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誓い(海人)

「お前には願い以上に大切な物があるだろ……なのにどうして気が付かない。考えればすぐ理解出来ることになのにどうして分からない」


 俺には願い以上に大切な物など思い浮んでこなかった。今までずっと願いを叶えるために命を掛けて戦ってきた。大切な幼馴染を失っても尚、その願いを捨て切ることが出来ないほどに大切な願い。


 胸の中の大部分を占めている思い。それは今も全く変化はない。クリスが言っていること聞いても尚、全く変化は訪れていない。だが、微かに……ほんの微かに胸の中にしこりがあるのも感じる。今までになかったしこり……全く理解出来ない自分とは正反対で、理解出来ている部分があるようにも感じるしこり。


 このしこりが、クリスが言っている答えなのだろうか……。願い以外に大切な物が見つからない俺だが、胸のどこかでは見つかっているのだろうか。だが、今の俺には見つからない。願いを込めて戦う以外に方法はない。


 逸らした視線を戻し、立ち上がる俺。谷崎が言っていた分岐点というのは間違いなくこれのことだろう。クリスが言っていることに気が付くかどうか……これが死ぬか生きるかを決める。


「お前の想いを剣に込めろ。私も胸にある想いを込める」


 剣を構えるクリスに、俺も正面を向きながら構える。速度や経験は俺の方が遥かの上だろう。魔力を最大限に込めて戦えばまともに戦える可能性は高い。だが、俺は正面から戦うことを決めた。ここで逃げる訳には行かなかった。


 クリスの想いから逃げるなど問題外だった。俺は、クリスの想いを理解したい。どうして、あれほどの重さの剣を放てるのかを理解したい。そして、俺も放てるようになりたい。これから先を戦い抜くには必要だと思うから。


 地面を強く蹴り、一歩踏み込む。剣道のような間合いに立つ俺とクリスは、魔力ではなく想いを込めた剣を振るう。胸の中にある願い……〝みんなが笑顔で入れる世界〟という願いを込める一撃。


 甲高い音が鳴ると同時に俺の剣は軽く弾かれる。だが、諦めずにもう一度振るうが、それでも弾かれる。今まで戦ってきた想い……命を掛けた戦ってきた意味を込める。願いを叶えるという想いを込めて剣を振るう。


「お前の想いはその程度か!軽い……軽すぎる!!」


 だが、何度込めても弾かれる。両手で振るっても片手で軽々弾かれてしまう。俺の剣が新聞紙を丸めて作った紙の剣であるかのように軽く弾き、想いの強さを見せ付けられる。


 正面から向き合っても尚、クリスには俺の剣は一切利かなかった。技術面でも圧倒的に負けている俺だが、想いでも圧倒的に負けている。いくら剣を振るっても紙のように弾き返される。


「剣はこうやって振るんだ!!」


 上から勢い良く振り下ろす剣を軽く弾いたクリスは、目を瞑り、剣に触れた。周りの空気が一瞬で変り、足に力を込めて衝撃に備える俺。目を開くと同時に上から振り下ろされる剣を防ごうとするが、甲高い音が鳴ると同時に俺は地面にひれ伏す。


 体全体に今まで感じたことがない衝撃を味わい、地面が大きく陥没する。俺にはクリスの想いが込められた剣を弾くことなど出来ない。クリスが言っている意味すらも理解出来ない俺には、この重さの剣を弾くことなど出来る訳がない。


 ひれ伏す俺を見るクリスには失望が浮んでいる。軽すぎる剣に失望している証だろう。


「お前はまだ気が付かないのか?願い程度の想いでは私の剣を弾くことなど不可能だ。ましてや、私に一撃を与えることなど持っての他だ。お前の剣は何もpこもっていない。偽りの想いなど込めても剣は重くはならないということがまだ理解出来ないのか……?」


 一体どんな想いを込めれば剣が重くなるのか理解出来なかった。願いを叶えたいという想いでは剣は重くならないということははっきりと理解している。だが、俺にはそれ以外込める物などなかった。


 今まで願いを叶えるという想いがあったからこそ、何度も召喚者と戦い、そして生き残ってきた。〝魔術蒼石マテリアルブルー〟を四つ所持している。まだ願いを叶えるには足りないが、初めに比べると近づいてきている。


