雑音
誰も居なかった場所から一人の召喚者が姿を現す。
紫に濁った髪に、魔女のようなドレスを来た女。手には本を一冊だけ抱えており、その中身は本の持ち主以外に読むことが出来ないように魔法が施されている。
五十代後半のような皺が多い顔をしている女は、空中に浮んでいる。黒いドレスが風に揺れながら周囲を見渡し、魔法が全員にかかったかを確認している様子だ。
そして、駅前に居た全員が魔法に掛かっているという状況を確認すると、除々に地上に近づいてきて、足を付ける。その際にドレスが少しだけ舞い、濁った紫色の髪も舞う。舞台で変身していた時のように花はないが、なぜか目を引き付けられるような動きである。
一人の召喚者……〝呪縛歌〟は少しだけ笑顔を見せる。その笑顔は人間がするような笑顔ではなく、もっと妖艶で、危険香りに満ちた笑顔だ。人間に向けたりすれば気絶するような笑顔。召喚者である女は一瞬だけそのような笑顔をしたのだ。
女は歩くと同時に魔法陣を展開させる。魔法陣はゆっくりと回転しながら女が歩く道に多数展開され、女が止まると同時に魔法陣の回転も止まる。その光景は魔法陣に意識があるようにも思える。
「念は入れておかないと……仮にも〝魔女狩り〟。今は弱いとはいえ、前回の戦争で勝者になった武器を扱う者だ。念を入れておかないと何が起こるか理解は出来ない……」
海人は〝魔女狩り〟だ。魔力を全て斬ることが出来る魔法というのはどの召喚者にも脅威になる。斬ることが出来るのは実体を持たない魔力限定という条件があるが、それでも脅威以外の何者でもない。
魔法の本体を斬ることは出来なくても、その他の魔法は斬ることが出来る海人は召喚者の中でも危険な存在。〝呪縛歌〟よりは格下だが、保険を掛けておいて損なことは何一つないだろう。
女はとても慎重だった。五十代という年代で召喚者として戦いに居る者はそう多くは無い。それも願いを叶えることが出来る戦争に参加していることなど初めてだ。
だが、その慎重さがあったからこそ、ここまでの召喚者になる事が出来た。世界中でも珍しい〝歌〟という系統を持って戦うことの出来る召喚者になることが出来たのだ。
「負けることなど仮にありえないとしても……あいつらは弱い中で生き残ってきた召喚者だ。それにまだ、〝三日月雷鎌〟が外に居ることを考えると慎重にならざる負えない」
一度、海人と白雪に存在を知らしめるために大掛かりな魔法を使ったことは、〝呪縛歌〟自身も少し反省している。だが、結果として自分が思った通りの結果になったことに満足もしている。
駅前は人が多く行き交う場所だが、今は人間だけでがなく、動物や虫すらも駅前に近づくことは出来ない。魔術閉鎖空間を展開している訳ではなにのだが、ここには人間は近寄ることが出来ないように女がしたのだ。
女は駅前周辺に結界を展開しているのだ。結界といえど、そこまで難しいものではなく、単純に人間などを寄せ付けないようにしているだけなのだが、軽い結界でも人間を近づけないようにするなど何も問題ないのだ。
「それよりも、そろそろ準備が終わるころだ。さて、目を覚ました後に誰が掛かるか……」
駅前に多数展開させた魔法陣は、女の声に答えるように四方に散らばり、同時に見えなくなる。そして、消えた魔法陣からは、大量の人間を殺す時と同等かそれ以上の魔力噴出す。
だが、その魔力は発動者以外には感じなれない仕組みになっており、駅前に多数の魔法陣が展開され、既に魔法が発動していると察することが出来る召喚者は存在しない。そう、世界最強といわれている〝零世界〟であっても女の魔力を察知することは出来ない。
今まで数十年召喚者としての道を歩んできた女が生み出した努力の結晶の魔法である。
「さて、私もしばらく〝魔女狩り〟の世界というものを見てみよう。あいつは自分の世界がどんなに異常かを見て正気で居られるのか楽しみで仕方ない……」
女は初めからその場に居なかったかのようにさっと、風のように姿を消した。
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眩しい光が差し込むと同時に俺は寮の部屋で目を覚ました。外では小鳥が鳴いている声が聞こえ、空は雲ひとつ無い快晴の青空となっていた。
