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過去Ⅱ 決断

初めて白雪と出会ってから一ヶ月の月日が流れた。初めは他人行儀で、話などほとんど出来なかった白雪だったが、さすがに一ヶ月間毎日のように出会っていたら例え身分が上のニコルにだって普通に話せるようになる。


 初めは初対面ということと、ニコルがローラ家というロンドンで一番権力を持っている家の娘ということがあったのだが、話している内にローラ家のお姫様でも好きな物や趣味などは至って一般人と差がないことがわかり始め、好きな人と毎日会話をすることへの喜びなど色々な感情が入り混じった今は、身分の違いがあるが、同じ人間だと自覚したために、普通に話せるようになったのだ。


 しかし、普通に話せるようになったとはいえ、身分が全く違うということは事実で、一般人の男性と毎日出会っているなどという情報が流れてしまえばこの二人の時間も終わりを迎えてしまう。


 なので、二人はこっそりバレないように出会っていた。毎日家から抜け出すニコルだが、娘を信じきった祖父は特に外出の制限をかけないため、誰にも見慣れないようにしていれば出会えるのだった。


 今日も夕暮れの中で二人は出会う。さすがに初めて出会った公園は子供の目や親の目があるため、そこでは出会うことは出来ないが、それでもロンドンの中で人が少ない場所を選んでそこで二人は話しをしていた。


 それ以外は特に何もしない。ただ、一時間程度だけ話しをして後は個人の日常に帰っていくだけの毎日を一ヶ月続けたのだ。ニコルにとって一般人の男と一ヶ月という短い期間ではあるが、毎日話しをするなど非日常だ。逆に白雪からすれば貴族と毎日出会っているなど非日常だ。たった一時間程の非日常を楽しんでいる二人は今日も同じ森の奥にあるベンチに座り会話をする。


「出合った日のこと覚えてる?」


 忘れる訳がなかった。これはまさしく運命の出会いだと白雪は心の底から思っている。たった一ヶ月しか時間は経過していないけれど、絆や想いに時間の長さなど関係なくどれだけの密度を過ごしてきたかによる。一日一時間程度しかあっていないが、全く身分の違う二人がこうして隣に座り、笑顔で会話している光景は他からすればありえない光景だろう。


 事実、日本から来たと行っても貴族の子と過ごした記憶など全くなく、白雪と同じ一般人の友達としか接したことがないのだ。こうして話しをしていることが奇跡に近いのに、初めてであった時のことなど忘れられる訳がなかった。これからどれだけ時が過ぎて、例えニコルが隣にいなくても忘れることは絶対にないだろう。


「忘れる訳ないよ。ニコルが大声を上げた日だろ?」


 白雪とニコルは夕暮れの公園で初めて出会った頃の話をしていた。一ヶ月という短い時間だが、二人にとっては特別で一日で一番有意義な時間だった。


「そうですけど……もっと他にあるでしょ?」


 ニコルも初対面の時は貴族のような話方をしていたが、白雪の前では砕いた話し方をしていて、見た目以外はローラ家のお姫様には到底見えない。もちろん、服装は一般人である白雪とは別次元の物を着ているが。


「なんかドレスを着てたような……」


 今、思えばあの日は会話に困る必要はなかったのだ。なぜならローラ家の祖父の誕生日だという記念すべき日で、ロンドンでは休日になっているほどのイベントなのだから普通、お姫様であるニコルには関係ない訳ないイベントだったのだから。


「ドレス着てたわ!あれは、誕生日会から抜け出してきたの。声を掛けられるのがしんどかったから」


 有名ば貴族が集まる誕生日ではもちろんニコルは綺麗なドレスにメイクをしてローラ家として恥のない格好をして誕生日会に出るという義務があるため、完璧な美少女に仕上げられていたのだ。今もとても可愛いと白雪は思うが、あの日……出合った日は特に綺麗で可愛かった。


 そんなニコルは貴族の男に色々話し掛けられるのは仕方のないことで、時には出会ったことのない男の人に婚約を申し込まれたりなどといった出来事が起こり、嫌気が差して誕生日会を抜け出してきたのだ。


「あの後、誕生日会に戻ったの?」


「戻ったわ……けど、急に私が居なくなったから会場は大騒ぎしていたわ。警備の人が会場内を走り回っていたり、会場内からは人を出せなくしたりなどして厳重にしていて、私が帰ってきたらみんなひどく安心した顔をして……」


