分岐点
特訓をしているせいか、少しだけ遅く起きてしまった俺達は、朝行くのではなく昼に特訓することに決まった。四時限目を終えると昼休みがあるので、その時間を使い特訓をする予定だ。、
いつも凜奈と集合していた場所で集合し、学園に向かう。徒歩五分という短い距離だが、一緒に登校することが当たり前になっているという事実は少しだけ嬉しい。凜奈もこんな思いを抱いていたのだろうか。
時刻は七時二十分。ホームルームが始まる時間は三十分なので、教室に着くのはギリギリになる。学園に通っている生徒は全て寮暮らしなので、この時間に登校してくる生徒は多い。帰宅の時と登校時が一番寮前が賑わう時間滞だ。
遅刻しないために少しだけ早足で明日来ながら学園を目指す。白雪は相変わらず無表情だが、起きれなかったという事実が疲労を溜めているのは明らかだった。
実戦に近い形で行われている特訓では、白雪に勝てることはそう多くない。初めて回避特訓を行ってから二日目だが、手も足も出ない状態だ。しかし、実戦に近い形で行われている特訓なのだから疲労が溜まらない訳ないのだ。
召喚者の実力は白雪の方が上だが、肉体的には俺は男だ。負けているとはいえ、肉体的疲労は白雪に比べればマシだ。小さい体で、筋肉も俺より少ないのだから当たり前だ。
「どうしたのよ……」
「別に何もないが……」
眠そうに目を擦りながら言う白雪。歩きながら少し見ていたので不振に思ったのだろう。
「悪かったわ……海人はちゃんと起きたのに……」
「だからもう良いって。朝も聞いたし謝らなくても。俺も白雪が疲れているの分からなかったし……」
約束を結んだパートナーとして白雪の体のことは理解していなければならなかっただろう。特訓の内容も考えて、実戦に近い形で行われるのだから疲労は溜まる。そこに気が付けなかった俺が悪いのだ。
「それは隠していたから……」
「この話はお終い!それに今日はしっかり寝れたから行けるだろ?まだ眠そうだけどほとんど疲労もないだろうし」
人間とは疲労の抜け方が違う召喚者は少し寝ただけでマシになる。二時間ぐらい多く寝ることが出来た白雪は、寝起きで眠たそうにしているが、体の疲労は抜けているはずだ。
深夜まで内容を考えていることが、響いたのだろう。それが無ければ特訓での疲労はほとんど残らない。俺は、白雪に任せきりだったので、疲労は体から抜けている。今度からは交代で考えるようにした方がいいだろう。
下駄箱に到着した俺達は自分達の教室に向かっていると、こっちを見ている視線に気が付いた。学園という人が多いところでは視線を感じて当たり前なのだが、これは違う。
通り過ぎる時に視線を向けるのと、俺達しか見ていないのでは全く違う。そしてこの視線は間違いなく後者だ。誰かに見られている。
白雪も先ほどから気が付いているようで、視線を感じる方向を気に掛けている。少し前まで眠そうだった顔は普段通りに戻っている。これであれば昼からの特訓は問題ないだろう。
向けられてる視線は、俺達が遠回りしても追いかけてくる。ホームルームまで時間がないから遠回りしている暇などないのだが、視線を向けられていることが気になる。
ホームルームが近くなり、教室に生徒が入っている様子を確認してから、場所を移動させて屋上に移動する。
人が落ちないようにフェンスで囲われている屋上。ここは俺の中で最も思い出の場所かもしれない。凜奈と一緒に〝魔女〟と初めて接触した場所……凜奈以外の召喚者と初めて対峙した場所だ。
その頃は凜奈のことを召喚者ということは知らなかった。まだ、俺自身も覚醒前で普通の人間だった頃の話しだ。そして、白雪と出会うことで俺は召喚者になった。叶うわけないと思っていた願いを叶える機会が来たのだ。
〝みんなが笑顔で居れる世界〟という普通では不可能な願いを叶える機会がやってきた。あの当時は困ってる人を助けることしか出来なかった。自分が居る場所以外で困っている人を助けることが出来なかった。笑う者が居る隣では泣いている者が居る現実を変えることが出来なかった。
成功する者の笑顔と、失敗する者の泣き顔……。言葉などただの慰めにしか変らなくて、現実を変えることが出来ない。世界というのは平等になど出来ていない。だが、それを平等にする機会がやってきたのだ。
例え、それが壊れた世界だとしても、俺は心から決めている。決して変化することはないだろう。白雪と居れば、俺はもっと強くなれる気がする。二人で願いを叶えるのだ。
「それで、さっきからどうしたんだ谷崎?俺に何かようか?」
