デートの約束
谷崎と別れた俺は教室に向かう。先程、チャイムが鳴り響いたとの同時に、別れたのだ。あいつも授業に出る必要があるだろうし、俺も出なければならない。
分岐点のことを教えてくれた谷崎に報告するだけの予定だったが、全然違う方向に話が進んでしまった。
白雪をデートに誘う……先のことが分かる 谷崎から言われたことだ。今の気まずい雰囲気を解消するにはもう一度告白するしかないということ谷崎は言っていた。
「告白なんて、されたこともしたこともないぞ……」
今まで人を本気で好きになったことなんて無い。大切な人と好きな人は似ているけど、全く別物だろう。凛奈は大切で家族のような存在だった。白雪に抱いている気持ちと凜奈に抱いていた気持ちは全く別物だった。
魅力が無かった訳ではない。それとは全く逆で魅力がありすぎるほどだった。俺のことをいつも優先してくれて、家庭的で、なにより可愛かった。スタイルも良くて欠点なんて俺には見当たらなかった。
たまに無防備な姿と見ると心臓が跳ね上がることも数え切れないほどあった。けれど、凛奈は大切な家族のようや存在だったのだ。
「俺が好きになったのは、紛れもなく白雪だ。それは、誰に言われても、否定されても決して揺らぐことがない」
そんな白雪と分岐点前のような関係に戻れるならなんでもしたいと思っているが、なんせ経験が無いのでどうすることも出来ない。仲の良い友達も居ないから相談するとことできない。
ふと、自覚すると俺は凛奈と白雪以外に信頼していた人は周りには居ないと気付かされてしまう。ここまで、友達を作っている暇など一切無かった。偽りの願いを追い求めることで精一杯な状態だった。
そもそも、召喚者である俺達に深く関わると、普通の生活は送れなくなってしまう。人間が経験することがないような世界を好き好んで経験したい奴など決していないだろう。俺と関わるだけで良くない。
「いや、それはいい訳だ。召喚者になる前から俺には凛奈しかいなかった。それに、ローネとは仲良くなろうとした。単純に怖いに違いない」
また、ローネと時のようなことになるのが。自分と全然関係ない人を信頼することが、怖いのだ。たぶんこれは、召喚者になってから余計に深まったに違いない。自分のせいで関係のない人間を巻き込むのは申し訳ない。
「それよりもどうするか……白雪をデートに誘う方法が、全く浮かんでこない。そもそも、デートってどうすればいいんだ?何をしたらデートになるんだ?」
女の子と一緒に遊びに行ったりすることを人はデートと呼ぶらしいが、それは何度もしている。凛奈とも何度も行ったし、白雪とだって行っことがある。たが、それはデートと呼ぶことに間違いはないのだろうか?心の中では意識していたかもしれないが、自覚は無かった。
本気で好きな相手と一緒に出かけることなど今まで経験したことはない。自覚していなかった頃は別としても、今は白雪が好き好きだと自覚している。平常心でいることなど不可能だろう。
「ああ!!どうしたらいいんだ!!!!」
頭を掻き毟りながら大声で叫んだ。今まで悩んだこともないようなことを考えている状態なので、全く考えがまとまらない。経験や、知識として持っていれば別だろうが、そんなもの一切持ち合わせていないから余計にまとまらない。
ドラマなどでは全く参考にならないだろう。ネットで調べてもいいが、実際に行わないことにはどうすればいいかも理解出来ないだろう。
「俺の青春って、灰色だったんだな……」
召喚者になる以前も、今と似たようなものだった。友達は凜奈以外は存在せずに、誰に頼る時は常に凜奈だった。話すことはしていたが、本音を語れるような相手は人物はほとんど居ない。今と一切変っていなかった。
「おい!うるさいぞ!!!早く自分の教室に戻れ、霧沢!!」
他クラスの教室前を通って居ると、扉が開くと同時に大声が廊下に響いた。太い声に、顎に髭を生やした奥谷先生だった。数学の教師の先生だが、少し怒りやすいことで有名な先生だ。
「お前の灰色の青春なんてどうでもいいから、教室に戻れ!」
授業中で静かだった廊下に奥谷先生の大きな声が響くため、左右隣のクラスからも先生が出てくる。たぶん、大声を上げているので、何事かと思って出てきているのだろう。
「すいませんでした!!」
完全に俺に非があるので、ここは素直に謝っておく。だが、クラスメイトや同学年に晒し者なので、自分の教室まで走り出す。
「あ、おい!霧沢待て!」
俺の呼び止める声が響くが、流石に授業中なので追いかけては来られないようだった。なので、軽く流すように走って自分の教室に入る。
「霧沢……また遅刻か……前は朝が弱かったのに、今は昼に弱くなったのか?」
先生の嫌味に俺は少しだけ頭を下げて、席に向かう。その途中で視線を感じたので振り向いてみると、白雪が肘を突きながらこっちを見ていた。目線があると同時に頬を少し赤くしてそっぽ向く。可愛らしい仕草だが、本音を言えば普通に話せるようになりたい。
