出来ない。しかし、心がある以上考えてしまうのだ……自分達が居なければ今現在も死んでいる人間達は明日を迎えることが出来たのではないかと。
今も悲鳴を上げている人々も、仲の良い人を笑い合っていたのではないか……何も起きずに退屈な日々だと嘆く者も存在するかもしれないが、今のような異常な光景を見てしまうと、平和な生活がどれほど幸せだったのかと気が付く物だ。
「それを奪ってしまったのは私達の責任だわ……けど、今更うじうじ考えたって結果に変化は訪れない。今私が見ている光景は決して夢でも幻なんかでもない……召喚者という〝化け物〟が引き起こした紛れもない現実よ……だったら私達がどうにかするしかないじゃない」
移動中……秒数にしてほんの数秒間。雷光の速度の中で見た光景は白雪にしたら一瞬だったかもしれない。だが、良すぎる召喚者の目や記憶が、一度見た光景を鮮明に思いださせる。呪いのように何度も何度も思い出させ、忘れることが出来ない。
忘れるつもりなど全くないが、その光景を白雪は忘れたかった。理由など明確で、自分が犯してしまった事が鮮明に思い出せるなど、心の深い傷を与えるからだ。だが、それも勝ってな話だ……今この瞬間も、人間は殺されているのだから。
移動中に手の平を硬く握り締める……強く、強く握り締め、爪が食い込んで少し血が滲むほどに。それは、自分が犯してしまった事に対しての小さな罰なのかは、本人以外理解する事が出来ない事だった。多くの人間が殺されているのは召喚者に巻き添えを食らったからだ。自分達に理由があるのだと知っているからこそ、与えた罰なのかもしれない。だが、白雪にはまだする事があるのだ。
願いを叶える事は何よりも最優先事項だ……しかし、目の前の光景も見過ごすわけには行かなかった。大勢の人間が殺される事を許すことなど、白雪には出来なかった。それを許せるほど、白雪の心は枯れては無かった。
するべきことは決まっていた。今更後悔しても、死んでいった人間達が蘇ることも報われることはない。今は生きている人間達を助けることが優先されるべき事ではないだろうか?と心に問いかける。自分に言い聞かせるように……。
「お前ね……」
動きを止めた場所には、周囲の〝幻獣〟よりも遥かに魔力を持っている〝幻獣〟が白雪を待っているかのように止まっていた。だが、気配だけは周囲とは異質だった……しかし、白雪は少しだけ違和感を覚えた。
目の前に居る〝幻獣〟は龍型と呼ばれる種類だ。空を支配する黒い鱗を纏う黒龍……その大きさは何十メートルまでも及ぶ。間違いなく〝幻獣創造〟が用意した〝幻獣〟だろう……そこは誰が見ても理解出来ることだ。
だが、どうしてだろう……妙に違和感を覚える。違和感というよりも、不思議と言った方が近いかもしれない。白雪は〝幻獣〟と対峙しているにも関わらず心の中で不思議という気持ちを抱いていた。
まず、第一にどうして白雪を待っているかのように待ち構えて居たかという素朴な疑問だった。周囲の〝幻獣〟よりも遥かに強い黒龍だが、周囲に暴れた形跡は一切ない。人を大勢殺しても全く可笑しくない黒龍が殺していないのだ。
〝幻獣〟は大型の物になると意識を持っている。それは、自分で考えて自分で行動する力の事を指し、周囲に居る〝幻獣〟は意識を持っては居ない。無自覚に人間を襲う化け物なのだ。
だが、〝幻獣創造〟により、生み出された黒龍は意識を持っている……だからこそ暴れなかったのかもしれない。私が来ることを理解していたからこそ、余分な力を使わなかったのかも……という仮説するが、納得するには情報が足りない。
そして次に、先ほどから禍々しい気配を感じてはいるが、それと感じる魔力が見合って居ないような気がするのだ。確かに周囲の〝幻獣〟より魔力を多く持っていることは認めるしかないが、それでも何か可笑しいと感じてしまう。
