終わる季節(白雪)
白銀に輝く剣……〝クラウ・ソラス〟を鞘から抜いたニールはゴミを見るような目をしながらゆっくりと白雪に迫る。体に強い攻撃を受け続けたばかりではなく、正確な判断力を失っているためにさらにダメージは蓄積される。
意識的にも無意識にもダメージを軽くしようと普段ではするのだが、正確な判断を失った白雪には出来ていなかった。体が無意識に反応する防御というのは自分が思っている以上に効果は大きい。
人間は反射的に、顔にボールが飛んでくるのを守ろうとする。自分の意志とは関係なく体は動き、痛みを少しでも和らげようと行動する。だが、今の白雪にはそれが出来ない。判断を失っていることにより、飛んでくるボールを無防備に受けるか、あるいは逆に突進して威力を上げてしまっている。
その結果が今の状況だ。最小限にしていればまだ充分に戦えているはずの白雪は体が動かない。無理に動かなさなくては立ち上がることも困難な状況に陥っている。
だが、人間の身でありながらニールはほとんどダメージを負っていない。既知感という本来であれば稀に起こるか起こらないかの現象を常に発動させていられる。さらに、雷速に近い動きで動く白雪の動きを目で追えている。
どこに攻撃が来るか理解でき、動きが見えている攻撃を回避することなどニールには難しいことではない。〝壊れ者〟と呼ばれている本質を充分に見せ付けて、召喚者を圧倒している。
「くそ……」
近づいてくるニールに呟いた白雪。無理に体を動かし、立ち上がる。鎌を構え、魔力を流して雷鳴を放出させる。体に纏う様に放出された雷鳴は、普段であれば防御にも使える代物だ。
だが、相手が悪い。敵は普段発揮する能力など関係ない。なぜならニールの体は雷にも反応するからだ。
人間の反射は本来であれば目に物が映ってから0.3秒という脅威の速さで反射を発動させることが出来る。飛んでくるボールから直ぐに体を動かせるのはそのためだ。だが、見えたからといって雷を反射で回避することは出来ない。
それも、自身を直接狙ってくるならば余計に回避出来ない。しかし、ニールは人間離れした動きで可能にしている。本来であれば不可能なことを問題なく出来るのだ。
いくら体に雷を纏おうが一緒だ。当たらない物ほど意味が無い攻撃など存在しない。それも罠ではなく、純粋な攻撃であれば一層のことだ。
「立ち上がったか……だけど、一緒だ。キサラ……お前では俺には勝てない……」
「まだわからないでしょ……?私は生きているわよ?」
「だが、動くのもつらい状況だろ?」
ニールの言う通りだった。体は重く、岩のように動かない。足は震え、全身は傷だらけだ。立っているだけで辛い状況。誰が見てもニールが優勢なのは間違いない。だが、白雪も負ける訳には行かない。負けられない理由が存在しているのだ。
命を落とすことは問題はない。その覚悟はしている。だが、願いを叶えるまでは死ぬことは出来ない。絶対に死ぬことは出来ない。
「私はお母さんを生き返らせる……!そのまえにはこんな場所で死ぬ訳には行かないわ!」
強い決意を胸に白雪は殺気を込めて相手を見つめる。体は傷だらけで立っているのがやっとの状態だが、戦意だけは失っていない。それは、ニールにも充分伝わった……が、ニールは退屈そうな目をしていた。
「それでは勝てない……キサラ。一体何を目標にして戦ってきていた?願いは一体何だ??そんな願いじゃないだろ。そんなくだらない願いじゃないだろ?もっとあるだろ……唯一一つだけの物が……」
ニールが一体何を言っているのか理解出来なかった。だが、ニールは白雪の願いを否定してくることは理解出来る。しかし、ここは怒りに任せて行動しては行けないと白雪は心に言い聞かせる。
少し話しをすることによって落ち着いた白雪。さらに、深呼吸をして失って居た判断力を取り戻そうとする。自分が、どうしてここまでのダメージを負ったのか理解しているからだ。
「私は……お母さんを生き返らせる以外に願いはないわ!大切な物はそれしかないの!!それ以外なら全てを捨ててもいい!!!」
「嘘を付くな!!」
大声を上げて、地面を蹴ったニールが、白雪の視界から消える。召喚者でも目で追うことが出来ないニールの動き。人間など軽く超越している。これが、人類が行き着く進化の先だと思わせるように超越している。
