一歩
魔術蒼石を手に入れてから三日ほどが経過した。
〝呪縛歌〟を殺した時の力は消失し、今は前の俺に戻っている。世界レベルの魔力もなければ、振るっただけで魔法陣を斬ることも出来ない。
あれから試したことはないが、体から湧き上がる力や、魔力をまるで感じないので、確かめなくても出来ないことは理解出来る。自分の体は自分が一番理解している。疲労を感じる時や、風邪を引いた時と同じで、他人には分からないことでも自分では理解出来るのと同じだ。
他人には理解出来ないことでも自分では理解出来るのだ……そう、自分が今、堕落の道に向かっていることも。
「……………………」
何もする気が起きない。全身に力が入らない。まるで、病気に掛かったかのように、心が痛い、胸が苦しい。どうして、こうなったのかという後悔だけが、頭の中で回転している。
今、居る現実を受け入れることが出来ない。ただ、外の風景を見ていることしか出来ない。こんなことをしている暇はないというにも関わらず、ベットから起き上がる気力も残ってはない。
心の奥に巨大な穴が空いているかのような喪失感。絶対に無くしたくない物を無くした時の感覚に似ているかもしれない。
だが、無くした物は物体でもなく、戻ってくる物でもない。ずっと近くに居た幼馴染である凜奈……半身のような存在を亡くしたのだ。召喚者という非現実な存在に……。人間から外れた存在に……。
外は光が差している。眩しい光は俺の心の奥とは正反対で光り輝いている。空は雲もないほどに快晴で、後悔にまみれた俺とは違い、綺麗な蒼をしている。
時刻は十一時を回った頃だ。今日は平日で学園がある日なのだが、こんな精神状態で行けるはずもない。行った所で、何もする気に起きないのだから意味ないだろう。
「……………………」
目覚めた時間は、今まで通り、訓練する時間だったのだが、最近は行っていない。ただ、起きてからずっとベットに仰向けになり、頭の中を真っ白にしている。していないと直ぐに、あの光景が頭の中に浮ぶ。
ずっと隣に居てくれた幼馴染である凜奈の最後……手が無くなり、足が無くなり、首が胴体から取れかかっていた状態の凜奈の姿が、頭の中に浮んで消えないのだ。そして、後悔する。どうして救えなかったのか?どうして守って上げれなかったのか?という今更考えても仕方が無いことばかり考える。
凜奈が死んだのは弱かったからだと理解している。戦争という殺し合いに参加しているのだから死ぬ覚悟は当然出来ていた。だが、目の前で大切な人が死ぬのと自分が死ぬのでは大きな違いがある。心への痛みが尋常ではない。
もし、白雪と凜奈が生き残り、俺が死んだとしたら白雪も凜奈もこんな気持ちになるのだろうか。俺は今まで理解してきているつもりで全く理解出来ていなかったのだ。人が死ぬということはこういうことなのだと。
誰が死んでも、自分が死んでも必ず悲しむ人が居る。それは誰もが知っている事実だが、無くした者だけにしか重さというのは理解出来ない。居なくなることなんて想像もしていなかったにも関わらず、急に居なくなる寂しさに、後悔に。
そして、今味わっている思いも、自分が死んだら残った人が味会う思いだとういうこと。それは、決して拭えるものではなく、決して無くなる物でもない。永遠に回り続けるのだということを理解していなかった。
「凜奈は弱かった……だが、それは俺も同じだ」
もしも、俺が凜奈が死ぬ前にあの力を出せれば……確実とまでは行かないかもしれないが、高確率で今も凜奈は隣で笑ってくれているだろう。こんな後悔に浸ることも無く、願いにまた一歩近づいたと話し合っていたかもしれない。
悲しい思いをすれば、人はまた心に傷を負う。これは決して逃れる事の出来る物ではなく、悲しいと感じ、そして大切な人を失うと、心には深い傷ができ、少しの勇気で立ち上がることなど出来ない。
それが病気など、俺達が関与出来ない部分でなら話しは変化してくるかもしれないが、今回は俺達しか関与出来ない部分だった。凜奈が死んだ場面を見たのを俺を合わせて三人だけだ。
