最善
炎の虫に襲われ、水瀬先生のことを思い出した俺は、ラフティングが終わるとバスに乗り込み、ホテルに戻ることになった。
幻覚か、偽物。もしくはアクションとして扱われたとはいえ、今までに見たことがない出来事が起こったのも事実。一緒に居た長井先生などはこれからある行事を中止にして、一旦ホテルの戻るという選択にしたのだ。
バスの中は先ほどの光景を話すクラスメイト達で賑わっており、誰一人として違う話をしていない。確かに、非日常の光景が目の前で繰り広げられたら話題になるのは必然だろう。生きていて見たことが無い光景を見たら話題にするのは当然だ。俺だって、人間のままだったら偽物だと断言して、楽しくクラスメイトと話しをしていたに違いない。
だが、既に俺達からすればあれは日常の一部。召喚者になってからそれほど日にちが経過していないとはいえ、願いを叶える戦争に参加して、強敵と遭遇してきたのだから別に可笑しなことではないはずだ。
俺は動くバスの中で、窓側に座っている。隣には来る時と同じで白雪が座っており、何か起こるかも知れない確率があるので周囲に警戒しているが、俺は水瀬先生のことで頭がいっぱいだった。
先ほどの状況から察するに、水瀬先生は間違いなく煉獄の世界……第三次解放の使い手で、世界最強クラスの召喚者ということになるだろう。
俺達を襲った炎の虫も、煉獄の世界で感じた炎を纏っていた事実からして、あの虫も水瀬先生が生み出して、俺達を襲わせたに違いないだろう。それならあの場所に先生が出てきた理由も説明出来るが……。
(第一にどうして俺達を襲う?)
水瀬先生は召喚者だという確立はかなり高い事実だと俺は思っている。いや、もう確実と言っても可笑しくないほどにはそう思っているが、どうして襲ってくるのだろう。
召喚者は自らの姿を召喚者の前に現すことはあまりやりたくない物だろう。なぜなら召喚者は魔力という人間には無い力の源を抱え込んでいるため、召喚者どうしたど魔力にきがつきやすい。自分の中に常にある魔力は他人のだって感じることが出来るのだ。
だが、水瀬先生は正直言うと強者だ。俺達とは比べ物にならないほどの強さを持っていて、魔力のコントロールも桁外れに出来るはずだ。俺は〝魔女狩り〟のおかげで魔力を敏感に感じることが出来るが、それでも水瀬先生の魔力は感じることが出来なかった。
(つまり、普通にしていれば先生として生活出来た訳だ)
召喚者だとしても見た目だけは普通の人間とは大差がない。中身を開けば魔力を溜め込む別の器官があったりするかもしれないが、見た目では……魔力を感じなければ普通の人間とは区別が付かない。だから魔力を感じることが出来ない人間は召喚者という未知の存在に気が付くことが絶対に出来ない。
それは召喚者だって条件付で同じだ。圧倒的な力の差がある召喚者同士では魔力をうまくコントロールされて気が付くことが出来ない可能性がある。げんに俺は水瀬先生と一年半という時間を過ごしてきながら……実際には召喚者として過ごした時間は何ヶ月という短い時間だったが、全く気が付くことが出来なかった。
(それに水瀬先生は俺が召喚者……一緒に入学した凜奈や転校してきた白雪……それにローネも召喚者だという事実に気が付いていたはずだ)
それなのにどうして何も干渉してこなかった?普通召喚者が同じ場所に三、四人も居れば警戒するに決まっている。自分より格下だからという理由で放置されていた可能性も捨て切れないが、それならどうして今になって干渉してきた?
(何ヶ月の間ずっと傍観してきたのに……)
先生が俺達が召喚者だという事に気が付いて居ない可能性はほぼ皆無といってもいい。先生に比べれば魔力のコントロールなどうまくないし、それに実力は圧倒的に向こうの方が上。俺達がどうこう騒いで戦える相手ではない。真剣に戦っても一瞬で殺される。
(それに今になって襲ってきたのも不自然だが……どうして殺さない?)
