空間操作
日本に到着したニールとクリスは北海道に居た。数日間日本を観光すると決めた二人は手始めに北海道に来たのだ。だが、行こうと決めた日に北海道への飛行機に乗れることはないので、召喚者が居るからこその行動だ。
北海道は日本で一番大きい都道府県だ。召喚者が居ることによって移動速度が大幅に削減されるとはいえ、観光しながら全てを回ることなど到底数日で出来るものではない。はしてや、観光地などほとんど知らない二人では到底無理だ。
一番初めに来る県を北海道に選んだのは他でもない。一番大きな都道府県だからという理由だけだ。観光したい場所があるなどではなく、行く先が決まっていないままとりえあず北海道に来たという形だ。
クリスとニールは北海道が大きいという以外の情報は知らなかった。だからこそ、二人は今道に迷っている。
「クリス……一体ここはどこだ?観光来たのにどうして山の中に居るんだ?」
「そんなの私が聞きたいぐらいだ……」
二人は森の真ん中に居た。周囲には無いもなく、草や木が生えている以外は表せることが出来ないほど何もない。して言えば、たまに物置小屋のような小屋がある程度だ。だが、その小屋も今は使われている様子もなく、少し叩いたら腐敗した小屋は崩れそうだ。
当ても無く森の中を歩く二人。歩いても走っても森を抜け出せないので、周囲を観察しながら歩くことを決めたのだ。魔法を使えば森から抜け出せることは容易なのだが、クリスはしない。旅というのは行き当たりばったりというのが基本だと放送していたテレビで言っていたことが頭から離れないからだ。
「クリス!早く場所移動してくれ!?数日しかないのに観光できないまま終わる!」
静かな森で大声を上げるニールの言い分は正しい。クリスとニールは〝魔女狩り〟と〝三日月雷鎌〟と数日後に戦う予定がある。その戦いには生きて帰れるかは分からない。召喚者同士の戦い……それも、真剣勝負なのだから余計にだ。
折角来た日本の観光をしたいというのも本音だが、半分以上の理由が、最後になるかもしれないという可能性が高いからだ。接触する前に最後の思い出作りというものだろう。
数日しか時間が無いので、時間の無駄使いをする訳には行かない。森の中を歩いているこの時間は無駄以外には言い表せないだろう。クリスの頭からテレビで言っていたことが離れないのも事実だが、魔法を使わないのにはもう一つ理由があった。
「ここがどこなのか、どこに行きたいのかを決めなければまた迷うぞ?」
クリスの魔法は移動系魔法だ。だが、瞬間移動やワープのような優れものではなく、もっと限定的な能力。移動系に使える場面もあれば、他の場面でも使える能力だ。言わば完全な移動系魔法ではないので、行きたい場所はここがどこなのかを理解しなければ魔法を使用することは出来ない……出来ることは出来るのだが、また迷子になってしまう可能性がある。
「迷ってもいいから!森の中に居るよりはマシだろ!?こんな無いも無い場所に居ても意味ないって!」
ニールは周囲を見渡しながらそう言った。確かに周囲には草と木しかない。紅葉の季節は少し過ぎており、地面には落ち葉などが散乱している。それ以外は何もない場所だ。
「だが、こういうことも思い出にはなるぞ?」
「森で迷ったのが思い出とか嫌だから!」
顎に手をあてて考えるクリス。確かに北海道に来た思い出が森で迷ったことというのは問題がある。他の場所も観光したいので、北海道に居ることが出来るのは少なくても夕方までだ。宿の確保も考えるとそれが限界だろう。
「仕方ない……もう一度飛んでみる……だが、また迷っても文句言うなよ」
クリスの足元に魔法陣が浮びあがると武器を召喚する。白い光に包まれる武器は剣の形をしていた。魔力の渦がクリスを中心に渦巻くと同時に光は消え、剣の全貌が明らかになる。
右手に持っている剣は〝魔法剣〟と呼ばれる剣だ。黒い帯を巻いたような柄に、長く伸びた青赤の刀身。剣には渦を巻くような魔力が渦巻いており〝魔法剣〟と言われるだけはある。
だが、この剣自体は強い能力を持っている剣ではない。古代に居るとされていた魔女が肩身離さずに持っていた杖と効果は変らない。魔法を引き出すための剣で、直接的な戦闘に適した剣ではない。補助をするための剣なのだ。
「相変わらず禍々しい剣だな……剣自体は威力を持っていないのに……」
