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日本

カレー作りを行った翌日、日が昇る前に俺は目を覚ました。いつも凜奈が俺達に当たり前のようにしていたことの大変さを知った。慣れているから出来たことで、慣れていない俺達には難しいということを知った。


 昨日の一日の出来事は全て日常だった。俺達の年代であれば一度は体験するような日常。普通の学園に通い、仲の良い友達や、あるいは恋人と行う平和な日常。ただ、意味もなく楽しい、そして、大切な日常だ。俺達も普通の人間であればあのような生活をずっと送っていたかもしれない。


 だが、俺達はずっと平和な日常を送る訳にはいかない。するべきことがある、叶えたい願いもある。俺達は命を掛けた戦争という願いを叶える戦いの勝者にならなくてはいけないのだ。ずっと、平和な生活を送っている余裕など無い。いや、そんな事〝魔術蒼石マテリアルブルー〟を持っている敵が許すはずも無い。


「今日からは気合を入れて頑張る……三日分の遅れを取り戻すんだ。俺達を狙って必ず強者が襲ってくる。四つも持って居たら当たり前だが……」


 今まで様々な強敵と戦ってきた。自分達が相手より強かったことなど今まで一度も無い。常に敵の方が強く、それでも何とか生き残っている。そして、今では四つ魔術蒼石を抱えている。


 戦争に選ばれた召喚者は十三人……となると、水瀬先生が二つ持っているので、後七人居るはずなのだ。その中に居るのは間違いなく俺達よりも強い。勝てる見込みがあるかもわからないほどに。


「これからのがんばり次第だな……」


 顔を洗い、動きやすい服に着替えた俺は、食パンを一枚焼かずに食べ、準備を進める。今日も学園があるので、学園にいける準備だけをして寮を後にする。


 寮の前に待っていた白雪と合流して、学園を抜け出す。朝早いとはいえ、誰かに見られては変な勘違いをされてしまうので、誰にも見つからないことを前提として街に出る。


 時刻は五時半を回った頃。さすがに朝が早いので街にはほとんど人が居ない。散歩をするおじさんや、スーツを着ているサラリーマンを数人見かける程度でほかはほとんど居ない。


 後、一時間程度したら通勤する人達で街は溢れかれるだろうが、今は静かだ。車もほとんど走っていないので、空気も少しだけ良い様に感じられる。朝独特の香りがするのだ。


「俺ってさ、朝のこの空気が好きだわ。今まで早起きすることなんてほとんど無かったけど、こうして街に来てみて知った」


「私もこの空気は好きよ。人や車がほとんど無いから空気が透き通っているように感じられるわ」


 早歩きするように歩く俺達は、街の広場に向かっている。人がほとんど居ないために、進みはかなり速い。後、十分もしないうちについてしまうだろう。それまでは、話をする予定だ。


「これから、どんな敵と戦うのかしら……」


 歩いていると、不意に白雪が呟いた。隣に居る俺にだけ聞こえる声。それは、白雪がそうしているのだろう。


「わからない……けど、間違いなく強いと思う」


「それは、戦争に選ばれているのだから当然よ。だけど、私達が思っているよりずっと強いと思うわ。水瀬先生がそうだったように……」


 フロウとの戦いの光景は未だに覚えている。いや、まるで昨日見たかのように鮮明に覚えている。始めて見た自分達より圧倒的な格上同士の戦い。世界最強レベルの召喚者である二人の戦いは俺達の想像をはるかに超えていた。


 少しの油断が命を落とすのだと改めて実感した戦いだった。そして、あのレベルまで戦えるようにならなければ、戦争の勝者になることは不可能なのだと痛感した戦い。忘れられる訳が無かった。


「けど、負けないだろ?俺達は。実力では負けているかもしれないけど、心では負けていない。やるべきことがあるんだから負けるわけには行かないだろ?だからこうして、特訓しに来ているんだ。今よりももっと強くなるために……戦争の勝者になるために……」


 戦争の勝者になると、何度も言い聞かせる。頭の中に、心の中に言い聞かせる。そして、体全体に言い聞かせる。強くなるために。


「そうね……そうだわ。それ以外にないもの」


 歩く俺達は少しづつ広場に近づいている。人は少ないとはいえ、時間が経過するたびに少しづつ人が多くなっていく。そして、無言のまま……だけど、重い空気ではないまま広場に到着した。


中心部には大きな木が立っており、噴水もある。時間が早いため、噴水からは水は出ていないが、昼間になると噴水の中で子供が遊んだりしている光景が見れる。ベンチも多く、広場を囲うように木が生えている。街の広場とはいえ、ここは子供達が集まって遊べるような環境になっている。