自分で言うのもあれだが、俺達は弱い。英雄にも夢という世界で想いを反映させ、白雪の無意識による雷で動きを止めて殺すということで辛うじて勝てた程度。サクやローは水瀬先生は先代よりも強いといっていた。
そんな実力があれば第三次開放という世界を使わなくても簡単に殺すことは可能だ。人目を気にしないのであれば学園の中や、北海道に行くためのバスの中や飛行機の中でだって簡単に殺せた。しかし、水瀬先生はそうはしなかった。一体理由は?
(なぜ殺さない?そもそも水瀬先生はどこまで知っている?)
召喚者の最高位に存在する水瀬先生は俺が召喚者になる前から素質に気が付いていただろう。いや、その前提よりも白雪が俺に干渉してくる……俺のことを召喚者として覚醒させようとしていることも知っていた可能性がある。
(もし知っていたとすれば白雪が戦争に選ばれたということも知っていたことになるのではないか?)
いくら召喚者の最高位だとしても覚醒前の俺が〝魔女狩り〟だとは知らなかったはずだが、白雪が〝三日月雷鎌〟であることと、戦争に参加しているということは知っていた可能性が高い。もっと深く知っているとすれば白雪が約束を結ぶために俺が居る街に来たということさえも知っていた可能性がある。
(もし知っていたことを前提にすれば……どうしてその時点で俺や白雪を襲わない?今よりもっと弱かった俺達なのだから、今より苦労もせずに殺せたはずなのに……)
今だって殺すことに苦労する訳ではないと思うが、それでも昔よりはかなりマシになったといえるだろう。色々な偶然などが重なってようやく倒せたとはいえ、英雄を倒せたのだから……。
(いや、待て。今襲ってきたのは英雄を倒したからじゃないのか?)
昔なら今より簡単にに殺せた……確かにそれは紛れもない事実で、誰に聞こうがそう答えるだろう。だけど、簡単に殺せるから……という訳ではなく、簡単に殺すことが出来るから襲われなかったのではないか。そうすれば俺が考えて居ることは間違いではないだろう。
水瀬先生は昔より簡単に殺すことが出来きなくなってしまったから襲ってきた?辛うじて倒せたとはいえ英雄を倒すことが出来たから危険と判断させた?
(そこから導き出される答えは一つしかない……)
それは先生が……。
「海人!!」
「っ!」
耳元で大声を言われて咄嗟に反応して戦う構えを取る。召喚者から発せられる殺気はまるで感じないので武器は召喚しなかったが、周囲に警戒して見渡すが、何一つ変わっていなかった。
俺達が乗ったバスは無事で、風景は煉獄の世界にはなって居らず、声が聞こえた隣を向くと、白雪が両手を上げて「やれやれ」と言いたげな顔をしてることに気が付き、咄嗟に構えを下ろした。
「呼びかけても返事がないから強く言ったのに、まさか戦闘態勢を取られるとは思わなかったわ……」
「ごめん……少し考え事を……それよりどうかしたのか?」
「別に無いも無いけど……強いて言えばもう直ぐホテルに着くわよ?」
俺は窓から外を見ると、そこにはラフティングに向かう時に通った風景が流れており、少し遠くには俺達が泊まっているホテルが見える。人間の肉眼でも見える位置にあるので白雪が言う通り、もう直ぐ到着するのだろう。
「それより、どうしたの?何か物凄く真剣に悩んでいた様子だったけど」
「ああ。それは後から話す。今ここで話せる内容ではないから……」
「……わかったは」
その言葉で白雪は召喚者のことだと気が付いたのだろう。このバスには三人以外は全て普通の人間なのだ。こんな場所で召喚者のことなど話をすれば誰かに聞かれる恐れがある。
前に行ったように紙に書いて会話すればいいが、そこまで急用ではないことと、それに口で説明した方が早いことがあり、三人集まった時の方が効率がいい。凜奈にも聞いて欲しい話しだからだ。