そして一人は俺達を殺そうとしていた敵だった。だったら俺達以外には凜奈の死を回避させれる存在が居なかった状態だったのだ。
今まで共に戦って来た凜奈の死は決して軽い物ではない。幼馴染の俺は勿論のこと、白雪も悲しんでいた。初めは殺しあったほど色々敵対していたはずなのに、今では悲しむ相手になった。それほど、今までの時間が濃いかったのだろう。
「後悔しても仕方ない……凜奈はこんなこと望んでいないと理解している……」
だが、それは理解しているだけで、頭は、心は、それについてきていない。鮮明に思い出す、凜奈が死んだ瞬間。その時、俺は傍に居たにも関わらず、大切な存在である凜奈を守れなかった弱さ。
何度も助けて貰った存在である凜奈。守りたいと心からそう想っていたのに守れなかった。それは全て自分が弱かったからで、他に答えなどない。いや、それ以外に答えなど必要ない。
何か答えがないと、心が正常に動かない。何か、凜奈が死んだ原因が無ければ納得できない。殺された凜奈が悪いなどという暴論では、納得できないのだ。
「凜奈が死んだ理由は俺にある……弱かったのも理由だが……」
そもそも、俺が戦争などに参加しなければ凜奈は死ぬことは無かっただろう。〝みんなが笑顔で居れる世界〟を創りたいなど、普通では不可能な願いを抱えた事で起こった死。
凜奈は元々召喚者だが、俺が召喚者として覚醒しなければ、凜奈はずっと俺の隣で笑っていただろう。特に何もない平和な生活をしていたのだろうか?召喚者などという非現実的な存在の事など知らずに、ただ、普通の人間として凜奈と一緒に生活していたのだろうか。
どこにでもありそうな普通の生活。それは、たぶんだが一番幸せな形なのだろう。俺達もそんな、一番幸せな形である、普通という生活を送れていたのだろうか?それなら……。
「幸せだっただろうな……願いのことは仕方ないと諦めて、凜奈のと生活……もしかしたら結婚とかしたのかな?」
それなら幸せだろう。料理は出来るし、可愛いし、優しい凜奈と一生を過ごすものいいだろう。想像するだけで、楽しいと思える生活を出来ると断言できるが、そんなのはただの可能性の話だ。
もう、決して訪れることがない可能性の話。どれだけ求めても既に遅い。普通の生活など決して送ることは出来ずに、凜奈はこの世界にはもう居ない。召喚者になるという道を選んだ時点で、普通の生活など送れるはずもなかったのだ。
「これは俺が選んだ道……だけど……」
理解している。これは俺が願いを叶えたいという思いを持っていて、それを叶えようと行動した結果がこれだ。召喚者になり、戦争の勝者になるという極めて困難な道を選んだ結果だった。
だが、自分が選んだ道だが、今はそれを歩み気力すらも残っては居なかった。ただ、脱力感や喪失感で体は支配せれている。頭に浮んでくるのは体が可笑しくなっていた凜奈の姿。大量の血で真っ赤になっていた凜奈の姿なのだ。
大切な人が死んだという事実は、俺の体を蝕んでいる。もう、大切な人を失うことはしたくない。このままいくと白雪までもが、俺の目の前で殺される可能性がある。そんなのは想像するだけでも寒気がする。
一度大切な人を失ったという恐怖が体から離れないのだ。戦争とは願いを叶えるために命を掛けて殺しあうことだ。俺はもう、そんな戦という物に参加したくはない。
また、凜奈のように白雪を失いたくは無い。このまま進めば高確率で俺達が死ぬ。また、失う。
「失うことが怖い……」
魔術蒼石の数は四つ。まだ、果てしなく先は長いが、決して見えていない訳ではない。確実にゴールが近づいてきているという実感も確かにある。だが、それ以上に、失う可能性が高い。限りなく失う可能性のほうが高い。
俺は今のままでは水瀬先生には絶対に勝てない。フロウとの戦いは俺達の想像を遥かに超えた戦いをしていた。願いを叶えるということは、その水瀬先生にも勝たないといけないということだ。