 遊具なのはないが、広いく、車が通らないというだけでも遊び場にはなるだろう。子供連れの家族や散歩をする老人。犬を連れて歩く人などが多い場所だ。街の中心にあるため、よく集合場所になったりもする。


「ここでいいからしら……」


 白雪が立ち止まると同時に微かな魔力を感知した。すると、体を包まれるような感覚が体を覆い、世界から切り離される。〝魔術閉鎖空間イージス〟の中では現実と時間が反映されない。この空間に居る限り現実では時間が経過しないのだ。なので、〝魔術閉鎖空間〟の中で壊した物などは全て現実には反映されない。ただ、一つ除いて召喚者以外は全て反映されない。


「それで何をするんだ?〝魔術閉鎖空間〟を展開したということは、何か魔力を使うのか?」


「ええ、けど、武器は召喚しないわ」


「どうしただ?」


 魔力を使うということは実戦に近い練習をするのだろう。であれば、武器を召喚しないということは意味がわからない。武器を召喚しなれれば実戦に近い練習は出来ないだろう……。


「私達の戦力はたぶんだけどほとんど分からないわ。武器を召喚して実戦をすれば、万が一の可能性として、どちらかが怪我……あるいは死んでしまう可能性がある。それは絶対に避けたい事態だわ。約束エンゲージを結んだ同士なら尚更ね」


 英雄ジークフリードの時にそれは事実になった。凜奈の話によるとローネがそう言っていたらしい。そして、ローネは死んだ。約束を結んだ同士は、死ぬ時も同じなのだということが決定付けだれたのだ。


「わかった……それならどうするんだ?」


「答えは分かってるくせに……これを使うのよ」


 今まで触れなかったが、白雪はずっと荷物を抱えていた。リュックのように布を背負っていたが、あえて触れなかった。本人も何も行ってこなかったので、触れなくていいのかと思っていたが……。


「中には何が入っているんだ?そもそも、そんなに大きな荷物なんだから俺が持ったのに……」


 白雪が背負っている物は、白雪と同等の大きさぐらいある。召喚者の力であれば楽に持つことが可能だろうが、それでも女の子に持たせるというのは男してどうなのだろう。げんに、街を通っている間も視線を感じていた。


「別にいいわよ。これぐらい。重さなんてほとんど感じないし……」


 地面に荷物を下ろすと、中を見た。そこには二つの木刀が入っていた。


「これでやるの。木刀に魔力を込めることは出来ないから、体に魔力を込めて移動とか攻撃をする。木刀は私達の武器に見立てて使う。さすがに私のような鎌を用意することは出来なかったけど、海人は練習になると思うの。私も魔力の移動とかの練習になるし、当たっても、怪我することはないし、一石二鳥だわ」


「なるほどな……確かに練習になるかも。直撃しても怪我をしない木刀なら手加減せずに斬ることが出来るし……」


 両方とも怪我をしないのであれば、それに越したことは無い。けれど、白雪を斬るということには抵抗はある。仮に怪我をしない木刀でもだ。だが、強くなるためにはするしかないので、斬る……白雪も手加減されることを望んでいる訳ではない。


「それなら、早速初めましょ。そうね……まずは練習ってことで、先に木刀で直撃を与えた方の勝ちっていうルールでいいかしら?」


「わかった。それでいい」


「一応、ゲームのような形式を取ってるけど、本気でやるのよ?」


「当たり前だろ?手加減して勝てる相手じゃないのは充分理解している」


 一定の距離を離れて、木刀を構える。俺達以外誰も居ない空間。静かな空間の中で、白雪の集中が高まっていくのを肌で感じる。俺も、目を閉じて全身系を集中させる。まるで、他の召喚者と戦う時と同じような緊張感で、構える。


 一分程度が経過した。俺は目を開けると、白雪は既に俺を見据えていた。まるで、目の前に敵が居るかのような視線で見ている。体全体が危険を伝えてくる。紛うこと殺気だ。


 木刀を構え、神経を研ぎ澄ます。そして、風も吹かない空間で、誰も居ない空間で音が聞こえたような気がした。聞こえるはずないのに、確かに音が聞こえたのだ。それを合図に俺は一気に駆け出す。白雪も同じタイミングで駆け出す。


 白雪の速度は俺より遥かに速い。同じタイミングで駆け出したのであれば確実に白雪の方が先に仕掛けられる。だが、俺はそれを構いもせずに突進する。白雪が剣を縦に振るうと同時に横に飛ぶように移動した。


 着地すると同時に右足で地面を蹴り、木刀を突くようしにて白雪に接近する。だが、それを読めないほど白雪は弱くなく、空中に飛び、縦回転するように木刀を振るう。木刀を上に構えることで白雪の攻撃を防いだ俺は、後ろに下がり、様子を見る。だが、隙を見せる様子もなく、白雪の姿が視界から消える。足に魔力を込めて急激に加速したのだろう。