俺は今日から二年生になる。学年が一つ上がるだけでさほど大きな違いはないのだが、一番下だった俺達は今日から後輩という新しい存在が出来るようになる。中学の時にも後輩というのは多く居たが、高校に入学してからは初めて得る後輩。
一つ学年が上がるというのはさど大きなことではない。しかし、決して小さいことでもないだろう。一年という長いようで短い時間は人を歩ませ、精神的にも身体的にも少しだけ成長させるに違いない。
春休みは今日で幕を閉じ、今日から学園が再び始まる。朝がとても弱かった俺は今では目覚ましなどを使えば起きれるようにはなった。入学当初は全く起きれなかったのだが、幼馴染である凜奈の特訓??のおかげで少しだけ成長した。
そのことは個人的にも……そして一番嬉しそうにしていたのは間違いなく凜奈だった。凜奈は遅刻が重なり、進級出来ないようになることを笑顔で心配していた。担任であった水瀬先生もこのまま行けば進級出来ないと笑顔で話していた。
そこで立ちあがったのが凜奈で、そのせつは大変お世話になった。苦労もしたが、いつも笑顔で怒っている凜奈のおかげだと心から思っているし、こうして朝自分一人で起きれることに少しだけ喜びを抱いている。
「さて、そろそろ凜奈が部屋に来る時間だ……その前に準備をしておかないと色々言われそうだ」
凜奈はもし俺が遅刻しようになった時のためにあることを教えてくれた。それは、夜に準備をするという行為だった。
その日の内に次の学園の準備をするという行為なのだが、入学当初はそんなこと考えてもなかった。夜の内に準備をするなど小学生の時にもしたことがない行為を高校になってするという考えなど頭の中に入っていなかったのだ。
だが、これを小学生の時からしている凜奈はいまだに遅刻をしたことがないという。それは朝に強いというのも関係あるが、もし、少しだけ寝過ごしてしまってもすぐに学園にいけるということが一番関係があると凜奈は言っていた。
凜奈だって普通の人間だ。寝坊をする時だって無い訳ではない。けれど、準備をしておくと準備をする時間を別のことに使えるということになるので、結局今まで遅刻はしたことがないそうだ。
なので、凜奈にそれをやってみてと言われて今まで続けているが、昨日は春休み最後ということもあり、準備をしていなかったのだ。凜奈が来る前に用意をしておかなくては。
「けど、始業式しかないから何を持っていけばいいんだ?」
貰ったプリントなどどこかに行っているので持ち物は何も分からない。終業式の次の日ぐらいに捨てた記憶がある。
「まぁ、大丈夫か……」
結局、筆記用具だけ鞄の中に詰め、準備をそれだけで終了し、ベットに腰をかけると同時に呼び鈴がなり、俺は玄関に向かい、扉を開けると幼馴染の凜奈がお弁当を抱えて笑顔で待っていた。
腰まで伸びた黒髪は今日も綺麗で、枝毛の一本もないほどにすらっと伸びている。色も艶やかで毎日手入れしているのが、男の俺でも直ぐに理解出来るほどだった。
「今日もありがとうな……入ってくれ」
「うん、お邪魔しまーーす」
いつものようなやり取りをして部屋に入ってくる凜奈。ここは男子寮だが、凜奈だけ男子寮に入る……正式には俺の部屋に入ることが許されている。凜奈以外の女の子が入るには正当な理由と手続きが必要となる。逆も然りで男子が女子寮に入るのは正当な理由と手続きが必要となる。
寮の入り口に居る寮監が厳しい方なので、無断で侵入しようとして、バレたりなどしたらキツイ説教が待っているらしい。
「はい。これは朝ご飯ようで、これが昼ご飯だよ」
「本当にいつもありがとうな……」
凜奈は持っていたお弁当を二人俺に渡し、ダンボール机の前に座り、自分のお弁当を広げた。それを見た俺も座り、凜奈が作ってくれた朝ごはん用のお弁当箱を広げた。
見ての通り、凜奈は俺にご飯を作るために男子寮に出入りが許されているのだ。学校の教師……担任であった水瀬先生は俺の生活破綻振りを数日で理解し、学校に進めてくれたのだ。
生徒からの人望も厚い水瀬先生の一言で、会議では直ぐに通り、こうして出入りが許されている。だが、寮監はあまり良く思っていない部分もあるらしいのだが、一年間何も問題が起こっていないので特に何も言えないのだろう。
