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無くした記憶

とりあえず、学園に向かうことにした俺と白雪は、遅めの登校をしている最中だ。並んでゆっくりと歩く俺たちは、前に進んでいる。ずっと、凛奈と見ていた景色は白雪と見ている。


いつも、待ち合わせをしていた木の下には、凜奈がいつも通りに待っていそうなほど何も変化はない。普段通り.......三日間学園には行っていなかったが、変わった所は何一つない。


俺の大切だった幼馴染みが死んでも世界は普通に回り続ける。まるで、一人の命など、重要ではないと言っているように、何も変化はない。たぶん、世界にとっては、一人の死など体した事ではないのだろう。


七十億人という人が居るこの世界では、たった一人の命など、あってもなくても変わらないのだろう。今まで何度も通った通学路は、変化はない。大切な物を無くした俺とは大違いなほどに何も変化はない。


だか、この風景を見ている俺の心は変化した。凜奈が生きている時は、悲しみや憎い、後悔などといった感情は心の中にはなかった。自覚していないだけかもしれないが、凜奈が生きている時は、そんな感情は一切無かった。


 だが、今は強く心の中に存在している。初めて恋心を知った、自覚した少年や少女のように、自分の中にここまで強い、悲しみや憎い、後悔という感情が存在したのかと驚くほどだ。だが、先ほどよりはマシになった。それは、隣を一緒に歩いている白雪という女の子のおかげだ。


身長は小さいが、心にはとてつもなく大きな強さを持っている女の子。小さい体に持っている大きな覚悟は、俺の知っている限り誰より強い。眩しいほどの強い覚悟……直視すると輝きで周りが見えなくなるほどの眩しい強さを白雪は持っているのだ。


十年前……幼い時に持った覚悟と願いを小さな女の子がずっと持っているのだ。俺には持つ事の出来なかった物を白雪は持っているのだ。


「何か失礼なことを考えてない??」


隣を歩いている白雪はジト目で俺を見ている。俺と白雪では身長差があるため、上目遣いになり、可愛い。こうして、普通にしていれば白雪は召喚者などという人間を超える者ではなく、普通の女の子に見える。


「考えないって、ただ、羨ましいかな……」


「羨ましいって何が??」


不思議そうに見てくる白雪は、何も気が付いていないようだった。白雪が持っている物は、ほんの一部の人しか持てないものだということ。そして、これほど、強い物を持っている者はそういないという事実を。白雪はただ、心の感じるままに従っているのだろう。


「白雪が持っている物がだよ」


白雪は本当の強さというのを持っている。力を振るう事ではしか証明出来ないような偽物の強さではなく、本当の強さ。何があっても、自分の大切な物を曲げない強さ、見失わない強さ。


お母さんを叶えたい、そのためには何でも犠牲にし、人を殺す覚悟、殺される覚悟する強さ。本当に心から大切だと思わなければ持てない覚悟だ。


「私なんて大したことないわ。ただ、自分がすべきこと、叶えたい願いを見失っていないだけだわ。自分に正直って言えば聞こえはいいかもしれなどいけど、本当はそうではないということは一番私が理解してる……ようするに自己中心的なのよ。願いのためならば、何でもする。覚悟もする。ただ、それだけ、それ以外は何も考えてないわ」


 少し恥ずかしそうに頬を赤く染める白雪は、笑顔になった。その笑顔は、学園に居る普通の女の子以上に輝いているが、笑顔の裏にたくさん辛いことや、迷いがあったことが俺には分かる。


 白雪も俺と同じように大切な人を亡くして、色々葛藤したのだろう。幼い時に、大切な人を亡くし、召喚者としての道を歩んだ白雪。ここに来るまで、大勢の召喚者と出会い、大勢殺してきたのだろう。強くなるためには実戦が一番ということは誰でも知っているからだ。


 幼い頃から揺るがない願い。母親を蘇生させるという通常では叶えることが出来ないことを願い、戦争に選ばれるという限りなくゼロに等しい可能性に掛けて、強くなろうとしたのだろう。


