先生
俺達三人は炎の塊になった虫が行動する前に動き出していた。煉獄の世界にあった炎を纏っている虫は触れた物を全て溶かしてしまうほどの強力な威力を持っていて、それは召喚者である俺達三人も変化はない。そんな炎に触れれば人間であるクラスメイトは溶けていなくなってしまう。いや、近づくだけで熱さで可笑しくなってしまうだろう。
俺達は二度死んだが次死ぬと世界が繰り返すという保障はどこにもない。ここで死んだら終わってしまう可能性がある虫との闘いでもっとも重要なのはいかに近づけないことだ。
人は死んだら召喚者でも人間でも元に戻ることはありえない。死んだから蘇ることは何があってもありえないのだ。俺達は二度目の死の時にクラスメイト全員が死んでしまった。
世界が繰り返したから今はこの世界に居ることが出来るが、ここで死ぬともう終わりかもしれないのだ。みんなが幸せな世界を作るという願いにはもちろんクラスメイトのことも入れている。万が一にもこんな場所で死なせることなど出来ない。
凜奈が召喚した〝風斬円盤〟は俺達召喚者の中で唯一の長距離型の武器だ。白雪はメインが鎌だが、雷を放出することが出来るのでそれを長距離に放出すれば周囲に攻撃出来るが、凜奈とは全く別だ。
〝風斬円盤〟は凜奈の意思で自由自在に動くことが可能であり、相手の動きに合わせて動かしたり、隙を突いたり死角から攻撃することに適しており、全体的に放出する雷とは別の系統。
それにメインが鎌であるため、鎌以上の攻撃力は絶対に出ない。それに比べて凜奈は円盤そのものが武器でメインなので、この状況には一番適しているのだ。
凜奈の周囲に四枚の円盤が出現する。円盤は以前に見たときより光り輝き、切れ味が良さそうだ。
「私がひきつけるから!」
周囲に浮かんでいる四枚の円盤のうち、三枚が強く輝き、そして動く。
「行け!!」
叫び声と共に三枚の円盤が加速する。加速した円盤は一瞬で煉獄の炎の纏った虫まで飛んでいくが、虫は煉獄の世界にあった炎の柱のような物を放出するが、自分の意思でコントロール出来るのが特徴である〝風斬円盤〟は回避する。
周囲にある木などは一瞬で燃え上がり、触れた物を溶かすため一瞬で溶けて、燃え上がるが今はそんなこと気にしている暇はない。その元凶をどうにかすることが最優先だ。
回避した円盤は三枚で時間差をつけて接近する。放出させている炎をうまく回避ししている凜奈はそっと目を瞑り、そして時間差で攻撃している円盤の一番最後が光り輝く。凜奈は今練習している流れを扱おうとしているのだ。
凜奈は俺達の中で一番流れを扱うことが出来る。それはローやサクさえも認めているほどの才能で、練習する中で凜奈の流れは三秒ほどという域まで到達している。
三秒というのは召喚者の対決の中であまりにも大きすぎる時間だが、今は召喚者を相手にしている訳ではない。それに三秒という長すぎる時間を補うために三枚の円盤を時間差で攻撃させているのだ。
時間差で攻撃することで虫の注意は凜奈自身から円盤に向いている。その内に流れを扱うのだ。しかし、それには欠点が存在し、炎の虫が放出する炎は目に見えなければ回避することが出来ない。だが、そのために俺が居るのだ。
「凜奈から右に四十五度!それからもう十度の所に一本!左に三十度と五十度!」
「了解!」
俺が叫ぶと同時に円盤は放出される炎の柱を回避して時間差で向かう。そして、一番後ろにある円盤に濃縮された魔力が溜まっていく感覚を〝魔女狩り〟としての感覚が捉えたのど同時に光輝く。
瞬間的に光り輝いた円盤は流れで濃縮された魔力によって一番後ろにあったにも関わらず、凄まじい速度で加速し、一番初めに炎の虫に襲い掛かったが、問題があった。
襲い掛かった円盤は弾かれるようにして、炎の虫に届かず、全てを燃やす煉獄に炎に円盤が飲み込まれる
「凜奈!それ以上は危ない!!」
召喚者にとって武器は最も大切な物だ。命や守るべき物なのどに比べると最優先ではないにしても、大概の召喚者は武器なしではまともに戦えない。俺が〝魔女狩り〟が無ければ何もできないように。
白雪の場は鎌がメインだとしても放出できる雷があるので戦うことが出来るが、それは圧倒的に格下の敵と戦う場合であり、同等の力を持った者と戦う時は武器が必要不可欠だ。
召喚者の中には〝魔女〟のように自然の力を魔力で出せる召喚者も居れば、俺や凜奈のように武器なしでは戦えない召喚者が居る。そしてそういった召喚者が武器を召喚した召喚者に素手で勝つことは不可能に近い。圧倒的力を持っている者が居れば別だが。
炎の虫が放出している炎は全てを溶かしてしまう。それは人間であろうが召喚者であろうが同じことで、流れによって濃縮された魔力が宿っている武器とて同じで、一度壊れた武器は簡単に再度召喚出来る物ではない。
それに円盤は四枚あるとはいえ、一枚でも破壊されれば召喚者は精神的に深いダメージを負うことになってしまう。今は一枚で済んでいるが、これが二枚三枚となれば精神に異常を来たしてしまう可能性だって存在する。
「大丈夫だよ!!」
瞬間。
全てを溶かしてしまう煉獄に飲み込まれたはずの円盤が光り輝き、そして〝魔女狩り〟の感覚が、〝風斬円盤〟に大量の魔力が込められたことを瞬時に察知した瞬間。
炎の虫はまるで何かを恐れるように円盤から離れた瞬間。予想外の出来事が起こった。
小さく、陸上競技で使う円盤の一回り大きいほどの大きさだった直径が巨大化した。まるでサークルのような大きさになり、周囲にある木などが一瞬で切断され、そして危険を察知して離れたはずの虫の一部も川に落ちる。
