熱
世界が崩壊するとそこは広い空間だった。崩壊したことにより、元の場所に戻ってきたのだ。しかし、崩壊したとはいえ、ローネはいつでも夢を見せることが可能であり、今だって塔自体が夢に包まれている。この塔全てがローネの夢の対象なのだ。
一度は飲み込まれた夢の世界だったが、二度目は飲み込まれなかった凜奈の心は既に決まっていた。ローネとクラスメイトとして仲良くしていた時期に戻れるかもしないという淡い希望を持っていたが、大切な物に気が付いた凜奈は明確にローネのことを〝敵〟と認識した。戻りたいという願いは持っているのだが、それ以上に二人の道になるという願いの方が強くなってしまったのだ。
そんな凜奈の気持ちなど全く汲み取れないローネはなぜ、世界が破られたのかということを模索していた。どこが悪かったのか?完璧だと思っていた世界に穴があったのか?など見当違いな考えを出すが、答えに導かれない。それも当たり前で、理由はただ、凜奈の心が決まったという一点のみで、世界自体の練度は過去最大だった。先ほどの夢に凜奈が幸せになる要素がなかったといえど、昔の凜奈なら簡単に飲み込まれていた。
探しても見つからない答えを諦めて凜奈に殺気を向けるローネ。世界が一度壊されたとはいえ、ローネは何度でも夢を見せることが可能なのだ。答えなど何回も夢を見せている時に考えればいい。しかし、ローネが見る凜奈は不安などどこにも存在しているようには見えず、何か物凄い自信があるように見えている。理由はわからないが、自分が負けることはもう無いという自信があるようにローネには見えているのだ。
「もう、終わりにしよう……ローネちゃんはもう勝てないよ」
まだ諦めていないローネに勝利宣言をする凜奈はもはや殺気すらも込めない。殺気を向けられて平然としているなど召喚者なら言語道断だが、凜奈もそれを理解していないはずが無い。だが、殺気を向けられても平然としているのだ。それは、兄である英雄が、圧倒的に弱い奴と戦う時のように負けることなど考慮していない時のように。
ローネにはそれが理解出来なかった。実力は誰がどう見てもローネの方が上なのは確実だ。召喚者は第二次開放を使える者と使えない者で主に強さを分けられるが、その差はあまりにも大きい。人間と虫ほどの差があり、奇跡に奇跡が重なったほどの偶然でなければ絶対に勝てない存在なのだが、凜奈はもう負ける気はしない様子に見える。本来なら絶望して戦意を失いかけるはずなのに、勝利を疑わないのだ。
自分は誰よりも強いという慢心は召喚者にとっては危険な者だが、勝てる敵と勝てない敵の見極めぐらいは容易に出来る。人間だって赤ちゃんに負ける大人は存在しないし、格闘選手に勝てる素人など居ない。召喚者だって同じで、第二次開放を使える者と使えない者は弱者と強者の違いなのだ。
ローネは凜奈に負けるはずはないと思っていた。〝魔女狩り〟や〝三日月雷鎌〟なら微妙なところだが、殺しあう相手が凜奈という素人なら負ける考慮は消去するものなのだが、凜奈は初めにローネが消去していた負けるということを考えていないのだ。他の召喚者から見れば異常な思考だが、まるで勝てないのが当たり前だと感じさせる何かが凜奈にはあるのかもしれないとローネには見えているのだ。
ローネは気付いていないのだ。第二次開放というのは誰かの力を借りて開く扉ではないと。自分の強い想いで開く扉だと理解していないのだ。自分で開く扉と他人に……ローネの場合は英雄に開いて貰うのでは意味が大きく変化する。人間が夢を自分で叶えるのと、他人の力で叶えてもらうほどの意味の違いがあるという事実に。
召喚者は強い想いが反映される者で、想いを思っているほど強くなれる存在だ。ローネには世界を壊したいという願いを持っているが、元来、誰かを殺したいや傷つけたいなどという願いは、誰かを大切に思う想いには絶対に勝てない。悪が正義には勝てないように、想いの重さが違うのだ。だから、ローネは凜奈に勝てないという事実に気が付かない。
開いて貰った扉に、大切な人のためではない願いで、大切な二人の道になりたいと願う凜奈には勝てる道理など初めからなかった。事実、これは強者である召喚者ほど理解していることだ。実力が離れているように見えて、実は均等している二人は最終的には想いで決まる。
「……馬鹿なの?私はまだ負けてないわ」