「まだまだ先は長そうだな……」
白雪をデート決行日は今週の土曜日……つまり明日ということになる。律儀に谷崎の言うことを守らなくてもいいのだが、ここで長引かせてしまったらずるずると長引いてしまう。当事者以外の人が決めてくれた曜日でなければ、ずっと明日こそは……明日こそは……と、結局何週間も同じ、気まずい関係のままという結果になってしまうだろう。
今の態度を見る限り、白雪は恥ずかしがっていることは明らかだろう。俺も、今は普通で居られるが、いざ白雪を前にすると全く話すことが出来なくなってしまう。人見知りのように会話は続かなくなるのだ。
まだ、一日も経過していないので、気持ちの整理がつかないのは当たり前だが、俺だって男だ。女の子に背中を押して貰って、行動しないということはしたくない。ましてや、好きな子と一緒に居たいという思いが強くある。
最低でも以前のように……もっと欲を言えば、仲良くしたい。戦争中でそいれどころではないというのは充分に承知している。だが、それでも好きな子と仲良くしたいと思うのは仕方ないだろう。
「霧沢……そんなに桜のことを見つめてないで、早く席に座ってくれ。授業が始められないんだが……」
教室中で微かに笑いが起こる。先生に言われて初めて気が付いたが、俺はずっと白雪を見ていたようだ。白雪自身はさらに頬を赤く染めて、林檎のように真っ赤になっている。顔は普段通りを装っているが、明らかに照れているのが確認出来る。
席に座り、机の中に手を入れる。教科書を取ろうと探していると、封筒が一枚入っていた。封はセロハンテープで止めてあり、見た目は先生から配られた書類のように見える。だが、右下に、〝桜 白雪〟と綺麗な字で書いてあるのを見つけ、周りを見渡す。
白雪の方に顔を向けると、顔を赤くして俺の見つめていた。目があると、またそっぽ向いてしまった。
(この封筒は間違いなく白雪のだな……)
強い視線を感じたので間違いないだろう。となれば、この灰色の封筒に入れられているのは白雪からの手紙ということになる。このセンスの無さからこれは悪戯でもなく、本人からだと自信を持って言える。
周りには気が付かれないように、封筒を空ける。普通に空けてしまうと、音で周りに不審に思われてしまうので、魔力を使い空ける。白雪からの初めての手紙ということで、ゆっくりと大切に空ける。
普通の封筒を空けるのに三十秒ほど経過し、中身を見ると、ルーズリーフを折り曲げた紙が一枚は入っていた。封筒だけではなく、中身の白雪らしさが出ていて、少しだけ笑みが零れる。
(一体何が書いてあるんだ……まさか、召喚者関係のことか?)
その可能性が限りなく高い。今は気まずい雰囲気になっているので、手紙で内容を伝えようよいうことなのだろうか?それとも、俺が期待している内容なのだろうか……?
ルーズリーフを開くと、そこにはボールペンで一言書いていた。
〝放課後、屋上に来て〟と書いてあった。字が震えていることから、緊張して書いたのだと汲み取れる。それが、俺にはたまらなく嬉しかった。
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二時間しかない授業だが、永遠のように長く感じられた。まるで、時間が止まってしまったかのように一分が長かった。授業の内容など一切頭に入ってこなかったが、放課後になった。
白雪はHRが終わると同時に走り出し、居なくなった。先に屋上に向かったのだろう。
「俺も行くか……」
教室からクラスメイトが居なくなると、席から立ち上がる。騒がしかった校内は、部活動の声しか聞こえなくなり、青かった空は、真っ赤に染まり始めていた。行くにはちょうどいい時間だろう。
鞄を持ち、教室を後にする。俺が最後なので、電気もしっかり消し、戸締りも完璧だ。心臓が、爆発しそうなほどに暴れまわっている。何か動いていないとずっと白雪のことを考えている。
今から屋上に向かうのが、楽しみな気持ちと怖い気持ちが戦っている。何を言われるか分からないので、行きたくないと頭が言っているのに、何を言われるか楽しみにしている部分も存在する。
「結局行って、話しを聞いてみる他にないか……」
誰も居ない廊下を一人で歩く俺。夕日が窓から見え、学園全体だけではなく街全体を赤く染める中、俺は屋上の前に立つ。到着したはいいけど、扉を開くことが出来ない。一歩が踏み出すことが出来ない。
白雪も、扉の前で立ち止まっている俺の気配には気が付いているだろう。今日は全く余裕なさそうな様子だったが、召喚者と戦っている白雪にすれば、余裕が無くても気配が分かるはずだ。
一切の警戒もなしに近づいてくる気配など、人間でも気が付く可能性がある気配だ。それを〝第三次開放〟に至っている白雪が気が付かない訳がない。在りえないことだ。
「…………」