しばらくするとバスはホテルに戻ってきて、俺達はバスを降りて各自の部屋に戻る。
そして、先生から夕食までホテルで自由時間という指示が出たため、俺は話しをするために白雪が泊まっている部屋に向かう。寮では女子寮に入ることが禁止されているが、ホテルなので部屋に入らなければ問題ないだろう。
「白雪ー居るか?」
ノックをしながら言うとドアが開いた。そこにはクラスメイトの女子が出てきて、何か意味深な目で見てきた。
「急に女子の部屋に来るのはどうかと……」
「え?いや、別に部屋に入る訳ではないから……」
「わかってるわよ。霧沢君には凜奈と白雪さんが居るもんねー。可愛い二人が居れば私達のことなんか興味ないわよね?」
「いや、別にそういう訳では……」
「え?興味あるの?あんなに可愛い二人が居ながら?」
なんか、めんどくさい展開になったような気がするので早く去りたいが、さすがにクラスメイトなので、無碍にあしらうことも出来ずに、回答に困っていると、背後から白雪の気配がしたので振り向く。
「海人?行きましょ?後、志保も海人をからかってはダメよ?」
「はーい。ごめんね?ではごゆっくりー」
それだけを言うとドアを閉めるクラスメイト。それを見てから白雪と凜奈の部屋に向かう。
凜奈の部屋の目に来ると、先ほどの経験を生かして白雪に呼んでもらい、部屋から少し見えたひと気が少ない場所に移動する。ホテル内に居れば確実に誰かの目があるからだ。どこで聞かれているかわからない。
ホテルを少し出た場所に湖があり、そこの岸辺には誰も居らず、そこで話しをすることにする。
「それでどうしたの?何か話しがある見たいだけど……」
凜奈もさすがにひと気が無い場所で、召喚者三人が集まるという状況で何をするかは理解出来たようだ。普通の会話をするのであればわざわざホテルの外に出る必要など無い。
「まず、聞きたいことがある……二人は水瀬先生のことを覚えているか?」
「水瀬先生……」
白雪がそう呟くと、二人は考えるように黙る。白雪はさほど知り合ってから長くないので覚えていない可能性はあるが、凜奈は先生と知り合ってから一年半という長い時間が経っている。
俺も炎の虫を倒した場所で水瀬先生を見るまでは名前すら忘れていたのだが、もしかすると名前を聞くだけで思い出せるかもしれない。さすがの召喚者でも記憶までは深く弄ることは出来ない。それに先生の能力は炎だと知っているため、記憶を弄るのは不可能と言ってもいい。
それから一分ほど経過すると、
「そんな先生が居たようもするけど……」
「私もそんな感じかな……その水瀬先生って虫を倒した時に海人が叫んでいた人?」
「ああ。あの場所に現われたんだ……そこで俺も水瀬先生のことを思い出した」
俺は二人にバスの中で考えていたことを話す。水瀬先生が第三次開放で煉獄の世界を作った可能性。そして、俺達を襲ってきた虫もそうである可能性。俺はそのことを確実だと思っていること。
後、
「水瀬先生は召喚者で……戦争に参加していると踏んでいる。そうでなければ英雄を倒した今に襲ってくる理由が見当たらない。簡単に殺せる時に殺さなかったのは……」
「いつでも殺せるから……」
呟いた白雪に俺は頷いて、
「そう。けど、今は昔よりは簡単に殺せなくなったから襲ってきたという可能性がある」
「けど、それって確証がないわよ?可能性があるだけで……」
確かに確証はない。けれど、水瀬先生ほどの召喚者なら全てを理解していても何も不思議ではない。俺達三人が召喚者だということを知っていたのは間違いなく、白雪が戦争に参加していることも知っているはずだ。
戦争に参加していた英雄を殺したのだから参加していることは間違いないと誰でも理解出来る。だが、まだ誰とも戦っていない時に参加しているかどうかを見極めるのは難しいだろう。