屋上の扉に立っていたのは、一年生の谷崎だ。ずっと、俺達を見ていたのは、谷崎だったのだ。
「いえ……少しだけ二人に話して置きたい事があって……けど、人前ですることは出来ないので……」
谷崎とは最近会っていなかったが、雰囲気が違うことは明白だった。いつもは羽のように軽い空気を纏っていて、誰からでも好かれそうな高校生という雰囲気なのだが、今は違う。
悲しい出来事……自分とって不幸な出来事や相手の心配をしてるような顔をしている。人前では出来ないといっていたので、重い話をするのかもしれない。だが、俺達に話す理由が分からない。
確かに話しをするが、関係は先輩後輩だ。強くなることで精一杯の俺は、最近困っている人を助けなくなった。願いを叶うことが出来ればという考えからどうしても後回ししてしまうことが多い。最近は話しもしていなし、見掛けすらもしなかった谷崎が、人前で言えない話とは想像が出来ない。
どきどきワクワクイベントではないのは雰囲気で理解出来る。それに隣に白雪が居ることも説明出来ない。もし、そいういイベントであれば俺一人だけにするだろう。
「それで一体どんな話なの?人前で出来ないって話……大体想像つくけどね」
「桜先輩が思っている通りです」
白雪には理解出来たようだが、俺には理解出来ない部分が多い……。白雪が関係していることから召喚者関係であることは明確だろう。白雪と谷崎が仲が良いなど聞いたことがない。そう考えると俺達二人に用事があることになる。
だが、どうして谷崎は、まるで白雪の心を読んだような言い方をしているのだろうか。「桜先輩が思っている通りです」という言い方は、俺には不自然に感じる。だが、白雪が気が付いていないようで、話は先に進む。
「召喚者関係ね……それで一体何なの?まさか、あなたの正体を教えてくれるの?」
「いえ……それは出来ません。私の意志では出来ないんです……けど、霧沢先輩と桜先輩……いえ、キサラ先輩が戦争を勝ち残るといずれ正体は分かります」
「っ!!」
白雪はひどく驚いた顔をしている。それにキサラというのは一体誰なのだろうか。俺の記憶の中では外国人と知り合いになった記憶は……。俺は、隣に居る白雪を見た。初めて出会った時から偽名だと理解していたが、困らなかったので聞くことを忘れていた。
キサラというのは白雪の本名なのだろう。だが、どうして谷崎が知っているのだろうか……約束を結んだ俺ですら知らないことなのに。
「あなた本当に何者なの?海人ですら教えていないのにどうして私の名前を知ってるのよ……」
谷崎は謎が多い。召喚者の存在を知っていながら魔力を感じることが出来るように見える。それと今回の誰にも教えてないことを知っていること……普通の人間ではないことは知っていたが、只者ではないような気がする。
「そのこともいずれ分かります……私の正体が分かれば自然に……」
「やっぱり教えてくれないのか?」
俺が聞き返すと、少しだけ悲しそうな顔をした谷崎だったが、直ぐに首を横に振り否定した。
「私の意志ではどうしようもありません……先輩も知ってるでしょ?私が頭が痛くなった時のこと。あれが襲ってくるから言えない……、万が一言えてもまだ言いたくない……敵になってしまうから……」
「?最後が良く聞こえなかった。もう一回言ってくれ」
召喚者である俺の耳にも聞こえないほどの声……本来であればありえないのだが、聞こえなかった。何か別の力が働いてるのかもしれない。
「それは別にいいんです!けど、今日はこれだけは言いたいんです」
真剣な顔つきになった谷崎は、胸に手を当てて深呼吸した。そして、俺達を見据えて口を開く。
「今日は先輩達の運命の分岐点になります。なぜ知っているのかは聞かないでください。答えることが出来ないので」
「運命の分岐点……?それって一体何なの?」
「今日は先輩達の分岐点です……戦争の勝者に一気に近づくか、それとも殺されるか……だから分岐点。私でもこれ以上のことはわかりません。けど、覚悟していてください。今日は、分岐点です……」
「殺されるって……戦争参加者に襲われるのか?それとも、何か別の……」
谷崎の言っていることが理解出来ない。どうして知っているのかも気になるが、それよりも分岐点という方が気になる。分岐点……勝者に近づくか殺されるかの分岐。後者はこの世界から消えることを意味している。
「教えることは出来ません……けど、今日は分岐点。それだけを覚えて置いてください。そして、決して逃げないで。戦争の勝者になるには必要不可欠なことだから……」
