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約束(エンゲージ)  作者: 千歳瑠璃
呪縛歌
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迷宮

巨大な魔力反応を感じた白雪は急いで駅前に向かうために舞踏館の壁を壊して移動する。


 大勢の人間が死んだこの場所は使われることはないだろうという白雪の考えだが、それよりも早く海人の下に向かわなければという想いが、普段慎重な白雪をこのような行動にさせた。


呪縛歌ナイトメアソング〟という召喚者は歌を媒体にして魔法を発動させる。歌というのは誰でも知っている存在で、その歌が意味することも多くの人間が知っている。


 歌というのは人に作用しやすいものなのだ。綺麗事ばかり並べた歌がほとんどな世界で、なお、歌の内容に共感し、歌というのが歌われているのは元に人が歌を求めているからだ。


 全世界に存在する歌というのは人の心に作用しやすい。共感して感動したりする生き物は人だけで、動物などはそのような余計な感情は持ち合わせていない生き物が多い。


 テレビ放送などで、動物の表情を見て、動物の気持ちを代弁するナレーターなどが多く存在するが、実際はそのように見えるだけであって、そのようなことは決してないのだ。


 利益や種の本能で相手を求めること以外知らない動物は人間のような多彩な感情は決して持ち合わせていない。なぜらなそれは生きるためには邪魔以外の何でもなく、不必要だからだ。


 不必要な物を抱えているほど余裕は人以外にないから動物というのは感情を持ち合わせていない。生きるという本能を持つ動物と、生きることに意味を探し出そうとする動物の違いだ。


 歌というのは誰でも一度は歌う機会があり、聴く機会が存在する。もし、歌を聴いたことが無いや、歌ったことが無いなど言う人が居れば人は間違いなくそれは嘘だという程度には人は歌との関わりが深いのだ。


「人間だけではく、召喚者の身近にもある歌だからこそ、感情を持つ人に対しては強力な効果を発揮する」


 人というのは身近にある物にはあまり警戒心を抱かない。それは母親や父親に警戒心が無いのと同じで、普段から満ち溢れている物に危険を感じないのが人の心であり、そういう生き物なのだ。


 だからこそ、心や頭では可笑しいと感じていても、体は慣れているために強力な効果を発揮する。それが人間とは別の生き物である召喚者でもだ。


「だからこそ早く海人の下に向かわないと!私が知っている限り〝呪縛歌ナイトメアソング〟という召喚者は初めに本人は望んでいる夢を見せる趣味があったはず。そして、海人が戦争にまで参加した願いは一つ……〝みんなが笑顔で居られる世界〟という極めて異常な世界。普通であったらそんな世界は可笑しいだけの世界……海人はそれに気が付いてない!」


 海人が望んだ世界はまさしく異常な世界だと始めて聞いた時から白雪は理解していた。なぜならそこは、みんながずっと笑っているだけの世界なのだから異常以外の言葉では表すことは出来ないだろう。


 一見、いい願いのように聞こえるが、深く考えれば直ぐに気が付く。その世界は今の世界……直ぐ傍に悲しみや絶望。笑っている人の傍に泣いている人が居る今の世界より明らかに異常だと気が付く。


 なぜなら全員が笑っている世界など想像するのは難しくないが、いざ世界がそのように変貌してしまえばそこは全ての事柄や、行動を〝楽しい〟という感情に縛られた世界になる。


 そんな世界が幸せな世界になるなど断じてありえない。だが、海人はそれを望んでいる。それも戦争という命を掛ける戦いに参加してしまうほどに望んでいるのだ。


「だから早くいかなくてわ」


 白雪は壊した壁を潜り抜け、舞踏館を抜ける最短の道を選ぶ。それは、壁を壊しながら進むという少し強引な行動だ。


 入る時は時間に余裕があったため、警察に見つからないように忍び込んだが、今回は別だ。先ほど感じた強力な魔力は間違いなく〝呪縛歌〟だろう。確信は目で見なければ得れないが、自信だけは存在した。


 子供を軽く叩くように壁に触れると壁に穴が空く。騒音が舞踏館内に響き渡るため、音を聞いた警察官が駆けつけるが、ただの人間である警察が、召喚者である白雪を視界に納められる道理はなく、警察の視点からすれば壁が自動的に破壊されているようにしか映らない。


「ど、どうなってるんだ!!」


 あまりの事態に拳銃を抜く警察官だが、姿の見えない白雪を撃つ方法など存在しない……根本的に拳銃程度で召喚者には傷一つ付かないので意味は無い。


 白雪も、普通の人間など警戒にすら値しないという様子で、壁を破壊していき、一直線に外に出た。舞踏館前には拳銃を構えている警察官が大量にいたが、警察官が拳銃を発砲する前には白雪は移動していた。