誰かのためになどという願いを抱いたことがないローネはやはり、負ける訳ないと勘違いする。ここはローネが造る夢の世界の中心。いつでも夢を見せることが出来、この塔に居る限りいつも夢の中に居ることになるため、ローネの領域。そのことがローネに自信をつける。負けるはずがないという自信を。
自信がついた者は出来るか出来ないかと見分ける前に行動に出てしまう。一時の気の迷いで生じる行動は愚かな物で行動した後にいつもその事実に気が付き後悔する。自信というのは絶対優劣に立っているという慢心で得るものではなく、日々の積み重ねや努力で得るもので、自分で強くなった訳ではないローネは間違った自身を付ける。後で愚かな行動をしたと後悔する自信を。
「…ローネちゃんはまだ気が付かないんだね?だとしたらなを更勝てないよ。もう勝負はついた。私が夢の世界から出た時既に勝負はついてたんだよ」
確信した目をしている凜奈にローネは困惑する。何知らないローネには凜奈が言っていることが理解出来ないからだ。負けていないのに勝った気でいることも、何に気が付いていないかも何もかも理解出来ない。凜奈は一体どういう気持ちで言っているのか?そんな考えても無駄なことばかり気になってしまって心を読むが、何もわからない。ローネの領域だというのに凜奈の心が読めないのだ。靄が掛かったような感じで、ぼやけて見る事しか出来なくなってしまった。
夢という物に干渉出来るローネは夢の世界でなら相手の心を読むまで出来るようになったのだが、そもそもローネの領域だからといって夢といういうのは想いに反応するものだ。〝小鳥の箱庭〟が使っていた想いの力を反映させる機械で造られた世界と同じで、強い想いが夢を造っているのだから、想いが負けているローネは既に領域としての力を失いつつあった。
夢を見せることは出来るのだが、強い想いをこめた夢を見せることが出来ない故に、意味がない。自分優先想いしか持ち合わせていないローネは、他人の人のための想いを持っている凜奈と比べられ、夢が認めていないのだ。単純ローネの想いが凜奈より勝っていると夢が判断したために領域の力を失いつつあるのだ。
「ローネちゃんは絶対に勝てないよ。だから降参して。私はローネちゃんを傷付けたくない。例え敵同士などしても、クラスメイトして楽しく暮らしていた記憶があるから……から降参して」
瞬間、ローネの足元に浮かびあがる魔法陣。この瞬間に凜奈は直ぐにローネが降参しないことを察し、体勢を整える。武器を召喚して自分の周りに四つの円盤を浮遊させる凜奈は、ローネの動きをじっと見つめる。自分で開いた訳ではなくとも相手は第二次開放を使うことが出来る召喚者なのだ。油断は許されない。
一方ローネは理解出来なかった。こんな甘い考えを持った凜奈に敗北宣言されたという事実が、理解出来なかったのだ。召喚者同士の戦いは命を奪う行為で、戦うという行為は自分の欲望のために戦うのだ。目の前に居る邪魔な召喚者が居るから殺すといった感じだとローネは思っている。それなのに、楽しかった記憶があるから傷つけたくない?など理解の外だった。
しかし、なぜだか知らないが無性に怒りが湧き上がってくる感覚を覚えていた。そんな甘い考えで自分に降参しろといった凜奈をただ殺したくて仕方なくなってきたのだ。
「降参なんてする訳がない!私はまだ負けていない!今度こそ飲み込む!!」
展開された魔法陣が淡い光を放ちながら回転していき、もう一度夢の世界が広がろうとしていた瞬間、凜奈は動き始めた。実戦で戦う用ではない〝風読み〟では凜奈の動きには反応できない。
広がる夢に触れる前に凜奈は円盤を四方向に飛ばし、ローネに襲い掛かる。白雪の動きにしたらあまりに雑で襲い速度での攻撃だったが、〝風読み〟は反応出来ない。練度が高い夢を作ることに必死だったのと、凜奈が言っていた言葉を理解することと、実戦向きではない〝風読み〟としての能力。その全てが重なり、四方から来る遅いかかる円盤に反応できず、そのまま直撃した。
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海人と別れた白雪は格上である男と対峙していた。二人掛りで倒すことが出来た〝小鳥の箱庭〟よりもさらに格上である男は、一人でことは相当難しいはずだが、今の白雪はなぜか負ける気がしなかった。慢心は危険だが、今の自分なら何だって誰だって勝てるというほど気分が良く、集中できている反面、心臓は激しく鼓動しており、体は熱を持っているかのように熱い。だが、不思議と嫌な気分ではなく、むしろ熱さえも心地良いと感じている。