召喚された〝魔法剣〟を見ながらニールは呟いた。青赤色をした刀身はまるで魔剣のようにも見えるが、それほど大層な物ではないこともクリスは充分理解している。戦闘向きの魔法ではないということも理解はしている。
「だが、結構便利な剣であることは違いない」
「確かにね。〝魔法剣〟って言われているけど、〝魔女〟のような魔法が使える訳ではもいけど、集団戦では倍以上の力を発揮する剣だね。移動にもかなり便利だけど」
「普通に移動するよりは楽に移動出来るだろうな……短距離であれば〝三日月雷鎌〟などには到底叶わないが、長距離移動であれば便利なこの上ない」
〝三日月雷鎌〟は雷速に近い速度で移動するため、並の召喚者では初撃で殺される。それはクリスとて例外ではない。だからこそ、白雪には〝壊れ者〟ことニールをぶつけることにしたのだ。クリスでは白雪に勝つことが出来ないから。
「まぁ、折角武器を召喚してくれた見たいだけど、直して良いよ」
「どうしてだ?移動するんじゃ……」
そこでクリスも気が付いた。今居る場所から少し離れた場所から煙が上がっていることに。
「山火事にしては規模が小さすぎる……民家や村があるのではないか?」
「クリスは召喚者なんだだから気配に敏感でしょ?人の気配は感じない?」
「俺もすごい召喚者ではない……並以下の召喚者だ。人の気配を探るのは得意じゃない」
「まぁ、とりあえず行ってみよ。この場所さへ判れば観光することが出来るしね!」
先を歩き出すニールにため息を吐きながら後を追うクリス。煙が上がっている場所をもう一度見るが、距離が離れているようには見えないので、歩いていくことにする。
テレビで言っていた行き当たりばったりというのも間違いではないと思いながら歩くこと数分で、クリスは人の気配を察知することが出来た。その中に召喚者は居ないと判断したクリスは、人の気配を感じながら村の中に入ることにした。
山の中にある村など想像しなくても田舎だということは理解出来ていたが、ニールとクリスは自分達の考えが甘かったことを理解した。田舎と言っても何かある物だと思っていたが、そこには何も無かった。
コンビニは勿論のこと、鉄の建物も無ければ車を持っている人もほとんど居ない場所だった。家は瓦や稲を中心に出来ており、全て一戸建ての家だ。畑や川などがあり、そこで食材を手に入れていることが理解出来る。
理想的な田舎暮らし……農業をしたい人や自給自足な生活をしたい者以外はあまり好き好んでいく場所ではない。クリス達は田舎と都会を比べるようなことはしない人だ。都会には都会のよさがあり、田舎には田舎の良さがあるという考えの持ち主。
だが、そんな二人もここまで田舎だと不便と感じるだろう。村という表現よりは集落に近い作りになっている街。今まで普通に暮らしてきた二人からすれば想像も付かない生活だ。
人が住んでいるであろう家は、森の斜面を利用して、上に上がっていく事に家の規模が違う。低い家は身分が低いのだろうと、クリスは推測するが、これは確かではない。
「とんでもない場所についた!」
村の風景を見渡すとニールは大声で言った。小さな……それも何もない田舎に来客があったという事実だけでも視線を感じるクリスだが、ニールの大声でさらに注目を浴びてしまっていた。だが、不振な視線ではなく、歓迎に近い……珍しいという好奇の視線を感じている。
山の中にあるような村なので来客など一切来ない。若者は何もない田舎を出て行き、夢がある都会に住みたいと願う。そして、村は加速して廃れて行く。都会の便利さを知ってしまえば何も無かった田舎に戻ってくるなど無い。
里帰りでは帰って来るが、今は十月。里帰りが行われる時期ではない。この時期に村に人がやってくるなど数年ぶりなので、クリス達は好奇を視線を向けられていたのだ。
元々住んでいた人が少ない村だが、村人達が一切見たことがない顔ぶれが二人居るのだから余計に興味が出る。一体何目的にこの場所に来たのだという純粋な興味が村人達を引き立てる。
「確かにすごい場所だな……」
クリスは純粋にその言葉を口にした。森の中に集落のようなっ村がいまだに存在していたことに対する言葉だ。
村人達が突然あわただしく行動を始めると、一人の男性が奥に駆けて行った。数分すると、男性はクリスより少し年を取った老婆を連れて二人の下にやってくる。この場所に召喚者は存在していないので心配は要らないが、一応警戒だけはしておく。