 来た時と同じ道などを使い、人間に害をあたえないように進む白雪だが、その動きは舞踏館に来た時と明らかに変化しており、速度が段違いで速い。それだけ焦っているのだ。


 白雪にとって海人は約束エンゲージで結ばれたパートナーだ。今までも様々な召喚者を相手に共に戦ってきた仲間である存在が危ない状況に陥っているのにのんびりしているほど白雪は呑気ではない。


 それに、この先……戦争の勝者となるためには海人の存在は必要不可欠になるという確証が白雪にはある。召喚者になって、数日で〝第二次開放セカンドアクセス〟に至ったことは才能は勿論のことながら、気持ちの面でも海人は欠かせない存在になりつつあった。


 近くで一緒に居ないと違和感を感じるような存在……それは間違いなく、自分が海人のことをパートナーとして認めている証であり、心から信頼しているという証なのだ。


 だが、今海人は自分の願いの真実を知ろうとしている。それは命まで掛けて叶えようとした海人には知られてはいけない真実。望んだ世界はただの異常な世界であるという事実。幸せだと思って願っているにも関わらず、それが異常な世界だと知れば壊れるのは無理ない。最悪、願いを諦める可能性も否定は出来ない。


「それだけは回避しないと……もし、願いを諦めることになれば海人は戦争に参加する意味がなくなる。想像したくないけど、もしかするとそこで約束エンゲージは終わりを迎えるかもしれないわ」


 結んだ約束エンゲージは戦争の勝者になるか、死ぬか以外は解消されることはないが、海人が戦争に参加しなくなるという可能性は捨てきれない。目的を失った海人に無理やり戦わすことなど到底できる訳もなく……。


「私一人で……」


 白雪は一度最悪な方向性を想像してしまい首を振る。今は考え事をしているよりも、海人の下に向かうのが先だということを思い出した白雪は、速度をもう一段階加速させる。


 そして、白雪の目に駅前が映った瞬間に、水のような薄い魔力に包み込まれるような感覚が全身を襲った。まるで魔術閉鎖空間イージスの中に入ったかのような感覚だが、そこが魔術閉鎖空間の中ではないことは直ぐに気が付いた。


「ここは一体どこ??」


 白雪は海人と凜奈が向かった駅前に向かっていた。魔力に包まれる感覚がする少し前までは目的地である駅前が見えていたはずなのだが、包まれると同時にそこは白雪が知っている世界とは異なる世界に来ていた。


 初めは空間転送テレポートの類かと思った白雪だったが、空間転送などできる召喚者は一人しか心あたりが無いので、可能性としては消す。だが、それを思わせるほどに今居る場所は、先ほど見ていた光景とは異なる場所だったのだ。


 見渡す限り真っ暗で何も無い世界だった。


 白雪は周囲を見渡すが、そこには何も無い……だけでなく、光すらも一切差し込んでいないので、周囲に何があるかも確認できない。夜に人灯りと月が消えるとなるのではないかと思わせるほどの暗闇。召喚者の目を持ってしても周囲を見ることは出来ない。


 音も風すらも無い世界は普通の世界ではありえない。人が住んでいる世界で、光も音も風も無い世界などあってはならない世界だ。もちろん、白雪もここが魔法的な世界だということは充分理解している。


 魔法とは様々な系統の魔法があり、その一人ひとりの想いなどにより大きく変化するが、白雪は今までにこのような世界を体験したことは勿論のこと、見たこともなければ聞いたことも無い。未知の世界に等しいのだ。


 もちろん、こんな世界を作る意味など知る訳も無く、〝呪縛歌ナイトメアソング〟がこのような世界を展開した意味など知らない。一見、無いも無い世界だけで、意味の無いように見えるが、わざわざそんなことをする意味も無い。


「明らかになんなかの罠があると見て間違いないわね」 


仮にも世界レベルの召喚者である〝呪縛歌〟が意味の無いことをするなどありえない。何も無い世界には違いないが、ここは相手の世界の中だということを忘れてはいけないと白雪は心に言い聞かせる。


 油断などしてどうにか出来る相手ではないのは他ならない白雪が一番理解している。自分が弱いことも、一人では相手に勝てないことも全て理解していながらここに来たのだ。


 たった一人の大切な人である海人を守るために。


 だからこそ油断などしている暇はない。相手がするとこ全てに疑いを持つことが重要だと白雪は考える。そして、何が起きても驚かないと決意を決めたと同時に、音すらも無かった世界に音が生じた。


