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生死

俺はいつも通り遅刻した。時刻は十時半を回ったあたりで二時間目の授業終わりを迎えるころだ。


 もともと朝弱い俺が七時などという未知の時間に目を覚ましていたのは凜奈が毎朝起しに来てくれていたからで、最近学園に来ないので俺も自然と前の生活に戻り、遅刻ばかりになっていた。


 トーストにバターを塗り、それを直ぐに食べて制服に着替えた。弁当はないが、購買で買えばいいので鞄だけを持ち、駆け足で学園に向かった。三階に上がり、教室の中に「遅刻してすいません……」とだけ言い、席に着いた。


「全く、夏目がいないと直ぐに元通りか……」


 膝まである白衣を着ているのは担任の水瀬先生だ。今は三時間目の途中なので科学の授業なのだろう。時間割など見ていないの知らなかったが、水瀬先生の授業なら都合が良かった。担任なので凜奈が休んでいることを知っているので、俺が遅刻する理由もわかってくれているからだ。


「夏目も夏目だ。なんでよりによって体調不良なんだ。夏目だけが霧沢の遅刻を失くしてくれる救いだったのに、その砦がどうして……」


 学園には体調不良だと伝えた。俺や学園側から電話を掛けても出る気配がないので、本人から直接聞いたと嘘を言い、体調不良ということにしたのだ。本当のことを言える訳がないし、言った所で誰も信じてくれないだろう。


 そんな非日常の中に居る俺だが、ここ一週間ほどは何事もなく日常を送れている。召喚者の白雪が部屋で寝泊りしていることや、凜奈がいないこと意外はとくに何も変ってはいない。いや、事実、そこが一番変化した部分だった。


 今まで、一番近くに居た凜奈が数日隣に居らず、最近知り合い、俺を非日常に連れてきた白雪が毎日のように隣に居るのは不思議な感覚だったが、やはり何かが足りないという思いになってしまう。

 

 それに、今までずっと一緒に居た相手が隣に居ないというのは寂しい感じもする。一体どこで何をしているのだろうか……寮長の話によれば最近は外出した様子もなく、姿は見ていないそうだ。凜奈と仲の良かったクラスメイトも連絡はないようだし。

 最後に出合った瞬間が、非日常なのでさすがに心配という気持ちと、嫌な予感がする。凜奈が召喚者だということは全く気が付かなかったし、事実、そのような存在が居ることなど最近まで知らなかった。そんな非日常が近くに居てはいけないなどという発想に変り、俺の近くから離れていってしまうように感じた。


 授業が終わり、昼休みになった。俺は教室から購買まで駆け足で向かうが、周囲に居る人よりも断然速く走れて居る。それは俺が周りに居る生徒とは違う存在で、本当に召喚者になったのかと実感する。


 全力で走ったのならば人間の目には映らないだろう。そんな存在が本当に普通の生徒が通う学園に居ていいのかと疑問に思うが、今は考えないようにする。


 購買で人気のパンを三つほど買い、屋上に向かっている最中に荷物を抱えた女の子が居た。制服の脇に赤いラインが描かれているので一つ下の学年、一年生の証だ。


 女の子で持てる程度の重さだろうが、重そうに持っていたのは谷崎だった。どうやら、また先生に頼まれて仕事を手伝っている様子だった。


「荷物を持とうか谷口?」


「はい?」


 後ろから名前を呼ばれて反応した谷崎は、こちらを振り返ると可愛らしい笑顔を浮かべた。


「霧沢先輩じゃないですか。また私にナンパですか?」


「俺の言葉が聞こえてなかったのか?荷物を持とうかって聞いたんだ」


「聞こえてますよ。バッチリこの耳に!」


 そういい、こちらに耳を見せてくる谷崎はなにやら楽しそうだった。そして持っていた荷物を半分ほど持ち、並んで歩き始めた。


「ありがとうございます!でも、よかったんですか?様子を見るにこれからお昼ご飯を食べるところですよね?」


「大丈夫だ。それに俺がほっとけない性格だっていうのは知っているだろ?」


 今まで何回も手伝っているので知らないはずがない。


「知ってますよ。先輩が私をストーカーしていることも」


 悪戯な笑みを浮かべる谷崎は楽しそうだ。俺はこういう風景をヒーローのように守って生きたいと思っているのだ。万人が幸せな世界など無理かもしれないが、それでも願ってしまう。みんなを守るヒーローのように。


「していません。そんな無駄な時間はない」


「なんですか、無駄って!こんな魅力的な私なのに!」


 世間話をしながらゆっくり廊下を歩き、二階向かう階段で、谷崎は立ち止まりこちらを見た。


「ところで先輩は学校なんて来ている暇あるんですか?」


 谷崎の言葉の意味がわからなかった。一体どうしてそんなことを聞いたのかと疑問に思ったが、谷崎の目があまりに真剣な様子だったので何も言えなくな

ってしまった。


「先輩は夏目先輩がどうなっているかしってますか?」


「どういう意味だ……凜奈は今体調不良で休んでーーー」


「嘘ですね。夏目先輩は今襲われていますよ。あの召喚者に」


 谷崎の口から召喚者まほうつかいと言う単語が出たことに驚き、目を見開いた。普通に人間で召喚者の存在を知っている者などそういない。なら、谷崎はもしかして召喚者なのか?