まるで勝てる見込みがない。失うかもしれない。
今までは、誰一人として欠けることなく前に進めたから、これからも頑張ろうという想いが沸いてきたが、今は違う。失う怖さを知ってしまえば、俺という人は前には進めなくなる。心が弱い……怖いことに、失うことに耐えられない。
「海人……」
部屋の中に突如気配がした。その気配が白雪であることは瞬時に理解できたが、今まで三日間声を掛けてくることが無かった白雪が、どうして今ここに居るのか理解が出来なかった。
見捨ててなど居ないということは白雪の性格からして心配はしていない。理由があることなど、容易に想像が付くが、一言あってもいいのではないかとこの三日間想ったことは何度もあった。
慰める言葉や励ます言葉。少しでいいから自分のせいだと攻め続ける俺の心を楽にして欲しかった。それが、凜奈が死んだという事からの逃げだと理解していてもだ……。
「どうしたんだ……」
俺はベットから起きずに、白雪に答えた。視線も天井に向いており、仰向けで寝たままだ。起き上がる気力は今は無い。
「別に大切な用事がある訳ではないわ……ただ、海人が学園に全く来ないから……」
視線を白雪に向けると、制服を着ていた。どうやら学園に行っていたようだが、途中で抜け出してきたのだろう。
「ああ……行く理由ないしな……」
「でも、前までは普通に通ってたでじょ?」
「ああ……」
白雪と会う前から凜奈にはずっとお世話になっていた。南坂学園だって、進学校だ。中学校の時から別に頭が良くなかった俺が、この学園に入学できたことは奇跡でもなく偶然でもなく凜奈のおかげだ。
急に凜奈が、高いレベルの高校を目指そうという話をしてきて、諦めかけていた俺の勉強をずっと見てくれたお陰なのだ。休日などは朝から夜までずっと隣で教えてくれていた。
だから通っていたという面が大きき。確かに遅刻をしたり、休んだりはしていたが、それでも通った。
「だったら学園に……」
「しつこい……」
その言葉で白雪は黙る。だが、視線は絶対に俺から逸らすことはなく、俺も白雪から視線を逸らさない。白雪の瞳には、強い想いや、願いが宿っているように見える。これが本当の強さを持った者の目なのだろう。
「どうして白雪はそんなに普通なんだ……?初めは仲が良くなかったけど、最近は普通に仲が良かっただろ?なのにどうして、いつも通りなんだよ?」
三日前の白雪は少なくともこんな感じでなかった。俺ほどひどくもなかったが、落ち込んだり、たまに涙を流したりしていた。その時は、白雪も同じ気持ちなんだと想っていたのに……。
なのに今は凜奈が生きていた時と全く同じだ。態度も仕草も、そして瞳に宿る強い想いも。今の俺には不思議で仕方が無い。どうして普通なのか、理解が出来ない。
「私はもう前に進んだよ。確かに悲しかったし、落ち込んだ。けど、これは十年前から覚悟していることだったから……誰も死なずに戦争の勝者になるなんて不可能だと理解していたから……確かに誰も死なずに勝者になれれば一番良かったわ。それが一番良い展開だわ。けど、私達は相手を殺す戦争に参加しているのだから、殺される覚悟はしていたわ。召喚者になり、戦争に参加したいと思った時からずっと……。それに……」
白雪は俺から一度も視線を逸らさない。だが、俺は視線を逸らしてしまった。俺だって覚悟していたつもりだったが、覚悟の度合いが違っていたのだ。白雪は戦争に選ばれるさらに前から覚悟していたのだ。
もし、仲間が出来ても、一緒に勝者になることは難しいということ。共に戦ってきた仲間が、自分の前で死ぬことがあるかもしれないこと。殺すのなら、殺される覚悟をしておくこと。十年前からずっと覚悟していたのだ。最近覚悟した俺とは全然違う。ただ、自分が情けなかった。
覚悟したと思っていながらも実は全然覚悟出来ていなかったという事実に。だから視線を逸らした。これは完全な逃げだ。