魔術蒼石は普段は誰にも見えないようになっている。それは簡単に戦争に参加していると見せないためであり、襲われないためには必要なことなのだ。それに魔術蒼石は召喚者では魔力を感じることは出来ないため、持っているか持っていないかは判断出来ない。
だけれど、先生の強さは俺達には理解出来ない域まで行っているため、俺達では推測が出来るだけで、確証は得られない。理由は簡単で、体験したことが無いことを知らないのと同じで、俺達は先生ではないからだ。本人に聞いたわけでもなく、今まで忘れていた俺達には情報がないためだ。
「確証はない。けれど、それ以外に浮かんでこないし……何よりその方が仮定しやすいだろ?」
「確かにそうね……」
俺達が弱かったから襲ってこなかった先生。そして、昔よりは強くなった俺達を襲ってきた先生。いつでも殺せる状態から少しだけ変化したから襲ってきたと考えると、先生も戦争に参加している可能性がある。
「俺が言いたいことはつまり……」
その時、体全体が何かに覆われるような感覚に襲われ、俺達三人は周囲を見渡す。そこには人の気配はなく、大きな魔力の塊が一つだけ存在するのを感じ取れる。
「魔術閉鎖空間……」
完全に人が居なくなった空間では動く人の気配は全て召喚者になる。俺が感じている気配は一つだけで、それも物凄い魔力を持った人物……炎の虫を倒した時にも感じた魔力は水瀬先生の物だろう。
遠くに居るのに感じる物凄い魔力に、水瀬先生が居る場所からは数千人の人が集まったような気配を感じる。濃密な存在はそれだけで、自分達とは比べ物にならないほど強いと理解出来る。
頑張ればどうにかなる差ではなく、アニメなどのように諦めなければチャンスがあるなどでどうにかなる差ではなく、俺達ではどう足掻いても勝てない相手。奇跡など起きてもどうにかなる差ではなく、そもそも奇跡などは絶対に起きない。奇跡は起きるものではなく起すもので、今の俺達では先生に勝つという奇跡を起すことは不可能。
どんなに頑張っても人間が神になれないように、俺達召喚者は魔力の量に能力。そして経験と全てが圧倒的に下回っている者には勝てない。英雄にだって偶然が重なって勝った物で、自分達の実力ではない。良く、運も実力の内というが、この世界に運など無く、全てはその人に引き寄せられてくる物で、運などと言う偶然ではない。
俺達は英雄に勝つべくして勝ったということになるが、そうなのだから仕方ない。しかし、先生には勝てる気がまるでしない。全てが上過ぎて勝てるビジ
ョンなど浮かんでこない。今、そんな相手の魔術閉鎖空間の中に居る俺達。
俺達ですら相手の魔力を感じる空間内で、逃げることなど絶対に不可能で、戦う以外の道はない。
〝相棒!来るぞ!!〟
サクの声と同時に俺達は凄まじい魔力の持ち主が近づいてくるのを感じ、咄嗟に三方向に散る。
俺達は武器を召喚して、先生を囲むように睨み付ける。だが、実力差が圧倒的に開いている相手などで、俺達三人の殺気など軽く受けながし、まるで、普普段のように教室で授業を受ける様子で俺を見る。
「はぁ……お前も相変わらず馬鹿だな……折角、忠告していたのに……」
そう言いながら周囲に突如出現する炎。先生が手を掲げると同時にまるで意思を持つように周囲を踊る。
少しの炎だが、それだけで触れればどうなるかなど理解出来る。召喚者の勘が学園のチャイムのように大きく〝危険。触れるな〟と忠告するしている。
「水瀬先生……」
凜奈は先生を見ながら呟いた。先ほどまで先生のことを忘れていたにも関わらず、俺と同じで姿を見た瞬間に思い出したようだった。凜奈の目にはかすかな戸惑いと警戒が浮かんでいる。
「よう。最後にあったのはバスの中か?お前も気が付けよ……」