「俺はそれが羨ましいよ」


たぶん、白雪はこれが間違いだと心で理解していても、自分の願いであれば叶えようとするだろう。だからこそ、相手を殺す覚悟、殺される覚悟も出来ている。ただ、大切な人と一緒に暮らすために……。


「私だって、海人が羨ましいわ。私とは違う物を持ってる。そして、それが、海人の強さになってる」


「俺の強さ??」


「そうよ。海人は大切な人との思いや、思い出を持ってる。それは、私が決してもっては、いないものだから......だから羨ましいわ」


白雪は立ち止まり、真剣な顔で俺を見てくる。その瞳には一切の嘘は感じられず、本当に羨ましいと思っていることが理解出来る。


「私にはお母さんとの思いではあんまりないわ。小さい頃だったから、ほとんど覚えて居ないってこともあるけど……勿論、楽しかったていう記憶もあるのよ?でも、ほとんど覚えていない。それは決して確かめられる物ではないわ。昔の記憶だから......小さい時だから......確かにあるんだけど、昔だからあんまり覚えてないよ」


 少しだけ悲しそうな顔になった白雪は、周りの風景を見るように首を回した。俺も白雪が見ている方向に首を回し、立ち止まる。それにあわせて白雪も立ち止まり、少しだけ無言になる。


 別に話す言葉が無かった訳ではない。気まずい空気だった訳でもない。不思議と言葉を発することを戸惑う空気だったのだ。言葉を発しなくても相手のことが、なんとなくだが理解出来る空気……。


「私は今が一番楽しいかもしれないわ。この年代の記憶は障害無くす事はないだろうし、今が一番努力している。お母さんが生きていないこと以外だったら間違いなく私は今が楽しいわ……それに……」


 風景を見ていた白雪は、再び俺の方を見てきた。風に揺れる前髪を手で少しだけ退かす白雪は、笑顔で言った。


「今が一番願いに近づいているから!戦争という命がけの戦いをしているけれど、それは私が願っている願いに一番近づいているということだから」


「確かにそうかもしれないな……」


 今俺達が立っているのは、全ての願いを叶えることが出来る場所だ。勝者となるには限りなく難しい道だが、ここに立てていない召喚者も大勢いるのだ。それは、白雪が望んでいる願いに近づいているということだ。


「海人もそうでしょ??私達は戦争に参加している召還者の中で最も勝者に近いはずだわ。だから海人も願いに近づいているのよ。〝みんなが笑顔で居られる世界〟という願いに」


「ああ、そうだな……」


「海人……」


 正直俺は迷っている。前に進む事を決めたのは事実だが、願いについてだ。〝みんなが笑顔で居られる世界〟を望んでいるは事実だが、凜奈を蘇生させたいというのも事実だ。


 凜奈本人はそんなことを一切望んではいないということは充分理解しているのだが、それでも隣に凜奈が居ないのは悲しいし、辛い。だが、どんな願いでも叶えられると言っても、一つ限定だ。二つとも叶えるという欲張りなことは出来ない。


 それに迷いと言うのは必ずしもどこかで行動が鈍る。自分達より強い召喚者と戦わなければならないという状況で、迷いを抱えて戦うことなど絶対に出来ない。いづれは、この迷いも掃わなければならない。


「……学園に着いたな。今まで風邪ってことで休みにしていたが……色々言われそうだな」


「そうだね……けど、大丈夫だよきっと。風邪で休むことなんて、人だったら誰でもあることだし……」


「どうしたんだ?何か言い辛いことでもあるのか??」


 学園の入り口前に到着した俺は、一旦立ち止まった。白雪が、何か言いづらそうにしていることが妙に気になったからだ。入り口前で、歩きながら話しを聞けばいいのだが、既に大遅刻をしている状態なので、急ぐ必要もない。


 それよりも、白雪が言い辛そうに……言い方を変えれば俺に隠している事を聞きたい。今の状況から考えるに凜奈関連なのは確実なのだが、さすがに内容までは理解することは出来ない。


