剣の重み(海人)
視界が歪むと同時に東京に移動した俺は、現状を全く把握仕切れて居なかった。数メートル離れた場所に居るのは、白雪と知り合いであるクリスと呼ばれていた老人だ。
だが、ただの老人ではないのは体つきや、〝魔術閉鎖空間〟に居ることから明らかだった。目の前に居るのは召喚者……だが、今まで戦ってきた召喚者よりは劣っていることは理解出来た。
今までは〝第三次開放〟という高みに上った者や、膨大な魔力を持った召喚者と戦うことが多かった。戦争に選ばれた召喚者というのは皆強い。だが、クリスは明らかに劣っていた。
魔力は勿論のこと、気配なども今まで戦ってきた召喚者に比べると取るに足らない相手だというのは理解出来る。だが、一瞬で場所を移動したり、接近されても全く気配がなかったことは何をされたのか理解出来ない。
俺達が居た場所から東京までは一瞬で移動できる距離ではない。白雪が全力で移動したとしても数秒は軽く掛かるだろう。しかし、クリスが使った魔法は一瞬で移動した。高速で移動出来る速度があるようには見えないということは、何かしらの魔法を使われたということになる。いや、それ以外ありえないだろう。
「状況が読み込めていないようだな……」
足元に魔法陣が浮びあがると同時に、クリスは武器を召喚する。白い光と共に浮ぶシルエットは、俺と同じ剣だった。俺も武器を召喚するために魔法陣を展開させ、武器を召喚する。
召喚者としての差があるため、先に召喚を始めたクリスより俺の方が召喚する速度が速い。〝魔女狩り〟を召喚すると、相手の行動に備えて剣を構える。同時にクリスは右手に剣を持ち、全貌が明らかになる。
俺にはクリスが持っている剣が何か判断することは出来ないが、渦を巻くように魔力をが渦巻いていることは確認できる。〝魔女狩り〟より多くの魔力を纏っているので、魔法専門の剣なのだろう。
「俺の剣は〝魔法剣〟だ。見て分かると思うが、直接戦うための武器じゃない。魔法専門の武器だ。それも、特定の魔法しか扱えないという不便な武器だ」
クリスも召喚者であれば、相手に情報を与える危険性を知っているはずだ。俺の様子を見れば剣のことは無い一つしらないことなど想像できたはずだ。だが
クリスは教えてくれた。俺には理解出来ない行為だ。
「どうして説明してくれる……?いちいち相手に情報を教えることなんてないのに……」
俺は気になってしまい聞いてしまった。敵であるクリスと不用意な会話はするべきではないのだが、魔力や気配では判断出来ない何かがあるのではないかと思ってしまったからだ。今まで俺が知らないだけで、違う召喚者が居る可能性がある。
「別に教えたことで意味はないからだ。俺の剣は直接戦闘向けではない…・・・それは魔法も同じだ。集団であれば絶大な効果を発揮するが、一対一の戦いであれば全くの効果を出すことが出来ない」
話しを聞きながら相手のイメージを固めていく。直接戦闘向けではない剣に、魔法も戦い向けではない。嘘を付いている可能性は否定できないが、情報がないため信じる他ないだろう。実際に襲ってきても、俺は〝魔女狩り〟だ。魔力であれば全て切り裂くことが出来る。〝第三次開放〟の使い手でない限り大丈夫だろう。
「どうして、急に東京に飛ばされたか知りたいか?」
「教えてくれるなら……」
〝魔術閉鎖空間〟の中なので、俺達以外居ないのが違和感だが、ここは間違いなく東京だろう。圧倒的な高さを誇るスカイツリーが見えることもありが、テレビなどで見たことある光景だからだ。
仮に幻などで東京に来たように見せていたとしても、魔力反応で直ぐに分かる。だが、全く反応が無いのでここは本物の東京ということだ。〝魔術閉鎖空間〟を解除したら大勢の人が歩いているだろう。
「俺の魔法は空間を弄る魔法だ」
「空間を弄る魔法……」
初めて聞いた魔法だが、どんな物かは想像できる。そして、一瞬で東京に移動ぢたことも納得できた。単純に空間を弄って、元居た場所から東京にしたのだろう。俺と白雪を引き離すために。
「そうだ。気配無しで接近出来たのも、〝空間操作〟という魔法があったからだ……だが、便利な魔法ではない。条件として、〝魔術閉鎖空間〟以外では全く発動することが出来ない。後、弄れるのは自分が知っている場所限定だ。もし、知らない場所に移動すると、方角が可笑しくなったりして、別の場所についてしまう」
自分の魔法を教えるクリスに焦りなどは一切感じない。召喚者であれば絶対に話したがらない自分の情報をどうでもいい内容のように話すクリスに、俺は警戒心を強める。何かあるのではと深く考えたてしまう……だが。