ニールは相変わらず周囲を眺めながら感想を漏らしているが、〝第二次開放〟という高みに上った召喚者を三人同時に殺した男だ。気が抜けているように見えて警戒はしているとクリスは信じている。
「こんな場所あるんだ!始めてきた!」
笑顔で行っているニールが、全く警戒していないことに理解してクリスはため息を吐いて、向かってくる二人に視線を戻す。男性の方は髪に白髪が混じり、クリスと年が近いことが見た目で理解出来る。老婆は顔に皺がたくさんあり、白髪が男よりも多く、年も上だ。だが、堂々と歩いている姿を年上だという事実をまるで感じさせない。
「わざわざこんな何もない場所にきてくださり、ありがとうございます……」
二人の前で停止した老婆は、丁寧な言葉を言い、頭を深く下げた。隣に居る男性も続き頭を下げて、同時に上げる。柔らかい雰囲気も持つ老婆は人目で優しい性格も持ち主だと理解出来る。
「こんな森の中にある村に来客など、数年ぶりで私達村人は歓迎しています……最近は里帰りしてくる若者も減り、少しづつ村が廃れていくのを眺めているばかりで……と、申し訳ありません。私はこの村で村長をしている長戸良子という者です」
「私達は観光で北海道まで来ました。私が、クリスです。そして、あちらに居るのがニールという者です」
簡単に自己紹介をすると、隣に居る男性が口を開いた。
「観光ですか……日本人ではないですね?」
「ええ、私達はロンドンからやってきました。日本に興味があり、勉強していたので、日本語は話すことができます」
「……そうですか」
クリスは男が警戒しているのを肌で感じ取った。森の中にある集落のような村。里帰りではなく、純粋に来る人など数年間居なかっただけに、警戒しているのだ。男が警戒しているのは無理がないと納得するクリス。自分が逆の立場であれば警戒するように、男性には守りたい日常や大切な物があるのだ。だからこそクリスは男性のことを理解することが出来る。
「ロンドンですか……それははるばる遠い所からおこしになりました。久々の来客なので、私の家で食事でもしませんか?この村は何もないですけど、料理は本当に美味しいです。村人達が一生懸命育てた野菜や、捕まえた魚などはお口にあると思いますが……」
「いえ、そんな申し訳ないです。私達は森で迷ってしまい、この村にたどり着いただけです。なので、この場所と森からの抜け方を教えてもらえればいいのですが……」
「それでは、教えるのでご飯を食べながらにしましょう。村人達はさっきから慌しく来客を迎える準備をしていますので、しばらくお待ちになっていただくことになると思いますが……」
クリスはニールに視線を戻す。偶然ニールもクリスを見ており、視線が絡み合う。アイコンコンタクトが出来る訳ではない二人だが、クリスは自分の意志が伝わったと信じて視線を二人に戻す。
だが、クリスの意志は伝わっておらず、近づいてきたニールは、
「俺、お腹空いてるのでよろしくご馳走になります」
「ありがとうございます。では、案内いたしますので付いてきてください」
歩き出す二人にクリスはニールの肩を掴み、誰にも聞こえない声で聞く。
「おい、場所を聞くだけでよかったのに」
「だって、お腹すいているし……それに準備している村人達に申し訳ないじゃん。飯食いながらでも場所は聞けるし、お腹はいっぱいになるし一石二鳥だと思うけど……」
了承してしまったので、二人の後についていくと、この村で一番大きな家に案内された。老婆は村長と言っていたので、一番大きな家なのだろう。中は思っていたより広く、しっかりとした作りになっている。家の中には使用人と思われる人が一人だけしかおらず、大きな家に老婆は一人で生活しているのだ。
「テレビも何もないですけど、ゆっくりして行ってください。料理が出来るまでしばらく時間がかかりますので……」
老婆は頭を下げると、二人の前を後にした。広い部屋に残されたクリスとニールは立ち上がり、家の中を見回ることにした。
古い家……典型的な田舎の家など見るのは初めての二人。クリスはテレビなどで形や大体の知識は兼ね備えているが、実物を目で見ることは初めてだ。昔から文化というのに興味があるクリスは真剣に見て回る。
