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邂逅

夕暮れの街。古くからの建物が立ち並ぶロンドンの街は、赤く、大きな夕日に照らされて、幻想的な世界を描いている。人々は綺麗な光景を様々な想いを抱いて眺めている。


 ある人は大切な家族を想って眺めている。ある人は大切な恋人を想って眺めている。ある人は悲しい出来事を想って眺めている。綺麗で幻想的な風景は人に様々な情景や感情を与える。


 大切な人は一体この景色をどのように感じているのだろう。どこかでこの景色を見ているのだろうか。この景色を一緒に見ることが出来たら、一体どれだけ素敵な事なのだろうか。悲しい思い出も、この景色のように綺麗な思い出だったら……。


 人は考えるということを与えられた代わりに、悩むということや、想うということが出来るようになっている。人がどれだけの想いを抱えていようが、言葉にしなければ、形にしなければ想いという大切な物は人には伝わらない。決して届かない。


 この夕日に照らされたロンドンの街並を見て、感じることや想うことは一人ひとりの人で違う。美しいことや汚いこと。様々なことを想いながら見る風景は心の奥底に届くかもしれない。


「何度見ても綺麗な風景だ……この光景を一緒に見たかった……」


 様々な人と同じように夕日を眺めているのは一人の男。誰にも聞こえないように発した声は、胸の中の思い出と共に解けてなくなる。


 四十代後半の男は、夕日に照らされた幻想的な街並を遠い目をしながら眺めていた。瞳で見てる物は、夕日に照らされた街並だが、頭の中で浮んでいるのは十年前の遠い記憶。


 この男は……クリス・アンサンブルは、約十年前にこの町で権力を持っていたローラ家の使用人だった。ローラ家の当主の身の回りのお世話をしていた、信頼における使用人だった。


 屋敷の警備を主にしていたクリスだが、ニコル・ローラという姫の世話もしていた。ニコルはローラ家の当主の孫に値する存在で、政略結婚で、ローラ家を大きくするという役割があった。


 だが、彼女もまた女の子だった。一般人である男と結婚するために屋敷を捨て、ローラ家という檻から脱獄した。それほど男の事を愛していたという証拠なのだろう。


「懐かしいな……全てが懐かしい。あの屋敷で警備をしてたという事実も、ニコル様のことも、全てが懐かしい。まだ、あれから十年という短い月日しか経過していないにも関わらず、物凄く懐かしく感じる……」


 幸せな時間を十年過ごすのならば時間の経過は早く感じるかもしれないが、ニコルは決して幸せな人生を歩んできた訳ではない。いや、幸せだったかもしれないが、今でも後悔が尽きないだけだ。


 今でも思い出すと後悔し、決して忘れることが出来ない出来事だった。家を捨てたニコルだったかもしれないが、それでも自身が愛していた男と一緒に生活をしていたのだから幸せな人生だったかもしれない。


 二人で短いながら築いた家庭は決してなくならない。ニコルが、ローラ家という檻の中で育ったことを諸ともせずに、一生懸命いい嫁になろうと努力したとう事実。そして、二人の間に宿った小さな、けど確かな命。


 ここまでは幸せだった。クリスもニコルがずっと笑顔だったので、幸せだった。ローラ家という檻で暮らしていた時よりもずっと輝いた笑顔をしていたニコルを見ていると、家を捨てて正解だと言えるほどの笑顔をしていたのだ。


「幸せな日々はずっと続かなかった。何もしていないはずなのに……幸せな日々を送りたかっただけだろうに……」


 子供が生まれると同時に夫は無くなった。末期のガンでどうすることも出来なかった。ただ、ほとんど眠り、余命まで待つだけだった。


 何度もニコルは泣いていた。人前では泣かないニコルだったが、愛していた者が無くなって泣かない者など存在しない。けれど、生んだ子供を育てるために泣いてばかりではなかった。一生懸命母親をやっていた。


 初めての子供にも関わらずに、支えあうはずの夫が居ないという現状はニコルも辛かっただろうが、それでも、二人で愛し合って出来た子供を育てることを選んだ。


「それさえも奪う……不幸などという言葉では片付けることが出来ないほどの不幸……運命といっても過言ではないだろう……」


 ニコルは殺された。ローラ様が寝ていた場所で、一緒に死んでいた。首と胴体が切断され、部屋全体が血の海に変化していた。クリスは初め、部屋に入った時、理解出来なかった。