そもそも、学園で優等生である凜奈が、問題を起すことなどほとんどありえないことだ。今では、夏目だから大丈夫だろうというのが教師の意見で、寮監以外は誰も不満を持っている者は居ないだろう。
「いただきます」
「いただきます」
俺達二人はお弁当に箸を付ける。今日は和食がメインのように感じられる。朝からおかずが多く、昼食が期待できる。
「どう?おいしい??」
「ああ。まずい訳が無い」
「良かった……少し自信なかったから……」
今まで凜奈の料理は何回も食べたことがあるけど、まずいと思ったことは一度も無い。自信がないといっておきながら俺の舌は満足している。誰が食べてもおいしいと答えるだろう。
それから、二人で会話をしながらゆっくり朝食を食べていると、八時を告げる鐘が鳴った。
俺達が住んでいる寮は学園の敷地内に存在するため、学園側は気を利かせて、八時になると特有の鐘を鳴らしてくれるのだ。この鐘はHR開始三十分前を告げる意味がある。
「私そろそろ、部屋に戻るね」
「ああ。おいしかったよ。ありがとう」
「別にいいわよ。いつものことだから」
笑顔で部屋から出て行く凜奈を見送り、俺は学園に向かう準備をする。終わると、今日使ったお弁当箱や食器を素早く洗い、鞄を持って早を出る。
寮を出ると目の前には学園のシンボルになっている巨大な木が見えた。学生寮はこの木の前に立てられており、女子寮も同じようにするために男子寮のすぐ隣に建っている。
そのため、入学してすぐの一年生などは女子寮に侵入しようとして、寮監に見つかり説教されるというのは毎年の恒例だというのを水瀬先生に聞いたことがある。ちなみに俺は侵入しようとした事は無い。もちろん、考えたこともないが。
木の下には凜奈が待っている。ここは入学当初からの待ち合わせ場所になっており、学園までは用事が無い限りいつも二人で向かっている。たまに俺が遅刻したりする時もあるが、いつも待ち合わせしているので凜奈が教師に報告してくれたりする。
「ごめん、またせたな」
「別にいいよ。それもいつものことでしょ?」
「ああ、すまん……」
俺はいつも凜奈にご飯を作ってもらうし、凜奈より早く来たことが無い。女の子というのは色々準備が掛かるはずなのに、俺はいつも凜奈より遅いのだ。一度、一時間前ぐらいから待ってやろうかと思ったが、面倒なので結局やめることにした。
「別に問題ないわよ。それより、早く学園に向かいましょ」
そういって歩き出す凜奈と並んで歩く俺。初めの方は恋人などと茶化されたことも何度もあったが、今では特に何も言われることは無くなった。ただの幼馴染ということが広まったのだろう。
だが、中学でも言われることが多かったので俺も凜奈もさほど気にはしていなかった。仲が良い男女が常に一緒に居れば恋人に間違われるということは良くあることだろう。
学園までは徒歩五分とかなり近い。寮自体が学園の敷地内に存在するのだからそれは仕方ないが、それでも近いだろう。なので、ほとんど遅刻してくる者は居ないし、忘れ物なども直ぐに取りにいける距離である。
俺と凜奈はそんな徒歩五分の距離を普通の会話をしながら歩いていく。
時刻は八時十五分。この時間になると部活の朝練終わりの生徒や寮暮らしの生徒などの登校で重なり、かなりの生徒が登校してくる。寮暮らしの生徒は学園が近いため、部屋を出る時間も遅い。みんなが出てくる時間が大体この時間なのだ。
学園に着くと、クラス表が出ていた。二年生に上がるのでクラスのメンバーが変化するのだ。一年の時は凜奈と同じクラスだったが、今年はどうか気になっていたので急いで見に行く。
「えっと……二のAに名前はないから……あった。二年は二のBなのか……」
自分の名前を見つけることが出来た俺はもう一度自分のクラス表に目を通すと見慣れた名前があった。
「あ、私も海人と同じクラスだ」
「そうっぽいな……今年もよろしく」
「うん、よろしくね」
クラスを確認した所で、急いで教室に向かう。二年生の教室は三階にあるので一年の時よりも少しだけ時間がかかるためだ。
教室に着くと時刻は八時二十五分とHRの五分前。クラス表を見たために少しだけいつもより遅いが、それでもしっかり遅刻しない圏内だった。明日からもう少しだけ早い時間に教室に着くだろう。