「そんなのいつも間に練習したんだよ!」
「はぁ、はぁ、一人でね……」
大量の魔力を一瞬で込めたため息を切らしている凜奈は巨大化した円盤を元の大きさに戻し、再び三枚で攻撃する。凜奈自身の意思で動く円盤は炎の虫に合わせて動き、動きを制限する。
俺が見ている分には虫には人間と同じような意識があるように見える。理由は虫が何かに恐れるように離れたことと、今は炎を放出しないで、逃げ回っているという行動によるものだ。
人というのは一回植え付けられた恐怖心などは中々拭えることは出来ない。それは感情という厄介な物が存在するためで、一度受けた痛みは回避しようとしたりする。好き好んで痛いと理解している行動はしないとの同じで虫は円盤に何かを抱いている。
先ほど受けた一撃は炎の虫にとって脅威になるという証で、真空刃のような物で切られ体の一部は効いているということだ。
円盤は虫を追い詰めるように移動し、虫をある場所まで移動させる。それはラフティングをしているゴムボートやクラスメイトに被害が出ない場所に誘導ししているのだ。
ここまでの行動で約六秒。人間にはあまりに短過ぎる時間に中なので何が起こっているのか詳しくは理解していないだろう。
円盤を自由に動かして誘導していく凜奈はうまく何もない場所に誘導していく。人間の目には何が起こっているか理解出来るものは存在しないだろうが、それでも見られる可能性を考慮しながら慎重に誘導させる。
ここまで八秒。炎の虫が誘導されると同時に濃縮された魔力が近づくのを感じた。
虫を誘導した円盤は既に距離を置いて、四枚で囲むように包囲しており、そして、近づく魔力と共に凄まじい音を立てながら雷が落ち、炎の虫に直撃し、一瞬だけ動きが止まった。
まさにその一瞬。
今まで姿を消した居た白雪が、鎌を振りかぶって上から降ってくる。今まで流れで魔力を濃縮していた白雪が持っている鎌には魔力が集まっており、それを構えて落ちてくる。
炎の虫も異変に気が付いたが、その時には既に遅かった。高速で降りてくる白雪は振りかぶった鎌を振り下ろすと同時に直撃し、凄まじい雷を放出させながら炎の虫を一瞬で切断した。
真っ二つになった虫は川の中に沈んで行き、死んだことを確認すると全ての武器などを直し、初めて炎の虫が現われたままの位置に座り、何事もなかったようにする。
「一体今のはなんだったんだ……」
「新手のアクション集団か?」
「けど、さっきの炎とか雷とか本物のように見えたけど……」
先ほどの光景を見ていたクラスメイトは何が起こったか理解出来ていないようだった。俺達が声を出した時にもしかしたら気付かれるかもしれないと思っていたが、今まで見たことがない光景を正面で見ていたため声など入ってこなかったのだろう。
今の光景が本物でも偽物でも俺達には関係ない。普通の人間では召喚者という存在には絶対にたどり着けないし、辿りついたとしても何も理解出来ることはない。素直にアクションとでも思ってくれた方がいいが、信じても時期に飽きて忘れるだろう。
なんたって、あんな光景はここに居る人以外に話しても信じて貰える話ではないからだ。話した所で痛い子として見られるだけで、クラスメイト達に害が及ぶことはない。それだけで充分だ。
「なんとかなったみたいだね……」
「そうね。あれを本物だって言う人は決して多くないから別にいいけど」
「けど、バレないことに損はない。召喚者なんていう存在を知ってしまえば普通の人生は送れないから」
召喚者は人間とは絶対的に違うため、存在自体をしらない方が幸せに暮らせる。もし、俺がまだ人間で召喚者なんていう存在が居ることを知れば、普通の生活など送れない。俺達のような怪物が同じ世界に住んでいるなんて知れば恐怖していたはずだ。
「と、とりあえず!まだラフティングが途中なので最後まで行きましょ!」
初めて見た光景で驚いているのはインストラクターでも同じだろう。だが、こうやって来た客を楽しませるのが仕事である彼らは自分達のことを後回しにする。自分達の願いを叶えるために召喚者を殺す俺達とは間逆の存在だ。
先ほどの光景を見て興奮しているクラスメイト達はゴムボートを漕いで先に進んで行く。俺も持っているオールで漕いで進んでいく中で、誰かに見られているような感覚を覚え、咄嗟に炎の虫が沈んだ場所に視線を向けるとそこには女の人が立っていた。
「あ……あ、あ、」
長い黒髪に白衣を着ているその女の人は間違いなくあの人で……俺が二年生に上がるために努力してくれた先生で……。
「水瀬先生!!」
俺は咄嗟に叫んだ。周囲にクラスメイトやインストラクターに人。そして凜奈、白雪達も同じタイミングで俺に視線を向けたが、今はそれど頃ではなかった。
「俺はどうして忘れていたんだ……」
俺は担任は長井先生だと思い込んでいた……思い込まされていたのだ。普通に考えれば担任の先生が入れ替わって気が付かない生徒など存在する訳が無く、それにお世話になった水瀬先生ならなお更だ。
色々してくれた先生。今までお世話になり、そして北海道に来る時までは担任として居た先生。バスの中で感じた異常なまでの圧迫感など色々忘れていたことを思い出す。だからこそ理解出来る。
あの煉獄の世界……第三次解放の使い手は水瀬先生であると。
「先生!!!」
先ほどより大きく叫んだが、先生は少し笑うだけで、そして何事もなかったかのように静かに消えた。
読んで下さってありがとうございます!