手で炎を遊ぶようにして操る水瀬先生は、周囲を見渡す。先生からは殺気や戦う気配をまるで感じられず、警戒すらしていない様子で、攻撃しようとすればいつでも出来るのだが、それはしない。手で操っている炎がどれほど異常かということを理解しているためだ。
警戒していないように見えるが、炎が出ている間は手を出せない。襲ってきた場合は別だが、死なないためにも無闇に襲うのは馬鹿のすることで、得策とは言えない。
「気なったから言うけど、先生は何を警戒しているの?」
白雪の言葉に、不意に雰囲気が変る先生。操る炎も少しだけ増え、俺達の警戒も高まる中で、また周囲に目を向ける。つられて俺も周囲に目を向けるが、そこには人の気配は当然無く、召喚者の気配もここに居る四人以外は感じられない。普通の魔術閉鎖空間に見える。
「だからさっきから言っているだろ?気が付けって……私は別にお前達を殺そうとしていた訳ではない。単純に警戒しろっと忠告していただけだ」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だが?」
煉獄の世界に炎の虫が全て殺しに来た訳ではなく忠告?だとしたら先生は俺達を襲ってきたのは殺すのが目的はではなく、忠告が目的……待て、それだとバスの中で考えたことが全て崩れる。
「でも、先生は戦争に参加していますよね……?」
「ああ。参加しているが……今はそれどころではない」
「どういう意味ですか……?」
召喚者にとって……戦争に参加している召喚者にとって戦争より大切なことなど早々存在しないはずだ。戦争の勝者になれば何もかも超越する願いを叶えられる魔術が発動するため、言うなれば世界だって自分の物に出来るのだ。
人類の滅亡など簡単で、絶対に出来ない死者蘇生なども可能にしてしまう魔術。全ての人類を自分の思いのままに操ることが可能になる魔術より優先するべきことなどそうそうないはずだ。
ましてや、俺達は三つ魔術蒼石を持っている。参加者からすれば何をしてでも奪いたいはずだ。
「今はそんなことどうでもいい……それよりも早く……」
先生が何かを言おうとした瞬間に、魔術閉鎖空間の中に強大な魔力を持った召喚者の反応がした。それは目の前に居る先生と同格かそれ以上に異常な魔力で、俺達では太刀打ちできないと一瞬で理解出来た。
「来たか……」
瞬間。
ホテルだったそこは一瞬で、氷河期に襲われた場所のように凍り付き、北極のように姿を変える。さまに一瞬で出来事で何が起きたのかも理解出来ない中で、一つの答えにたどり着く。
「この氷……第三次開放の世界で見た……」
周囲を全て氷河期のように変化させた氷からは先生の炎のように異常だと理解出来た。先生の炎に触れれば全てが溶かされてしまうという感覚の中で、この氷はその逆で、全てを一瞬で凍りつかされてしまうと理解出来る。
氷から漂う冷気で、肌が凍ってしまいそうになる中で、先生が遊ぶようにしていた炎が巨大かする。すると、氷河期のようになっていた周囲が一瞬で炎の世界に変化する。
「さすがだな……それでこそ宿敵なだけある」
声が聞こえると同時に一人の男が姿を現した。男から感じる異常なほどの魔力で、先ほどの氷河期のような世界を作ったのだと理解出来る。
「ふん。お前も相変わらずだ……」
先生はまるで古くからの友人に出合ったかのような笑みを浮べると同時に、男に炎が襲いかかる。だが、襲い掛かった炎は一瞬で凍り付き、その場に落ちて砕けてしまう。
「挨拶で殺すつもりだっただろ?まぁ、あの程度では死なないと理解しているはずだから……それで、こいつらを殺してから始めるのか?」
「馬鹿め。こいつらは私の教え子だ。今は殺さないさ……」