「…………」


 今まで一度も音の気配すらも感じなかった白雪だが、ここに来て音らしきものを感知した。それは召喚者である白雪にも何を言っているのか理解出来ないほどの小さな声だったが、確かに音が聞こえたような気がした。


「誰かいるの??それとも敵??」


 一番可能性として高いのは〝呪縛歌〟が来たというのが一番有効だろう。ここは〝呪縛歌〟が展開した世界。展開した者が来たと一番速く考えるのは至極当たり前の話だろう。


 だが、わざわざこのような世界を展開したことの意味が説明出来ないので、〝呪縛歌〟が来るという可能性は低いと見られる。だが、先ほどまで無音だった世界に音が聞こえたこの状況の説明がつかない。


 街の近くに居る召喚者は、白雪と海人。そして凜奈に〝呪縛歌〟だけだ。海人と凜奈は駅前に居ると前提するのならば、この世界に他の召喚者が混じりこんだという可能性も低い。


 世界レベルの召喚者が、普通の人間を自分の展開した世界に入れるなどという失敗をしないことから考えるに、音の正体は別の何かという答えにあることに気が付いた白雪。


 だが、それに気が付いたとこは対して問題ではなかった。


「……常\\/:@界」


「??」


 白雪の耳にまた声が聞こえた。それに先ほど聞こえた声とは違い、聞こえたという確信が持てる程度に声が聞こえた。


 勿論、それが何を表している言葉なのかは理解出来ないが、それだけでも大きな前進だろう。確信が持てるのと持てないのでは、精神的に大きく状況を左右することがあるためだ。


「異¥。;@-な世」


 声が聞こえる事に少しずつだが読み取れる部分が増えていく白雪は、無理に考えることをやめて声が聞こえるのを待つ方針に変化させる。考えることを諦めた訳でではい。ただ、他に集中するべき所があるため、そこに集中力をまわすためだ。


「異常:-@・。??_}な世」


 少し待つと再び声が聞こえた。少しづつ読み取れやすくなっていく言葉とは裏腹に、世界は全くの変化を見せない。声が聞こえなければ音は、一切聞こえることはない。勿論風は全くの無風で、光が一切差し込まないために辺り一帯は暗闇。


 まるで、ほとんどが欠如した世界に居るような感覚なので、今、白雪は自分がどのような体勢をしているのかさえ理解出来なくなっていた。


「……………………」


 再び声が聞こえた。その声は一番初めに聞こえたようにほどんど何を言っているのか理解出来ない声だった。そんな結果に、ほとんど感覚が無い白雪でさえ肩を落とした瞬間。


「異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界異常な世界--------」 



 それは一つの言葉となって耳に届く。『異常な世界』という言葉は鳴り止むことが無い。一つひとつの言葉が違う声に白雪には聞こえる。そしてそれは間違いではなく正解だった。


 未だに続いている『異常な世界』という言葉は様々な声で出来ている。それは女、男だけではなく、老婆や爺。それに幼女や男の子など人間だけで表せばそうなる。


 だが、勿論それだけではなく、動物や虫など普段話すことが出来ない種族である生き物さへも言葉を発していた。そして、その言葉がどのような意味なのかは目の前に突如現われた光によって理解する。


「海人……」


 そこには形は見えなくても感じる『海人』の想いが存在した。


 暗闇の世界から突如光が出てきたと同時に白雪は理解したのだ。自分が今居る場所と、『異常な世界』の本当の意味を理解してしまったのだ。そう、凜奈は海人が見た『戦争に勝者として叶えた願いが叶った世界』を、海人の想いを通じて見た……いや、理解したのだ。


 実際にその光景を海人の視点を通して見た訳でもない。けれど、なぜかここにある海人の想いで全てが理解してしまうのだ。今の白雪にはそれ以上の言葉では表現することは出来ない。


「そっかここは……」


 この空間には一つしかなかった。純粋に唯一つ。


 それは海人の想いという白雪にとっては掛け替えの無い物しかなかったのだ。そう、他の不純物など一切、一つもこの世界には侵入していなかったのだ。


「この世界は迷宮……」


 暗闇だった世界を照らしていた光が少しずつ弱くなっていく。まるで、日が沈んでいく空のように少しずつ風景が暗闇に変っていく。


「ここは海人の想いの迷宮だったんだ」


 海人の想いを感じていた光は、白雪の声と共に消えた。


 




 


 




 


 

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