 一人しか居ない姫様が無断で居なくなってしまったのであれば当然の働きだと思う白雪だったが、それを自覚しているニコルに言うことでもないので、違う言葉を口にした。


「それで、その後怒られたっと」


「ひどく怒られたわ!一ヶ月外に出るな!とか色々言われたけど白雪ともっと話しがしたかったから拒否して、泣いたら直ぐに許可してくれたわ。祖父はなんだかんだ言って私を信用しているから……」


 だから裏切っているみたいでたまに罪悪感に襲われるというニコル。しかし、白雪が笑顔を向けるとニコルも桜が咲いたような満開の笑顔を向ける。そう、罪悪感で襲われようが、ニコルは今この時間を黙って過ごしていることを全く後悔などしていなかった。


「でも今はいいかな……私の選択でこの時間を作ってるんだから……私の人生。私の選択がこの人生のヒロインの選択なんだから。他の誰にも邪魔はされたくないわ。例え祖父であっても」


 人生の選択とは常に二択に分かれている。同じ出来事でも、選択でも、たくさん複雑に分かれているように見えても結果ふ常に二つになり、選択は常に二つになるようになっている。自分がしたいように生きることと、誰かの選択でしか自分の見出せずに、その誰かの選択に従うかの二択。自由に生きるか、監視されて生きるかが生きる選択の二択になるのだ。


 そしてニコルは自分の選択で自分の想いを持って生きる自由を選んだ。身分が高く、一般的にはお姫様と呼ばれる位に居るニコルは、将来のことなど考えなくても裕福な生活は約束されたに等しいのだ。


 自分を育ててくれる祖父の選択にしたがって生きれば何もかもうまく行く面白くない人生。だけど、一般以上な裕福な生活が約束されているにも関わらず自由に生きることを選んだ。しかも、一般人と一緒になりたいという、下手をすれば一般人以下の生活しか出来なくなってしまう可能性が存在するにも関わらずだ。


 この選択を貧しい人達は罵ったり、普通に生活している人でも可笑しな目で見る者を現われるだろう。裕福で幸せな生活……家に居るだけで食べ物が食べれて、欲しい物が何だって手に入る生活を捨てる者などそうそう居ないからだ。


 だからこそそういう者たちは幸せになれない。知らないからだ。状況や周りの意見……安泰した将来を送れるということを振り切り、自分の想いを向き合い自分で選択することの難しさを。


「だから後悔はしてないよ?それに白雪に出会えて本当に良かったと思っている。白雪は良かったって思っている?」


 上目遣いで見てくるニコルに頬が赤くなるのを覚えながら白雪は誤魔化すように頭を掻き、そして、小さく笑って一言。


「当たり前だろ?ここに毎日来るのだって俺がニコルに会いたいからで……その、自分の選択だ。この人生の主人公である俺の選択で来てるんだ。俺は今まで生きてきた人生の中で今、こうしてニコルが隣にいる瞬間が一番幸せだ。後悔なんてさせるかもしれないけど、することなんて絶対にありえないよ」


 二人は夕暮れの中、静かな森のベンチの中で、想いを重ねる。小さなニコルの手に少し大きな白雪の手が重なりあった。





**********








 さらに半年が経過したある日。ニコルは日課になっている白雪と会いに行こうとし、部屋を出るとそこには一人の男が居た。身長は高めで、二十代後半に見える男はニコルのように高い服を着ているのではなく、動きやすく、軽い服装をしている。顔は白雪とは比べ物にならないほどかっこよく、町を歩いていれば確実に振り向いてしまうほどだ。


 いつもならいない使用人である男……名前はクリスというこの屋敷を守っている警備の中の一人である。屋敷を警備していて、ニコルや祖父の身の回りの世話なども引き受けている出来る男である。


 そのクリスは何やら心配した顔をしており、今まで世話になっていニコルは無視など出来ずに立ち止まる。そして、何を言われるか理解していながら確認を取る。


「どうしたのですか?」


 普段白雪と話す時とは違う、ローラ家のお姫様の時の話し方で聞く。屋敷や使用人の前であのような噛み砕いたような話方は絶対できず、少し心苦しいのだが、それは逆に、クリスのことは信用はしているが心は許していないということになる。


 祖父や周囲、家などに決められた人生ではなく、自分の選択をしたニコルはこうして白雪以外の誰にも心を開いていない。信用はしているし、クリスも祖父のことも好きなのだかこれとそれとは話しがまるで違う。


「明日は披露宴です。朝早いのですから今日は散歩はやめたほうがよろしいのでは……」


 ニコルは白雪と会っていることは未だに伏せている。最近健康のめに一時間ほど散歩をしていると嘘を付いているのだ。本当のことを言えないのは悲しいが、今はまだその時ではないと踏んでいるニコルは口にしていない。いつか堂々と白雪と会っていることも皆に言うには時間が早すぎるのだ。タイミングを間違えれば一般人と会っている……それも男と会っているなどと言ったらもう二度と会えなくなる可能性がある。