 目的を叶えることが出来る状況が近づいているのに、クリスが現われたことにより、願いを叶えたいという想いだけでは勝てないという現実を突きつけられている。否定したいが、結果が今の状況だ。俺はクリスに手も足も出ない状況だ。


「俺に一体何を望んでいるんだよ……そんあ中途半端な言い方じゃ何を伝えたいのか理解出来ない……。直接的に言えよ。俺に何を望んでいる!どんな想いを込めることを望んでいるんだ!!」


 大声を上げながら立ち上がり、クリスに向かってデタラメに剣を振るう。クリスが言っていることを理解出来ない苛立ち……そして何より、弱い自分に対しての苛立ちを発散するように振るう。


 剣に込めるのは想いではなく、大量の魔力。力に任せ、クリスに剣を振るうが、意味は無かった。大量に魔力を込めても、力に任せて剣を振るっても、まるで意味がない。軽く弾かれてしまう。


「なんだよこれ……」


 自分が出せる魔力の最大限を出し切っても軽く弾かれる。今までも魔力を込めても全く意味が無かったことは経験したことがあるが、それはその時よりも状況が悪い。


 魔力には魔力も持って対抗するのが一番有利だ。最大限の魔力を込めたのであれば、それ以上の魔力を込めれば簡単に防ぐことが出来る。だが、クリスは一切魔力をこめずに防いだ。今まで戦ってきた召喚者でもしてこなかったことを容易にしてしまったのだ。


「魔力を込めてどうにかならないことなど理解しているだろう……?」


 最大限に魔力を使えば勝てると思っていた俺は本当に甘かった。力に任せればどうにかなると心の中では思っていた俺は本当に甘かった。クリスの想いというのは魔力ではどうすることも出来ない物なのだ。


 魔力で与えられる重みでは、クリスの想いが込められた剣を防ぐことは出来ない。弾き返すことは出来ない。想いというのは魔力すらも超えているのだ。力技でどうにかなる者ではない。


「どうして気が付かない……普通であれば気が付くだろ……私は今まで一回も見失わなかった。ずっと胸の中には一つの想いがあった。それは、人間だった時から見失わなかった想い……召喚者になってからさらに加速した想い……」


 クリスの瞳は遠くを見ているように思えた。ここではない遠く……それは距離の遠くではなく、今では戻らない時間の遠く……過去の見ているように見える。決して戻らない過去を見ているのだろう。


「大切な物というのは失って初めて気が付く物だ……私は失う前からずっと気が付いていた……だが、人間だった私にはどうすることも出来なかった。手遅れになってから行動することしか出来なかった。それが、今の状況だ」


「…………」


「お前は、私と同じ道を歩こうとしている。あの時こうして居ればよかった……もし、ああしていればこうはならなかったのではないか?という後悔がずっと胸の中に残る苦しみを味わうぞ。私がどうであるようにお前の同じになるぞ」


 クリスは言っている意味は理解出来なかった。だが、何を言いたいのか納得することは出来た。クリスは後悔しているということだ。そして、俺は同じ道を歩こうとしているということ。


「ここまで言えば理解出来るだろ?お前の願いは一体何だ?〝みんなが笑顔で居れる世界〟というくだらない願いか?いや、違うだろう。今まで戦ってきた理由など明確なはずだ」


「うるさい!!!」


 まるで子供だった。認めたくたくなくて、怒りに任せて剣を振るう。クリスは悲しい目をしながらも俺の剣を軽く流す。正面から剣を力に任せて振るう。まるで、子供が駄々を捏ねているようだと自分でも思う。でも、そうせずには居られなかった。


「お前は誰のためにその剣を振るってきた!?今だって誰を想って剣を振るっている!!」


 そんなことは既に気が付いていた。誰のために剣を振るっているかなど自分の胸が叫んでいる。だが、それを認めたくなかった。だって、それはあいつの願いを否定するのと同じだから。俺とあいつは同じ気持ちになることはないから。


 クリスは剣を振るう。上から振り下ろすように振るい、想いをこめた一撃が襲う。だが、俺はそれを受け止めた。地面が陥没し、威力は全く衰えていない……いや、上がっているにも関わらず俺は防いだ。