テレビがないだけではなく、この家にはほとんどの電子器具がない。さすがに冷蔵庫などはあるが、それ以外はほとんどなく最低限で生活しているのが、理解出来る。
掛け軸や戦争当時の写真。古い鎧など様々な物が部屋にある。埃を被った年代物の本や、人形。サボテンや花を植えた庭。自分が住んでいたロンドンには無かった物がたくさんあるこの家を大体一週した所で人が近づいてくるのを感じた。
「そろそろ戻るぞ」
「わかった。お腹空いて動きたくないし……」
「付いてこなくても良かったのにな」
「一人であの部屋に居るなんて暇すぎるだろ!それなら我慢して動く!」
老婆に案内された部屋に戻ると同時に部屋に老婆がやってきた。隣には先ほども居た男性がおり、警戒心むき出しの目でクリスを見ている。だが、出来るクリスは気が付かないフリをする。
「そろそろ料理が出来ますのでお待ちください」
「やった飯食えるぞ!!」
老婆の言葉に喜ぶニールを見ながら数分が経過すると、クリスは六人近づいてくる気配を察知した。家に入ってくる六人が、部屋の中に料理を運んできてくれる。部屋の中には香りが充満し、お腹が空いていなかったクリスも涎が溜まる。
「そこのテーブルの上に並べてください」
村人に指示を出すと、テーブルに料理が並べられていく。豪華な料理は香りだけで美味しいと理解出来るほどだった。
村人が部屋を出て行くと、向き合う形で座るクリス達と老婆。隣に居た警戒心むき出しの男性も姿を消し、広い部屋に三人だけになった。少し寂しいと感じるクリスだったが、口には出さない。
「では食べましょう。村人が一生懸命作った物ですので」
老婆の言葉でクリスが動き出す。行儀という言葉はニールにはなく、まるで自分の家で食べるように勢いよく食べる。何週間もご飯を食べることが出来なかった人のようだ。
「これ、美味しいよ!めっちゃうまい!!」
料理を食べながら言うニール。口の中に物が入った状態で言うので何を言っているのか分かりづらい。
「ありがとうございます……クリスさんも食べてください」
行儀良く口に運ぶクリス。食べた瞬間に口の中に広がり、無意識に「美味しい」と呟いた。
「お口に合ってよかったです」
三人は三十分ほど掛けて料理を食べ終わると、本題に入る。クリス達はここがどこなのかということを聞きにしきたのだ。決して料理を食べに着たのではなく移動するために来た。
だが、老婆が言っていたように料理は美味しいの一言だった。美味しい料理を食べれたことには感謝をしてる。
「ここは一体どのなのですか?私達は森を抜けたいのですが……」
「はい。ここは森の奥です。場所は……」
老婆は部屋にあった地図を指差して説明してくれた。クリス達は思った以上にもりの奥に来ていたということを初めて知る。だが、奥だろうが、召喚者のクリスには全く関係がない。瞬時に移動することが出来る。
「ありがとうございます。場所だけ分かれば帰ることができます」
「いえいえ、こちらこそ食事に付き合ってもらって感謝しております」
クリスとニールは立ち上がり、家を出て行こうとした瞬間、家に走ってくる人の気配と、密度の濃い魔力反応が森でした。いきなり密度の濃い魔力反応がしたために警戒心を強くするクリス。
人間でありながら召喚者と同等以上に渡り合うクリスも魔力反応に気が付いたようだ。クリスに視線を送っているのが証拠だ。
「たいへんです!!!また出ました!!!!」
老婆の隣に居た男性が顔を鬼のようにして、部屋に入ってきた。老婆も慌てて立ち上がり、男性に詰め寄る。言葉から察するにこの事態はこれが初めではないということだろうとクリスは理解した。
「ニール……展開するぞ」
「わかった。お腹いっぱいだし食後の運動には最適だよ!」
クリスは〝魔術閉鎖空間〟を展開した。ニールとクリスは包まれるような感覚に襲われると同時に人の気配が完全に消える。だが、濃い魔力は〝魔術閉鎖空間〟の中でも消えることはない。間違いなく森の中に召喚者が居る。
家を飛び出し、反応がする方に駆けて行く二人。近づくにつれて魔力反応が濃くなっていくのを感じながら警戒心を高める。〝魔術閉鎖空間〟が展開されたことは敵である召喚者も理解しているはずだ。ならば、近づいてくる気配には敏感になっているはずと推測するクリス。