「わかっていますわ。けど、日課をやめてしまえば何か落ち着かないの。だから少しだけ行って来るわ。クリスも私の気持ちが理解出来るでしょ?」


 警備とニコルと祖父の世話を毎日のようにしているクリスでも休みの日は存在する。なのだが、クリスは折角の休みの日だと言うのに祖父やニコルの世話を焼きたがる。以前に聞いた時は落ち着かないと口にしていたのだ。


 納得はしていないが、自分がそうである以上否定が出来ないクリスは、何も言えずに見送ることにした。ニコルもクリスが疑っていることなど理解していたので今日は本当に早く帰ろうと決意して屋敷を出た。




*********






 白雪に明日は会えないということを伝えるとニコルは直ぐに戻った。明日は祖父が何かを披露するといことしか聞いていないが、こうしてタイミングを図

っているニコルからすればこういうイベントは行かなくてはなない。もし、イベントにも行かずに男と一緒に居たとなればそれこそ終わだからだ。


 部屋で目が覚めたニコルはベットから立ち上がり、朝食を食べるために部屋から出る。今日は朝から披露宴に出かけるために準備をしなければならないので早めに朝食を食べて、一人では着ることの出来ないドレスをメイドに手伝ってもらい、披露宴に行く。


 祖父が貸しきった会場は学園の運動場ほどの大きさがある巨大なホールだった。外装もしっかりしていて、貸しきるのにはかなりお金が掛かったと思われるがニコルは何をするかを全く聞いていないのだ。披露宴といっても小さな物などばかり思っていたのだ。


 一度、祖父に聞いてみたがはぐらかされたので、聞くこととを諦めたニコルはなにやら嫌な予感を覚えながらホールに向かう。ホールにはたくさんの貴族が居て、ローラ家と深い関わりを持つ貴族も居れば、全くしらない貴族も居た。だが、ローラ家のイベントに呼ばれるということは少なからず名の知れた家であることは間違いないので、失礼な真似は出来ない。


 ホールに集まった貴族に挨拶をしていいくと不意に気になったことがあった。それは集まっている貴族が全員男だということだ。今までは少なからずニコルと同様に女も居たのだか、今日に限って男しか居ないという状況はニコルが感じた嫌な予感を加速させる。


 一通り挨拶が終わると昼になっていた。さすがにこの時間になると貴族も全員集まっているので、話をするには絶好のタイミングだ。主催である祖父と共に脇にある部屋で待機していたニコルは祖父に言われて舞台に上がる。


 そこは、ホールに居る貴族の皆が見渡せる場所で、同時に貴族達の視線を浴びることになる。当然、ローラ家の娘であるニコルなのだからこれぐらい何度んも経験してきているので慣れたものだが、今日ばかりはなぜか無性に落ち着かない。何度も周囲を見渡したりしていると隣に祖父が歩いてくると少し騒がしかった会場が静寂に包まれる。


 緊張感が漂う空気に変化した会場でニコルの祖父は驚きの言葉を発する。この瞬間にニコルの嫌な予感は想像していたものよりも大きいことに気が付く。


「今日ここに集まってもらったのは大切な話があるからじゃ……内容は身内のごく一部しか話していないからほとんど知らないことじゃが、私はふざけて言っているわけではないということを覚えていてほしい」


 年なだけにマイクで会場に響き渡るニコルの祖父の声に、貴族達もさらに緊張が高まる。ロンドンで一番影響力を持っている家の代表が真剣な様子で話しをしているのだから至極当然のことだ。


 それはニコルも例外ではない。今まで何度もこうした舞台に上がったことがあるニコルなのだが、これほど真剣な表情で話しをしている祖父は見たことがなかった。本当に重大な発表があるのだといやおなしに伝わってくる。


「ここに居る娘……ニコル・ローラのお見合いをしたいと思う。希望者はワシに言いにこい」


 祖父の一声で静寂だった会場が騒がしくなる。ローラ家の娘であるニコルには今まで何度も政略結婚の案が出ており、何度も有名な貴族から婚約を申し込まれたことがあるが、ニコルの祖父はその有名な貴族の婚約を、本人の意思がなければ行わないっと何度も断ってきていたのだ。当然、会場に居る貴族の中に知らない者は存在しない。


 娘であるニコルの意思を出来るだけ尊重した結婚をしてほしいと考えていたニコルの祖父が、急にお見合いをすると言い出したのだから会場がざわめくのも無理はない。それに、貴族を集めた中で発表したということは祖父が言った通り、嘘なのではなく本当の話だということを決定付けることだ。