 魔力を込めるのが遅れた俺は、地面に伏せるように動いた。首を狙ってきていた白雪の木刀軌道は外れ、一瞬だけ空中に浮く。手を地面につけて、バク転するように蹴りを入れる。空中で回避が出来なかった白雪は胸の前で腕をクロスして攻撃を防ぐ。


 さらに、追撃をしようとしたが、蹴られた勢いを利用して、後ろに下がる白雪は、地面に着地すると同時にまた視界から消える。だが、行動を読んでいた俺は白雪より一歩早く足と目に魔力を込めて、攻撃を回避する。


 右に飛ぶように回避した俺は地面を蹴ると同時に加速する。地面に足が着地する前の白雪は目を魔力を込めて動きを見切ろうとするが、いち早く木刀を横に振るう。動きを見切ったとしても、振った後であれば関係ない。


初めて、目を見開いた白雪は、空中で体を捻ることで、直撃を回避した。だが、いまだに空中に浮いている白雪に追撃するために、木刀を上から振りかぶるが……俺は途中で回避に入った。なんと、体を捻った白雪はそのまま勢いに任せて、木刀を投げてきた。体をうまく捻ったことによる木刀の速度は速く、木刀を振るったのであれば確実に直撃していた。


「くっ!!」


 予想外の動きに反応が遅れたが、首を横に逸らすことにより飛んできた木刀を回避した。だが、首を横に逸らしたがために、白雪から一瞬視線を外してしまった。前を向いた時には白雪の姿は無く、移動していた。


「さすがに早い!」


 白雪の動きを予想する。視線を外したために完全に見失ったためだ。普通の戦いであれば武器を投げることなど絶対にしてはならない。それは、唯一相手を殺すことが出来る物だからだ。


 だが、これは練習。勝利条件は木刀で直撃を与えたほうが勝ちというルールだ。であれば、確実に投げた木刀を取りに行く。俺はそう判断し、右足を軸にして体を回転させた。だが……。


「え?」


 白雪はそこには居なかった。投げた木刀はまだ空中を飛んでおり、取りに行った気配はない。白雪ほどの速度があれば、もう追いついて次の行動に移しているはずだ。だが、木刀はまだ飛んでいる。その意味は……。


 俺はこの時初めて判断ミスをしたと自覚した。勝利条件は木刀での直撃だが、これは実戦の練習なのだ。もし、殺し合いであれば武器を投げることなどは絶対にしないだろうが、それと同じレベルで、相手に背中を見せる行為はしない。


 そして、今の俺はそれに嵌められた。白雪は初めから木刀を投げて取りに行くという行動をすると思いこませたのだ。戦いが始まる前に、木刀での直撃が勝利条件にすることで、そう俺に思わせた。


 戦いというのは情報戦なのだ。いかに相手の情報を持っているかというのが大事だ。普通の説明に思わせて、あの時から白雪と俺の戦いは始まっていた。あらゆる状況を考えて、武器を投げる可能性を考慮に入れていたのだ。


 そして、今この状況である。木刀を取りに行くという行動を思い込まされ、俺は敵に背中を見せるという行動をしてる。普通の戦いであれば確実に命を落としているという行為。


「まだ、甘いわ!」


 後ろから声が聞こえたと同時に木刀を持っていた右手に衝撃が走った。魔力が込められた蹴りが腕に響き、木刀を持っている力が抜けた。そして、振り返った時には遅かった。


 手放した木刀を白雪は奪い、振りかぶっていた。軌道が見えていないので回避することも出来ない。そもそも、回避する動作にも入れない。そして、俺の横腹に木刀が直撃した。


「やったわ!」


 元気な声が聞こえると同時に俺はしりもちをついた。勝負は完全な敗北。俺は勝が始める前に負けていたも同然だ。


「さすがに強いな……」


 その言葉しか出てこなかった。確かに体術などでは戦力は同じだったかもしれない。だが、他の部分では圧倒的に負けていた。純粋な経験の差というのがこの戦いで明らかになったのだ。