「海人は、覚えてる??凜奈の事?」


「当たり前だろ?忘れる事なんてありえない。それは白雪だって、凜奈と仲良くしていたクラスメイトだって、忘れる訳ないだろ??」


 俺の言葉に白雪は顔を歪めて、辛そうな顔をした。だが、直ぐに普段通りの顔に戻り、歩みを進める。まるで、何事も無かったかのように学園の中に入っていく。


「どうしたんだよ?何か言いたいことが……」


「うん、けど、それは自分で思い出したほうがいいことだと思うから。その方が凜奈の死を乗り越えることが出来ると思うから……だから私から言うことは何もないわ。ただ、辛いと思うけど頑張って」


後ろを振り向き、それを言い終わると、再び前に歩き出す白雪の後を急いで追う俺。何を言っているのか理解出来ないが、白雪がそういうのであれば、俺から口にしることは何一つ存在しない。乗り越えるために必要なこと事だというのならなお更だ。


 確かに凜奈を失ったことは悲しい。けれど、いつまでも悲しみに浸っていることなど出来ない。生きているということは、出会いと別れがあって当たり前なのだ。悲しいと一時的に感じるのはいいが、それを永遠に引き摺るなどしてはならないのだ。


 白雪を後ろを歩き、職員室に向かう。学園中が静まり返っているので、今は授業中なのだろう。なので、そのまま教室に行くよりは、一度職員室に寄ってからの方が良いと白雪が言ったのだ。


 正論なので、俺もそれに従い職員室に向かっている。学園の生徒一人が死んだというのに、学園の空気や雰囲気は一切変化はない。普段通りにしか見えない状態だ。


 別に、学園が悪い訳ではなく、世界というのはこれが当たり前なのだろう。大勢が居る学園で、一人の死のために授業を止めるわけには行かない。一人のために周りを巻き込むわけにはいかない。


 一人亡くなった程度では学園側もどうすることも出来ないのだ。災害などが来て、大勢が無くならない限り、学園は通常通りに授業を行うだろう。


 数分歩くと、職員室前に到着した俺達は、ノックをして、トビラを開けた。そして、担任の先生呼んだ。


「おお、霧沢じゃないか。風邪はもういいのか??」


「はい、かなり良くなりました」


 実際は風邪ではないのだが、ここで本当のことを言う意味はない。風邪だと思ってくれているのなら、それを否定することはない。後で色々聞かれるのが目に見えている。


「そっか……今は授業中だが、普通に教室に向かっていいぞ。基本的にお前が風邪ということは担当の先生はみんな知っているはずだから」


「はい、分かりました」


「うむ、どうしてここに桜が居るのかは聞かないで置こう……まぁ、そんなことより、これでクラス全員が揃って何よりだ」


「どういうことですか?」


 先生の発言に違和感を感じた俺は聞き返した。クラスが全員揃うことなんて、今ではありえないことなのに。三日前に死んだ凜奈は、既にクラスメイトから外されているのだろうか?


「そのままの意味だが……桜、確かお前のクラスで休んでいる人は全員学園に来ているよな?」


「はい、私が知る限りでは、クラスメイトは全員揃って居ます。欠けていたのは海人だけです」


 俺は不思議で仕方なかった。白雪は、凜奈が死んだ光景を目の前で見てた。クラスメイトが揃うことなど絶対にありえないということを理解しているはずなのに。死んだ人が居るのに、揃うことなどありえないと理解しているはずなのに、どうしてそんなことを言うのか理解出来なかった。


「そうだよな……霧沢が休んでから、学園を休んだ生徒は居なかったはずだが……」


 先生も凜奈が学園に来ていないということを知っているだろう。なぜなら、凜奈は死んだのだから。


 召喚者同士の戦いで死んだ凜奈の死体は、この世界には残らないはずだ。だが、学園に来るということだけはありえないのだ。凜奈は俺達の目の前で殺されて、今は生きていないのだから。


「先生……凜奈は……」


 凜奈が死んだことに先生は一切関係ない。これは、人間ではなく、召喚者の問題で、先生は全く関与する場面はない。だが、担当しているクラスから死人が出たことによる、一時的な驚きだろう。直接関与していないとしても、学園や、社会などでは様々なことを言われるだろう。その事よる、一時的な記憶の障害だと思っていた。