「なっ!」


 もちろん隣にいるニコルはそんな自分の人生を決めるような発表を何一つ報告されずに発表されたのだから驚くのも無理はない。今まで断ってきていたのだからこの可能性はないと排除してきたものが来たのだ。


 政略結婚とは有名な貴族に娘などをやることでその貴族との関係を強くしようとする結婚のことで、自分の意思など関係なく、ローラ家のために結婚するに等しい。もちろん、有名な名家に生まれたのだから政略結婚など考えなかった訳ではないが、やはり抵抗があったので今まで断ってきていた。祖父もその意思を尊重して来てくれていた。だが、どうして今になって……。


「そんなこと聞いていませんわ!!」


 さすがに勝手過ぎる祖父の行いに怒りを覚えたニコルだったが、祖父は至極当たり前のように言う。それは今まで隠し通して来た時間が祖父の耳に入ってきていたのだ。


「ニコル……ワシも会うだけだったら許しておったが……一般人である男と相思相愛になり、口付けまでしたとなると話は別だ。一度、ニコルにも恋愛という物を知ってほしかったからこの半年間自由させていたが……お前だって身分の違いはわかっているのじゃろ?」


 わかっているに決まっていた。ニコルは何度も白雪との身分の違いを呪った。どうして同じ一般人に生まれてこれなかったのかと。どうして、ローラ家という名家に生まれたのか……もし一般人として生まれていれば何者にも縛られずに堂々と白雪と会えていた……一緒になることも出来たのに。


 だが、次第にそう考えるのも馬鹿らしくなったのだ。白雪という一般人でありながら……それが許されないと自覚していながら一緒に話しをすることをやめることは出来なかった。惹かれていくのを自覚していながら一緒に居たいと思っていながらそれを否定することが出来なかった。


 白雪も初めは言葉遣いなどで気を使ったりしてくれていたが、次第に慣れて来た様子でニコルと話すようになった。周囲からすれば馴れ馴れしいなどとい

った感情を抱くだろうが、ニコルはそれがたまらなく嬉しかった。そして、気が付いたのだ。身分な些細な問題で、当の本人達の想いの問題なのだと。


「けど、愛に身分など関係ないわ!私はあの人を愛している!!ずっと一緒に居たいと心から想っている!!」


 ローラ家の娘とは思えないような大声に周囲の貴族はさらにざわめき始めるが、今のニコルに周囲の目など関係なかった。関係あったのは白雪にどう想われているかの一つで、それ以外のことなどさして本題ではない。


「それでもじゃ。一般人ではダメだ。理由は理解していると思っているが……もしその男と結婚したいと考えているのなら……」


 祖父が濁した言葉の先など容易に想像が着いた。ローラ家の代表である祖父の言うことを聞けないのなら例え娘だろうがローラ家にら居られないと言いたいのだ。貴族達もその言葉の先など想像出来たのでそっと手を上げる。


 ニコルとお見合いしたいという貴族がどんどん増えていくこの状況に一種の憎しみに近い感情を持ちながら、ニコルはそっと視線を落とした。今までローラ家という箱庭で育てられたニコルに外で暮らす勇気などないと想われているのだ。


 ちょうど、生まれた瞬間から人に餌を与えられていた動物のように……そういう動物は決して自然界には戻れないというのと同じように、ローラ家と言われる一種の檻の中で暮らしていたニコルに勇気がない……その程度の想いだと想われているのだ。


 ニコルはそっと目を閉じる。浮かんでくるのはローラ家で過ごした長い時間よろも白雪と共に過ごした短い時間の方が楽しかったという事実。そして、選択次第では楽しかった時間が終わってしまうという恐怖。だが、ニコルの心は決まっていた。


 選択していたのだから。ニコルは祖父に選ばれる型に嵌った幸せを得るのと、人生のヒロインとして自分の選択で自由に生きていくという最大の二択を既に選んでいたのだ。だから迷いは全くなかった。気持ちは……思い出が……白雪の笑顔が答えになった。


「私はあの人と一緒になります!!例え家を追い出されても何をされても一緒になります!!」


 現実的ではない選択にさすがのニコルの祖父も想像していなかったであろう選択に焦りが見える。


「ニコル……少しは大人になれ……」


「私は!!好きな人を想う思いを押さえ込んで結婚するのが大人なら、子供のままでいい!!」


 この日、ニコルは人生において過去最大の決断をした。それは貴族という大きすぎる肩書きを捨て、一般人である白雪と普通の生活をし、一緒になるという決断をしたのだ。



 










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