言い終わると、俺達に背中を向けて歩いていく。色々聞きたいことがあるが、聞けない。谷崎の背中からは絶対に答えてくれないという、確信を得られる何かを感じたためだ。
隣に居る白雪も、口を開こうとしていたが、俺と同じ何かを感じて閉ざした。うまく口では説明することが出来ない何かだが、わかりやすく言えば〝応援している〟に近い空気を感じた。
残された俺達は屋上に数分間立ったままだった。分岐点……詳しくは教えてくれなかったが、今日何かが起こるということは理解出来た。そして、それが危険なことであるということも。
「何が言いたかったかほとんど理解出来なかった……けど、確信を持っていえることがあるわ……」
白雪はそっと目を閉じた。誰も居ない静かな屋上に強い風が吹いた。白雪の綺麗な髪が風に靡いている。俺は心の底から綺麗な光景だと思った。
「私達は死なない……必ず……願いを叶えるために分岐点を越えるわ」
「ああ……やることは決まっているんだ。叶えたい願いもある。ここで死ぬ訳には行かない」
今日のどのタイミングで何が起こるのかも理解出来ていないが、やることは変らない。だが、いつどこで何が起きるのか分からないので、細心の注意をする必要があるだろう。
「とりあえず、今から授業に戻るのは色々言われるから、一時限目が終わるまではここにいるか……」
「そうね。谷崎って子は嘘言ってたようには見えなかったし……いや、あの子が今日来るって言うなら絶対に今日来るわ。そのための準備とかもしないといけないしね」
「そうだな。ところで、白雪の名前ってキサラって言うのか?」
「そうだけど……それがどうしたの?」
「いや、特に理由はないけど、どうして本名のままにしなかったんだ?偽名なんて……」
「別にいいじゃない!!これからも白雪って呼ぶこと、いいわね?」
「そのつもりだけど……」
本名が分かったのなら呼べばいいのだが、今まで白雪と読んできていたのに急に呼び方を変えるのは変なので、そのままのつもりで居た。キサラって呼ぼうとしても癖で白雪って呼びそうだ。
「とりあえず、まだ時間あるし私は寝るわ。何かあるなら少しでも体力を回復させていた方がいいしね」
「ああ、俺は起きてるから時間になったら起すよ」
「ありがと、それじゃ、寝るわ……」
あくびをして地面に寝転ぶ白雪。制服が汚れる心配など全くせずに地べたに寝転んだ。だが、どうしようも無いので寝かせておくことにする。
俺しか近くに居ないとしても、少し無防備な気がするが、白雪はそんなの気にするタイプではないだろう。寝ている姿をずっと見ていては、変態染みているので、空を見ることにした。
見上げた空をとても青くて、手を伸ばしてみたが決して届かない。寝転んで空をずっと見ていた俺だが、静かで風が気持ちの良い屋上で睡魔に負けて、いつのまにか寝てしまった。
結局、起きたのは昼休み前で、午前の授業は全て欠席になった。
************
勝ってきた昼食を食べ終わると、俺達は人の気配を探りながら全くひと気の無い場所を探していた。朝出来なかった特訓をするために、〝魔術閉鎖空間〟を展開する場所を探していた。
人目がある場所で展開してもいいのだが、万が一普通の人間であるみんなに何か危害を加えては行けないので、ひと気が無い場所を探している。だが、昼休みだけあって、校内ではひと気の無い場所などほとんどない。
一箇所だけ、見つけたのだが、男子用トイレだったので断念した。もし、一緒に入っていく所を見られたりすれば、色々な意味で終りだ。噂になって、学園には居辛くなる。
靴を履き替えて、校外に出てきた。運動場などでは人の気配を感じるが、寮の方面からは全く人の気配がなかったので、向かっている。学園が終われば帰宅する生徒や部活をする生徒で大勢居るが、学園があるこの時間は少ない。
「それで、今日は一体何をするんだ?また、回避練習か?」
「それもするけど、他の特訓も入れることにしているわ。ためになるかは実戦にならなければ分からないけど、試してみる価値はあると思う」
「分かった。とりあえず、〝魔術閉鎖空間〟を展開するぞ。人の気配もないし、見慣れている視線もないから」
「わかったわ。昼休みは時間制限があるけど、〝魔術閉鎖空間〟内だったら時間は無限のようにあるから、展開した後で広場に向かいましょ」
微弱の魔力を込めると、体が包まれるような感覚がし、校内にあった人の気配が完全に消えた。召喚者しか居ることが出来ない世界。動物なども中には一匹たりとも存在していない。
魔力を持つ存在以外に入ることが許されない空間で、俺は微かな魔力を感じた。だが、すぐに消えてしまい、今は全く魔力を感じなくなった。白雪の魔力とは違うので他の召喚者がいたのかと心配になり、周囲を見渡す。