「この感覚が正しいのかさえ理解出来ないけど……不思議だわ。何か私達は重大な事を見落として居る可能性があるわ……〝幻獣創造〟さへも気が付かない重要な事を……」
今の白雪にはそれぐらいしか理解出来ない……けどれ、白雪ほどの召喚者が感じた違和感に近い存在が、ただで終わる事など決して無い。白雪自身も、少しだけそう思っているからこそ、深く考えてしまう。取り返しの付かないことになる前に気が付きたいからだ。
もしかするとさらに大勢の人間を殺してしまう可能性が捨てきれないから……いや、それだけではないと白雪には確信めいた何かがあった。
「放置しておくと、私達にも被害が出来る……それも取り返しの付かない何かが起きてしまうほどに……」
白雪がこうして考えている間も、黒龍はずっと停止したままこちらを見ている……けれど死んでいる訳でもなく、ただ、こちからの動きを観察するかのようにずっと見ているのだ……それがさらに白雪に違和感のような物を植えつける。
「まぁいいわ……今考えても何も分からないし……想像してたよりも強くないから直ぐに殺すわよ?」
白雪はワザと挑発するように……相手に分かるような声で発する。目の前に居る〝幻獣〟が意思を持っていることなど白雪は容易に理解出来ていた。こうして白雪が来るのを待っているかのようにしているのだから少し考えれば分かる話だ。
だが、それだからこそ白雪はこのような言い方をしたのだ……今抱いている違和感を少しでも確信あるものに変えるために挑発するような口ぶりで言ったのだ。
待ち構えていた〝幻獣〟だが、白雪が目の前に来ても大した反応は見せなかった。黒龍なので表情などは一切読めなかったが、それでも何かしらの行動をしてきても可笑しくないはずだ。
しかし、何も行動してこなかった……白雪が考えている間も行動をしなかった……普通であれば気を抜いたように見せていた瞬間なのだから決定的な瞬間に映るはずだ……だが、それでも何もしてこなかった……いや、出来なかったのではないか?と仮説したのだ。
「だけど、その仮説は正解だったようね……」
白雪が明確な殺気を込めると同時に黒龍は巨大な咆哮を上げ、街中に声が響き渡る。白雪の耳には遠く離れた人間が、驚いている声が多く聞こえている……だが、幸い近くには人間の気配は無かった。
「やっぱり、何か予想外の出来事は起こっている可能性が高い……」
白雪が確かめたかったのは、どうすれば黒龍が行動を見せるかということだった。目の前に居ても行動を見せなかった黒龍だ。普通にしているだけでは攻撃してこないと予想した……であればどうすれば攻撃してくるかと考えて殺気を込めることにした。
魔力を込めて殺気を放てば効果的だが、今回だけは純粋な殺気だけを込める。人というのは敵対している相手や、殺したい者に出会うと自然に殺気をこめてしまうものだ。だからこそ、純粋な殺気をこめた……それが正解だった。
白雪の勘は大体正しい……この〝幻獣〟が何かあるというのも間違いない……そして今回の殺気に関しても何一つ間違っていない。〝幻獣〟は純粋な殺気で相手を攻撃するようにされているのだ。
これは〝幻獣創造〟以外の召喚者が仕組んだことだ。そして、この事実を〝幻獣創造〟自身も全く知らないことだった。創造した本人が知らない所で他の召喚者が関与しているのだ。
「何か他の思惑が絡んでそうね……でも、とりあえず、殺して〝魔術閉鎖空間〟を使えるようにするわ」
そう言うと白雪の気配が一瞬で変化する。〝雷光武具変生〟が展開され、足に雷光の羽が生える。強大な魔力が放出されて周囲に雷光が迸る。体には雷光で創られた武具が装備させられ、さらに白雪の力が増す。
手に持っている鎌にも雷光が纏い、それだけではなく、白雪の体全てを薄く纏うようにして雷光が甲高い音を立てながら迸る。まさに、雷の化身という言葉が相応しい姿だった……現在確認されている召喚者の中ではもっとも強力な雷使いの召喚者だ。