「俺はこれ以上ないもない。だから警戒しなくても隠していることは無いもない」
「だったら話して良いのかよ?自分の魔法を全て話すなんて、弱点を晒すような物だ。それを信じろと?」
今までと違う系統の召喚者であるクリス。魔法壁を展開して、物理防御をする〝小鳥の箱庭〟とはまた別の系統。空間を自由に操れる能力は、クリスが言ったように、集団であれば絶大な効果を発揮する。
空間を移動させ、一人の召喚者を集団で狩ることが可能な能力だが、今の状況では全く効果を発揮しない。他の召喚者が隠れている可能性は捨てきれないが、少ないだろう。
「信じなくても良いが、事実だ。それを信じるか信じないかはお前次第だ〝魔女狩り〟」
普通であれば信じない。まず、相手が知らないことを理解していながら自分のことを教えるなどという行為はしない。それが、嘘であってもボロが出る可能性があるからだ。
しかし、淡々と話すクリスは嘘を言っているようには見えない。だが、本当のことを言っているとしても納得は出来ない。教える必要性が全く持ってないからだ。デメリットは存在しても、メリットがない。俺の〝魔女狩り〟としての能力を知らない訳がない。そこは、仕方ないと思っているが、仮に知らない相手が居れば俺は教えない。
召喚者であれば誰でも知っているような内容であってもだ。しかし、〝空間操作〟という便利とは言えない魔法を、それも武器にはならないという魔法をワザワザ公言する理由は一体何だ?殺し合いであるからこそ、深く考えてしまう。
「くだらないことを考えている暇があったら、そろそろ始めようか……」
クリスの気配が変った。今まで全く気配がなかったのに、明確な殺気を向けられているのが理解出来る。東京に飛ばされる前に、クリスは俺達を殺すと言っていた。そうなれば、谷崎が言っていた分岐点というのはここだろう。
なぜ、クリス達が襲い掛かってくることを知っていたのか?という謎はあるが、あらかじめ知っていたので、俺は思った以上に落ち着いている。相手の方が格下なのは俺でも理解している。だが、油断は一切しない。
殺しに来るというのであれば、俺も本気で戦う。俺には叶えたい願いがあるのだ。命を掛けてまで、人間をやめてまで叶えたい願いがある。それを叶えるまでは絶対に死ぬことは許されない。
「お前達は何も見えていない。大切な願いも、大切な物も一切見えていない。このままでは戦争の勝者になれないことを教えてやる。そして、ここで大切な物を思い出させてやる」
クリスは剣を構える。纏っている魔力が強くなると同時に、クリスは駆け出す。だが、完全に目で追える速度。今まで白雪の速度を近くで見ていた俺には遅すぎる速度だ。このまま防ぐことも可能だが、俺は仕掛ける。
地面を強く蹴り、一蹴りで距離を縮める。だが、本気で加速した訳ではない。相手の実力に合わせて目で追えるほどの速度で接近したのだ。クリスが動きを捉え、剣を振るうと同時に地面を蹴り、加速する。
動きに慣れた目で、速度を上げると一瞬消えたように映る。そして、一瞬だけの隙を作るのだ。自分で作った隙は相手にとって予想外な動きになる。俺はこれを狙ったのだ。
大きく振るった剣は風を切り、誰も居ない場所で音を鳴らす。その時既に俺はクリスの背後で剣を構えていた。それも、上から振り下ろす一撃ではなく、死角からの攻撃。魔力が無ければ俺の剣で斬ることは出来ない。クリスの言葉を信じるなら、この戦いでは〝魔女狩り〟としての効果を発動させることはないだろう。そうであれば、接近戦で叩く以外の方法はない。
死角からの一撃は、クリスの動きを鈍らせる。直ぐに反応して、俺の場所に気が付いたが、筋肉が遅れた一瞬が命取りになる。致命傷を負わすことが出来な無くても、傷を負わすことは出来ると確信した一撃は、予想外にも弾かれる。
油断していた訳ではない。ただ、クリスの剣捌きが俺の想像以上だっとというだけだ。あえて前に出ることによって、俺から距離を取り、出る工程で俺の詳しい位置を確認。右足を軸にして回転し、俺の死角からの攻撃を容易く防いだ。
〝魔法剣〟に触れたことによって、纏っていた魔力は完全に消える。だが、剣自体が消える訳ではないので、甲高い音が鳴ると同時に俺はさらに踏み込む。
あの一瞬で、俺より剣捌きがうまいことは理解した。小細工しても防がれてしまうと理解したのだ。そうであれば、正面から攻める。踏み込み、クリスとの距離を縮め、左右上下に剣を振るう。闇雲に振るうのではなく、隙を作り出そうとするが、相手の方が一枚上手。すべて簡単に防がれてしまう。