「後悔するぞ!失ってからでは本当に後悔するぞ!!今、胸に居る奴を守らないと一生後悔するぞ!!」


「そんなこと言われなくても分かっている!!!」


 体勢が崩れないように両足に力を込めて、クリスの剣を弾く。今まで弾き返すことが出来なかった剣を、弾き返すことが出来た。胸に居るあいつを自覚したらさらに力は沸いてくる。


「でも、あいつの想いを否定することは出来ない!!守りたい奴が分かっても認めたくない!!俺にはもうあいつしか居ないから!!」


 今まで一番大切だった幼馴染を無くして、悲しみにくれて居る時に声を掛けてくれた。そして、もう一度前に進む決心をさせてくれた。ずっと、隣で戦ってくれた。俺には一人しか居なかった。


 願いなど、本当はどうでも良かった。いや、初めは確かに願いを叶えることが優先だった。願いを共に叶える存在だからこそ、一緒に戦って、そして守ろうと想った。けど、最近は違った。


「俺は願いを叶えるよりも守りたいを想った!!願いを叶えるために守ろうって思っていたのに、今は願いを関係なく守りたいと思っている!!」


 クリスが振るう剣が軽く感じてきた。今までは防ぐことすらも出来なかった一撃。だが、今は防ぎ、流すことが出来る。それとは対照的に、クリスは今まで簡単に防ぐことが出来ていた俺の一撃を防げなくなっている。


「だったら!お前の胸に居る大切な存在を守り抜ける力を証明して見せろ!!!私にそれを見せろ!!〝第二次開放セカンドアクセス〟も高みに上ってみせろ……〝第三次開放トリプルアクセス〟に至って見せろ!!!!」


 叫び声と共にクリスの剣は再び重くなる。剣の重量は全く変化はしていないだろう。〝魔女狩り〟の俺が魔力を全く感じないということはクリスは魔力を使っていないだろう。だが、クリスの剣は重くなった。まるで、クリスの言葉と共鳴するように。


 想いをこめた一撃というのはそういうものなのだろう。心の持ち方一つで、重くも軽くもなる。だからこそ、常に胸の想いを抱いていなければならないのだろう。決死揺らぐものでなければ許されないのだろう。


 俺の願いというのはいつも揺らいでいた。〝呪縛歌ナイトメアソング〟に世界の意味を見せられた時も揺らいだ。凜奈が死んだ時にも願いは揺らいだ。そして、いつもあいつが……白雪が戻してくれた。


 召喚者までなって叶えたい願いをいつも戻してくれたのだ。少しの衝撃で揺らぐ願いをいつも白雪が揺らがない物にしてくれた。白雪は自身の願いを揺らがしたことなど無いにも関わらず、俺はずっと揺らいでいた。


 〝みんなが笑顔で居れる世界〟を創りたかったのは心からの本心だ。凜奈が応援してくれて、白雪がいつも元に戻してくれた願いを叶えたいと思っていたことも偽りのない事実だ。


(俺はいつから変ったのだろうか……)


 いつから〝みんなが笑顔で居れる世界〟という願いよりも、白雪を守りたいと思っていたのだろうか。クリスが言っていた言葉に対して、しこりがあったのはきっと今胸を占めている想いがそうさせたのだろう。


 俺はいつからか、白雪を守りたいと思っていた。それは、初めから一切変化はない。だが、守りたいの意味が変っただけ。一緒に願いを叶える立場に居るから守りたかったのか、一人の女の子として白雪を守りたいと思ったのか、守りたいという想い事態に一切の変化はないが、大きな変化はあった。


(白雪はこんな俺を否定するだろうか……)


 〝みんなが笑顔で居れる世界〟という願いは何度も揺らいだが、白雪の〝母親ともう一度暮らしたい〟という願いは揺らがなかった。俺の願いは何度も揺らいだが、白雪は揺らがなかった。それほどまでに大切な願いだったのだろう。


(何度も揺らぐだけではなく、願いを捨ててしまった俺を否定するだろうか……?あるいは、俺に失望するだろうか……)