自分であれば奇襲を掛ける。魔力から察するに敵である召喚者は自分より強いと確信している。だが、近づいてくる気配が二つであれば相手も警戒する。ニールは魔力のないただの人間だが、普通ではない。それは敵である召喚者も理解しているはずだ。
〝魔力閉鎖空間〟の中に入れるのは魔力を持つ召喚者だけだ。そこに魔力を全く持たない人間の気配があれば警戒する。誰も居ない空間で、人の気配がするのと同じ状況なのだから警戒するだろうとクリスは考える。
クリスはこういうイレギラーな存在を知っているからこそ、理解出来るが、相手からしたらまさに未知の敵になる。対処法など存在しないのだから、一番有効な奇襲をかけてくるに違いない。
「ニール……少しだけ様子を見るぞ」
「わかった……」
敵の近くまで接近し、相手の姿を確認する直前、森を揺るがすほどの咆哮が響いた。突然の咆哮に耳を塞ぐ二人。視線の先にはクリスとニールが予想もしなかった存在が居た。
五メートルはあるであろう巨体。赤紫が混じったような色をしている肌。肌は岩のように凹凸があり、遠くから見ると動く岩石のよう見えるだろう。人を丸呑みできるほどの大きな口に、鋭く刃のように尖った歯は、獲物を捕まえたら決して離さない。
口からは大量の涎が溢れ、地面に触れると草木が溶ける。黒い煙と同時に微かな炎が混じる吐息。蹴られたら体全体の骨が折れるであろう足の筋肉に、尖った爪。
クリスとニールの目の前に居た存在は、人間ではなくドラゴンだった。
「一体どうなっている……」
「田舎ってドラゴンが居るんだ!!」
今までに見たことない存在にテンションが上がるニールと現状をまるで読み込めないクリス。現代にドラゴンと言われている存在が居るはずないというのに目の前の存在をドラゴンという以外に思いつかない。
絵本や昔話ではお馴染みのドラゴン。ドラゴンというのは様々な逸話や伝説があり、物語にはドラゴンありきになっている。ある話では、世界を滅亡させようとしている怪物であったり、ある話では、空を飛び陸を闊歩する力の化身。
ある話では深い知識を持ち、世界の全てを知っている存在。どの話でもドラゴンというのは強いように掛かれる伝説の存在。いわば空想の世界での存在だ。しかし、クリスとニールの目の前には本物のドラゴンが存在する。
「いや、ドラゴンなんて田舎には居ない……」
「でも……」
目の前にはドラゴンが存在している。これは否定出来ないことだ。しかし、可笑しな部分が存在することにクリスは気が付いている。
「いや、本物かもしれないが、偽物だ」
「どういう意味?」
「仮に本物のドラゴンが地球に存在していたとしよう。だが、魔力を持っているということが納得しない。あのドラゴンが魔力も持っているのはこの〝魔術閉鎖空間〟に居ることで実証されている」
魔力というのは本来であれば召喚者以外に持つ者は存在しない。それは確定的なことであり、例外は存在しない。古代に居たとされているドラゴンでさえ同じことだ。しかし、一つだけ、魔力を持っていることが納得出来る答えがある。
「あのドラゴンは本物だが偽物だ。召喚者が作り出したドラゴン……それなら魔力を持っていることが納得出来る。召喚者は魔力を使って魔法を使うのだから」
「ドラゴンを作る魔法ってこと?」
「それは確証は持つことは出来ない。しかし、ドラゴンが召喚者によって作られたことは確かだろう」
「そんな魔法存在するものなの?」
「それも分からない……召喚者をしていて一度も聞いたことが無い……」
地面を闊歩しているドラゴンが、クリス達に気が付いた。気配を殺していたが、話ている声が聞こえたために存在に気が付いたのだ。ドラゴンというのは知性が高いという話もあるので、人間の言葉が少しだけ理解出来るのだ。
もう一度大きな咆哮を上げると同時に口を大きく開き、赤い炎を吐き出した。すかさず反応した二人は様子を見る。普通であれば召喚者であるクリスが特攻を掛けるべきだが、クリスは自分では勝てないことを理解している。
仮に勝つことが出来たとしても無傷では済まされない。大切な戦いが数日後にあるクリスにとって無理はしたくない。
「クリスは休んでていいよ……」
ニールがそういうと、腰に掛けてあった剣を出した。白銀に輝く剣は人目で普通ではないことが理解出来る。ニールが持っている剣は神話時代に出てくるとされている〝クラウ・ソラス〟と言われる剣だ。