「私には叶えたい願いがあるから。これだけは何があっても揺るがない物だから。例え、敵を殺そうが、身内を殺そうが、凜奈が死のうが、これは私が生きている理由の一つだから。私はお母さんともう一度暮らすためになら何でもする。こんな所で止まっている時間なんて一秒もないのよ」
俺は率直に強いな、という感想を抱いた。白雪の願いが、何があろうと、どんなことが起きようと揺ぎ無い物だと顔を見れば理解出来る。雰囲気はいつもと全く変化はないが、顔つきが違う。
自分の願いを絶対に叶える。それ以外にまるで目標がないかのような顔つき。白雪にとっては、人生はお母さんと一緒に暮らすためにあるのだろう。そのためには戦争で勝者になり、願いを叶える以外にないと明確に見えているのだろう。だからこんな顔つきが出来る。
「それは海人だって同じでしょ?海人には〝みんなが笑顔で居れる世界〟を創る願いがあるでしょ?それは、何が起きても絶対に叶えたい願いじゃないの?例え、凜奈が死んでも願いは一つでしょ?」
白雪は何の疑いも無く、その言葉を投げかけてくるが、俺は白雪のように強くない。
「今、俺は凜奈を蘇生さしたい!他人のことなんか考えている余裕なんてない!!」
ただ、後悔で押しつぶされそうな俺。傍に居ながら、決して手が届かなかった訳ではない場所に居ながら俺は守れなかった。大切な存在だと、幼馴染でずっと近くに居た凜奈を守れなかった後悔。
俺が弱かったばかりに守れなかった。だから俺は、その責任を取る必要があるのだ。
「それは嘘ね」
だが、本音で言った言葉を白雪は即答で否定する。まるで、絶対的な自信があるかのように。
「海人は、その願いを叶えるために命を掛けて戦争に参加したのよ?例え幼馴染である凜が死んだ程度では決して揺るがないわ。海人の内に溢れるその願いは決して他の人の死では揺るがないわ」
まるで、俺の心の奥が見えているかの如くに言う白雪に再び視線を向けると、俺は目を見開いた。白雪の瞳には嘘を言っている様子などは全くなく、全て本音を語っていたのだから。
凜奈が死んで三日間は寝て過ごしている。弱かった自分が悪いと後悔ばかりして、前に進もうとしなかった俺を信じているのだろう。
「今は凜奈が死んで悲しいからそう思っているだけだわ。時間は掛かるでしょうが、少しづつ癒していけばいいわ。敵がいつ来るか分からないからゆっくりはしている暇はないけど……海人は前に進めるでしょ?私のパートナーなんだから」
白雪は言い終わると、笑顔を向けて手を伸ばす。落ち込んでいる俺を、凜奈を失って悲しみにふけている俺を助けてくれるかのように手を伸ばしている。俺にはそれは光に見えた。暗い夜に居る俺を照らしてくれる星の光のように見えたのだ。
「私達は最後の時まで一緒よ」
白雪は頬を赤らめながら言った。恥ずかしそうにしている仕草は、先ほど、仲間が死ぬ覚悟をしていた白雪と同じに見えないほど女の子らしい仕草だった。
「恥ずかしいなら、するなよ」
俺は、恥ずかしそうに手を伸ばしている白雪の顔を見ながらそっと微笑む。凜奈が死んでから初めて笑った瞬間だった。
「恥ずかしくなんかないわ!」
視線を逸らし、そっぽ向く白雪だが、伸ばしている手は決して下げない。俺にはその意味がなんとなくだが理解出来ていた。白雪は俺のことを〝約束〟相手だと認めているのだろう。だからこそ、心も弱い俺に手を伸ばしているのだ。
(直ぐには立ち直れないかもしれないが……それでも俺は……)
今更、白雪と縁を切ることなど絶対に出来ない。俺を召喚者として覚醒させ、凜奈を殺そうとした相手だが、今はそんなことどうでも良かった。俺は凜奈と出合ったぐらいに、白雪と出会ってよかったと思っているからだ。
「とりあえず、学園に行くわよ!」
「ああ……」
俺は白雪の手を取る。白く、柔らかい手はとても小さい。俺は、この小さくて……だけど、色々背負った手に救われた。立ち直れるかなどわからないが、それでも俺は前に進もうと決めたのだ。
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