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約束(エンゲージ)  作者: 千歳瑠璃
呪縛歌
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覚悟

その女はずっと遠くを眺めていた。


呪縛歌ナイトメアソング〟はずっと遠くの景色……過去の記憶を見ていた。自身の人生の中で最も世界が輝いていた時代の記憶。自身が召喚者であるという事実を告げても一緒に居てくれた大切な存在との記憶。


 数十年前の記憶のはずなのに今でも昨日のように思い出すことが出来る。頭の中の半分以上を占めている記憶は大切な記憶。失いたくないと願った時間と失いたくないと誓った存在との時間の記憶。


〝呪縛歌〟である女は、数十年という遠い過去を見つめていたのだ。


 海人に見せている夢を見ながら過去の夢のような時間を見る〝呪縛歌〟。まさしく本人にとって一番輝いていた時代の記憶はその瞬間の記憶で、今、こうして戦争に参加している理由そのもの。


 全てを超越する願いを叶えることが出来る、選ばれた召喚者だけの特権。自分の命を掛けて叶えたい願いを叶えることが出来る特権。〝呪縛歌〟はそんな戦争に一つの願いをかけて参加している。


 通常では不可能な願いを叶えることが出来る戦争……世界を滅ぼすなど造作もなく、全人類を操ることさへも出来る戦争の勝者に与えられる特権は、たとえ世界最強である召喚者、〝零世界〟でさへも不可能である死者蘇生が可能だ。


 そう、〝呪縛歌〟は大切な人との時間を取り戻そうとしている。もう、死んでしまい隣には居ない大切な存在を……〝呪縛歌〟が最も守りたいと、一緒に居たいと思った存在の蘇生。


 白雪と同様に、〝呪縛歌〟も大切な人の死を受け入れることが出来ないために、命を掛けて戦争に参加する。


「だから私は戦い続ける……戦争に参加している召喚者を全て殺す……たとえ、あの人がそれを望んではいないと理解していながらも、私はもう止まることが出来ない。なぜならーーーー」


 もう一度大切な人と共に暮らせる時間が帰ってくるかもしれない……そんな時間が……一番幸せだった時が帰ってくる可能性が僅かでもあるのなら、戦わない理由など存在しないからだ、と〝呪縛歌〟は内心でそう思う。


 〝呪縛歌〟は今でも覚えている。最愛の人が言った言葉を。


『召喚者……それは君が言うにはとても怖くて、人間とはかけ離れた存在なのだろう。事実として君の全ては人間のそれとは比べることなど出来ないほどに越えているが……だが、それは召喚者としての君だろ??だが、〝人〟としての君はそうではないはずだ。私は、召喚者としての君は好きではない。同じ召喚者を殺したことも何度もあるんだろう……けれど、私は〝人〟としての君を好きになった。他でもない、優しい君と一緒に居たいのだよ』


 この言葉は今まで何度私を救っただろうと考える。否、その言葉をくれた時からずっと救われているのだ。


「確かに、物理的に何かが変化したということは無かった。もちろん、私は召喚者のままだったし、世界もまるで変化はしなかった……」


 けれど、と〝呪縛歌〟は続ける。その顔はまるで初恋をした時の乙女のように笑顔で、瞳には七色の光が輝いていた。


「私の世界は大きく変化した……それも、全てが輝いて見えるほどに変化した!そして、私はあなたが好きだと言った〝人〟として生きていくことを決めた。あなたと支えながら歩いていくために……」


 幸せな時間。それはきっと誰もが人生で体験する時間だろう。些細で小さなことでもいい。投げた缶がゴミ箱に入ったなどというくだらない幸せでもいい。だが、その小さな幸せが人間を……召喚者を生きさす。


 どんなに些細なことでも、小さな幸せでも、それは幸せなのだから。そして、些細で、小さな幸せは無ければ人は生きていく出来ない。それは召喚者も同様だ。


 なぜなら、この世界は辛い事、理不尽なことに覆われているから。幸せは確かにすぐ傍にある。けれど、それ以上に辛い事、理不尽なことが多く溢れているからだ。だから、人は幸せが無ければ生きていけない。


 そして、〝呪縛歌〟にとって灰色だった人生は、最愛の人との出会いで輝き出す。当時の〝呪縛歌〟は心の中でこう思っていた。今までずっと辛い事しかなかったのはこの人と出会うためなのだと。