 一体何がどうしてこうなったか理解出来なかった。理解出来ない出来事で頭が真っ白になっている状態だったが、ニコルの子供……キサラ・ローラが部屋で泣いている声だけは届いていた。


 全身血だらけになりながら、泣いていたキサラをクリスは直ぐに部屋に抱え、屋敷を出た。ニコルも抱えて行きたかったが、手遅れなのは素人だろうが理解出来る状態だった。


「あの時は全く理解出来なかった。殺されたというのに叫び声一つも聞こえなかった。あの時は誰が殺したかなど想像すらもすることが出来なかった。だが、今は違う」


 あれは、召喚者が殺したのだと今なら理解出来る。なぜなら、クリス自身も同じ存在だからだ。そして、キサラ……桜白雪という召喚者が、日本に居るという情報も耳にしている。


 今思えば、あの時、キサラだけ生きていたのは召喚者として覚醒していたからなのだろうが、あの時は不思議で、キサラが殺したのではないかと、疑いを持ったほどだった。


 日本から遠く離れたロンドンの街。〝三日月雷鎌ライトニングムーン〟という前回戦争で勝者となった伝説を武器を使用している白雪と、その〝約束エンゲージ〟を結んだ相手が、同じく前回の勝者となった〝魔女狩り〟だという情報も届いている。魔術蒼石マテリアルブルーを既に四つ集めたという情報も入ってきている。


「全ての願いを叶えることが出来るという戦争勝者の特権。それは世界を変革することも、死者蘇生さへも可能だと言われている」


世界をいいほうにも悪い方にも変革出来る戦争の勝者として一番近いのがキサラ達なのだ。


「嫌な予感がする。とてつもなく嫌な予感が……」


 クリスはその予感が的中していることは間違いないだろうと踏んでいる。キサラはニコルを願いによって蘇生しようとしている予感が。


「死者を蘇生させるなどしていい事ではない。それは何よりも……それに、本人すらも」


 ニコルは確かに召喚者に殺されたが、それでも蘇生は望んでいないはずだと確信して言えるクリスは、キサラに言わなければならないことがある。本当は二度と会うつもりは無かったのだが、これだけは伝えなくてはならない。


「それに〝魔女狩り〟はもっとアホだ。それ以外の言葉が出てこないほどに」


 クリスは街並を眺める。夕日に照らされた街並は綺麗だが、少しずつ日が沈んできているため、暗闇も混じり始めていた。クリスは、そんなロンドンの街並をもう一度だけ見渡すと歩き出す。


 目的の魔女は町外れの小さな公園。散歩目的で歩いている訳ではなく、ある〝壊れ者〟に会うために公園に向かっているのだ。一人で、誰かに追跡されていないかと警戒しながら公園に向かっているのだ。


 数分歩くと、そこは小さな公園だった。今は辺りも日が落ちて暗くなっているので誰も居ないが、砂場を見ると子供が遊んでいた後があるため、先ほどまではいたのだろうと考えるクリス。


 ベンチがあるので、そこに座り、時計に目を向けると、待ち合わせの時間まで十分弱ある。誰も居ない公園で、一人寂しくベンチに座っているクリスは、他の人から見れば何をしているのだろうと心配されるかもしれないが、今は公園にも誰も居ない。


 特に結界を展開した訳でもないのだが、人が周囲に居ないのは好都合だ。これから〝壊れ者〟とする話しは、普通の人には聞かせることが出来ない話だからだ。


「聞いたところで理解出来ないかもしれないが、聞かない方がいい話だろう……召喚者の話なんて」


 普通に生活するのであれば決して関わる事がない召喚者の話など聞いても仕方ない。それをきっかけに覚醒をしないとも言い切れないので、聞かせないほうがいいだろう。


 そして、しばらく一人でベンチに座っていると、足音が聞こえてきた。普通の足音に聞こえるが、聞きなれたクリスには、〝壊れ者〟が来たと理解でき、ベンチから腰を上げる。


「やぁ、元気にしてたかい?」


「していたさ……」


 目の前に現われたのは、クリスより二十歳程度若く見える男だった。身長は高めで、声は少し高い。顔は鼻が高く、日本語を口にしているが、日本人ではないということが直ぐに理解出来る顔立ち。ハーフのようにも見えなくもない。