右手をゆっくり、ゆっくりと伸ばす。ドアノブを右に捻って、力を込めれば扉は簡単に開く。全く力を込めずに開くはずの扉が、今、この瞬間ではとてつもなく重く感じる。とてつもなく、高い壁のようにも感じる。
一捻りで、白雪と会えるというのに、一日話しを出来ないだけでも寂しく感じるほどの相手と話しが出来るのに、扉を開くことが出来ない。ほんの数秒で会えるというのに、前に進むことが出来ない。
「俺は何をやっているんだ?」
結局のところ、〝第三次開放〟に至っても至らなくても、根本的な所では何も変化はしてないのだ。召喚者に覚醒する前と、覚醒していない普通の人間だった頃からも変化はない。
〝第二次開放〟になり、魔力が増えても、〝第三次開放〟になり、〝魔女狩り〟から〝魔法狩り〟に変化しても、心にある弱い部分は全く変化しいない。一歩を踏み出す勇気が存在していないのだ。
誰かの後押しがなければ、重要な場面ではいつも悩む。〝約束〟を通じて、白雪の想いは知っているはずなのに、こうして躊躇っているのがその証拠だ。結局、確証が無ければ俺は動くことが出来ないのだ。
「けど、扉を開けるしか……」
右手で握っているドアノブを強く握り、深呼吸をして数回する。深く、深くまで息を吸い、吐き出す。それを数回やると決意は固まった。
「どうにでもなれ……」
決心も付き、扉を開ける覚悟もした瞬間に、握っていたはずの扉が勢い良く開き、俺は吹き飛ばされる。
「いつまで待たせるのよ!!なんで、扉の前でずっと待っているのよ!一人で、屋上に居る気持ち考えななさいよ!!」
先ほどまで、目を合わせるだけで頬を赤く染めていた白雪の姿はなかった。扉を勢い良く開け、目の前に立っているのは、紛れもなく昨日までの白雪の姿だった。夕日に照らされて居る白雪の姿は幻想的だった。
「そもそも、一応私も女の子なのよ?そりゃ、小さくて、召喚者である部分をいつも隣で見ていたら見えないかもしれないけど……こういう場面では、女の子を待たせては行けないって、ネットにも書いてたのに……」
「ごめん……」
普段通りの白雪に見えたが、頬は赤く染まっていた。夕日と被って分からなかったが、良く見たら頬が赤い。それと、ネットで白雪がそういうのを調べていることが以外だった。
「それはもういいは……それよりも、早くこっちに来て。今は屋上に誰も居ないから、話が出来るわよ……」
背中を向けて外に出る白雪の後を追いかける。夕日に照らされている屋上に二人っきり、谷崎から言われていたデートのことを思い出し、決意を固める。今言わなくていつ言うのだ。
こんな場面で言えないようじゃ、今後絶対に言うことは不可能だろう。デート予定日は明日なのに、ずっと先になってしまう。もしかして、一生来ない可能性も無くはない。
「それで、話なんだけど……」
先ほど白雪は言っていた。こういう時は女の子を待たせては行けない……と。なら、このタイミングは決して駄目だ。このタイミングで、女の子に言わせるようなら男失格だろう。
好きな女の子に先を越されるなど、決してあってはならない。常に女の子は受身であければならないだろう。召喚者であろうが無かろうが関係ない。白雪が女の子だということに決して変りはない。
「私ね……」
「白雪!!」
言葉を遮るように大声で名前を呼ぶ、そして同時に強く抱きしめた。
「え……?何これ、どうなっているの?」
抱きしめた白雪は、困惑していた。だが、決して嫌がっている様子や雰囲気は感じなれなかった。むしろ、白雪も腰に手を回してくれているので、受け入れて貰っているのだろう。
「ちょっと待ってくれ……」
抱きしめた体は華奢で強く抱きしめると壊れそうだった。ガラスのように繊細に感じ、だけど、触れている部分はとても熱を持っていた。
綺麗な白銀の髪からは、俺からでは決してしないいい香りがし、小さい体は、余計なお肉は付いていないにも関わらず、とても柔らかかった。男と女の違いを感じた。
「俺とデートしよう……前に動物園に行った時と違う、本物のデートをしよう……」
仕方など全く知らない。経験など全く無い。けれど、白雪と出かけることに意味があるのだ。好きな人とならどこに出かけても、何をしていてもきっと楽しいはずだ。
経験の無い俺には何も分からない。けれど、それは白雪だって同じだ。今までずっと、召喚者として戦ってきて、母親の蘇生させるために戦ってきていた白雪がこの手のことを知っている訳がない。
全く同じならそれでいい。一歩ずつでも互いに知っていけばいいのだ。何も知らない二人で、少しずつ知っていけばいい。一緒に体験していけばきっと恐れることなど何もない。
「うん……私も海人とデートしたい。一緒にお出かけしたい……」
腰に回した手で強く抱きしめてくる白雪。俺はそんな白雪が愛おしくて仕方なかった。だけど、今はする時ではない……しっかり、告白して、想いが伝わった時でいいはずだ。
こうして、俺は白雪とデートをする約束とした。