「どうしたの?無にか異変でもあった?」
白雪はさきほどの魔力に気が付いていないみたいだ。〝魔女狩り〟である俺は魔力に敏感なため、感じたのだろう。
「いや、さっき微かに俺達以外の魔力を感じたんだけど……」
「どこからなの?相手は何人??」
「魔力反応は一人分だった。一瞬だったら詳しい場所までは判定することは出来ていないわ。それに、今は全く感じないから大丈夫だろう」
「そうね……とりあえず広場に行きましょうか」
学園から広場まで歩いていく。現実世界と切り離される〝魔術閉鎖空間〟では時間が経過しないため、いくらでも居ることが出来る。昼休みの時間は半分をきっていたが、ここであれば関係ない。
誰にも迷惑をかけることもせずに、好きなだけ特訓をすることが可能だ。自分達の体力が許す限り特訓をする。学園にも戻ることには疲労で足元がふらふらしているだろうが。
数十分かけて歩きて広場に到着した。いつもは噴水が出てない時間だったが、今は広場には噴水が出ている。正確には水が空中で停止しいるために、出ていたと分かる状態だ。
現実世界には様々な人達が噴水をみながら楽しんでいることが容易に想像することが出来る。どこにでもある平和で、日常的な一駒があるはずだ。俺達とは違う普通の生活を送っているはずだ。
「とりあえず、今からは回避練習をするわ。海人は全然出来てなかったから、もっと出来るようになるためにね」
「わかった。順番はどうするーーーーー」
「それなら俺達からでいいか?」
誰も居ないはずの空間内で、俺達以外の声が響いた。咄嗟に反応をして、声が聞こえた場所から距離を取り見据える。そこには、年を取った男と、若い男が二人並んでいた。
先ほどまで一切気配を感じなかったはずなのに、今では気配を感じる。距離にして十メートルの距離まで接近されて全く気が付かないなど、ありえない。ましてや召喚者相手の接近を許すなどあってはならない。
「お前達は誰だ?俺達に無いかようか?」
〝魔術閉鎖空間〟に居るということは二人共召喚者だ。学園の屋上で谷崎が話していた分岐点というのが見えた。俺達はここで分岐するのだ。勝って勝者に近づくか、それとも死ぬかの分岐点。
一応警戒していたにも関わらず、ここまで接近を許すなどありえない。距離にして数十メートルしか無いにも関わらず、この二人の気配が全くしなかった。それどころか魔力反応もしなかった。
「私はクリスだ……久々だなキサラ……」
男は白雪を見ながらキサラと呼んだ。キサラというのは白雪の本名だ。だが、この男は知っている。約束を結んで居る俺すらも知らなかったことを知っているのだ。
「そうね……私も小さかったからそんなに記憶に残ってないけど、覚えているわ。お母さんと一緒に居たあなたのこと……お世話をしてくれたあなたのことを……私は知っているわ」
「白雪、こいつら知っているのか!?」
「ええ。けど、もう一人は知らないわ……クリスは私が小さい頃に色々面倒を見てくれた、ローラ家の執事よ」
白雪は小さい頃ながら頭の片隅でクリスのことを覚えていた。大きな記憶はないが、居た程度には覚えていた。けど、本人を前にして思い出した。過去にお世話になったいてことを。
「それで、何のようなの?一体何が目的?」
わざわざ〝魔術閉鎖空間〟の中にまで入って会いに来ただけというのはありえないだろう。谷崎の分岐点というのが正しければ、この二人は俺達を……殺そうとして居るに違いない。
「聞かなくても分かるだろ!?もう逃げられない。俺は名前はニール!!」
叫び声を上げながら急激に加速したニール。だが、反応できない動きではなく、目で追える速度だ。だが、背後には武器を召喚したクリスが、魔法陣を展開している。
高まっていく魔力だが、今まで戦ってきた戦争参加者には到底匹敵しない魔力だ。普通に戦えば負けるはずはないと確信した瞬間、視界が歪みはじめた。時間にして数十秒だけだったが、俺は目を見開いた。
「お前は私とだ……〝魔女狩り〟」
先ほどまで広場に居たはずなのに、今居る場所は東京だった。目に映るのは圧巻の高さを誇るスカイツリーの存在。だが、〝魔術閉鎖空間〟の中なので、人の気配は全くしない。
「どういうことだ……」
「私の魔法だ。お前達に気配悟られなかったもの魔法のおかげだ……」
クリスは剣を抱える。そして、深呼吸をして、大声で言った。
「私達はお前達を殺しに来た!!!!」
分岐点……谷崎が言っていた勝者に近づくか、それとも死ぬかの戦いが始まった。