席に座って待っていると、クラスメイトの声が耳に入ってくる。俺は暇なので五分間それを聞くことにする。
「最悪だよーー。秋ちゃんとクラス別々になったよー」
「そうだね……一年生の時は三人一緒だったのに寂しいよね……」
隣の席に座っている女の子二人組みの会話はクラス替えでは良くある話だと思った。名前を知らない子達なので、一年の時は俺とは別のクラスだったのだろう。
「ねぇ?あのこと聞いた??昨日また起こったんだって……」
「何が??」
真後ろで話している男女の話に耳を傾ける。
「事件だって!!不可解な事件!大人しい人が突然凶変して暴力を振るう事件!!」
「ああーー。それか、たしか春休み中に何度か起こったというのは聞いているけど、またなのか??」
「うん、何でも普通に会話をしながらトイレに向かって、中に入った瞬間に目が真っ赤になって凶変したらしいよ……」
「まじか……それは怖いな。注意しろよ??今は男だけにしか起こっていないが、女同士でもあるかもしれないから」
「へーー。私のこと心配してくれるんだ……もしかして、私のこと好きなの??」
「ばっ!!違うわ!!」
「はいはい。そういうことにしておいてあげる」
男女の会話が終わると同時に鐘があり、HRが始めるが、俺は会話の内容が気になって仕方が無かった。
少なくとも俺はそんな話を聞いた事が無かった。急に人が凶変して暴力に走るなど、普通ではありえないことだ。だが、男女の話を聞くともう数回起きている出来事だと推測できる。
(人が凶変するなんて本来であればありえないことだ。それも暴力というのは自分自身でしようとしないと出来ない物で、無意識化でなおかつ凶変して暴力を振るうなど絶対にありえない……)
だが、ありえないことだからこそ何も理解出来ないのだろう。学園側も対策を考えていると思うが、たぶん何も出来ないだろう。凶変したということはたぶんだが、やった本人は記憶として認識していないはずだからだ。
(完全に無意識でなければ理由解明も出来たはずだ……)
「??どうして俺は凶変した生徒が無意識だと知っているんだ?その事件のことも始めて聞いたのに……」
「何が初めて聞いたって……霧沢!」
名前を突然呼ばれ、俺は立ち上がった。周囲からは笑い声が聞こえてくる。てか、それにしてもさっきの声は……。
「はぁー。いいから座れ、またお前の担任だと考えると今からしんどいわ……」
教卓の前には白衣を纏った水瀬先生が笑顔で怒っていた。
「あ、水瀬先生も水瀬先生が担任ですか……」
「どうした嫌なのか??」
「いえ、めっちゃ嬉しいです!俺、先生のこと好きですから!!」
「ふっ、私はお前のこと嫌いだよ……迷惑ばかりかけるからな……」
そういいながらも先生は終始笑顔なので、口から出ている言葉は本音ではないだろう。
「まぁ、そんなことどうでもいいから……もういいや、HR終了!次は始業式だから体育館に今すぐ向かえよ」
そう言い終わると水瀬先生は不機嫌な態度で……だが、笑顔で教室を後にする。それに続いてクラスメイト達が体育館に向かうためにみんな教室を出て行く、笑顔でだ。
「何がそんなに楽しいんだ?」
まぁ、クラス変えが行われてすぐだからみんな浮かれていたり、楽しんでいたりするのだろう。二年生になったことに喜びを覚えている者をたぶん居るだろう。だからみんな笑顔なのだろう。今年は修学旅行もあるしな。
俺もみんなに混じり、教室を後にしようとすると、突然頭に響くような音……雑音が流れてきた。周囲を見渡すが、誰一人としてこの雑音に気が付いていない様子だった。
「一体どうしたんだ……」
俺一人に聞こえる雑音は段々と大きくなり、頭が激痛に襲われる。頭を抱えて、床に屈むが、なぜかクラスメイト達は誰も居なくなっていた。さきほどまで大勢居たのにまるで瞬間移動でもしたかのように消えていたのだ。
「何がどうなって……」
頭に流れる雑音は鼓膜が破れるではないかというほどの大きさになり、そして、一つの声になった。
(まだ、この程度では気が付かないか……少しだけ時間を飛ばすか……)
雑音がずっと流れている頭の中で、唯一聞き取れた声がこれだった。そして、俺は激痛がする頭に限界が来て、そのまま意識を失った。
読んでくださりありがとうです!