目で動きが負えない以上、勘で回避するしかない。だが、勘で回避して避けれる攻撃だとは白雪とて当然思っては居ない。それは、少しでも対峙した白雪が一番理解していることだろう。
直感で理解していた。ニールという人間は今まで戦ってきた召喚者より強いと。〝第三次開放〟という高みに上った召喚者でもニールに勝つことは困難であるということを。
だからこそ、自分一人では勝つことが出来ないと理解出来る。だが、同時に決して負ける訳には行かないという想いが噴出す。願いを叶えるまでは決して死ぬ訳にはいかないという想いが噴出す。
瞬間移動をしたかのように背後に姿を現したニール。姿を負えない白雪には成すすべがない。〝クラウ・ソラス〟の軌道は白雪の首を捉えている。心臓と首というのはどの生き物にとっても弱点に成しえる。
当然、人間とは全く別である召喚者とてその部分は変わりない。当たれば一撃で殺すことが出来る。不老不死で無い限りこれで終りだ。だが、故に動きは読みやすい。心臓と首……白雪は首を狙ってくることに掛けた。
剣を振るったと同時に、白雪は体勢を低くした。少し膝を曲げただけだが、軌道は首から少しずれる。風を斬る音でニールが背後に居ることを瞬時に判断をして、鎌で剣を防ぐ。
甲高い音がすると同時に白雪に衝撃が走る。ニールの剣はとてつもなく重かった。重量の問題ではないのは充分に理解出来た。しかし、それ以外のことは一切理解出来なかった。
「なんで……っ!」
予想を遥かに超える威力に吹き飛ばされる白雪に、覚めた目で見るニール。既知感で判断出来る故に今の展開も全て知っていた。どこかでみたことが合ったのだ。件が防がれることは初めから理解してた。そして、剣が重いと驚いていることも知ってた。
充分な距離が取れたことを確認した白雪は、地面に鎌を刺して威力を殺し、相手を見据える。顔には驚愕の色が浮んでいた。あまりにも重い一撃だったからだ。
「剣が重かったか?当たり前だ。だが、お前にはこの一撃は放てない。くだらない願いを抱えたお前には……」
白雪は内心焦っていた。相手が予想以上に強いことにではなく、相手が、自分のことをすべて知っていることに焦っていたのだ。自分の心まで読まれているような感覚に焦らない召喚者など存在しない。
一方、白雪はニールが言っていることが理解出来ない。全て理解することが出来ない。攻撃を読まれていることや、どうして心の中を覗き込まれているのかさえ理解出来ない。それに、一番理解出来ないことは……。
「あんた……さっきから何言っているのよ……」
ニールが言いたいことは理解出来る。私の〝母さんを生き返させる〟という願いがくだらないといいたいのだということは。だが、全く本質が見えてこないのだ。願いなど、人によって様々だ。
他人がどうでもいいや、くだらないという願いでも本人にとっては重要なことだったりするからだ。例えるなら、ずっと今まで平和に暮らしてきた家族。毎日両親に色々言われ、嫌気がして二人いなくなれば言いと考えている人からすれば、白雪の境遇はまさに天国になる。
だが、それは両親が居ない辛さを知らないから言える言葉だと理解している白雪からすれば、立場を代わってほしい、ふざけたことを言うな、など共に理解出来ない願いになる。
だが、ニールが言っていることはそうではないとなんとなくだが理解出来る。根本的に考えていることが違うとなんといなくだが理解出来るのだ。だが、今の白雪にはそれが何か理解出来ない。
再び視界から姿を消すニールに構える白雪。先ほどの攻撃を防ぐことが出来たと考えている白雪は、また掛けに出る。殺すと言っていたニールは、確実に殺しに来ると判断する。
殺すためには急所を狙うのが一番だ。そして、先ほどは首。同じ攻撃をしてくるとは考えずらい。一度見せた攻撃は白雪からすればチャンスに変る機会が多いからだ。今度は心臓を守るための行動を取る。
だが……。
「行動が遅い……」
行動をする前に体に痛みが走った。体に剣が触れた瞬間に、地面を蹴ったために傷を負うだけで済んだが、体に肉が切れた跡が残っている。多少の血が流れるが、気にするほどでもない。だが、ニールにとっては大きすぎる隙だった。