「違います。私は召喚者ではありません。だけど、それに近い存在であることに変りませんが」


 召喚者に近い存在……そんな存在聞いたことがない。覚醒したばかりなので知らないだけかもしれないが、白雪なら知っている可能性がありそうだ。


「私達のことは普通の召喚者では知りませんよ。だから白雪という召喚者が私の存在を知っている可能性はないですね」


「お前、どうしてさっきから俺の考えていることがわかるんだ?」


 先ほどから俺の心の中の言葉に返事を返していたので谷崎は心や思考を読めたりする魔法を使うのかもしれない。


「まぁ、私のことは別にいいじゃないですか。それよりも夏目先輩じゃ、白雪さんに勝つことは不可能です。それぐらい先輩でもわかりますよね?夏目さんは今、戦ってますよ?魔術閉鎖空間イージスの中で……先輩に気づかれないように張った結界の中で」


 どういうことだ?俺に気づかれないように魔術閉鎖空間を張り、白雪と戦っている?あれだけ歴然とした実力差があるのに、凜奈は死を覚悟して戦っているのか?一体誰のため、何のために……。


「いや、そんなことはわかっている」


 凜奈は他の誰でもない俺自身のために戦ってくれているのだろう。自惚れではなく、あいつならそうするだろうと確信を持って言える。逆の立場なら同じことをするからだ。


「そうです、先輩。だったら、何をすべきか理解していますよね?」


「ああ。だが、俺には魔術閉鎖空間の中に入れない。今でも察知することも出来ない」


 それは凜奈が俺のためを思って、見つからないように張ったのだから仕方ない。それをどうすることも出来ない俺は凜奈を助けることも出来ない。


「そのために私が居るんです。ちょっとだけ失礼しますよ?」


 俺に近づき、眉と眉のちょうど中心に人差し指を谷崎が当てると、バチッと音が聞こえて世界が開いた。先ほどまでまるで感じなかった魔術閉鎖空間が、どこにあるか手に取るようにわかる。


「いつも親切にしてくれたお礼です。もっと早くに先輩と出会いたかったです」


「……いえ、何もないです。後、これからもいつも通りに接してくださいね?姿を見かけたら声を掛けてください。私もそうしますから」


「ああ。わかった。後、ありがとな」


「はい!それじゃ頑張って下さい。後悔しないように」


 その言葉を聴き終わると、俺は凜奈の元に走りだした。持っていたパンなどそのへんに置き忘れて、ただ、夢中で駆けた。後悔しないように。






********







校内を人間レベルで駆ける俺は谷崎によってわかるようになった魔術閉鎖空間イージスに向かって走っている。先生などに何回も呼びかけられたが、今はそんな暇はない。一刻も早く向かわなければ凜奈が危険だ。白雪と凜奈の実力差を考えれば時間はそれほど長くは戦えないはずだ。後悔しないためにもこんな遅く走っている暇はなかった。


 校門から出て、町の中心部より少し離れたひと気のない、裏通りに向かった。そして、目だけを見えるようにして制服で顔を隠した。今から人間では出来ないような動きをするつもりなので顔を見られると非常にまずい。なので誰かわからないように顔だけを隠したのだ。


 しっかり隠せていることを携帯で確認した。そしてビルとビルの間で壁ジャンプをしながら上に上り、ビルの屋上に着くと、そのままビルとビルの間を飛びながら町の中心部に向かった。


 始めはあまり目立たなかったのだが、中心部に近づくにつれて人の数が多くなり、見られないか心配になったが、今のところは誰にも見つかった気配はない。


 そして、一番大きな広場が見える位置に着くと、立ち止まり誰にも見られないようにビルから飛び、制服を着なおして広場に向かった。谷崎に何かやってもらい魔術閉鎖空間イージスの場所は感じ取れるようになり、広場から反応があったので来てみたのだが、魔術閉鎖空間に入れる様子はなかった。