「それから数十年は本当に幸せだった。何もかもが幸せで、全てがまるで七色のように光輝いていた。あの時までは……」


 まさしくそれは突然だった。出会いが突然だったように別れも突然で、まるで死神が来たかのように最愛の人との大切な時間も絶たれてしまった。


 いつものように一緒に買い物をしている時だった。楽しく会話をしながら歩いていた〝呪縛歌〟達に車が突進してきたのだ。当時、何か異常な事態が起こった時のために、魔法の練習は毎日欠かさなかった〝呪縛歌〟だったが、少しだけ反応が遅れてしまったのだ。


 召喚者は普通、人間のそれと比べるまでもなく上だ。反射神経や視野。そして聴覚や視力。その他にも筋力なども段違いだが、最愛の人との時間が楽しすぎて一瞬だけ反応が遅れた。


 だが、反応が遅れた所で、車が激突する程度で傷など召喚者はつかないため、手で止めようとしたら押されたのだ。その愛してやまなかった最愛の人の手によって。


 読み込めない事態に体が前に飛び、地面に倒れた。そして、焦って後ろ振り向くとそこには大量に飛び散る鮮血と、体がありえない角度に曲がった最愛の人が地面に倒れていたのだ。


 この時〝呪縛歌〟の世界は虹色から灰色に変化した。まさしく一瞬で変化したのだ。発達している召喚者の目や直感が告げているのだ。目の前に居る人間だった者は既に死んでいると。


「そして、終わったのだ。楽しかった……世界が輝いていた時が、理不尽な死によって終わりを迎えた……」


 車で突っ込んできた人は酒を飲んで酔っ払っていた。ただ、それだけのことで最愛の人が死んだ。何もしていないのに。一緒に幸せに暮らしていただけなのに、なぜ、なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜーーーーーーーー。


「大切な人を奪ってしまう」


 最愛の人を失ってしまった〝呪縛歌〟は一つの望みにかけることにした。それが、選ばれた召喚者が参加することが出来る戦争。願いを叶えることが出来る奇跡の戦争だった。


 人間よりは圧倒的に数が少ない召喚者だったが、それでも戦争に選ばれる可能性などほんの僅かしかなかった。だが、選ばれた。こうして、再び一緒に暮らせる可能性が浮上してきたのだ。


「だから私は戦う。例え誰であろうと殺す。邪魔する奴は全て殺す!」


〝呪縛歌〟は最愛の人と人間の心を学んだ。命の重さを理解している。自分が殺した存在と、今から殺そうとしている召喚者三人にも、大切だと思われる存在が居ること、大切だと思う人が居ることも理解している。


 心で決めていても、内心は殺すことに少しだけ抵抗があるが、それでも殺すしかないのだ。なぜなら、この世界で一番大切な存在は彼一人しか存在せずに、〝呪縛歌〟もそれ以外どうでもいいからだ。自分と彼が幸せなら世界などどうでもいいのだ。


 普通の人間が聞けば狂気染みた話だと思うかもしれない。だが、それは本当に人を愛したことが無い人か、相手を失ったことが無い存在だけが言える言葉だと〝呪縛歌〟は思っている。


 少しでも……大切な人再び暮らせる可能性があるならやる以外に選択肢などない。もし、同じ境遇で、人を殺すことが嫌だ、など否定する存在が居れば真っ先に殺すと心に決めている。


「だから私は殺す。例え、まだ学生であったとしても関係ない。〝魔女狩り〟や〝三日月雷鎌ライトニングムーン〟も殺す覚悟と殺される覚悟はしてきているだろう。自分が望む不可能な望みを叶えるためになら全てを犠牲にしてもいいという覚悟が……」


 遠い場所……過去を見ていた〝呪縛歌〟の目に殺気が宿る。そう、やる事は決まっているのだ。今更やめることなど出来ないし、するつもりもない。殺されるか、願いを叶えるまでは戦い続けると誓ったのだから。


「さて、どうする〝魔女狩り〟よ。お前は世界を壊してまでも自分の願いを叶えたいと願うか??」


 展開された魔法陣が一瞬だけ光り輝く。まるで、その言葉に反応したかのように。そしてーーーーー。


 仮に、もし仮にの場合で展開した魔法陣も展開させ、〝呪縛歌〟は海人の決断を見届ける。一体、どんな決断と覚悟をするのかを……。





 


 

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