「まだ、海人に負ける訳にはいかないわ!先輩召喚者としても約束エンゲージ相手としてもね」


 木刀を地面に置き、ベンチに座る。白雪の顔は機嫌がいいのが人目で分かる。俺に勝ったのがそんなに嬉しいのだろうか?俺なんてまだまだだというのに。


「直接戦う前から戦いは初めって居た……情報という物では圧倒的に負けていた訳だ。だから、あそこで木刀を投げた。その前に目を見開いたのも作戦か?」


「確かに、戦う前から戦いが初めって居たのは事実よ。けど、さすがにあれは驚いたわよ。けど、嵌ってくれた。もし、あそこで嵌ってくれなければ私は負けていたわ」


 ベンチに座り、空を見ながら言う白雪。俺はまだ白雪には追いついていないのだった。


「少し休憩したらまた、始めるわよ?ルールは同じで良いわね?」


「ああ、いいよ。次は絶対に負けないから」


「私だって負けるつもりはないわ!」


 こうして、後、十回戦ったが、白雪には一度も勝てなかった。けれど、自分の甘さや弱点などを色々知るいい機会になった。







**********





 時刻は昼の一時半。白雪と海人が学園に行っている間に到着した。ロンドンから約十二時間という長い時間を掛けて日本にやってきたのは、男二人組みだ。一般客と同じ飛行機で来た二人は互いに普通の人間ではない。


 一人はクリス・アンサンブルというローラ家の使用人だった男。もう一人はニール・スターと呼ばれる男。クリスからは〝壊れ者〟と言われている存在で体のつ作りは人間だが、人間ではない怪物の一人。


 クリスは魔力があるので、紛うことなき召喚者だが、ニールは違う。魔力をまるで感じないので召喚者ではない。だが、この男は空気が違う。普通の人間と纏っている空気が違うのだ。


「やっと着いたな!」


 空港の中で大声を上げるニールにクリスは少し渋い顔をしながら、


「あまり大きな声を出すな。ここは日本だぞ。ロンドンとは違う。まぁ、ロンドンでも大きな声を出す奴などほとんど居ないがな」


「別にいいじゃないの?もしかしたら後数日で死ぬかもしれないんだし?楽しまないとね!」


「死ぬ気などさらさら無いくせに……」


 ロンドンから日本に来たというのに荷物は持ってきていない二人は手ぶらで、空港を後にする。クリスもニールも日本に来たのはこれが初めてのことだった。本来であれば楽しい旅行になるはずだが、今回は旅行に来たはけではない。


 するべきことがあって日本に来たのだ。それは、〝三日月雷鎌ライトニングムーン〟と〝魔女狩り〟という前回戦争で勝者になったといわれている召喚者と戦うためだ。


 二人は今回も戦争に参加している。そして、〝魔術蒼石マテリアルブルー〟を四つも持っている。だが、この二人は弱いと耳に聞いているクリス。そして、この二人にクリスとニールは伝えにきたのだ。


「それで、今から行くのか?」


 ニールは笑顔で楽しそうに聞いてくる。まるで、子供が楽しいことをする時のような無邪気な顔で、召喚者の元に行くのかと聞いているのだ。


「いや、数日だけあける。お前が言う通りもしかしたら死ぬ可能性があるから、数日だけ日本観光をしよう。最後の思い出にするために……」


「それだ!待ってたよ!!死ぬ気はさらさらないけど、今回ばっかしは相手が相手だからね!とりあず、日本観光しよう!!俺、一度は来たかったんだよねー日本!」


 駆け出す、ニールを苦笑いで追いかけるクリス。普通の召喚者であれば、〝三日月雷鎌〟とぶつけても大丈夫なのかと正気を疑うが、クリスはニールの実力を疑っていない。実際にこの目で目の当たりにしたからこそつれてきたのだ。


 まだ、クリスが召喚者になりたての時に、ニールが召喚者を圧倒していた光景を見たからこそ知っている。魔力はまるで感じない普通の人間だが、並の召喚者ではニールに触ることさえ出来ないであろう。


 クリスの中ではそれは〝魔女狩り〟や〝三日月雷鎌〟でさえ同じなのだ。クリスは二人同時に相手にしてもニールが勝つことを疑っていない。それであれば一人であれば負けることなど無いに等しい。今のままでいけばだ。


「実際に見たことはないが、ニールであれば〝第三次開放トリプルアクセル〟の使い手でさへ殺してしまうかもしれない」


 だが、それは推測の話しだ。とてつもなく強いということは知っているが、クリスは〝第三次開放〟の使い手を見たことが無い。ましてや、その上を行く高みに上った〝世界融合〟など想像も着かない。


 だが、事実としてあるのは自分ではニールには絶対に勝てないということだけだ。そして、ニールが召喚者を殺してきた所は少なくとも十回程度は目の前で見てきている。それは、召喚者のクリスでも勝てないと思った相手を人間であるニールが殺す光景を何度も見てきているのだ。


「〝壊れ者〟……その名前は間違っていない。もし、仮に壊れていないとすれば間違いなく召喚者だ。普通の人間が召喚者に勝つことなど不可能だ。体は人間だが、ニールは確実に壊れている……だから、会いに行く。伝えるために……」


 クリスはニールを追いかけながらそう呟いた。






 


 


 


 







 

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