「いくわよ……弱くされている〝幻獣〟なんて全く怖くないわ」
黒龍が魔力を収束するのを感じた白雪は一瞬で移動した。口を大きく開け、魔力を集める黒龍だが、圧倒的の速度が足りなかった……今相手にしている召喚者は〝雷光武具変生〟を使う白雪なのだ。純粋な速度で勝てる召喚者などこの世界には存在しない。
そんな相手に魔力を溜めるという行為がどれほど危険かなど考えなくても分かる。一瞬動きを止める収束では、速度で勝てない白雪を捉えることは決して出来ない……黒龍が白雪に勝てる道理など存在しなかった。
白雪が地面を蹴り、動くと同時に黒龍は白雪の姿を完全に見失った。本来の力を発揮出来ていない黒龍は速度を追うことなど当然出来なかった。仮に全力だとしても姿を目で追う事は決して出来なかっただろう。
収束した魔力が黒龍の口に集まってくるが、既に遅かった。雷光を纏った鎌を軽々持ち上げ、黒龍の上に移動していた白雪は手始めに雷光を直接放出し、黒龍は収束させていた魔力が消えた。
咆哮を上げた黒龍は、背後に感じた白雪の気配を追って、予備動作無しで黒く太い尾を振るったが、当然白雪はそこには居ない。雷光の羽が生えることで短時間であれば空も支配することが出来る白雪は、空中でも移動できる。
空気を蹴り、前に回りこんだ。白雪の速度に全く対応することが出来ない黒龍は再び姿を見失う。魔力を追って行動を予測すればいいが、白雪は移動する際、最大まで魔力を下げることで予測させないようにしている。
魔力を下げているので、移動中に攻撃が当たれば体に直接的な負担が大きい。しかし、圧倒的な速度を出すことが出来る白雪だからこそ、魔力を最大まで下げても問題ないのだ。速度で相手を上回っているからこそ出来る芸当だ。
鎌を構えて、雷光が迸る。放出されている雷光が黒龍の動きを完全に止め、巨大な体はただの止まっている大きな的になっている。命中させることは容易だ。
「はぁぁぁぁ!!」
声を上げると同時に全力で鎌を振るった白雪。回避することすら出来ない黒龍の皮膚からは体力の鮮血が飛び散る。周囲にも飛び散り、建物などを溶かす。強力な酸が含まれているため、体に付着するだけで怪我に繋がる。
大量に浴びてしまうと、動けないほどの傷を負ってしまう。しかし、白雪にとって血が飛び散る瞬間など止まって見える。鎌を振るった瞬間に空気を蹴って移動し、もう一度鎌を振るう。
咆哮とは違い、悲鳴を上げているような声を上げる黒龍だが、白雪の攻撃は止まらない。二度、三度、四度と鎌を振るい、分厚い皮膚を容易に切り裂いてしまう。
咆哮を上げ、力を振り絞る黒龍だが、白雪も最後の一撃に備える。鎌に魔力を集め、この一撃で殺すつもりだ。
一度地面に着地、再び鎌を構えてから地面を蹴る。雷光の速度で加速した白雪は黒龍の目で追うことは当然出来ない。だが、白雪には黒龍が止まって見えている。
「終り!!」
鎌を振るい、雷光を放出させると黒龍は悲鳴を上げて地面に落ちる。胴体は真っ二つになり、血が飛び散る。飛び散る血を一滴も浴びることなく、地面に着地し、〝第三次開放〟を解除する。
「やっぱり、弱体化されているわね……されていなくても結果は変らなかったと思うけど、今よりは苦戦したはず……一体だけがこんなことを」
〝幻獣創造〟が自分で弱体化させる事は決して在りえないと白雪は考えている。それもそのはずだ。〝幻獣創造〟からすれば〝魔術閉鎖空間〟を使用できなくしているのだから弱体化させる意味は無い。
他の罠がある可能性も捨てきれないが、可能性は極めて低いと白雪は踏んでいる。
「とりあえず、今は〝幻獣創造〟を倒すことにしましょう……」
地面を蹴り、移動始める白雪。関わっている召喚者が何者かもしらずに……。