海人が上に上がる時に掛けてくれた言葉が頭の中を繰り返し巡り続ける。その言葉を聴いた瞬間に体が熱を持ち始めたのだ。巡り続ける言葉と説明出来ない感情。その二つが白雪を集中させている理由であり、負ける気がしない理由でもあった。
「一人で勝てるのか?〝小鳥の箱庭〟にさえ手こずっていた分際で」
男の言うことは最もだと白雪は思う。普段の自分なら色々作戦を練って、色々な戦略を立てるのだが、今はその必要はない。実力が格上だろうが、そうでなかろうが負ける気などしないのだから関係ないのだ。慢心ではなく、心の底から湧き上がってくる謎の力の正体は何か全く理解できていない白雪だったのだが、これだけは理解出来ていた。
早く目の前の敵を倒して上に向かった海人に合流しなければいけないという事実。いくら誰にだって勝てると感じている白雪でも、現実はそんなにうまくいかないことなど容易に理解出来、二人掛りでも英雄に勝つことは難しいだろうと感じている。海人が掛けてくれた言葉を思い出す度に湧き上がってくる力でも英雄の強さには遠く至らない。それほどに頂上に居る男は強いのだ。
二人でも厳しい相手に一人で戦わなくてはいけない海人はかなりの負担になってしまうため、長く時間は掛けなれない……いや、この男程度なら今の白雪には時間を掛けなくても倒せるという自信が湧き上がっている。
「大丈夫よ。一瞬で終わらしてあげるから……」
瞬間、白雪の姿が男の前から消える。早すぎる速度のせいで、男の目にも白雪の姿は映らずに、周囲をに目を向けながらも男は白雪の気配を辿ろうとするが、その前に懐に入り、移動途中に召喚した鎌を振るうが、召喚者としての勘が働いた男は腰を下ろすことで回避し、素手で腹を殴ろうとするも、爆発的に放出した雷に飲まれてしまい、動けなくなる。
この勝負は格上である男が油断しているうちに倒せるかどうかに掛かっている。熱を持っている白雪は大抵の敵には負けないが、実力が上の敵に海人の嬉しい言葉だけで戦えるほど召喚者というのは甘くはいことは承知している。まともに戦えば勝てたとしても時間が経過し、傷を負って英雄と戦う所ではなくなる。
傷を負わずに男を倒すのは武器を召喚しておらず、自分の方が強いという慢心を持っている初めは一番重要なのだ。慢心を持っている時に一気に畳み掛けて倒すのが効率が良く、そして何より相手の戦略を気にしなくてもいいのだ。
戦略は相手の動きや特徴から練るものだ。なので召喚者というのは相手の動きを見ることから始めることが多いが、白雪はそのような真似は今回はしないでいた。海人を信頼していない訳ではないが、一人で勝てる相手ではない英雄は約束を結んだ二人で戦って倒したいという気持ちが存在するためだ。英雄を倒したという自信はこれからの戦いに大きく影響するはずだから……それと単純に白雪は早く海人に会いたいと素直に思っていた。
雷に飲み込まれた男は体勢を立て直すのに数秒の時間を要する。魔力が込められた雷は直撃すれば数秒の時間が空けることが出来ため効果的で、白雪が数秒などという隙を見逃す訳もなく、鎌に魔力を込めて雷を纏わせる白雪は今まで練習してきた〝流れ〟を初めて実戦で使用する。もし、〝小鳥に箱庭〟のように防御特化の魔法を使うなら防がれてしまう可能性が存在していたからだ。
だが、白雪の動きはもはや並の召喚者では捕らえられる域ではなかった。海人に会いたいという想いが、塔全体を包んでいるローネの夢の影響で、力を与えている故に男に白雪の速度を捕らえられるはずもなく、そっと目を閉じた男は死を覚悟した。
目を瞑った時には既に白雪の鎌は男の首を捉えていた。海人の前では極力殺さないようにと気をつけていたが、今は居ない。殺すことを躊躇などしてしまえばその時間だけ相手からすれば自由に動ける時間に変化してしまう故に、躊躇などしない。
雷を纏わせた鎌は首目掛けて振るう。肉が切れる感触と共に飛び出す鮮血を体に浴びながらそっと鎌を直した。そして、何事もなかったかように魔力で血を払い、海人は向かった頂上に向かう。
初めに宣言した通り、勝負は一瞬で決着がついた。
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