だが、クリスは俺を攻撃してくる暇はない。何度も何度も振るうことによって、防がれては居るが、攻撃されることもない。魔力を込めて振り下ろすと同時に甲高い音がある。クリスは魔力を込めて重くした剣でさえも簡単に弾き返す。魔力がどれほど劣っていても剣術だけは完全にクリスが上だ。見習いと騎士ほどの差が空いているように感じる。
「すごい……」
俺は剣を振るいながら声に出してしまった。今まで戦ってきたどの召喚者よりも剣術がすごい。単純な召喚者としての実力は俺の方が上。だが、それを全く感じさせないほどの剣の腕前。ここまでくるのにどれほど剣を磨いてきたのかなど想像の出来ない。
だが、負ける訳には行かない。すごい相手だからこそ越えていかなければ戦争の勝者になることは出来ない。これを越えることが出来ないのであれば、これから戦う召喚者に勝つことなど出来ない。
剣を上下左右に揺さぶりをかけながら振るう。戦いというよりも、剣を振っているだけのように見える光景。だが、何度も何度も剣を振るうい、クリスに隙が出来ることを祈る。もし、攻められたら勝てる見込みがないから……。
右足を踏み込み、体重を乗せて剣を振るう。魔力も先ほどよりも多く乗せることによって、剣の威力を上げる作戦だが、それも片手で弾かれてしまう。まるで、俺の剣が紙くずのように軽い物のように弾かれてしまう。
剣を振るい始めてから数分が経過した。以前として全く進展はしていない。何度か仕掛けても簡単に防がれてしまう俺の剣。一方、攻撃をさせないためにずっと剣を振る続ける俺。だが、変化が訪れる。
「いい加減仕掛けるか……」
剣がぶつかり合い、甲高い音がすると同時に、クリスは前屈みになり、右足で飛び上がって俺の背後に着地した。今までずっと同じ展開だったので反応が遅れた俺は隙を作ってしまう。
背後に剣を振るうことにより、流れを作らせないようにしようとしたが、遅かった。クリスが振り下ろす剣は俺の剣とぶつかあり、甲高い音を立てると同時に俺は地面にたたきつけられた。
「……!」
たった一撃で全てを崩された俺は死を覚悟した。だが、追撃はなく、気配が遠くなるのを感じる。目線を向けると、剣を構え、止まっているクリスの姿が目に映る。
「一体どういうことだ……どうして攻撃してこない……」
立ち上がり、剣を構えて睨む俺の殺気を軽く流すクリス。先ほどは絶好のチャンスだった。俺は殺される覚悟をしたにも関わらず、クリスは攻撃すらしてこなかった。
「情けをかけた訳ではない……ただ、実力を測っていただけだ」
殺し合いで相手の実力は測るなど、普通はすることではない。様子見をすることはあるかもしれないが、明らかに俺の方が劣っていた。それは、俺自体が認めているので事実だ。クリスは一番理解しているだろう。数分間も俺に剣を振らせる必要など全く無かったはずだ。
「お前は一体……」
俺はクリスという召喚者が何を求めているのは理解出来ないでいた。先ほどの様子であれば、いつでも殺すことが出来たはずだ。だが、俺に一撃を与える所か、ずっと様子を見ていた。俺にはその心理は理解出来ない。
「どうしてお前は俺に勝てないか理解していないだろう……?だが、俺はさきほどの打ち合いで全て理解した。お前が勝てない理由も、どうしてお前の剣はそれほどまでに軽いのかも全てだ。普通に考えれば〝第三次開放〟という高みに上った召喚者と戦って勝利しているお前より、私が強い道理などないはずだ。実戦の差も違う。だが、勝てない……」
確かに、俺は今まで多くの死線を潜ってきた。手を抜いて勝てる相手など一人も居なかった。〝第三次開放〟という化け物とも戦って勝利している。普通であればクリスに負ける道理はない。〝第二次開放〟にすら至っていない召喚者に負けるなど本来であればありえない。
だが、俺はクリスに手も足も出なかった。このまま続けても勝てる見込みは少ない。魔力を使わない相手など初めてだ。〝魔女狩り〟もただの剣になってしまう戦いなど経験したことはない。けれど、普通であれば負けることは少ないはずだ。だが、勝てない。
このまま続けても勝つことは難しい……だが、しかし……。
「俺には叶えたい願いがあるんだ!負ける訳には行かない!!」
普通では叶えることができない願いを叶えるために俺は人間をやめてまで、戦っているのだ。生半可な気持ちじゃない。心から願っている願いを叶えるまでは負ける訳には行かない。