 たぶんだが、出入り口も指定されているのだろう。一般に魔術閉鎖空間は張った者が空間内に入れたい者もそのまま入れるのだが、入れたくない場合は敵などにばれないように出入り口を指定などする。強力な召喚者などならすぐに場所を特定できたりするのだが、今の俺は凜奈より弱いので凜奈の張った魔術閉鎖空間内に入るための入り口がわからないはずだ。


 しかし、俺の脚は勝手に次の場所に向かっていた。それは中心部から少し離れた小さな公園だった。ブランコ、滑り台しかない公園。そこで幼い頃初めて凜奈と出会った思い出の公園だ。俺はそこが入り口だとなぜかそう思った。そしてそこから考えられる可能性がある。


 俺と凜奈しか知らない思い出の場所。そんなところに出入り口を指定したということは、凜奈は俺にばれないように魔術閉鎖空間を張ったが、俺に見つけて来てほしかったのだはないかと思う。なぜだかわからないが、そんな気がする。


 公園内に入ると、何か薄い水のようなものに包まれる感覚があった。白雪の時とは感覚が違うが、入り口の場所は正解だったみたいだ。


 入れたことに安心した瞬間、とてつもない魔力の波動を感じた。それは明らかに白雪の魔力の波動だ。だが、前に襲われた時とは桁違い……同じ召喚者の舞台に立っていないような……さらに一つ上の存在になったような白雪の魔力が感じた。


「これは……まずいな」


 俺は初めから全速力で魔力を感じた方に駆け出した。魔術閉鎖空間内には普通の人間は存在しない。なので、周囲を警戒もせずに全速力で走ることが出来る。


 時間が止まったような世界で、全速力で駆ける。車を乗り越えたり、ビルを飛び越えたりと十七年間で培った地理を使い、最短距離で広場への道のりを走る。


 そして、数分後。再び広場が見える場所まで着てみるとそこは、瓦礫の山となっていた。ビルが倒れ、地面に穴が空いたりと現実では見ることの出来ない風景になっていた。そんな中、さらに異常な光景が目に映る。


 円盤のような物を空中に浮かせている凜奈に、大量の雷を纏っている白雪の姿。白雪も横腹に怪我そしているようだったが、凜奈の方は服がボロボロになり全身から血がにじんでいた。


 だが、まだ凜奈は生きていたと安心した瞬間、白雪のが「じゃ殺すね?」と恐ろしい言葉は発したと同時に俺はビルから飛び降り、白雪は俺の眼前から姿を消した。


 地面に着地した時には白雪の鎌は凜奈の首を完全に捉えていた。


(駄目だ!間に合わない!)


 召喚者として覚醒した時のように、スローモーションな世界に入る。しかし、あの時のように白雪が遅くなっているのではなく、俺の目がそう見させているだけだ。


 俺は認めたくないが、認めるしかなかった。ここで凜奈が死ぬのだと。みんなを幸せにしたいなど、ほざいて居ながら一番近くに居た幼馴染さへ救えないようだった。後悔はするなと言われたが、無理だった。俺がもっと早くに気がついていれば凜奈は死ねずに済んだのにと後悔ばかりが押し寄せてくる。


 瞬間、それは後悔を抱いたほんのわずかな瞬間だった。一秒未満の後悔は一つの声を作りだす。


『だったらワタシが力を貸してやろう』


 魔力が蓄積されている部分が、一回だけ。だが、大きく高鳴った。


 爆発的な魔力が体全身に流れてきた。


『こんなことはこれっきりだ。今回だけ特別ワタシが助けてやる』


 これなら間に合うっと思った瞬間、白雪と俺を強い絆で結んでいる約束エンゲージの証である右手の魔法陣が少しだけ痛んだ。そして、透き通るような声が聞こえてきた。


(海人……あなたの幼馴染は本当に死んじゃうよ?後悔しないの?)


それは大切な人を失ったことがある白雪だから出せる声だった。悲しみとそして後悔に満ちた声。俺はそんな声を今までに聞いたこともなかった。


 凜奈の首に迫る鎌。後、ほんのコンマ一秒でも遅れていたらだめだったかもしれない。


「後悔するに決まってるだろ……だから後悔しない結果を作る」


 そう言いながら白雪の鎌を召喚した、錆びた剣でギリギリ止めることが出来た。


「海人!」


 凜奈が泣きそうな声で叫ぶ。白雪は俺が現れた驚きと、自身の鎌が錆びた剣によって完璧に止められていることに驚き、目を見開いていた。


 結局、凜奈の生死を分けたのは、年が一個下の谷崎と、先ほど聞こえた男の声だった。

 

読んでくださりありがとうございます!今回は今までに比べて短いですが、時間がなく投稿するのに時間がかかってしまいました。

 次も頑張るのでよろしくお願いします!

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