先生は俺達を守るように体を入れるが、正面の男はそんなこと興味がないかのようにしている。俺達が召喚者で〝魔女狩り〟だという事実を理解していながらも、敵としてみていないのだ。いつでも……今直ぐにでも殺せる敵だから。
「お前達はここから離れろ。こいつはお前達に興味はなから何もしてこないはずだ」
男を正面に見据えながら背後の俺達に話しかける先生。その状況から察するに、この男は先生ほどに召喚者でも目を離すと殺されてしまう可能性がある召喚者だということだ。
「おいおい!馬鹿はよしてくれよ!!お前が目の前に居る時点でそいつらに手を出せる訳ないだろ!?そんなことすれば俺が殺される。だから逃げるなら勝手にしてくれ。どうせ、戦争に参加しているからまた殺す機会はいくらでもある」
「そうだな……まぁ、私を殺すことが出来たらの話だがな」
「はは!!全くその通りだ。お前に殺されたらこいつらを殺すことが出来なくなるな!!」
男は自分が殺されることさえも楽しいと感じているようで、一言で言えば狂っているように感じられた。
「そういうことだから逃げろ……」
「だけど!!」
もしここで逃げてしまえば俺達は死なずに済む。だが、先生がこの男と一対一でやることになる。確かに俺達では先生や男には遠く及ばないが、それでも居ないよりましだ。
〝相棒!余計なことは考えるな逃げろ!!死にたくなければ……〟
頭の中に響く声。それは冗談で言っているようには聞こえないので本気で言っているのだろう。今までお世話になった先生を危険に晒して、俺は逃げろということを。
〝この二人は強い……〝瞬間凍結〟に〝瞬間放火〟……互いに世界で数人しか居ない第三次開放の使い手だ。相棒達が居たところでどうにかなる敵ではない。
そんなこと理解していた。けれど、俺の願いはみんなに幸せになって欲しいという正義のヒーローのような願いだ。その中には当然のように一年半という時間を担任としてお世話になった先生も含まれている。そんな先生を置いて行くなんて……。
〝良く考えろ、相棒。もしここで残っても〝瞬間放火〟の邪魔になるだけだ。死ぬ可能性が上がるだけでいいことなんて一つもない。それに……〟
サクは、一息置いてこう言った。
〝お前は叶える願いがあると同時に守りたいパートナーが居るだろ?良く考えろ〟
その言葉はまるで麻薬のように体に入って行く。そして、今まで逃げるかどうかと迷っていた頭は迷うのをやめて、一番最善の方向に俺を導いてくれて、答えを出させてくれる。
俺は守りたいパートナーが居る。今まで守ってもらってばかりだから今度は守りたいと願った相手が居る。叶えたいと思う願いと同等以上に守りたいという者も居るのだ。今は危険を晒す時ではなく、これからに繋げる選択をする。
「白雪、凜奈……逃げるぞ」
俺の決断に凜奈な戸惑いを見せるも何も言わずに、白雪は俺を見つめる。その目は「本当にいいの?」と言っているように感じられる。
「ああ。ここは逃げる!」
「そうだ。賢い選択だ……最後ぐらい言うことを聞いてくれて良かったよ……」
その言葉と同時に先生の魔力が膨れ上がる。それを合図に俺達は先生から離れて逃げる……いや、これは逃げる訳ではなく最善の選択。守りたい者も守るためには時には逃げることも重要なのだ。
相手は自分達ではどうすることも出来ない相手で、その相手は俺達を狙っていない。その状況で死を覚悟して戦うのではなく、これからに繋げる選択をした方が賢いはずだ。
いづれ戦う機会は訪れるはずだ。先生が勝てば先生と。男が勝てば男と戦う未来がきっとくる。その時に備えて強くなればいいのだ。今は勝てなくても勝てるように……。
俺達が離れると同時に、魔術閉鎖空間の中で二つの強大な魔力が放出される。
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