光の剣と言われるケルト神話に出てくる剣は、魔力を宿しており、召喚者を殺すことも可能な剣だ。ドラゴンを殺すで有名な物は〝アスカロン〟だが、傷つけることが出来れば大した問題ではない。
「さっきの村人には飯貰ったし……殺すよ?」
剣を構えたニールは召喚者であるクリスでも目で追えない速度で移動した。人間とは思えない速度は、並の召喚者では目で追うことは出来ずに殺されてしまう。〝第二次開放〟高みに上った召喚者でもニールには手も足も出なかった。
一瞬で接近し、剣を振るう。胴体は岩のように凹凸があり、硬そうな皮膚でも神話時代に出てくる〝クラウ・ソラス〟はまるで布のように切り裂く。痛みで咆哮を上げるドラゴンだが、ニールは追撃をする。
地面を蹴り、ドラゴンの上に回りこむニールはもう一度剣を振るい、そして突き刺す。唸りを上げるドラゴンは尾で攻撃してくるが、空中で体を逸らし回避をする。ついでに突き刺した剣を足で回収し、地面に降り立つ。
背後に居るニールはドラゴンの尾を一振りで切断し、そのまま力を込めてもう一度振るう。ニールの予想出来ない動きにまるで反応できないドラゴンは攻撃する暇がほとんどない。
炎を吐いてくるが、剣を振るうとかき消される。地面を這うようにして、死角に入り、下から一振り。紫の鮮血が飛び交うが、気にせずに右上から下に振り下ろす。
ここまで約三秒。既にドラゴンは立っているのも限界に見える。だが、ニールは汗が出ているところか、呼吸を一切乱していない。誰がどう見ても結果は一目瞭然だった。
「なんだ。ドラゴンって言うから強いと思ったのに、全然弱いじゃん」
心の底からガッカリした声を出すニール。クリスは絶対に敵に回したくないと内心思いながらその光景を見ている。まさに人間が出来る戦いではない。召喚者ですら、勝てないもの納得だった。
「つまらないし……もう殺すよ?」
低い声で言うニールからは殺気が放たれる。クリスは背筋か凍るような悪寒を感じ、体が無意識に震えた。召喚者ですら恐怖を覚える殺気。クリスはどちらが召喚者か少し分からなくなった。
再び炎を吐こうとしたドラゴン。だが、炎は吐かれることは無かった。〝クラウ・ソラス〟が眩い光を放ち、全ての視界が光に包まれる。それはドラゴンは勿論だが、クリスも同様だった。
クリスの視界から光が消えた時には全てが終わっていた。ドラゴンは地面に倒れ、動かない。周囲には肉や血が飛び散っている。クリスはニールがどのように殺したかは見えなかったが、素直にすごいと思ってる。
「これで、飯の分は返せたかな?」
「上出来だろ。おつりがついてくるほどだ」
「よかった……」
ニールから放たれた殺気は今は完全に消えている。雰囲気もいつも通りで笑顔だ。
「家に戻るものあれだし……このまま東京に移動しよう!そして、観光して、次の日に本番!!」
本番というのは〝魔女狩り〟とキサラと戦うことだと理解したクリスは、先延ばしにするのも決心が鈍るので「わかった」と納得した。
「それじゃ、戻るぞ」
クリスの足元から魔法陣が浮ぶと、〝魔法剣〟を召喚して地面に刺した。刺した地面には二重の魔法陣が浮かび上がり、視界が少し歪む。歪みが直るとそこは森ではなく街中だった。
スカイツリーが見えることからここは北海道ではなく東京の街並。距離があるのに一瞬でクリス達は移動したのだ。
クリスの魔法は〝空間操作〟と言われる物だ。だが、全ての空間を操作できるという優れた魔法ではなく、〝魔術閉鎖空間〟限定の魔法だ。さらに、自分の場所などを理解していないと成功率が下がる。クリス達はこれで北海道に行ったのだ。
戦闘に直接使える魔法ではないが、相手が複数、もしくは自分達が複数の時に力を発揮する魔法。空間を操作することによって移動系魔法にもなる便利な魔法だ。
「相変わらず便利な魔法だね!戦闘には全然使えないけど!!」
「確かに戦闘には全く使えない……だが、〝魔女狩り〟とキサラと戦う時には役に立つ」
「それもそうだね!!」
笑顔のニールに苦笑いのクリス。〝魔術閉鎖空間〟を解除すると人の気配で充満する。東京は北海道の森に居た時とは別次元なほどに人がいる。人口密度が異常なのだ。
「戦いは明日……それでいいな?」
「わかってる!それよりも観光!!」
駆け足で、進むニールに後を付いて行くクリス。二人の目的の戦いは明日。密かに二人は決意を固めた。