「それは〝みんなが笑顔で居られる世界〟か?」
なぜ、知っているのか分からないが、聞いても仕方が無い。
「ああ、俺はそれを叶えるまで……」
「本当にくだらない願いだ。だからお前は私に勝てない。そんな軽い剣しか振るうことが出来ないんだ」
クリスは剣を構える。俺も構え相手を見据える。この願いが万人に理解させるとは思っては居ない。だが、願いというのはそういう物だろう。他人から見たらくだらない宝物に見えるかもしれないが、本人にとっては宝石に代わる。今まで生きていた経験や、体験で変化する物だ。願いというのはそういうものだろう。
「お前の願いは本当にそれなのか?赤の他人を笑顔に変えることなのか?」
「ああ……俺の願いはそうだ。みんなを笑顔にする世界に変えるんだ!」
これは紛れもない本心だ。今までこの願いのために命を掛けて戦ってきたのに嘘であるはずがない。誰にもそれだけは否定させない。
「そうか……だからお前の剣は軽い……大切な物を見失っているから!」
駆け出すクリスに体が反応する。先ほどのように手数で攻めても意味が無いことは理解している。そうであれば、攻撃を防ぎ、一瞬の隙を攻める作戦に変更する。
接近してくるクリスを迎え撃つように構える俺。剣を振り上げ、振り下ろすと同時に俺は、剣に魔力を込めて迎え撃つ。クリスに魔力反応はない。これを受け止めて隙を作ろうと考えたが、またしても失敗する。
剣が甲高い音を立てると同時に、凄まじい衝撃が全身を襲い、地面にたたきつけられる。俺が居た場所は少し陥没し、クリスの一撃がどれほどの威力だったのかを証明している。
「今のは一体……」
魔力をこめた形跡もなかった。だが、クリスの剣は異常な重さがあった。魔力など関係ない、何か別の重みのある剣。先ほどの一撃を防ぐ方法は今の俺には全く見つからない。
地面にひれ伏す俺を、見下すように見つめるクリスの目には強い思いを感じた。俺は一瞬だが、その想いに恐怖をした。
「お前の剣はあそこまでの重みを出せるか?お前はこの想いを受け止めることが出来るか?」
「…………」
答えることは出来なかった。なぜなら答えなくても答えは変らないからだ。俺にはクリスが放った剣の重みを出すことは出来ない。受け止めることすらも出来ない。それほどに重い一撃だった。
「もう一度聞く。お前の願いは本当に〝みんなが笑顔で居られる世界〟なのか?赤の他人の笑顔を望むのか?」
俺はクリスから目を離すことは出来なかった。クリスは本当に大事な物を抱えていると理解出来たから、そして、俺が強くなるためには絶対に避けては通れない道だったからだ。だが、答えは変らない。
想い一撃で痺れる手足を奮い立たせ、立ち上がる。足は痙攣し、手は痺れて剣を握ることが困難な状況だ。想像を絶する重さに召喚者の体だというのに耐え切れて居なかった。
「俺の願いは……〝みんなが笑顔で居られる世界〟だ!!それだけは譲れない!!!」
痙攣する足を無理あり動かし、両手で柄を持ち、剣を振るうがクリスは片手で軽々弾く。俺の剣は軽すぎると言わんばかりに。
「軽すぎる……剣というのはこうやって振るんだ!!」
振りかぶった一撃。魔力を込めて再び受け止める体勢に入るが、甲高い音と共に全身に凄まじい衝撃が走り、地面にひれ伏す。再び地面は陥没し、全身が痺れて動けない。あまりにも重過ぎる剣。今まで戦ってきた召喚者よりはるかに強い。
「なんで、こんな……」
理解が出来なかった。どうすればこれほどの剣を……一撃を放てるのか。今まで戦ってきた召喚者の誰よりも重い一撃。通用してきた攻撃がまるで通用しない強さ。そして何より、俺より劣っていると思ってしまったこと。
クリスという召喚者は俺より全て勝っている。魔力など関係ないというのを証明している。体現している存在。今の俺には勝てる見込みはゼロに等しいほどだった。
「剣の重みは想いの強さだ。魔力や質量など関係ない。振るう一撃にどれほどの想いを込めるのかで重さは変化してくる。そして、これが俺の想いだ。お前のふざけた願いなど取るに足らない想いだ!」
「想いの強さ……」
人間をやめて、命を掛けて戦ってきた想いですらも勝てない想い。俺には想像も付かなかった。あんな一撃を放つことなど出来やしなかった。
「込めてみろよ!お前の本当の想いを!そして、私に理解させてくれ……お前の想いの強さを」
ひれ伏す俺を睨むように見ているクリス。今の俺には正面から受け止める勇気はなく、クリスから目を逸らした。