痛みが走った体は本人の意思とは別に防衛本能が働く。反射などと同じで、熱いと手が感じたら勢い良く引っ込めるのと変りはない。痛みが走ることにより隙が出来た。普通であれば気にも留めないような隙。しかし、見逃してくれるほど相手は甘くはなかった。
地面を蹴り、一瞬で距離を詰めてくるニール。回避するために後ろに飛んだために空中に浮いている白雪。速度は相手の方が上、力も相手の方が上、全てに置いて白雪はニールに負けている。
さらに、空中に居ることによって回避出来る体制に持ってくことは不可能に近い。ニールを襲う既知感も、白雪は攻撃を回避出来ないと見せてくる。今まで外れたことが無い既知感は、ここでも外れない。
悪あがきで雷鳴を放出させるが、来ると分かっている攻撃に当たる訳もなく軽々回避されてしまう。だが、ニールは回避するために一瞬だけ空中に浮いてしまった。白雪には完全に隙に見えた。
だが、それは隙ではなかった。しかし、ニールが誘い込む罠で作った隙でもなかった。事実、隙と思ったのに白雪だけで、ニールからすれば空中に浮いたのは問題では無いのだ。
全体を包むように放出する雷鳴。蜘蛛の糸のように細かく放出された雷鳴には回避する隙間は無い。回避する方法が唯一あるとすれば、それはさらに上に飛び上がるだけだった。だが、空中でもう一度飛び上がるなど白雪の常識では不可能だった。
初めて攻撃が当たると思った白雪だが、ニールはありえないことに回避した。土台など無いもない空中で二段飛びとして雷鳴を回避したのだ。
「っ……!」
不可能だと思っていたことを目の前で行うニールに、驚きのあまりに声さえ出すことが出来なかった。どうやって行ったなど考えもつかなかった。ただ、驚いたという表現以外できなかった。
人というのは力を加えるときに筋肉に信号を送り、行動する。召喚者だって、人間だってそこは分かりは無い。信号を送る速度には大きな差は存在するが、体の作り事態は一緒だ。だが、召喚者では空中で飛ぶなどという行為は出来ない。だが、〝壊れ者〟と言われる人間には軽く出来る事だった。
やり方は単純だ。しかし、単純だからこそとてつもなく難しい。普通であれば不可能だと口を揃えて言うほどに難しい。
体の筋肉を動かしたのだ。縮めた筋肉を一瞬で伸ばすことにより、土台が無くても飛ぶことが可能なのだ。原理は簡単だが、力を入れるほかに筋肉を動かすのは難しい。縮めたり、伸ばしたりを自由にするのであれば尚更だ。出来ないことはないが、普通では不可能な芸当。〝壊れ者〟は伊達ではない。
雷鳴を空中で回避したニールはさらに、筋肉を縮め、引き伸ばし白雪に接近した。右手には〝クラウ・ソラス〟を握っており、接近してくる。回避することが出来ない一撃。ニールは、白雪目掛けて一刺しした。
「ぐぅっ!!」
〝クラウ・ソラス〟で横腹を刺された白雪は激痛に声を上げる。体に刺さった剣を持ち、引き抜こうとするが、さらに奥に突き刺す。このままでは死ぬと核心した瞬間に、剣を離すニール。
空中で体勢を変え、首目掛けて蹴りを入れると同時に、体を向きを変えて突き刺さった〝クラウ・ソラス〟を抜き、地面に着地した。飛ばされた白雪は、成すすべもなく地面に激突し、口から血を吐く。
刺された場所から血が滝のように流れ、止まる気配はない。手で押さえることにより、少しでも血を止めようとするが、穴が空いているため止めることは出来ない。激痛により、立つことが困難な状況だが、寝ている暇はないため、我慢して立ち上がる。
「はぁ…はぁ…はぁ」
息が上がっている白雪に対して一定のリズムで呼吸をするニールは、余裕の色が窺える。本気の充分に出し切っていないようにも見える。
「自分の常識が他人の常識だと思うな……常識って言うのは埋め込まれるものだ。だからこそ、常識を超える動きをした時は相手は対照できない。召喚者の戦いというのはそういう物ではないのか?」
「うるさいわね……」
何も言い返せない白雪は強がる以外の方法は無かった。だが、それを理解出来ているニールは何も言わない。
「弱いな……本当に、どうしようもないほどに……本来であれば俺なんかに負けるようでは駄目だ。戦争の勝者になることなど不可能だ」
「そんなことわかって……」
「分かってない。全く分かっていない。自分達がどれほどまでに弱いか……そして〝魔術蒼石〟を持っている召喚者がどれほどに強いか理解していない……」