 だが、先生は俺の予想の上を行く発言をした。


「凜奈?うちのクラスにそんな生徒は居ないぞ??どこか別のクラスの子か?」


 俺は一瞬何を言われたのか理解出来なかった。頭の中が真っ白になり、少しだけ視界が歪む。まるで、頭を鈍器か何かで強く殴られたかのような衝撃を受けた感覚だった。


 そんな様子の俺に先生は眉を下げて心配そうな顔をしていた。まるで、俺が可笑しな反応をしているかのような顔をしていたのだ。


「本気で言ってるんですか??」


「本気だが……何かおかしなこと言ったか??」


 自分が可笑しなことを言ったという自覚はないようだった。三日前まで一緒の暮らすに居た凜奈のことなのに、もう忘れるなどありえない。だが、先生が嘘を付いているようには見えない。


 元は担任は水瀬先生だったが、俺も先生のことは知っている。当然、生徒に嘘を付くような先生ではない。今まで水瀬先生が消えてから担任をして貰っているが、みんなの印象は悪くない。


「ちょっと待てよ……確か、水瀬先生のことを覚えているのって……」


 担任としてお世話になって居た水瀬先生は召喚者だった。それも世界レベルの召喚者で、俺が見てきた召喚者の中では間違いなく一番強い召喚者。フロウとの戦闘後、学園から姿を消した水瀬先生を覚えているのは……。


「俺と白雪…・・・それと谷崎だけ……」


 谷崎が一体何者かなど知らないが、少なくとも普通の人間ではない者しか覚えていない……つまり召喚者であった凜奈を覚えているのは……。


「そんなに信じれないなら、今から名簿を持ってきてやる……」


 職員室に戻っていく先生を見た瞬間に、俺は走りだした。必死過ぎて人では到底出せない速度で自分の教室まで向かう。今が授業中でなければ間違いなく恐れられていただろう。


「海人っ!」


 白雪の声が聞こえたような気がしたが、俺は確かめたいことがあり、教室に向かう。歩きでなら数分掛かる距離にある教室まで、数秒で駆け抜け、授業をしているであろう教室の扉を勢い良く開ける。


 静かな学園に騒音が響き、クラスメイトは何が起こったか理解出来ないような目でこちらを見た。突然騒音が鳴ったことに対して驚き、声を上げる女の子も居たが、今はそれを謝る余裕など存在は無かった。いち早く確かめたいことがあったのだ。


「おお、霧沢じゃないか。すごい勢いでトビラを開けるから驚いたじゃないか」


 授業をしていた先生が、俺だと気が付いて声を掛けてくれたが、俺は教室に入り、ある場所に向かう。そこは三日前まで凜奈が座っていた席だ。普通なら開いているはずの席だが、そこにはクラスメイトが座っていた。


「先生……このクラスの生徒は何人ですか?」


 先生の方を睨むようにして見る俺に若干覚えた様子を見せた先生だったが、直ぐに出席簿を開き、確認してくれた。


「三十四人だが……急にどうしてそんな事を聞くんだ?」


 教室を一瞬だけ見渡すと、俺は現実を見た。凜奈を除けば全員揃っているという現実を見た。凜奈は忘れられているのだ。クラスメイトだけではなく、召喚者以外の全員から。


「どうして忘れて居たんだ……」


 召喚者は人間と生きている場所が違うということを。水瀬先生はみんなの記憶から消えた。短い間だけだったが、クラスメイトであった英雄派のローネは死んで、みんなの記憶から消えた。


「それなら、死んだ凜奈だって……」


 召喚者以外のみんなの記憶から消えて当然だ。生きる世界が違う住人が死んだのだ……普通であれば人間が覚えていることなどありえないだろう。


「おい、どうしたんだ……霧沢?」


 心配そうな声を出しながら近づいてくる先生。足音が近くなり、そして俺の前で立ち止まると同時に俺は脚から崩れた。仲良くしていた……みんなと楽しそうにしていた記憶が……凜奈が笑っていた日常が、みんなの記憶にないことが耐えられなかった。


 





 



遅くなり申し訳ありません

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