「それで早速本題だけど……思い切ったことを考えたね?正直、驚いたよ」


 男は笑顔で、口にする。その表情からは何m読み取れずに、ただ、笑っているだけのように見えるが、知り合いのクリスには理解出来る。


「楽しんでるだろ?」


「え?ばれた??」


 舌を出し、ウィンクする男をクリスは渋い顔をした。何か、まずい物を食べた時のような顔だ。


「バレバレだ。楽しんでやることでもないだろうが……」


 今から話す内容は決して楽しい話ではない。もしかすると命を落とす可能性がある話だ。だが、目の前の男……ニール・スターは、そのことを理解していながら楽しそうに笑っている。


「そうだけど、楽しみじゃない?だって、あの〝三日月雷鎌ライトニングムーン〟と戦えるかもしれないんでしょ??」


 ニールは、戦争に参加し、今世界で一番勝者に近い存在である召喚者と、戦うのが楽しみと口にする。普通の神経を持った者であれば、是非とも避けて通りたい道にも関わらず、〝壊れ者〟はそう口にしたのだ。


「だが、殺される可能性も高いぞ」


「それはそうでしょ?普通に考えれば、俺見たいなただの人間に勝てる相手じゃない。その辺の召喚者ならまだしも、〝三日月雷鎌〟なんて、大物」


 そう、このニールはクリスと違い、召喚者ではないく、ただの人間なのだ。だが、召喚者存在を知り、ましてや、〝三日月雷鎌〟と戦うことを楽しいという人間など〝壊れ者〟以外に存在しないだろう。


「そういいながら、お前はいつも相手を圧倒する。それも武器も特に使わずに、召喚者を圧倒する人間など、常識から外れている。〝壊れ者〟の名は伊達じゃないな」


普通の召喚者が聞けば、クリスが言った言葉は常軌を逸している。人間が召喚者相手に圧倒するなど、立ち上がることが出来ない子供が、チーターより早く走る以上に難しいのだから。


「〝壊れ者〟って名前、クリスが付けたんじゃないか。クリス以外に呼ばれたことなんてないよ……まぁ、怪物とか化け物とかなら言われたことはたくさんあるけど、それとはまた違うだろ?」


「大体同じ意味じゃないか?怪物や化け物などという言葉では表現できないから〝壊れ者〟って付けのだから」


「へー。初めて知った!」


人が聞けば悪口でしかない言葉だが、〝壊れ者〟は特に気にした様子はない。本人も少なからず自覚しているのだ。


「それで?俺は〝三日月雷鎌〟で、クリスは〝魔女狩り〟を相手するのか?」


「ああ」


「だけど、逆の方が良くない?魔力を全て斬るなんて反則レベルの魔法だけど……それなら人間の俺の方がいいんじゃない?」


「いや、これで行こう。それにこれは相手を殺したり、倒したりする戦いではないだろ?ただ、伝えるためだけの戦いだ。それなら相性など関係ない。全力で相手をするだけだ」


「おっけー。わかった。俺も伝えれるように頑張るよ」


「ああ。楽しむのもいいかもしれないが、殺すなよ?」


「おっけー。だけど、あまりに弱すぎたら殺すかもしれないよ?」


「ああ。それは構わん。それまでだったということだろう」


 クリスはニコルの子供を殺してもいいと口にする。それが、本音かどうかなどクリス以外には理解出来ないが、それでも瞳に宿っている意思には、何一つとして偽りはない。つまり、本気ということだ。


「話は以上かい?それな俺はもう行くよ。仕事があるんだ」


「ああ。ありがとな」


「いい別に。俺達の仲だろ??」


 笑顔で言うニールにクリスも一瞬だけ笑顔になり、そして真剣な顔に変化する。まるで、決意を決めた戦士のような顔は、大きな覚悟を決めている者しか出来ない顔だ。


「それでは二日後に日本に行く。いいな」


「おっけー」


 そして、ニールとクリスは別々の方向に歩みを進める。ニールは楽しみが出来たことで笑顔だったが、クリスは決意を固めた顔をしていた。


 短い時間だったが、一人の召喚者と一人の人間。まるで別の世界に居る両者だが、ここに一つの目的のために邂逅した。


 


 


 

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