ニールの目には恐怖が感じとれた。一度だけニールは自身から〝第三次開放〟という高みに上った……さらに〝世界融合〟という確認されている中では世界で三人しか存在しない強者と戦ったことがあるのだ。
「一度だけ見たことがある思うが、〝世界融合〟の使い手は伊達じゃない……圧倒的に強い……俺なんか足元にも及ばないほどにな……」
白雪は北海道で見た水瀬の戦いを思い出していた。〝第三次開放〟の高みに上った召喚者の中でも最強レベルの二人の戦いを、そして〝世界融合〟という未知の力を思い出していた。見た時は勝てる相手ではないと瞬時に分かった。同じ召喚者でもこれほどまでに強い相手が居ることを実感させられた。
「俺が戦ったのは〝死者軍勢〟だ。自由に死者を操ることが出来る召喚者……〝瞬間放火〟〝零世界〟〝死者軍勢〟……三人の〝世界融合〟の使い手の一人だ……」
〝死者軍勢〟……白雪は初めて聞いた名前だった。だが、ニールから恐怖を感じ取れる白雪は、〝死者軍勢〟が恐ろしく強いということだけは容易に理解出来る。自分が手も足も出ないニールが勝てないのだったら自分には到底勝つことが出来ないと理解出来る。
「このまま進めはお前たちは戦うことになる……勝者になることは不可能だ。俺に勝てないようでは……お前の願いが本当は何なのか理解していなければ……」
「私の願いは〝お母さんを蘇生〟させることよ!それ以外にないわ……」
激痛に耐えながらも言う白雪。だが、ニールはその答えでは納得しないことは充分理解していた。今までもそうだったように……。
「言い方を変えようか……お前は一体誰のために戦っている?」
ニールの言葉に、白雪は頭が真っ白になった。願いを叶えるために戦っている白雪なのだから、当然母親のためと答えるの当然なのだが、この時の白雪は衝撃を受けた。
「今まで誰のために命を掛けて戦ってきた?」
ニールの言葉は白雪の頭の中に魔法のように入り込む。今まで戦ってきた理由など一つだろう。願いを叶えるために決まっている。〝母親を蘇生〟させるという願いがあるのだから母親のためだろう。
「いつも、お前を守ってくれたのは誰だ!?」
この時、ニールには既知感は起こらなかった。今まで全てのことに対して感じていた既知感。何をしても何を食べても新鮮な驚きなんて何ひとつなかったニールは初めて既知感から脱した瞬間だった。
白雪の答えは既知感では判断出来ないのだ。それは、今までに過ごしてきた時間が物を言うからだ。攻撃してくる場所やタイミングなどはたいしたことは無い。だが、人の決断などは決してみることは出来ない。既知感という物はそういうものだと初めて知った。
「お前は一体誰のために戦ってきた!?誰を守りたかったんだ?深く覚えていない母親?違うだろ!!」
ここで白雪はニールが今まで言いたかったことを理解した。どうして、白雪がニールに手も足も出なかったのかも理解した。全ては覚悟を決めていなかったからだ。過去にすがり付いて、今を見ていなかったからだ。
死者を蘇生させることは冒涜だと理解していた。だが、どうしても思い出を今に持ってきたかった。死んだ人だと認めたくなかった。どこかでまた、交われると信じていた……お母さんと一緒に過ごした季節は終わったのだ。
「誰の顔が浮んだ!?戦っている理由はなんだ!守りたい奴は誰だ!?今まで隣に居たのは誰だ!母親ではないだろ!?」
地面を蹴り、一瞬で距離を詰めるニール。だが、白雪の頭にはニールの言葉が魔法のようにリフレインしていた。そして、同時にある一人の顔が浮んで、ずっと離れなかった。
「ありがとう……私目覚めたよ……」
今を見ない瞳には辛い過去しか映らない。ずっと過去しか見て居なかった白雪が些細な言葉で今を見始める。ずっと、気が付いていながら見ていなかった今を見始める。
ニールが言っていた言葉で浮んできた人物は全て同一人物だった。叶えたい願いは変化していない……これから変化させていくのだ。母親と暮らした季節は通り過ぎた。
一直線に剣を振るってくるニール。軌道は当たれば一撃である首を目掛けて剣を振るう。鎌を握る力が強くなり、約束を結んだ証である手の甲にある魔法陣が熱くなる。
白雪の頭に浮んでいる顔は母親ではなく……海人だった。季節は終り、新しい季節に変化する。