 クリスと剣を交えながら頭の中は白雪で占めていた。白雪のことを考えていると、クリスが振るう剣が紙のように軽く感じてしまう。クリスは、俺と戦っている時、こんな想いを抱いていたのか……。


「っ!!なんという重い剣……これが、〝魔女狩り〟が想いを込めた剣……。私の想いよりも遥かに……」


 クリスは思った。これが、死んだ者を想っているクリスと、今まで一緒に死線を潜り抜け、支えあって来た者の気持ちの差なのだと。いつまでも過去に囚われている私はいつまでたっても、生者を想っている者には勝てないということを理解した。


 何度も剣を振るうクリス。だが、もう意味がないと海人だけではなく、クリス自身も自覚していた。この生者を想う思いには勝てないということを理解しているからだ。


(俺は白雪のことが……)


 俺は自覚した気持ちを再確認しようと心の中で呟こうとした。今まで認めようとしなかった気持ちを今なら認めれるような気がしたからだ。だが、それはある現象によって遮られる。


(私……海人のことが……)


「え?」


 俺は剣を振るうのを止めた。一体何が起こったか理解出来ないクリスは、戸惑いながら俺を見るが、今の俺はそれどころではなかった。聞こえた声、感じた想い。それは間違えるはずもない白雪の物だ。


「一体どうななっているんだ……?」


 白雪の想いが心の中に流れてきたような気がする。それだけではない、声が聞こえた。まるで近くに居るかのように響く声……だが、白雪の気配は近くでは感じない。だが、確かに聞こえた。


(私は願いより……お母さんも大切だけど……海人の方が……)


 聞こえる声。クリスに視線を向けるがクリスは全く聞こえていないようだった。未だに俺が攻撃をやめたことに戸惑っているように見える。だが、俺は今はクリスのことなどどうでも良かった。それよりも、もっと大切な気持ちを知ってしまったから……。


「ああ……白雪も俺と同じなんだ……」


 今までの不安が全て解消されるような思いだった。白雪に否定されたり、失望されるかもという最も恐怖であった不安は俺の一人よがりの不安だった。頭では分かっていた。白雪がその程度で否定や、失望をする訳がないと。けれど、分かっていても不安に思ってしまうのは仕方がないことだ。たった一人……俺には白雪しか残っていない。


 それほどまでに大切な存在に、否定や失望をされるかもという思いは心の爆弾になっていた。不安になっても仕方が無かった。けれど、今理解出来た。それは俺の考えすぎだということを。


 白雪の気持ちが流れてきて、確信した。俺達は全く同じ気持ちなのだということを。


「良かった……」


 自然と笑みが零れると同時に変化が起こった。右手の甲に示された魔法陣……約束エンゲージを結んだ証である魔法陣が強い光を放った。一番は初めに約束を結んだ時より、強い想い。それが、二人の召喚者を高みに上らせる。


「この輝きは……」


 クリスは呟いた。握っていた剣を落とし、魔法陣から放たれる輝くに目を奪われていた。まるで、全てを悟ったような顔をしている。だが、同時に達成感に満ち溢れた顔もしている。


「ああ……私の役目は終わったな……ニールも良くやった……」


光に包まれる俺は、白雪の想いを感じ取れる。同時に白雪も俺の想いを感じ取れるはずだ。それは、紛うことなき、本当の想い。心からの想いだと理解出来るし、して貰えるはずだ。


 光が一段と強く輝きだす。そして、今までに感じたことがない力と魔力が湧き上がってくるのを感じた。俺は全てを理解する。


「現われるぞ……本物の〝魔女狩り〟と〝三日月雷鎌ライトニングムーン〟が……。現われる……先代を遥かに凌ぐ召喚者が……〝第三次開放〟という高みに至った召喚者が同時に二人も……」


 クリスは海人から爆発的な力を感じ取っていた。先ほどとは別次元の力と魔力。世界最強レベルの召喚者の力を感じ取っていた。


「俺達は勝者になる……白雪と新しい願いを叶えるために」


 その願いは言葉を交わさなくても理解出来るはずだ。今の状態であれば全て伝わってくる……伝わるはずだ。


 ここで、〝約束エンゲージ〟は〝誓い〟に変る。


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